恋の種



By ドミ



(15)



 蘭が、新一に今の気持ちを伝えると決意した翌日、大阪2日目。

「は?静華おばちゃん、それ、ホンマ?あっちゃあ……」

 和葉は、電話を終わって、蘭に向き直った。

「事件の知らせに、工藤君、平次と一緒に飛び出して行ったんやて……」
「そ、そうなんだ……まあ、仕方ないよ。新一は、探偵だもん!」
「……蘭ちゃん……そないにキラキラした目えして、それで工藤君への気持ちが恋やない言うても、説得力ないで……」

 結局その日、蘭は和葉と、大阪内をあちこち回った。観光も、グルメも……女2人で目いっぱい楽しく過ごす。この2日間で、既に蘭は、和葉と10年来の友だちであるかのように親しくなっていた。

「ホント、大阪って、食べ物おいし〜!」
「そら、良かったで!今夜は、平次んちで、静華おばちゃんの作るてっちりや!」
「それも、楽しみ〜!」
「でな、蘭ちゃん……明日は、万博記念公園の方に行ってみいへん?工藤君も一緒に……」
「和葉ちゃん?」
「紅葉がちょうど見ごろなんや!」
「う、うん……ありがとう……」

 蘭が新一に今の想いを伝える場所として、和葉が色々気を配っていることに、蘭は感謝の気持ちしかない。ここは素直に、それに乗ることにした。

「ま、明日は事件が起こらんことを祈ってるで」
「うーん、それについては、どうなるか、分からないわね……何しろ新一は、行くとこ行くとこ事件が起こるから……」

 新一と平次は無事(?)事件を解決し、その日の夜、服部邸での夕食は、平次の両親・和葉の両親も揃い、とても賑やかだった。

「愚息が一目置く相手が同年代にいるのは、ありがたいこっちゃで。工藤君、これからもよろしゅう頼むで?」
「は、はい……」

 服部本部長にそう言われてお酒を注がれ、さすがに新一も悪い気はしていないようだった。

「それにしても、工藤君は、なんや色々変わった道具を持ってはるんやな」

 和葉の父親・遠山刑事部長が新一にお酒を注ぎながら言った。

「そんベルト、サッカーボールが出る仕掛けになってんのやな……」
「えええっ!?」

 それに驚いて声を上げたのは、蘭である。帝丹学祭で、新一は一体どこからサッカーボールを出したのかと思っていたが、まさかのベルトからとは!園子が「イケてない」と評し、蘭もそう思っていた、ぶっといベルトには、実はそんな仕掛けがしてあったのだ。

「靴にも仕込みがあんのやろ?」
「ああ、はい……足のツボを刺激して、普段の何倍も脚力をアップする、キック力増強シューズです。で、ベルトの方は、大きな風船状のボールも、普通のサッカーボールも、出せるようになっています」
「ほほう。ま、銃刀法には引っ掛からん、飛び道具やな」
「知り合いの博士が発明してくれたんですよ……」
「こん次は、そん博士も、是非、連れてきて欲しいで」


 11月の下旬、夜は冷えるが。てっちりとお酒で熱くなった蘭は、縁側で冷たい風にあたりながら一息ついていた。

「蘭?」

 新一が、縁側にやって来た。少し間をあけて、蘭の隣に座る。

「新一。今日はお疲れ様」
「……ごめんな。一日、オメーのことほったらかしで」
「ううん。良いよ、和葉ちゃんと仲良くなったから……まるで昔からの親友みたいに……色々連れてってもらった」
「そっか……良かった……」
「ねえ、新一?何でわたしを、大阪に連れて行こうと思ったの?」
「いっ!?べ、別に深い意味は……ただ、3日間もオメーの傍を離れるのは……」
「6年以上、わたしの傍を離れていたのに?」
「オメーなあ……それ言うなよ〜」

 蘭は、新一との間にあった隙間を詰め、新一に寄りかかった。

「ら、蘭……!?」
「ちょっと、酔っちゃったみたい……」

 新一は、蘭を抱き寄せることも出来ず、コチコチになっていた。

「ねえ、新一。わたし、大阪に来て、良かった……」
「そ、そっか……」
「服部君、良い人だね……」
「お、おい、蘭!服部は、彼女持ちだぞ!婚約者同然の!」
「ばか。分かってるわよ、そのくらい!……新一の、良い友人だねって意味……」
「蘭……」


 蘭は、明日、どういう風に新一に話をしようかと、考えていた。

 そして……新一と蘭の寄り添っている姿を、服部家遠山家の皆が見て、そっとその場を離れたことに、2人とも気付いていなかった。


   ☆☆☆


 翌日。
 4人は、万博記念公園の中の日本庭園に居た。

「わあ……紅葉が本当に綺麗……」

 蘭が紅葉に見とれていて、新一は蘭の横顔に見とれている。平次と和葉は、そんな2人の様子に、声を出さずに笑い合っていた。そしてそっと、足音を忍ばせて、その場を離れる。


「あれ?服部たちは……はぐれたのかな?」

 ややあって、新一は平次と和葉が居ないのに気づき、キョロキョロする。
 新一の携帯が震え、手に取って、「ゲッ!」と言った。

「どうしたの?」
「いや……服部と和葉ちゃんは、急用を思い出したから、今日はこれで、だとよ……」

 新一と蘭の荷物は、既に新大阪駅のコインロッカーに預けてある。このまま2人行動で困ることは無い。

「あ、あの……新一」
「ん?」
「わ、わたしが……和葉ちゃんに頼んで、2人にしてもらったの……」
「えっ!?」
「は、話があって……」

 蘭は、どう切り出したものかと悩むが。どうも、新一の表情を見ると、蘭が話したいことは「悪い話」だと勘違いしていそうだと、思った。今までが今までだけに、悪い方でしか考えられないのだろうと思うと、蘭の胸が痛む。

「ねえ、新一」
「ん?」
「人の気持ちって……変わっていくよね……?」
「……どういう意味だ?」
「……和葉ちゃんと昨日初めて会って……最初に顔を見た時は、明らかに嫌われてたんだけど、その後話をする中で、まるで昔からの親友みたいに打ち解けて、お互いに好意を持って……」
「あ……ああ……なるほどな……」
「わたし、園子とは、小さい頃から仲良くて、今も大親友!だけど……あの頃仲良くても、今は疎遠な人も居るし、その逆も、いるよね……」
「……まあ、オレにも確かに、親しくなった人・疎遠になった人は、いるな……服部とかは、最初反発されてたけど、今はかなり親しいし……」
「今まで見えていなかったものが見えることで……気持ちは変化していくの……良い方にも、悪い方にも……」

 新一はまだ、不得要領な顔をしている。蘭自身、普段はこんな回りくどい言い方をしないのに、うまく言えなくて、口の中がカラカラに乾いていた。

「わ、わたしね……もう、新一のこと……ただの幼馴染じゃ、ないよ?」
「へっ……!?」
「新一と再会するまでは、わたし、6年……ううん、もう7年近く前の、あの時の気持ちのままで、止まってた。中二の終わりの、あの時のまま」
「蘭……」
「でも。新一と再会してから、わたしの気持ちは、変化して行ってる。少しずつ、少しずつ……新一が好きだって気持ちが、大きくなってきてるの」

 新一が、目を大きく見開いて、蘭を見た。

「わ、わたし……きっと、新一のことが、世界中で一番大切な相手になる……いつか、きっと。だ、だから……待ってて。わたしの気持ちが、新一の気持ちに追いつくまで」

 蘭の心臓が大きく音を立てている。新一にも聞こえてしまうのではないかと思うほどに。
 新一は、大きく息を呑んで、蘭を見詰めていた。その眼差しが揺れている。しかし、先ほどまでの昏い表情から、明らかに変化していた。蘭の言いたいことは、伝わったようだ。

「あ、あの……そ、それは……オメーがいつか……オレの恋人になってくれるってことで、良いのか?」

 新一の絞り出すような声。

「う、うん……」

 蘭は、真っ赤になって頷いた。

「それがいつって、約束は出来ないけど……でも、絶対に新一以外の人を好きになることはないから……だから……」
「蘭……」

 新一が、蘭との距離を詰め、すぐ目の前で止まった。

「えっと……今、どこまでなら、やっても良い?」
「えっ!?どこまでって……」

 新一の言葉の意味を図りかねて、蘭は首をかしげる。

「キスは?してもいい?」
「キ……っ!?だ、だ、ダメに決まってんでしょ!?」

 蘭は反射的に強い調子で言ってしまって、これは新一を傷つけてしまっただろうかと、様子を伺う。しかし、新一は柔らかな笑みを浮かべていた。

「……だろうなあ」
「い、いつかは、新一に全部あげるから!だから、今は待ってて!」

 途端に、新一の顔が、トマトみたいに真っ赤になって。蘭は自分がどれだけ大胆発言をしたのか、自覚する。

 しばらく、お互いに言葉が途切れ、真っ赤になったまま立ち尽くしていた。ややあって、新一が口を開いた。

「で……今、どこまでなら良い?」
「は、は、ハグ、くらいなら……」

 蘭は、赤くなって目をあちこちさまよわせながら、やっとそう返事した。

 新一が手を伸ばし、蘭の肩に手をかけ、ゆっくりと引き寄せる。そして、ゆっくりと抱きしめられた。耳元で「蘭」と呼びかけられ、甘やかな衝撃が、蘭の体を貫いた。






『も、もうダメ!心臓がもたない!ハグでこれなら……キスなんてなったら、わたし、死んじゃう!』

 蘭の心臓は、100m走を何回もやったんじゃないかというくらいにドクドクと鳴っていたが。蘭のものとは違うすごく速い動悸を感じ取り、蘭は何だか安心してしまう。そして……新一への愛しさが募るのを感じていた。
 自分で自覚していた以上に、新一のことが好きになっていたのだと、蘭は思う。

「……オレ今、スゲー幸せ……」
「し、新一……」

 新一は、ちょっとだけ体を離すと、蘭の顔を覗き込んだ。そして顔が近づいてくる。そして新一の額が、蘭の額に、こつんと合わせられた。
 蘭をまっすぐ見詰める新一の蒼い眼差しに、ここ最近のような昏い色は見えない。

「オメーとの関係を聞かれた時は、付き合ってるって言っても良いのか?」
「う、うん……いいよ……っていうか、その……」

 蘭はモジモジしながら、言った。

「お、オレの女だから、手を出すなって……言って欲しい……」

 最後の方は、声が小さくなった。そして、新一の目をしっかり見て、言う。

「新一も、言い寄られたら、彼女いるからって、断ってね!」

 新一が目を丸くしていた。

「ご、ごめん……待っててって言いながら、こんな図々しいこと……」
「いや。嬉しいよ……。17年かかって、やっとここまで来たんだ……もうちょっと待つくれえ、何てこたねえよ」

 新一の微笑みに、その優しい眼差しに、蘭の胸はきゅんと鳴った。

 新一は、また、蘭をキュッと抱きしめた。蘭は、ドキドキしながら、新一の背中に手を回す。蘭の全身が、ドキドキと共に、甘い幸福感に包まれた。

 そして……「キスはまだダメ」と言ってしまったことを、蘭は、ちょっとだけ後悔していた。



(16)に続く


2021年10月4日脱稿
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