恋の種
By ドミ
イラスト:さくもち様
(1)
「蘭。飲み会、行かない?」
「うん……ちょっと、バイトと家の手伝いで忙しいから……」
蘭は、級友の誘いを軽くいなして、去って行く。
毛利蘭、帝丹大学3回生。父親は鳴かず飛ばずの探偵事務所を経営している。母親は、蘭が子どもの頃家を出てしまい、今も離婚はしていないが、別居続行中である。
蘭は、勉強と空手の部活、父親の探偵事務所の手伝い、バイトと、忙しい日々を過ごし、飲みも遊びも、鈴木園子など特に仲が良い友人以外の誘いには、なかなか応じようとはしない。
園子は、高校時代、京極真という空手選手に危ないところを助けられ、それ以来付き合っている。真は、蘭の空手試合の時に力いっぱい声援を送っていた園子に、一目惚れしたのだそうだ。
「蘭だったら、言い寄る男の10人や20人、居るでしょ?誰かとお付き合いしないの?」
園子から言われるが、蘭は苦笑して返す。園子が真と付き合い始める前、「いい男をゲットするわよ〜」と張り切ってあちこちに行く園子と共に、海へ山へ出かけて行き、ナンパされたことも数知れずだが。誰とも付き合ったことはないのだった。
「ねえ、蘭。あなたもしかして……新一君のこと、好きだったんじゃないの?」
ある時、園子から言われて、蘭は息を呑んだ。でも、蘭は微笑んで首を横に振る。
「そりゃ、好きだったよ。子どもの頃からずっと仲良しだったんだもん。でも、それは……恋愛感情とは違うの……」
「そ、そう……ま、アヤツも、蘭のこと好きなんじゃないかなあって思ったんだけど……何も言わずに、去ってっちゃったんだよね?」
「う、うん……」
「連絡とること、ないの?」
「だって……連絡先も、教えてもらってないし……」
☆☆☆
蘭の幼馴染で仲良しだった工藤新一は、保育園時代からの付き合いだった。蘭と園子がいる保育園に、新一がやって来たのは、4歳の時だった。
色々あったけれど、蘭と新一はずっと仲良しだった。
新一は、中学2年から3年に上がる時、アメリカに本拠地を移す親について、アメリカに行ってしまったのだった。
蘭は、園子には内緒にしているけれど、実は新一がアメリカに行く前、新一から「好きだ」と告白されていた。
蘭は、悩みに悩んだ。でも、蘭の新一への気持ちは恋愛感情ではないと結論付けて、蘭は新一に「ごめんなさい」と言った。
「し、新一のことは、大好きよ。でもそれは……恋とは違うと思うの……。これからも、友だちとして仲良くしてもらえると嬉しい……」
まだ恋を知らない蘭にとって、新一に告げたその言葉がどんなに残酷なことだったのか、想像がつかないものだった。蘭なりに、精一杯誠意をもって応えた積りだった。
「ああ。わーった。ごめんな、真剣に悩んでくれたんだろ?」
そう言って新一は笑顔を見せたが。その表情が寂しそうだと、蘭は思った。
そして。蘭が新一の姿を見たのは、それが最後だった。2学年の終業式の日に新一は姿を見せなかった。そして、担任から、新一は親と一緒にアメリカに移住したことを告げられた。
蘭が驚いて新一の家に行ってみると、そこは既に空き家になっており。蘭は門扉に取りすがって泣いた。
恋ではなかったけれど、新一のことは大好きだったから。蘭に何も言わずに居なくなってしまったことが、とても悲しかった。
新しい住所も、アメリカでの電話番号も、何も教えてもらっていない。蘭は当時携帯を持っていなかったから、新一の携帯電話の番号も知らないままだった。
そして、月日が流れた。
☆☆☆
「ごめんなさい」
告白してきた目の前の男に、蘭は頭を下げる。
「とりあえず、友だちからでも良いんだけど……」
「ごめんなさい。とりあえず友達からってのも、わたしには、出来ません」
蘭の心の中に今も疼くのは、「これからも友だち」と言った時の、新一の表情。
きっと、彼にとって、「友達として」という言葉は、ものすごく残酷な言葉だったのだろうと、蘭は思う。
告白に応えられないのなら、友だちとしてのお付き合いも出来ない。蘭は、そういう風に線を引くようになっていた。
今は分からないけれど、とりあえず付き合ってみるという選択は、絶対にしない。新一との辛い別れを経た蘭は、少なくとも新一より好きだと思う相手でなければ、絶対に付き合わないと決めていた。あれだけ大好きだった新一のことを振ったのだから、それ以上に好きだと思える男性でなければ付き合ってはいけないと、蘭は考えていた。蘭なりのけじめなのである。
ただ、蘭は無意識の内に、男性と親しくならないように距離を取っていたので、「新一以上に好きになれる男性」が現れるわけもない。そこは、蘭に自覚が無かった。
ある日、蘭の親友が、嬉々として蘭に話をしてきた。
「ねえ、蘭!今度、蘭に紹介したい人がいるんだ!真さんの後輩で……」
「園子。そういうの、止めて」
「蘭……そんな頑なにならなくても、会ってみてから考えても……」
「お願い!やめて!」
蘭が耳を押さえて目を閉じて強い調子で言った。
「蘭……」
「ごめんね園子。園子がわたしのためにと思ってくれている気持ちは嬉しいの。でも……」
「ねえ、蘭。……どうしてそこまで恋愛を拒否するの?」
「園子……?」
「あ、無理に話せとは、言わないけど……」
園子の傷付いたような表情に、かつての新一の表情が重なる。
『わたしは、また、大切な友人を傷付ける積りなの?』
そして蘭は、誰にも話したことがなかった、新一の告白について、園子に話をした。
「そっか……蘭はずっと、それを引きずっているんだ……」
「うん……」
「それでも、蘭は、新一君のこと、恋愛対象じゃないんだよね?」
「違う、と思う。でも……」
「ん?」
「お父さんとか身内を除いて……今のところ、新一以上に好きになった男の人は居ない。新一より好きな男性でないと、付き合えないって思う」
「ん〜。そっかあ……」
園子は難しい顔をして考え込んでいた。
「アヤツも、今頃どこで何をしてるんかねえ?まだアメリカに居るのかな?」
「新一は……アメリカで探偵として活躍してる……」
「えっ!?そ、そうなの!?ってか、何で蘭、知ってるの!?」
「前に、ネットのニュースで、見た」
4年前、蘭はネットニュースで「日本人高校生探偵、アメリカで活躍!」というのを見た。何気なく見たら、それがまさしく新一のことだったので、とても驚いた。
蘭としては、新一はサッカーがとても上手だったから、サッカーで活躍して、いずれユースチームに入るかと思っていたのに、サッカーはやめてしまっていたようだった。
新一の父親が推理作家で、実際の推理能力も高く現場で探偵をやる場合もあることは知っていたし、新一が結構推理能力があることも知っていたが、まさか探偵として認められて華々しく活躍することになるとは、予想もしていなかった。
新一は、もう既に、蘭の仲良しの幼馴染ではなく、遠い世界の人になってしまった、蘭はそう感じていた。
(2)に続く
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<後書き>
もしも、新一君が、蘭ちゃんの恋の自覚前に告白してしまったら?
という、「名探偵コナンifの世界」パラレルです。ま、それ以外も、組織のこととか細かい部分が違うかもしれないと思いますが。
ドミ自身、先の展開が分かりません。ゴールに至る道が見えていないのです。
でも、必ず、ハッピーエンドです。ハッピーエンドになる筈です。
そう信じて、突っ走ります。
と言いつつ、このお話、どのくらいのペースで連載できるものかも、分かりません。
生温かく見守っていただければ幸いです。
2021年9月20日脱稿
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