恋の種



By ドミ



(14)



 新一と平次は、飲みながら、お互いが関わった事件のこと、推理に関すること、色々と楽しく話をしていた。
 居酒屋で食べながら話をしていただけでは物足りなくて、バーに向かった。

「ま、家に帰るときは、またパトカーをお願いすればええし」
「はあ。お前どんだけ、警察を手足に使ってんだよ……」
「まあまあ、ええやないか。オレかて事件解決できちんと役に立っとんやから」
「オメーさ。将来、どうする気だ?大学卒業したら、私立探偵になるのか?」
「いや……しばらく、警察官をやる。探偵として独立すんのは、お金貯めて実績作ってから、やな」
「そ、そっか……」
「工藤は、もう探偵として独り立ちしてんのやろ?」
「ん〜まあ、家賃が要らねえ分、一応余裕がある状態じゃあるけどよ。自営業でずっとやって行くのは、大変だということを実感してる……」
「なるほどな〜」

 新一が、ちらりと平次の方を見て、言った。

「服部。オメー、結婚とか、考えてんのか?」
「そらまあ。もう付き合いも4年になるし。大学卒業ん時にしよかと、思うてる」
「そっか……それなら確かに、警察官になってきちんと収入を確保した方が、良いだろうな……」
「工藤は?私立探偵で嫁さんもらう積りなんか?」

 新一は大きな溜息をついた。

「服部。オレは、多分……いやきっと、童貞のまま死ぬと思う」

 新一の言葉に、平次は飲みかけの水割りをブーッと噴き出した。

「おま……勿体ないやないけ!」
「まさか、オメーが噴き出した酒の責任を、オレに負えとでも?ああ、じゃこの席はオレの奢りで良いよ」
「あほぉ!そないな話やない!ずっと独身のままや言われた方が、まだ驚かんかったわ!工藤、お前、まさかイン〇……」
「ある意味、そんなもんかもしれねえ。蘭以外の女には勃たねえし」

 平次は、ゴホゴホと咳をした。

「ちょ、トイレ行って来るわ」

 そう言って平次は席を立つ。そして……トイレに行ったあと、電話を掛けた。

「和葉?遅い時間に済まんの。毛利の姉ちゃん、そこに居るか?」



   ☆☆☆



 平次が少し経って戻ってきた時。新一はグラスをじっと見つめていた。

「お前は、毛利の姉ちゃんのこと、好きやねんな?」
「ああ。初めて会った4歳の時から……蘭が、蘭だけが好きだ……」
「じゃあ、何とかして姉ちゃんをゲットしたらええやないか!」
「……無理だよ。蘭は、オレのこと……恋愛対象じゃねえんだから……オレはあいつに、2度告白して、振られてんだ……」
「そないなこと言っとって、他の男に取られたらどないすんねん!」
「オレは、約束したんだ……蘭がたとえ他の男のモノになっても耐えてみせるって……」

 平次は、頭をくしゃくしゃとかき回す。

「おま……そないに姉ちゃんのこと好きやのに、何でや?」
「あいつが幸せになってくれることが一番だと思うくらいに、大切なんだ……」
「……だから、一緒に幸せになったらええやないか」
「それが、出来るならな……」

 新一が、遠い眼をする。平次は、何をどう言ったら良いのか分からずに、また頭を掻きむしった。

「オメーにとって、和葉ちゃんは、そういう存在じゃなかったのか?」
「そないなこと、言うてもな。高校時代に告白して、すぐ両想いやったから……お前のような覚悟を決めることもあらへんかったし……それにやな。今更、和葉を攫おういうヤツが現れても、絶対許さへんで!和葉はオレのんや!」
「そっか……オレも、そういう風に言えるものならなあ……蘭はあんなに可愛くて綺麗で……優しくて料理上手で……どんな男も、ほっておかない。あいつが好きになった男は、絶対にあいつに惚れるだろう。いずれ蘭が誰かに攫って行かれると思うだけで、心臓が抉られるように苦しくなる……」
「工藤……毛利の姉ちゃんが他の男のモノになったら、そん男は、毛利の姉ちゃんが工藤と会うことも許さへん思うで?」
「ああ。きっと、そうだろうな……それでも……蘭のあの笑顔を守るためなら、オレは……自分が苦しい位のことは、耐えてみせるさ」



   ☆☆☆



 遠山邸で。遅い時刻に和葉の携帯が震えた。

「もう、平次、こないな時間になんやのん?うん、蘭ちゃんは居てるで?……は?」

 和葉は電話で押し問答をした後、蘭のところに戻って来た。

「蘭ちゃん。これから、携帯の音をスピーカーにする。悪いけどしばらく、声も音も立てんと、聞いて欲しいそうや」
「えっ?」

 そして。携帯電話から聞えて来たのは、新一と平次の会話。おそらく平次が、蘭に聞かせるために、会話を誘導しているのだろうと思われた。
 新一の言葉に、新一の切ない気持ちに、蘭の目からはポロポロと涙が溢れて落ちる。

 和葉が、心配そうに、携帯と蘭を交互に見やっていた。

 携帯から出る音が、突然途切れた。平次が通話を切ったのだろう。和葉は大きく息をした。

「蘭ちゃん。こないな時間やから、カモミールティ淹れんで?飲んで、寝よ」
「うん……」

 新一は、蘭の気持ちが少しずつ変化していることを、知らないという事実を、今更のように蘭は知った。

「新一……わたしは……わたしは……」

 和葉が、蘭の前にカップを置く。

「蘭ちゃん。今はまだ迷うてる蘭ちゃんの気持ちを、率直に工藤君に伝えたらええんやないの?」
「今はまだ迷ってる気持ちを?」
「うん」
「迷っているのとは、ちょっと違うの。わたしは……再会してからのこの数か月、確実に新一のことが好きになっているし。他の男の人を好きにならない自信はあるの。わたしの気持ちが新一の気持ちに追いつくまで、待ってて欲しいって……」
「だったら、待ってて欲しい言うたらええんやない?」
「待ってて欲しいという気持ちを……」


 少し前まで蘭の中にあった躊躇い。それは、新一に「いつか新一のことを好きになる」と伝えておきながら、もしもそうならなかったら、かえって新一を傷付けることになるだろうと思っていたから、だった。
 でも、今は……必ず新一のことを好きになるという確信がある。だから、それを伝えても良いのかもしれない。

 蘭は、和葉の部屋で横になりながら、大阪に来て本当に良かったと思っていた。


(15)に続く


2021年10月4日脱稿
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