恋の種



By ドミ



(21)


byドミ


 大晦日。

「じゃね、お父さん。お蕎麦も準備してるし、お節は冷蔵庫にあるから」
「おう……」

 毛利小五郎は、出かけていく愛娘を見送った。娘は、山のような荷物を抱えている。恋人と二人で食べるための蕎麦やお節だろう。
 ここ数か月、見違えるように綺麗になった。元々器量よしの娘だが、男性を愛することを知り、内側から輝くようになり、ここ最近は眩しいくらいだ。娘が手元を離れていくのは、案外早いかもしれないと、小五郎は思った。もっとも、娘は既に、自分たちが結婚した年齢を越している。娘がその気になれば、止める術はないのだと、小五郎は理解していた。
 寂しさ半分。けれど実は、娘が心から愛し愛される相手と巡り会えたことは、嬉しく思っているのだ。相手が娘を託すに足る相手だと分かっているので、猶更だ。
 何のかんの言いながら、小五郎は、工藤新一という男を認めている。能力の問題ではない。見た目などは論外だ。新一は、初めて会った時からずっと、蘭を大切にしてきた。下心なく、自分がしたことをアピールすることもなく、蘭を守って来た。蘭も英理も知らないが、保育園で初めて蘭と出会った4歳の時に、蘭をわが娘にしようとする保育士の魔の手から蘭を守ったのだ。それ以後もずっと、蘭を守り続けていたことを、小五郎は知っている。そして、そんな新一を、小五郎が認めないわけがない。
 絶対に、口に出して言うことは、ないけれど。


   ☆☆☆


 蘭は、新一から預かった合鍵を使って、工藤邸に入った。
 クリスマスイブからクリスマスの日にかけて、この家で過ごして以来、一週間ぶりである。
 お互いに忙しく、あれから会うことはなかった。メールや電話で連絡は取りあっていたけれど。

 蘭がバイトしているカフェは、会社員や学生がターゲットのため、年末年始はお休みになる。しかし、事件はむしろ多くなる。今日も新一は、警察に呼ばれて、出かけていた。

 年越し蕎麦と夕ご飯の準備が出来た頃、玄関が開く音がした。蘭は、玄関に出迎える。

「お帰りなさい」
「……」

 新一は呆然と蘭を見詰めて突っ立っている。

「寒かったでしょ。早く入ったら?」
「あ、ああ……」
「ただいまって、言ってくれないの?」
「あ、ごめん。ただいま」

 蘭が中に戻ろうとすると、背後から新一に抱きしめられた。

「し、新一……?」
「……蘭……」

 新一に耳元で名前を呼ばれて、ゾクゾクとする。
 新一は、蘭の体を反転させると、そっと唇を重ねてきた。触れるだけの軽い口づけ。それだけでも、蘭は全身が熱く、甘い痺れに体が震える。

 唇が離れたとき、新一は真っ赤な顔をしていて……蘭は、自分自身も顔が熱いので、きっと真っ赤だろうなと思う。

「ご、ごはん……準備、出来てるから」
「マジ?ごめんな、一緒に作れなくて」
「ううん。いいよ、新一は仕事で忙しかったんだから……」

 新一が自室に入って着替えてくる間に、蘭は食卓の準備を整えた。

「今日は、年越し蕎麦よ」
「……年越し蕎麦なんて、何年ぶりかな」
「お蕎麦自体、食べる機会が無かったんじゃない?」
「あっちではな。帰国してから、何度か食った」

 2人そろって、夕ご飯をいただく。このところ、ずっと繰り返されている光景だが、今までとは違う関係となったことで、物凄く感慨深い。

 食後は2人で片づけをして、お茶を飲んだ。

「蘭。10時に家を出るから……それまで、ちょっと仮眠するか?」
「う、うん……」

 今夜から明朝にかけ、新一と蘭は、ベルツリー展望台での年越しイベントと初日の出観覧イベントに参加することにしていた。通常、ベルツリー展望台は、朝10時〜夜21時までの営業だが、大晦日から元旦にかけ、夜22時〜朝9時までの終夜特別営業が行われる。年越しイベントも、初日の出観覧イベントも、人数を絞って特別チケットが販売されているが、毎年超人気で、あっという間に売り切れてしまう。しかし、1か月前、新一と付き合い始めたことを園子に報告した時、お祝いにと、ペアの特別招待状をもらったのだ。
 園子とも、この1週間会えていないが、クリスマスイブの日にファーストキスをしたことは電話で話したときに伝えており、物凄く喜んでくれた。

 22時に家を出て、車でベルツリーに向かう予定だ。その間、ひと眠りした方が良いのは分かっているが、客間に行こうかどうしようかと蘭が考えあぐねていると。

「蘭。一緒に寝る?」

と、新一から声が掛かった。蘭の戸惑いが顔に出ていたのだろう、重ねて新一は言った。

「心配しなくても、何もしねえから」
「……うん……」

 クリスマスイブの夜、新一は、新一から離れようとしない蘭を連れて自分の部屋に入り、そのまま朝まで蘭を抱きしめていてくれた。それはとても嬉しかったし、新一が本当はすごく「我慢」してくれていたことも、理解している。
 蘭自身、まだしばらくはこの状態で居たい気持ちと、その先に進みたい気持ちとが、相半ばしているのだった。

 今日も蘭は、新一の部屋で、新一のベッドで一緒に横になる。
 新一の腕の中では、すごく安心できるけれど、同時にすごくドキドキする。眠れるだろうかと蘭は思ったが、新一の方は早くも寝息を立てていた。自分だけドキドキしてバカみたいと思っていた蘭だったが、疲れがたまっていたのか、いつしか眠りに落ちて行った。
 新一が狸寝入りしていて、蘭が寝付いた後も眠れずにいたということを、蘭は知らない。


   ☆☆☆


 ベルツリーに到着し、車を駐車場に入れると、2人は展望台エレベーターの受付に向かった。特別チケットを見せて、エレベーターに案内される。
 
「蘭!新一君。我が鈴木財閥が誇る、ベルツリーへようこそ!」
「園子!招待状ありがとう!新一は、ベルツリー初めてだっけ?」
「ああ……別に用はねえからな……」
「ふふふっ!蘭とのデートか、事件でもなければ、興味ないんでしょ?」
「うっせえな」

 その時。園子の背後から、不穏な空気を感じ取って、新一は身構えた。

「あ、紹介するわね。新一君、わたしの彼、京極真さん。真さん、こっちは、蘭の彼氏、工藤新一君」

 園子に紹介された京極真は、どす黒いオーラを放ち、ぎろりと新一を睨みつけた。さすがに新一も、背中に冷や汗が流れ落ちる。

「あの。鈴木園子さんの親友の、毛利蘭さんとお付き合いしている、工藤新一です。高名な武闘家・京極真さんにお会いできて嬉しいです」

 新一がそう言って、手を差し出すと。京極真は、不穏な空気が嘘のように消え失せて、にっこりと笑い、新一の手を握り返した。

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 久しぶりに会った蘭と園子は、手と手を合わせて、お喋りを始める。

「ら〜ん。そのペンダント、可愛いじゃない?」
「あ、う、うん……新一のクリスマスプレゼントで……」
「へえ。ヤツにそういうセレクトセンスがあるとは思わなかったけど、意外と可愛いヤツを選んでるじゃない?」
「わたしが新一にプレゼントした懐中時計は、一瞬でスクラップになっちゃったけどね……」
「ええ!?どうゆうこと!?」

 蘭は園子に、クリスマスに起こった事件の顛末を話した。

「へええ。蘭が贈った懐中時計で、新一君が命拾いを……」
「うん。ま、壊れたのが時計でよかったって思う」
「でもそれで、とうとう、ファーストキスかあ、にっひっひ」
「もう、園子!」
「蘭。結婚式には、呼んでねん??」


 ひとしきりお喋りして満足した蘭と園子は、それぞれの彼氏のところに戻って来て、またカップルに別れて行った。
 展望台から見る夜景は見事で、蘭は歓声を上げる。足元はガラス床の部分もあり、足の下にも夜景が広がっていた。
 新一はそっと蘭の肩を抱き寄せた。蘭も、新一にもたれかかる。

「新一。京極さん、何だか変な感じだったね……」
「そりゃ、あれだよ。オレのこと、園子を狙っている男じゃないかって、注視してたのさ……」
「ええっ!?まさか!」
「で、すぐにオレは違うと分かって、警戒を解いたんだよ。本当に、園子のことが大好きなんだろうな……ま、オレにも、彼の気持ちは分かる……」
「えっ?何で!?」
「蘭と少しでも親しい男が居たら、蘭を狙ってるんじゃないかって、ついつい観察しちまうクセがある……」
「……」

 蘭は、内田麻美のことを思い出していた。蘭だって、新一の周りに女性が来たら、新一のことを狙っているんじゃないかと心配になるだろうと思う。



「さあ!新年まで、あと30分!盛り上げて行きましょう!」

 突然、声がして。見たら、特設ステージが設けられ、そこにテレビで見るタレントやアイドルが数人、立っていた。

「あれは?」
「スカイツリー年越しイベントでは、いつも、タレントが参加して、場を盛り上げるのよ。テレビ中継もされてて……」
「ふうん……」
「新一。芸能人に興味ない?」
「ああ、いや。一通りは知ってるけど……」

 そういえば昔から新一は、アイドルなどにあまり興味を持っていない風だったと、蘭は思った。

 歌やパフォーマンスで、場は盛り上がる。そしていよいよカウントダウン。

「10!9!8!7!……」

 蘭も新一もカウントダウンに加わり。

「ゼロ!」

 新年になると同時に拍手と歓声が起き、クラッカーがいくつも鳴らされた。

「あけましておめでとう!」
「おめでとう!」

 あちこちで唱和される。
 窓の外、遠くの方では、花火が上がっているのも見えた。

 新一は、蘭を抱きしめ、唇を重ねる。

「し、新一……こんなとこで……」
「大丈夫。誰も見てやしねえよ……」

 新一は蘭を抱きしめると、耳元で囁いた。

「去年、帰国した時は、こんな嬉しい新年を迎えられることになるなんて、夢にも思ってなかったな……」
「新一……」

 新一は、少し体を離し、真正面から蘭を見詰めた。

「蘭。オレと、結婚してくれる?」
「……!」

 新一と付き合い始めた時。いずれ結婚があるのではないかと、認識はしていたが。改めてハッキリとプロポーズされて、蘭はとても嬉しかった。

「……謹んで、お受けします」

 蘭は新一を見詰めながら言った。

「蘭……」

 新一は、蘭を抱きしめ、また唇を重ねて来た。



   ☆☆☆


 
 年越しイベントは、まだ続いている。今日は、展望台のカフェ・レストランも、終夜営業している。

 新一と蘭は、園子に連れられて、従業員用の休憩室を特別に使わせてもらうこととなった。

「じゃあ。わたしと真さんは、あっちの部屋で休むから。蘭と新一君は、こっちの部屋で、ごゆっくり」

 日の出までの数時間、休ませてもらうこととする。
 ソファの上で、新一は蘭を抱き込んで横になった。

「蘭……」

 唇が重ねられ……今までになく、貪るように激しく口づけられた。

「ん……!」

 新一の舌が、蘭の唇の隙間から侵入し、蘭の口内を犯し、蘭の舌に絡められる。あまりの激しさに、蘭の下腹部がぎゅんと疼き……蘭はそのまま最後まで求められるのではないかと、思った。
 しかし、やがて蘭の唇は解放され、蘭の口の端から溢れた唾液を新一が拭い取り。

「……少しでも、寝て置こう」

 そう言って、新一は目を瞑った。スカイツリー従業員の休憩室が「初めての場所」になるのも微妙だから、それ以上に進まなくて良かったと思うけれど。新一が途中で理性を働かせたことが、ちょっと悔しい蘭だった。


 そして早朝。新一と蘭は起き出して、展望台の窓のところに行った。空は綺麗に晴れ渡っている。しかし、地平線のあたりには雲が掛かっていた。
 新一は時計を見る。

「日の出は6時45分だけど、雲がある分、ご来光は、少し遅れるかもな」

 新一と初日の出を見るのは初めてではない。小学生の時・中学生の時、何度か、家の近くで、初日の出を見に行ったことがある。
 しかし、こんな見晴らしの良い場所で、恋人同士として、初日の出を見るのは、初めてのことだ。

 少しずつ空が白み始め、オレンジに染まり……ご来光の訪れとともに、周囲から「おおおっ」と歓声が上がり……蘭は、涙が一滴流れ落ちた。

「蘭!?」
「新一……わたしも、こんな嬉しいお正月を迎えることになるなんて、予想してなかったよ……」

 新一と蘭は寄り添って、初日の光と、明け行く街を、じっと見つめていた。



(22)に続く

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<後書き>

 コロナ禍でなければ、東京スカイツリーの初日の出観覧イベントは本当にありますが、年越しイベントはありません。
 でもまあ、コナン世界では、東京スカイツリーは存在せず、鈴木財閥のベルツリーですから。こういうことがあっても良いかなと思います。

 お正月ネタ、次の話まで続きます。冬はイベントが多くて、何話かかっちゃうでしょう?


2021年10月15日脱稿


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