恋の種



By ドミ



(18)


 結局、有希子は、ほんの数日の滞在でアメリカに帰ることとなった。明日は有希子がアメリカに帰る日、となった時、工藤邸で晩餐会が行われたのだが。

「蘭君。今後も、新一のことをよろしく頼むよ」

 ようやく都合をつけて来た優作が、いた。ただし優作は一泊だけの滞在で、それこそ、とんぼ返りだ。
 そして、その場には、他にも多くの人がいた。

「ほう。君が、ボウヤのエンジェルか……」
「クールガイが入れ込むだけあって、すっごくキュートね……」
「子どもの頃から見ておった2人がお付き合いを始めるとは、ワシも感無量じゃ」
「まあ、ようやく、おさまるところにおさまったってとこね……」

 数年ぶりに会う阿笠博士、最近ちょくちょく会うようになった志保、の他に。初対面の、赤井秀一と名乗る長身細面ハンサムな日本人男性と、ジョディ・スターリングと名乗る日本語が達者な金髪眼鏡美人女性。
 秀一とジョディのふたりは、FBI捜査官で、今回、別任務のために日本に来ているのだという。詳しい説明は去れなかったが、以前志保が言っていた「事件がらみの仲間」なのだろうと思われた。


「結婚式を挙げるときは、連絡してくれ。出来るだけ都合をつけて参加したい」
「あー、私もお願い!」

 秀一とジョディがそう言って、蘭は、新一がそれほどまでにこの仲間内で信頼を得ていたのだろうと考える。
 新一が頬染め迷うような目で蘭の方を見た。こういう時新一が独断で返事をしないのは、蘭の意思を尊重したいというより、蘭の機嫌を損ねたくないのだろうなと、思う。

「ええ。連絡しますので、是非、おいでください」

 蘭は、心からの笑顔で、そう答えた。



   ☆☆☆



 12月になったら、街の中はクリスマス一色だ。蘭は、親友の園子と共に、カフェでお茶していた。

「ねえ、園子。今度のクリスマス、京極さんは帰って来るの?」
「うん……多分ね。真さんは正直、クリスマスとかそういうイベントごとには興味がなかったみたいだけど、わたしと付き合うようになってからは、イベントを取りこぼさないように頑張ってくれるようになったし……」

 京極真という男は、誠実で、園子をとても大切にしてくれるが、朴訥で、スマートなエスコートとは無縁の男であった。けれど、園子を喜ばせようと頑張る中で、かなり変化して来たようである。

「まあ、真さんは、わたしの前に付き合った女性が居たわけじゃないけど……妹さんが居ることで、少しは、女への対応はどうしたら良いか、学習したらしいしね……」
「そうなんだ……」
「それだけじゃないわ!わたし自身、察してちゃんな自分を、大分変えたのよ!」
「察してちゃん?」
「女はどうしても、そのくらい分かってよ、察してよ、って相手に求めることが多いけど、それでは絶対に伝わらない、ちゃんと口に出して言わなきゃ!……ってことよ……」
「なるほど〜察してちゃんはダメか〜」
「蘭!あんたさ、結構口に出さずに?み込んで我慢してしまうことが多いでしょ!それじゃ、恋愛方面では超ニブニブな新一君には、伝わらないからね!」

 園子がビシッと蘭を指差して言った。

「そ、そうかな……」
「そうよ!アヤツ、中学時代にも、もててたでしょ」
「えっ!?そうなの!?」
「……はあ。アンタ本当に、中学時代は新一君に友情しか感じてなかったんだね!サッカー部で大活躍して、成績良くて、顔もまあまあで、何かあったらすぐに手近に居る女の子を守る、そんなアヤツが、もてないはずないでしょう!?まあわたしは、長い付き合いで子どもの頃はアヤツが嫌いだったから、嫌いじゃなくなっても、好きにはなんなかったけどね!でさ、新一君、それなりにもててたのに、告白でもされない限りは、相手の好意には全く!気付かないニブチンでさ〜。麻美先輩の時がいい例じゃない!告白されるまでは、麻美先輩の気持ちに、全く気付いてなかったらしいしさ」
「そ、そっか……」
「だから、蘭も、言いたいことがあったらハッキリと……って蘭?」

 園子が、ちょっと意地悪そうに目を細めて言った。

「ん〜?蘭、何か新一君に言いたいけど言えないことが、あるわけ?」
「え、えっと……」

 蘭の目が泳ぐ。頬が赤くなって、目が潤んで……その様子に、園子はピンときた。

「もしかして。キスはダメって言ったことを、撤廃したい?」
「て、撤廃っていうか……さ、最初のあの日は、それで良かったって思うけど……もう、そろそろ良いかなって……」

 あの日以降、新一とデートした時には、ハグをされるようになった。しかし……何となく、「ここはキスかな」という雰囲気になっても、キスに至らないで終わってしまう。
 蘭としては、もう良いかなという気になっているけれど、最初に「ダメ」と言ってしまった手前、なかなか言い出せない……。

「でもさあ……条件付きながらお付き合い開始!してからまだ1ケ月も経ってないじゃん。焦ることないんじゃない?」
「う、うん……ただ、その……条件付きって言ったのを、後悔してる……」
「ほう」
「お、お父さんからもね……新一が帰国してから、わたしがずっとうわの空で、毛利邸での料理も手抜きになってたって指摘されて、ビックリしたんだけど……な、なんかわたし……自分で思ってた以上に、新一への恋心が育っちゃってたようで……」

 園子は、顔をしかめて肩を震わせていたが、ブハッと噴き出した。そして、ひーひー笑う。

「そ、園子……?」
「ら……蘭……ようやく……ようやく……ちゃんと自覚したんだね……」
「ええっ!?園子!?」
「わたしも、麻美先輩も……、おじさんも、他のみんなが気づいてたことを……、蘭本人と新一君だけが気付いて無かったんだ……」

 園子がお腹を抱えて、ひとしきり笑っていた。蘭は憮然としたが、そうなのかもしれないと思う。

「わたし……中二のあの頃は、確かに新一に恋をしてなかったし……再会した時も、その時の気持ちのままだったのに……それから、わたしの中で新一への恋心が急速に大きくなっちゃって……」
「うん。蘭は、自分でもよく分かってなくて、戸惑ってたんだね」
「なんかもう、わたしが新一に向ける気持ちの方が、新一がわたしに向ける気持ちより大きくなっちゃったかもって……」
「あ。それはないでしょ」

 園子は真顔で返した。

「え?それは、ないって……」
「新一君の蘭への想いはもう、重た過ぎて!あれを越えられることは、そうそうないと思うわ……」

 そう言って園子は、ため息をつきながら手を広げ、顔を左右に振った。

「ま、ヤツがそんな気持ちを向けるのは蘭だけ、だけど……あの重い愛を受け止められる度量があるのも、蘭位だと思うし?ま、良いカップルっていうか、良いパートナーというか……」
「そ、そうかなあ……」
「ヤツが、蘭のことを、物凄く愛してる!ってのは、理解してんでしょ?」
「う、うん……それはまあ……」

 再会した時にいつも新一の眼差しの中にあった昏い色が、今はなくて。すごく穏やかな深い蒼色に変化していることに、蘭は気付いていた。その変化は、蘭が新一の想いに応えたことによるものだと思うと、蘭の胸が甘酸っぱくきゅんとなる。

「ま、今更、焦らなくても良いと思うけど。キス待ち顔で目を閉じりゃ、ヤツもその気になるんじゃないの?」
「う、うん……」

 キス待ち顔ってのが、具体的にどうなのかは、よく分からないけれど。蘭は一度、新一にしなだれかかって、新一の目をじっと見つめた後、目を閉じてみたことがある。その時新一は、蘭をぎゅっと抱きしめると、蘭の髪の毛にちゅっとキスをした。
 その感触に蘭が目を開くと「い、良いだろ、これくらいは……」と、ちょっと不貞腐れたように言ったので。新一は完全に「キスはダメと言ったのに髪の毛にキスしたことで蘭が抗議の目を向けている」と勘違いされてしまったようなのだ。

 新一に、蘭とキスしたいという気持ちがあることは、間違いない。ただ、大阪で付き合い始めることにしたあの日、蘭が「キスはダメに決まってるでしょ」と言ったために、新一はそれ以上踏み出せないでいるようだ。

 園子が言うように、焦る必要はないことくらい、分かっている。

 しかし……蘭は最近、新一に抱き締められた時の幸福感と体を貫く甘い感覚に、酔いしれると同時に、その先に進みたいと思ってしまうようになっていた。


 蘭の「恋の種」はスッカリ芽吹き、花を咲かせる準備を始めていた。



(19)に続く


+++++++++++++++++++++

<後書き>

 赤井さんとジョディさんは、ちょろっとでも出ていただきたかったので、無理矢理出場いただきました。……ただ、あまり沢山出すと収拾がつかなくなるので、原作キャラで出ない人は沢山居ると思います。安室っちも、出すのがちょっと難しいかなあ……。
 この世界でも、宮野明美さんは亡くなっています。ただ、そこら辺のところを詳しく書く積りはありません(何も考えていないとも言う)、脱線してしまうので。


2021年10月日脱稿
戻る時はブラウザの「戻る」で。