恋の種



By ドミ



番外・モブ男



「野比刑事、今日どうですか、一杯?」
「おっ。いいねえ」

 俺は警視庁に勤める野比茂歩男(のびもぶお)、警察官になって3年目だ。
 俺はこの苗字の所為でいつも「のび太」というありがたくない仇名をつけられてしまう。
 しかし俺はのび太とは違うぞ!のび太と同じく眼鏡だけはかけているが、勉強はそこそこ出来たし、顔も悪くない。今は警察官になって、本庁勤めだ。女にも結構もてる。
 仕事は忙しいが……まあ、警察官だからな。出世するのはキャリアの奴らで、俺たちのようなノンキャリアは、大した出世も出来ないのは、分かり切っている。ただまあ、公務員だ、それなりに仕事やってりゃ、食いっぱぐれることもない。
 色々な意味で、のび太なんかに負けてないが、ひとつだけ、のび太が妬ましいものがある。それは、っ将来、美人で気立てのいい子と結婚できることだ。俺は今までそれなりに女性関係もあったが、どの女も、大したことないタマなのに、付き合い始めたらすぐに図々しくワガママになっちまって、閉口し、長く続かなかった。
 周りにろくな女がいない今は、彼女もいない。そのうち絶対、静ちゃんに負けない良い女をゲットしてやる!

 俺は声を掛けて来た後輩と、居酒屋に飲みに行った。
「野比先輩、合コンの話が来てるっすよ」
「あー……合コンねえ……」

 去年、別部署のヤツらと合コンした時に、俺の苗字を聞いて「のび太……?ぷっ」と噴き出した婦人警官がいたことを思い出した。ブスのクセに、よくもまあ……。

「しかし、警視庁って、美人が多いっすねえ」
「ふん。既婚のオバサンばっかだけどな」

 警視庁の刑事に、不思議と美人が多いこと自体は、俺も認める。しかし、彼氏旦那持ちの年増ばかりだ。俺の同年代以下には、ろくな女が居やしねえ。ああ、どこかに、美人で気立てのいい女が転がってないかな……。


 ある日、警視庁に、毛利小五郎という私立探偵が来た。捜査一課の面々って、無能なのか?あんな冴えないヘボ探偵に助けを求めるんじゃ、世も末だよな。と思って見ていたら。

 出入り口から、後光が射し、天使が舞い降りて来た。
 いや、マジでそうとしか言えない位、すごい美人が、現れたのだ。菫色の大きな目、桜色の艶やかな唇、清純な色気を放つ美貌……スタイルも姿勢も良い、長い黒髪をなびかせて歩く姿は、まさしく、天使だった。

 その女性が、毛利探偵のところにつかつかと歩み寄ると、書類を渡す。

「おう。助かった、ありがとな」
「もう、しっかりしてよね!ちょうどわたしが休講で良かったけど」
「オメーが大学に行ってるのなら、そもそも頼んでねえよ」


「あの女性は、一体……?」

 傍に居た千葉刑事に話しかけると、千葉刑事は笑って言った。

「ああ。毛利探偵の一人娘、毛利蘭さんですよ」

 あのヘボ探偵に、こんな天使な娘さんが……!大学生ということは、20歳前後か。

「彼氏、居るのかな?」
「さあ、どうでしょうねえ……あんな美人だから、居ても不思議はないですよね」

 そう言って笑う、小太り……いや大太りの千葉刑事。しかし、そういえば、こいつの奥さんも、かなりの美人だったよな。なんでこんな冴えない男に、あんな美人が……!

「ああ、でも、父親の毛利探偵が、目に入れても痛くないほど可愛がってると言いますからねえ。彼女をゲットするのは、一筋縄では行かないでしょうね……」

 くっ!冴えない私立探偵が、娘の交友関係に嘴入れるとはな。いや待てよ。だったら彼女はあまり男性経験がない、見た目通りの清純な女性かもしれん。警察官相手なら、毛利探偵も文句はあるまい。
 あの天使の出現で、俺の人生はバラ色の未来が開けている気がした。警察官だから、彼女の自宅を調べることも造作ない。さて、どうやってアプローチをかけようか?と思っていると、先輩刑事に声をかけられた。


「野比刑事」
「は?」
「今しがた、警視庁前で車を暴走させたヤツが居て……」
「はあ」

 そういえば、表が騒がしかったような気がするが、そういうことだったのか。犯罪歴があって警察に恨みを持つヤツが車を暴走させた挙句、塀にぶつかり、その男は警察病院に搬送されたそうだが。

「その車に轢かれそうになって、車の上に乗って助かった人たちから、事情聴取をして欲しい」
「は?車の上に乗って助かったって、どういうことですか?」
「詳しいことは話している暇がないから、頼んだ!」


 そんなこと言われてもなあ……と思っていたら。部屋に入って来た人物を見て、目を見張った。さっきの天使だ!
 そして……その天使に、男が一匹、引っ付いていた。轢かれそうになったのは毛利さんで、その男は毛利さんを助けたのだそうだ。毛利さんはそいつを、親しげに見ているし、そいつも毛利さんをスケベ目で見ていた。
 顔……俺より良い。背丈……俺より高くはないが、まあまあ。スタイル・身のこなし、まずまず。
 けれど男は見た目じゃないぞと、俺は心を奮い立たせる。

「で、通りすがりに毛利蘭さんを助けた、君は?」
「工藤新一。探偵です」
「は?探偵?」
「アメリカで最高位の探偵資格を取得しています。日本での届け出は、これからになりますが。どうぞよろしくお願いします」

 探偵だと?探偵なんか、誰でも、届け出さえすればなれるんだ。俺はちゃんと試験を受けて正式に警察官になった、こいつよりずっとエリートなんだ!

 すると、この部屋に何故か、捜査一課の白鳥管理官(警視)が、いそいそとした様子で、入って来た。そして白鳥警視は、工藤新一に声を掛けた。

「工藤君。いつ日本に?」
「白鳥警視……つい最近ですよ」
「すごいね君は。スキップして、もう大学も卒業したんだろう?」

 何だって!?こいつは……ルックスも良い、毛利さんを助けたくらい運動神経も良い、その上、エリートだと!?俺は声を絞り出した。

「け、警視……お知り合いで?」
「ああ。君ももう少し、世の中のニュースを見ておいた方が良いよ。彼は確かまだ21歳になったばかりだが、アメリカのハーバード大を卒業した秀才で、日本人探偵としてもたびたびニュースで取り上げられている。僕がアメリカに留学した時に知り合ってねえ」

 ガーン。何ということだ……。こいつは、ルックス・運動神経・学歴と三拍子揃った男なのか。まあまだ金の方は無いようだが。話の流れからすると、こいつも、毛利さんとは出会ったばかりのようだ。俺の方が、安定した収入と地位があるのだから、勝機は十分ある筈だ。

「せっかくなら、君には是非、公務員試験を受けて僕と同じキャリア警察官になって欲しかったんだが」
「ボクには、警察官となるより、探偵となる方が性に合っています」
「そっか……まあ仕方がない。何かの時には、よろしく協力を頼む」


 俺の心の中には、こいつには絶対毛利さんを渡さない、毛利さんは俺のものだという闘志が、めらめらと沸き起こっていた。
 俺は、今の事情聴取の時に聞き取った毛利さんの住所と電話番号を、スマホで撮影して登録した。


   ☆☆☆


 2階に毛利探偵事務所がある小さなビル、その3階に毛利邸がある。俺は朝、毛利探偵事務所の前に車を停めて、待った。大学は今夏季休暇中だが、毛利さんがアルバイトに行くことは、調べがついている。
 毛利さんが、階段を下りてくる。その美しい姿に、胸が高鳴る。

「おはようございます!毛利さん!」

 車の窓を開けて、挨拶をした。毛利さんが戸惑った顔をしている。

「警視庁の野比です。この前、暴走車の件で事情を伺った……」
「ああ……」

 毛利さんの戸惑いが解け、にっこり笑う。ああ……何てかわいいんだ。

「最近、ここら辺を変質者がうろついているという情報が入りましてね。パトロール中なんです」
「それは、お勤め、お疲れ様です」
「今からどこかに行かれるなら、送りますよ」
「え?でも……お仕事中では?」
「市民の安全を守るのは、我々警察の義務ですから!」

 毛利さんが、ちょっと眉を寄せて考え込んでいる。もう一押し!と思ったら……背後から、どす黒いオーラを感じて、身震いした。一体、これは何だ!?

「最近の変質者って、覆面パトカーに乗っているんですね?」

 背後から、聞き捨てならない言葉が、聞こえてくる。おそるおそる振り向くと、そこには……魔王もかくやという表情で俺をにらみつける、工藤新一が居た。

「新一!」
「蘭」

 毛利さんが、輝くような笑顔で、工藤新一を見た。毛利さんには、あのオーラが、あの魔王のような表情が、見えないのか?いや。工藤新一の方も、先ほどの黒い顔はすっかり引っ込め、毛利さんへはさわやかな笑顔を見せている。この二重人格写め!
 それにしても、お互いに下の名前を呼び捨てとは……いやいや、2人はこの前久しぶりに再会したが、もともとは幼馴染だって情報があった。幼馴染の気安さなのだろう。

「蘭。今からバイトだろ?送っていくよ」
「でも、新一、忙しいんじゃない?」
「警視庁に呼ばれているから、蘭のバイト先は、そのついでだ」
「じゃあ……甘えちゃおっかな」

 そう言って毛利さんは、俺の車のすぐ後ろにつけたジャガー車の方に歩いていく。ジャガー車?あいつはお金持ってない筈なのに……そういえば、工藤新一は、親が金持ちだって話だった。親の外車を乗り回すなんて、このボンボンめ!

「刑事さん、その……友人が送ってくれるということなので、大丈夫です!お気遣いありがとうございます!」

 工藤新一は、俺の方にあの魔王の表情を向けると、さわやかな笑顔で毛利さんの方を向き、そして毛利さんを助手席に乗せたジャガー車は、走り去って行った。


   ☆☆☆


 それから。毛利さんの家の前で待っているときは、必ず、あの工藤新一が毛利邸にやって来た。

 ある日、工藤新一が現れず、ラッキーと思っていると、別の覆面パトカーが表れて停まった。そこから降りてきたのは、千葉刑事だった。千葉刑事が、厳しい表情で言った。

「野比君。君のパトロール担当は、違う地域だっただろう?」
「あ、ええ……でも、この付近に変質者が表れているという情報が……」
「そんな情報があるのなら、きちんと本庁で報告したまえ!」

 普段は大人しそうな千葉刑事なのに、今日は厳しい表情で迫ってくる。ちっ、面倒だな。しかし、このままここに居続けると、何を言われるか、分からない。今朝は、蘭の姿を見るのは、諦めよう。また午後にでも出直すとするか……。
 しかし。その日の午後は、工藤新一も現れなかったが、蘭もどうやら家には居ないらしく、姿を見ることが出来なかった。


 殺人事件が起こり、警察が呼ばれて行くと、そこにはもう先に工藤探偵が居る、ということが高確率で起こる……というか、工藤探偵が行くとこ行くとこ、事件が起こるらしい。この死神め。しかも、そこに蘭が一緒にいることも多いのだ。2人で「お出かけ」しているときに、事件に遭遇するらしい。

 幼馴染の気安さで、俺の蘭を連れ回して、事件に遭遇するなど、工藤新一、許さん!

 蘭は、肩を震わせて、事件の捜査を見ている。可憐な彼女には、殺人現場など、目の毒だろう。俺は彼女の傍により、そっと肩を抱き寄せようとした。すると、彼女がばっと振り返り、目を大きく見開いて後ずさり……同時に俺の腕がバシッと掴まれた。たった今まで事件の捜査をしていた筈の工藤新一に。

「何の積りですか?」

 工藤新一が、あの悪魔の表情で俺を睨む。俺の腕を掴む力は強く、痣が出来そうだ。

「あ、や、その……民間人の彼女には、事件捜査なんてきついだろうと、あっちで休んでもらおうかと……」
「……休むかどうかは、わたしが自分で決めます!」

 蘭が、厳しい目をして、俺を見て言った。何故だ?俺がこんなに優しくしているのに。
 背後から、俺の肩がポンと叩かれた。そこにいたのは、高木渉刑事だった。

「野比君。君は、本庁に戻りたまえ」
「え?で、ですが……」
「これ以上、捜査に支障をきたすような行動は、慎みたまえ」
「捜査に支障?俺はただ……」
「これは、命令だ!」

 めったに厳しい言い方をしない高木刑事が、きつい口調で言った。何故だ?何故、みんな、俺の邪魔をする?みんな、俺の蘭を狙ってるのか?高木刑事は妻帯者のクセに!

 しかし、上官の命令には逆らえない。俺はしおしおとその場を去って行った。


   ☆☆☆


 その後。俺は、事件現場に行くことも、パトロールに行くことも、禁止され、本庁内で事務作業をやらされている。俺の蘭に、俺の天使に会いたくても、会えなくなった……。

 しかし。よく考えたら、非番の時に会いに行けば良いじゃないかということに、思い至った。今日は夕方まで仕事だが、それが終わったら、私生活の時間だ。

「野比先輩、仕事帰りに、飲みに行きませんか?」

 後輩が、心なしか引きつった顔で俺を誘ってくる。

「悪いな、用があるから……」
「そんなことを言わず、行きましょうよ!ほら、駅前のスナック、あそこ、可愛い子が入ったんすよ!」
「スナックの女なんか、汚い女に用はない!」
「せ、先輩……本当に、まずいっすよ!」

 後輩が背後で何か叫んでいたが、俺は委細構わず、警視庁を出た。
 昼間は夏のように暑かったが、夜になると冷える。けれど、蘭の笑顔が見られたら……あの体を抱きしめられたら……俺の心は最高に温まるはずだ。

 最近、警視庁内では、蘭が工藤新一から弄ばれているという噂が飛び交っている。蘭をいつも連れ回しているくせに、「ただの幼馴染」「デートではなくお出かけ」と言い張るからだ。
 もしかしたら、あの清純な天使の蘭は、工藤新一に無理やり力ずくでやられて、あの男に囚われてしまったのかもしれない。可哀相な蘭。俺が本物の愛で包んで、目を覚まさせてあげるからね。

 毛利邸の玄関でチャイムを押しても、誰も出てこない。2階の毛利探偵事務所は、まだ明かりがついていたので、訪れてみた。

「あん?お前は?」

 毛利探偵は、俺のことを覚えていない様子で、誰何してきた。まあ、俺は直接毛利探偵と話したこともなかったからな。

「警視庁の、野比です」
「……一体、何の用だ?」

 毛利探偵は、鋭い眼差しで俺を睨んでくる。

「そんな怖い顔しないでくださいよ。あなたの大切な一人娘のことなんですから」
「あんだと?」
「探偵の工藤新一が、あなたの娘さんを弄んでいること、ご存知ですか?」
「……ああ。ヤツは確かに、うちの娘に近付いちゃいるな……」
「でしょう?可哀相に、ヤツは娘さんの体を奪った挙句、周りには『恋人じゃない、ただの幼馴染だ』『デートじゃなくお出かけだ』と、言って回っているんですよ!」

 毛利探偵が、俯いて、肩を震わせていた。娘さんを案じ、泣いているのかと思ったが……。

「はははは……警視庁では、そういう話になっているのか……それは流石に、可愛そうな話だな……」
「何を他人事のように!あなたの大切な娘さんじゃないんですか!?」
「ああ。この世の中で、妻と同じくらいに大切な、ただ一人の娘だよ。言い寄ってくる男は、みな、気に食わん。新一の野郎は、その一人。本当に気に食わんと思ってるよ」
「だったら……っ!」
「だがな。野比!お前に比べれば、ヤツは何万倍もマシだ!」

 毛利探偵は、鋭い眼光で俺を睨みつけて言った。な、何で……俺よりも、蘭を弄んでいるヤツの方が、マシだって話になるんだ?名声か、学歴か、それとも、顔か!?
 俺は名乗っていなかったのに、毛利探偵から名前で呼ばれたことを不思議に思う余裕も無かった。

「帰れ!二度と来るな!この周囲2キロ圏内に足を踏み入れたら、絶対に許さん!」

 ……何故だ?何故、娘を愛する毛利探偵が、何故、蘭を弄ぶあの男の味方をするんだ!?心の底から蘭を愛している俺に、何故、こんな仕打ちを?
 もう、これは、俺の愛の強さを示す以外にない。待ってろよ蘭、お前を救い出してやるからな!あの冷たい工藤新一からも、分からんちんの父親からも。

 俺は、階段を降りかけていたが。俺の愛車のすぐ後ろに、例のジャガー車が停まるのが見えたので、慌てて階段を上がって行き、毛利邸玄関より上の方に上がって、踊り場に身を潜めた。
 蘭が、階段を上って来る。そして、玄関ドアの鍵を開けようとしていた。俺は素早く蘭に近づいた。蘭は目を丸くして俺の方を見る。

「誰!?」

 蘭が目を見開いて言った。

「酷いなあ。愛しい恋人のこと、忘れないでくれよ」
「こ、恋人!?あなたなんか、知りません!」

 後ずさる蘭。なあ、何でそんな嘘を吐くんだよ。お前は俺の恋人じゃないか。俺は、素早く駆け寄ると、クロロホルムのスプレー剤を吹きかけた。
 蘭はその場に崩れ落ちる。俺は蘭を抱きかかえて、階段を下りて行った。蘭が気絶しているせいか、それとも、俺が緊張しているためか、妙に重く感じる。

 もっと早く、こうすれば良かったんだ。俺が下に降りると、もうジャガー車は居なかった。俺は自分の愛車のドアを開け、蘭を後部座席に寝かせた。そして、車を発進させる。
 今夜から、素晴らしい新婚生活が始まるんだ。俺はとても気分が良かった。早く家に着いて、早く蘭を抱いてやろう。

 鼻歌を歌いながら車を運転していると、ミラーに、マツダのRX-7が映った。一瞬、高木美和子刑事かと思ったが、彼女の車は赤で、ミラーに映ったのは白い車だ。
 あの車、俺の後をつけてきている?俺はスピードを上げた。すると、その白いRX-7もスピードを上げた。信号で急発進したり色々やってみても、ずっとRX-7は着いてくる。

 俺は、自分のアパートとは離れ、米花埠頭まで車を走らせ、停めた。すると、白のRX-7も俺の車のすぐ傍に停まった。助手席を開けて出て来たのは、工藤新一だった!


「貴様!何で俺の車をつけて来やがる!?」
「何でって……それは、お前が一番分かっているだろう!?」

 年上の警察官に向かって、ため口ききやがって。俺はギリッと歯をかみしめた。

「蘭は、元々俺の女なんだよ!それを横からかっさらいやがって!」

 俺がそう言ってやると、工藤新一は目を丸くしていた。そして、がりがりと頭をかいて、言った。

「蘭は、オレのもんじゃねえが、オメーのもんでもねえ。勘違いしてんじゃねえよ」
「ふざけるな!お前は蘭を手籠めにして弄んで、傷つけやがって!」
「……まあ、お前にどう勘違いされても構わねえが、オレは蘭に指一本触れてはいない。オレは、片想いの相手に無理やり手を出すほど、落ちぶれちゃいねえよ」
「……」

 俺は混乱していた。工藤新一の言っていることが、よく分からない。

「オレは、蘭に、愛し愛される男が出来たら、その時はどんなに辛かろうが祝福してみせる。けれど、それは断じて、お前なんかではない!」
「何だと!?お前より、顔も頭も運動神経も良い相手なら認めるっていうのか!?」
「顔?頭?運動神経?……男にとって、本当に大切なのは、そんなんじゃねえよ……お前は、のび太という仇名にコンプレックスを持っていたようだがな。オレは、蘭の相手がのび太だったら、きっと認める!野比茂歩男、お前は、のび太に、はるかに劣る、下種な人間だ!」
「な、何だと……俺がのび太以下だって……!?そんな筈はない、俺は、俺は……!蘭と幸せに暮らすんだ〜〜っ!」

 俺は車まで走って戻り、後部ドアを開け、蘭を抱きしめる。

「蘭……蘭……幸せに暮らそうな」

 すると。

「気持ちわりい。離れろよ、オッサン」

 蘭が目を開き、その口から、男の声がした。俺が呆然としていると、蘭は起き上がり、顔の端に手をかけ、引っ張る。するとそこには、白いスーツ、白いマント、白いシルクハットにモノクルの男がいた。

「お、お、お前は……何だ!?」
「えー!?オレを知らないの!?月下の奇術師、怪盗キッドとは、オレのこと。以後、お見知りおきを」

 そいつは、手を前にして、気障にお辞儀をした。

「蘭は……俺の蘭は……どこだ……どこに行った……」
「お前、頭悪いのか?お前が毛利蘭だと思ってさらって行ったのは、このオレ様の変装だったんだよ」
「嘘だ、嘘だ〜〜〜っ!蘭は、蘭は、どこに居るんだ〜〜〜っ!」
「ホンモノの蘭さんは、今頃、毛利邸でお休みになっているでしょうよ」

 工藤新一の声でも怪盗キッドの声でもない声が言った。見ると、白いRX-7の運転席から、金髪色黒の男が、降り立っていた。

「初めまして、野比刑事。ボクは、公安部所属の降谷零といいます」
「こ、公安……!?公安警察が、何で!?」
「君はやり過ぎました。この事件を表沙汰にすると、警察への信頼が地に落ちる。悪いが、秘密裏に逮捕させていただきますよ」

 そして、俺の手に手錠がかけられた。

「工藤君。それで構いませんか?」
「ええ。この事件が表沙汰になったら、傷つくのは蘭ですから」
「……お気の毒に。野比茂歩男君、君は恐ろしい男を敵に回してしまいましたねえ」

 にこやかに言った降谷公安警察官だったが、その目は笑っていなかった。

「じゃな、名探偵。これは一つ貸しということで」

 そう言って、怪盗キッドがハンググライダーを広げて飛び立っていく。

「バーロ。オメーへの貸しがまだ3つほど残ってるぜ」

 工藤新一がそう言った。降谷刑事は苦笑いしていた。俺は呆然としていた。なんでこんなことになったんだろう?俺はただ、俺の天使と幸せになりたかっただけなのに。
 俺が工藤新一の方を見ると、やっぱり、あの悪魔の顔をしていた。いや、こいつは魔王だ。魔王が、俺の幸せを奪って行ったんだ……。

 その後、俺は、警視庁警務部監察官室に送られ、検察庁送検、裁判にかけられ、刑務所に入れられることになった……。



 それから、いくつもの季節が過ぎ。刑務所の中で俺は、俺の天使が、あの魔王と結婚式を挙げたことを聞いたのだった。


Fin.


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<後書き>

 蘭ちゃんに懸想して、新一君と蘭ちゃんとのラブラブを見せつけられて意気消沈するモブ男を書く筈だったのに、何がどうしてこうなった!?殆どサイコパスのストーカー・モブ男の話になってしまいました。その男の一人称で文章を書くと、私自身の心がサイコパス化して、たいそう困りました。
 第2話を書いた時は、あの人がこうなる予定ではなかったのですが、あの人をモブ男にあてるとちょうどよいと思い、そうさせていただきました。
 で、恋の種では出番がないと思っていた、某白い怪盗と某公安警察官が最後に出場して、あらビックリ、でした。


2021年10月13日脱稿


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