恋の種



By ドミ



(23)



「へ……ええ……蘭は、真面目だねえ」
「真面目なんかじゃないよ!絶対、しばらく上の空になってしまうから……だからだもん!」

 正月三ヶ日が明けて、大学が早々に開始になり、蘭は園子と昼食を食べながら、「試験が終わるまでは、新一とのデートは外デートにした」ことを、話していた。
 冗談抜きで、ここで単位を落としまくると、大変なことになるのは目に見えている。ある程度の成績を収めて、きちんと4年で大学を卒業しないと、将来設計がガタガタと崩れてしまう。なので、一旦ここで新一との関係にブレーキをかけておく必要があったのだ。

「でも蘭、アンタさ……就職活動はしないんじゃなかったっけ?おじ様かおば様のところでお手伝いをするって……だったら別に、いい成績で大学卒業しなくても……」
「……方針変えた。大学卒業したら、新一の仕事をお手伝いしようと思う。わたしが大学中途半端のまま、仕方なく新一に拾ってもらって永久就職したんだって、後ろ指をさされないように、きちんとしなきゃって思ってる」
「え!?ええ?そのこと、新一君には話したの?」
「まだよ。その……試験が終わったら……」
「そっかあ……試験が終わって……バレンタインデーが決戦の日ね!」
「け、決戦って、園子……」
「蘭。トロピカルランド併設ホテルのスイートルーム、取ってあげよっか?」
「ダメ!それはダメ!」

 ベルツリーの正月特別チケットは、必ず誰かの手に渡る招待券だったため、ありがたくいただいたが。ホテルのスイートルームを取るお金を、園子から出してもらうのは、全く話が違う。園子とはずっと友だちで居たいから、「園子にお金を出してもらう」ことは絶対にしないと、蘭は考えていた。

「ん〜、初めてが彼の部屋……高校生なら、それはそれで良いと思うけどねえ……」
「高校生じゃなくても、良いと思うわよ。そういう園子は、どうだったのよ?」
「……真さんの実家の、瓦屋旅館……」

 瓦屋旅館には、蘭も昔行ったことがある。というか、そこで園子が危ない目にあったときに助けてくれたのが、夏休み実家の手伝いをしていた真だったのだ。
 伊豆にある瓦屋旅館は古い旅館だけれど、清潔に手入れされていて、温泉もあって、海が近い良いところだ。園子と真にとっては思い出の場所でもあるし、それはそれでありだなと、蘭は思った。

「それにしても……中学生の時に新一君に告白されて、恋じゃないって悩んでごめんなさいした蘭が……数年越しに、恋に目覚めて、とうとう……!何だか感慨深いわあ」
「うん……本当に……」
「でももし、新一君が帰国しなかったら、どうなってたんだろうね?」
「それなんだけど。ねえ、園子……わたしの中に、恋の種が眠ってたって話、したっけ?」
「そういえば、前に聞いたことがあるような気もするわね。蘭の中には、恋の種が眠ってて、新一君との再会でそれが膨らみ始めたって話?」
「うん……そう……。でね。種って、やっぱり種だから、専用なのよ……」
「????ごめん蘭。意味よくわかんないんだけど……」
「た、たとえばさ……コスモスの種が育って、ヒマワリになることも、ヒマワリの種が芽を出したら朝顔になるってことも、ないじゃない?」
「……?うん……????……あ、分かった!蘭の中にあった恋の種は、誰に対して恋するか分からない種じゃなくて、新一君専用だったってこと!?」
「うん。いつの間にかわたしの中には、新一専用の恋の種が眠ってた。もしかしたら、新一に初めて会ったときに、わたしの中に種が生まれたのかもしれない。だから……恋じゃないと思って新一にごめんなさいしたあの時も。わたしの中で既にもう、新一は、特別だったの……」
「はあ。なるほど〜〜。中坊時代、蘭に恋の自覚は無かったけど、もう既に唯一の人だったってことか〜」
「たぶん、あのままずっと新一が日本にいたら、わたしの新一への気持ちが恋になったのは、もっと早かったんじゃないかなって思う。で、もし、あのまま新一が帰国せず、新一と再会することがなかったら……わたしは誰も好きにならずに、独身のまま生きてったような気がする」

 園子は、大きく息をついた。

「まあ、今の時代、生き方も多様だし、生涯独身のままでも、別に良いと思うけどさ。でも……よかったね、蘭。新一君が帰ってきてさ……」
「うん!」

 蘭は、輝くような笑顔で、答えた。


   ☆☆☆


 試験が始まるまで、蘭は新一とは、外デートで……時には探偵活動のお手伝いをして、結構会う頻度は高かった。毛利邸まで送ってもらい……すぐ前の道路ではなく、近くの人気の少ないところに車を停め、車の中でひとしきり口づけを繰り返してから帰宅する、という日々を過ごした。
 試験期間中。蘭は新一とのデートは食事のみにとどめ、カフェのバイトも最低限にして、勉強に打ち込んだ。どうしても寂しい時には、新一に電話をかけた。そして、試験最終日を迎えた。

 蘭が試験を終えて、大学の門から出ると。そこには結構人だかりがしていて、何事かと思ったのだが。

「工藤く〜ん!」
「サインしてえ!」
「記念撮影お願い〜!」

 新一が車を停めてその前に立っていたため、通りすがりに新一に気付いた女子学生から囲まれて、きゃあきゃあ言われていたのであった。
 蘭が、これは知らないふりして通り過ぎてから、新一に連絡を入れた方が良いのかと思って、通り過ぎようとすると。

「蘭!オレの彼女が出て来たんで、失礼」

と、新一の方から目ざとく見つけられてしまったのだった。蘭は新一に促され、車の助手席に座る。周囲からは悲鳴が聞こえて来た。

「新一……ファンの子たちをほっといて大丈夫なの?」
「ファン?たまたま有名人と出会ったから騒いでただけだろ?それに、本当にファンだったとしても、オレは探偵だし、ファンサービスする義理はねえよ」
「そ、それは、そうだけど……」

 蘭は新一の方をちらりと見る。新一は、芸能人であっても不思議はないカッコ良さだ。しかし新一自身は、自分の顔に価値を感じてはいないのだろう。

「蘭。試験はどうだった?」
「まずまずだと思う」

 結構頑張った分、手応えは十分だった。多分、単位を落としてはいないだろうと思う。

「今からバイトなんだろ?送ってくよ」
「う、うん……」
「バイトが終わったら、飯食って帰ろうぜ」
「え?今日も、外食?」
「今日、オメーがオレんちに来てみろ。オレの餌食になっちまうから」
「ええっ!?」
「約束は、明後日、だろ?」
「う、うん……そうだけど……」

 新一は、律儀に、約束の日まで待つ積りなのだ。けれど、今日蘭が工藤邸に行ったりなどしたら、理性がもたないということなのだろう。蘭だって、流されない自信など、ない。
 蘭は一旦バイト先のカフェに行き。バイトが終わった頃、新一が迎えに来て、食事に行く。

「明後日は……トロピカルランドに行こうぜ」
「えっ!?」

 以前、園子から「トロピカルランドホテルのスイートルームはどう?」なんて話が出ていたため、蘭は思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。

「どうかしたか?」
「ううん……そういえば、4年前にできたばかりだから、新一は行ったことがないんだよね?」
「ああ……スケートリンクだけは7年前にもあったけどな」
「そこで新一が初心者のわたしに、スケートを教えてくれたよね。今では結構上手に滑れるんだよ!」
「そっか……ま、蘭は運動神経良いからな。スケートも楽しそうだけど、明後日行くのは、遊園地の方な」
「うん!実はわたしもまだ、遊園地の方には行ったことないんだ!楽しみ!」
「明日は、どうする?」
「うーん。明日もバイトあるし……それに、久しぶりにお父さんに凝ったご飯作りとか、他にもちょっとやりたいこと、あるんだよね……」

 この間、蘭が試験期間中で、食事を外食で済ませることも多かったため、小五郎の食事も簡単なものになることが多かったのだ。なので明日は久しぶりに腕を奮おうと思う。
 けれど、もちろん、それだけではない。2月14日は朝から遊園地デートで、そのあとはお泊り。だから、明日しか、チョコづくりのチャンスはない。

 昔、新一にあげたバレンタインデーのチョコは、義理チョコというより、友チョコだった。そして、新一からのお返しのクッキーは、賞味期限も切れてしまった今年になって受け取ることになったのだが……。
 今年は、生まれて初めての本命チョコ。気合を入れて作りたい。


 今日も新一は、毛利邸から少し離れた人通りの少ないところに車を停め、蘭を抱きしめてキスを繰り返した。舌を絡め合う深いキス。離れがたく、激しくお互いの唇と舌を求めあう。新一が名残惜し気に蘭を離して囁いだ。

「じゃあ、蘭。また明後日……」
「う、うん……」
「迎えに来るからよ」
「うん……」

 でも新一は探偵だから、事件が起きれば、約束があっても、行ってしまうだろう。それは、祈るしかないと、蘭は思った。



   ☆☆☆



 蘭は、毎年、友人たちに「友チョコ」を渡している。
 けれど、たとえ友チョコでも、父親などの身内や小さな子どもは別にして、新一以外の男性に渡したことはない。

 中学2年の時、初めてチョコを手作りした。
 受け取った時の新一の、ちょっとはにかんだような笑顔を思い出す。

「言っとくけど、義理だからね!」
と言った蘭に、新一は
「わーってるよ」
と、苦笑したのだった。

 思い出すと、涙が溢れてくる。
 あの時の新一は、一体どんな思いで蘭の「義理よ」という言葉を聞いたのだろう?

 あの頃の蘭にとって、新一はもう、たった一人の男の子だったのに。まだ、新一への気持ちは、固い種のままだった。
 あの時、新一の告白に「わたしも」と返せなかったのは仕方がなかったと、今でも、思っている。けれど……新一に辛い思いをさせたことには、心が痛むのだ。

 あの頃の想いも。今の想いも。積み重ねて来た蘭の気持ちを全て込めて、チョコを作ろう。


 チョコを包丁で刻みながら、蘭の目から涙がボロボロ流れ落ちる。
 そこへ、小五郎が顔を出した。

「蘭……!?オメー……あの坊主が何かしやがったのか!?」
「違う!」

 一瞬顔色を変えた小五郎だったが、蘭の剣幕にたじろぐ。

「新一は……何もしてないよ……何もしてないの……わたし……わたしは……」
「……ああ、わーったわーった。決めつけて悪かったよ……」

 気まずそうに言い置いて、小五郎は引っ込んだ。

「ごめんねお父さん、八つ当たりして……」

 蘭は小さく呟く。チョコレートを作り上げて……そして小五郎と話をしようと、蘭は思った。



 チョコレートをボウルに入れ湯煎にかけてゆっくりと溶かし、そして型に流し込む。粗熱を取って、冷蔵庫に入れる。

 出来上がった、シンプルなハート形のチョコレート。
 他の型にもいくつか流し込んで作ったチョコで味見をした。

「よし!ちゃんと、美味しくできてる!」

 ハート形のチョコに文字を書き入れる。「新一へ」とだけ。そして、ラッピングした。



 毛利家の夕食には、久しぶりに腕を振るった。
 ご馳走が並んだ食卓に、小五郎は目を細める。

「お父さん」
「あん?」

 蘭は父親の向かい側に座り、手をついて頭を下げた。

「蘭は、お嫁に行きます」



(24)に続く



2021年10月18日脱稿


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