恋の種



By ドミ



(25)



 噴水が上がっている中で、2人は口づけを交わしていた。噴水が少しずつ低くなっていく。新一は名残惜し気に蘭の唇を開放した。
 お互いに、はにかんだように微笑み、また、お互いを抱きしめ合った。周囲の人たちは、目を丸くしてそんな2人を見ていたが、2人には全く周囲が見えていなかった。


 そのあとは。せっかくのトロピカルランドを、目いっぱい楽しんだ。ランド内のレストランで昼ご飯を食べ、様々なアトラクションを楽しみ、カフェで一息つき、売店で買い物をし……。
 本当は、夜のパレードを見るつもりだったのだが。夕方、新一と蘭が乗った「ミステリーコースター」で、なんと殺人事件が起き。新一が探偵として事件解決にあたった。事件を無事解決して解放された頃には、すっかり暗くなっていた。

「工藤君。今日は呼び出しを控えてくれとのことだったが、結局事件の方が君を呼び出してしまったようだな」
と目暮警部が言って、新一を慌てさせるという一幕もあった。隣では高木刑事が苦笑いしていた。

「えっ!?呼び出しを控えてくれって……新一?」
「……今日は大事な日だからって、お願いしてたんだよ……」

 新一が赤くなってそっぽを向きながら言った。
 今日という日であっても、新一なら、呼ばれたら行くだろうと思っていた。けれど、呼ばないように頼んでいたなんて。大事な日だからと、考えてくれていたなんて。

 最後に見ようと思っていたパレードは見そびれたものの、事件はスピード解決したので、時刻はさほど遅くなっているわけではない。

「じゃあ、行こうか」
「うん」

 新一と蘭は手を繋いで駐車場まで行った。そのまま車を出して、どこかで食事をして、工藤邸に戻るのだろうと、蘭は思っていたが。新一は、車から蘭の分も含めて荷物を出し、手に持った。

「新一……帰るんじゃないの?」
「今日は、ここのホテルに、部屋を取ってる」
「……!」

 蘭は息を?んだ。トロピカルランドに併設のホテルは、内装も凝っていてすごく人気が高い。園子が言っていた「トロピカルランドのホテル」を、新一も考えていたことに、蘭は驚いた。きっと新一は、2人が結ばれる場所をどこにするのか、色々考えてくれたのだろう。

 トロピカルランド正門のすぐ前にあるトロピカルランド併設のホテルに入る。トロッピーをはじめとしたトロピカルランドマスコットキャラの姿が館内随所にあり、全体的に内装も調度品も、ヨーロッパ風レトロ調に整えられていた。
 チェックインしてまず部屋に入ると、天蓋ベッドでロマンチックなムード溢れた場所だった。

 荷物を部屋に置いて、ホテルのレストランに行き、食事をした。ここの食事もオリジナルレシピ集が出版される位に人気が高い。お金のことを言い出すとムード台無しだろうと思いながらも、蘭は思わず聞いてしまう。

「ね、ねえその、新一……ここは部屋も食事もすごく高そうなんだけど……大丈夫?」
「大丈夫かって……そりゃ……多少の無理くらい、するに決まってんだろ?そ、その……大事な日、なんだからよ……」

 言った後で新一は真っ赤になり、蘭も顔がボボボッと熱くなった。

「心配しなくても、借金なんか、してねえから」

 新一は、照れを隠すように、ぶっきらぼうに言った。

 食事は、オーソドックスなコース料理にし、グラスワインを一杯ずつ頼んだ。届いたグラスをチンと合わせる。話はさきほどの事件のことになった。

「今日の犯人に全く同情する気はねえけど……」
「うん……」

 今日新一が解決した殺人事件は、女性が犯人だった。心変わりして他の女性と付き合い始めた元彼を、トリックを使って殺し、その罪を、元彼の現彼女に着せようと画策したのだ。

「恋人に心変わりされたら、きっと辛いだろうということだけは、分かる」
「新一……」
「だからって、相手を殺すことは、ぜってー許せねえ。心変わりなんかより、ずっとずっと罪は深い……」
「うん……」

 殺された男は、元カノの目の前で今カノとのキスシーンを見せつけるという無神経男だった。犯人は、その姿を見ながら、笑っていた……。

「確かに、殺されたあの人は、無神経だったと思う……でも……」
「心変わりは、相手には辛いことだけど、でも決して、罪ではない。失恋の辛い気持ちは、自分で宥めなきゃな……」

 新一は、ふうと大きく息をついた。蘭には、新一が自分自身に言い聞かせているように聞こえた。
 蘭が新一に「ごめんなさい」したあの後、新一は必死で自分自身の心を宥めていたのだろう。そして……もしかしたら、この先またそのような日が来るかもしれないと、覚悟しているのだろうか?

「ねえ、新一……新一は、将来、わたしの気持ちが変わる可能性があるって、思ってる?」
「オレには、友情から恋に変わって行ったという経験がねえ。初めて蘭に会った時から、蘭だけに恋していたから……他の女性に友情を感じることはあっても、恋愛感情という意味では全く心動いたことがない。性別女と認識しちゃいるが、男性の友人とほぼ同等の存在だ。だから……蘭の気持ちが、友情から恋愛に変わったって聞いて……すごく嬉しいんだけど、無茶苦茶幸せなんだけど、でも、将来、同じことがまた起こらないとも限らないと思ってしまう……」
「新一……」

 新一が苦笑する。

「ごめん!そういうことにならないように、オレが精進すればいいだけの話だよな!その結果、オメーを繋ぎ止めて置けなかったとしたら、それはオレの甲斐性がなかったってだけの話だ」
「そうなっても、新一は良いの?」
「良くねえよ。全然、良くねえけど……オレにとって一番大事なのは、オメーの笑顔だからさ……」

 そう言った新一の微笑みが何だか儚げで、蘭は気になった。


   ☆☆☆



 夕食が終わって、部屋に戻った。それぞれお風呂に入ったあと、ベッドに座ってくつろぐ。
 蘭は新一に、昨日作ったチョコレートを渡した。

「本命?」
「もう!何で今更聞くのよ!本命に決まってるでしょ!」
「わりぃ。蘭からの本命チョコを貰える日が来るなんて、思ってなかったからよ……」

 表面に「新一へ」とだけ書いてある、シンプルなハート形のチョコ。新一が口に入れてかじるのを、蘭はドキドキしながら見守っていた。

「うまい……!」
「ホント?良かった……」
「本当にスゲーうめえよ。こんなうまいチョコを食ったのは、生まれて初めてだ」
「そりゃ……わたしの愛情がたっぷり籠ってるんだもん!」
「蘭も、味見する?」
「えっ?」

 新一が、蘭の唇に自分の唇を重ね、舌を蘭の口腔内に差し入れる。チョコレートのほろ苦い甘さが蘭の口内に広がる。

「な?最高にうめえだろ?」

 唇を離した新一が、蘭の耳元で言った。

「もう、バカ!」
「ごめん。嬉し過ぎて、テンションおかしくなってる」
「わたしも嬉しい。新一に本命チョコをあげられて、喜んでもらえて……」
「蘭……」

 新一が、蘭を抱き寄せて、言った。

「オメーに、言って置きたいというか、言って置かなきゃならないことが、ある」
「……新一……?」
「アメリカにいた間のことだ。オレがオメーにずっと連絡をしていなかったのは、ひとつには、関わった事件が結構やばかったからだ。オメーに連絡すると、オメーが危険な目に遭うかもしれない。だから、連絡が出来なかった……」

 その話は、有希子や志保から聞いて知っていた。けれど、新一の「ひとつには」と言ったことが、気にかかる。

「ひとつには……ってことは、もうひとつ、あるのね?」

 蘭が問う。新一が蘭の方を見て、髪をクシャッと撫でる。

「オメー、本当に綺麗になったよな」
「え?」
「最初に会った時も超絶可愛かったし、中坊の時も滅茶苦茶可愛かったけどさ……再会した時は、あんまり綺麗で、心臓が止まるかと思ったよ」
「……」

 突然話を逸らしたかのような新一の言葉。しかし蘭は、辛抱強く待った。

「オメーさ。オレが居なくなったら、ラブレターもらったり告白されたり、結構あったんじゃねえか?」
「え……?う、うん……まあ、そうかも……」

 蘭は記憶をたどる。蘭が妙にラブレターもらったり告白されたりするようになったのは、中学最後の年……確かに、新一が居なくなった後だった。

「だろうなあ。オレが居る間は、オレが阻止してたから」
「はあ!?」

 思いがけない新一の告白に、蘭は素っ頓狂な声をあげてしまった。新一は、ちょっと悲し気に微笑む。

「小さい頃から、オメーのことが好きで好きで。ぜってー他の男には渡さねえって。オメーに惚れた男たちを、オレはあの手この手で牽制してた。まあ暴力を振るうなんてことは、誓って、してねえが」

 蘭は驚いた。まさか新一がそのようなことをしていたとは、夢にも思っていなかったから。けれど、何故だか腹は立たなかった。むしろ、新一が蘭に独占欲を持っていたことを知って、安堵さえしている。
 ここ最近、強引に求めて来ることがない新一に対して、少し物足りない気持ちもあったのだ。

「オレは、オメーに振られた後、自分に誓いを立てた。きっとオメーはますます綺麗になって、そのうち、男の10人や20人、作るだろう。たとえオメーが他の男のものになっていても、笑って祝福できるだけの器の大きい男になるまでは、オメーに連絡も取らないって……」
「それが……ふたつめの、理由?」
「ああ。で、帰国した時は、一応、そうなれた積り、だった。けど……帰国して、想像してたよりもっとずっと綺麗になったオメーを見たら、もうダメだった。やっぱり誰にも渡したくねえって思った。オメーに彼氏が居ない、彼氏が出来たことがない、それを知った時は、狂喜した。だからって……オメーがオレのモノになるわけでも、ねえのに……」
「新一……」

 蘭が微笑んで、新一の頬に両手を当て、自分から口づけた。新一が目を見開く。

「蘭……こんな……醜い独占欲の塊のオレでも、良いのか?」
「新一。わたしは、自覚は無かったけど、もうずっと、新一だけのものだったの……」
「蘭……?」
「もし、もしもね……新一が帰国して来なくて、再会することが無かったとしたら……わたしはきっと、誰も好きにならずに、一生独身だったと思う」
「えっ!?」

 新一が目を丸くして蘭を見た。

「今でも……あの中学生の時に、新一から告白されたら、ごめんなさい以外の答は無かったって思う。でも、あの時の気持ちが、友情だったのかって言われたら、それも、違うの」
「蘭?」
「わたしの中にはずっと、新一への恋心が、種のまま眠っていた。新一に最初に告白されたあの時は、それはまだ固い種の状態で……わたし、自分にとって新一がどういう存在なのか、分かっていなかったの……」
「……!」
「新一。わたしが恋する男性は、生涯、新一ひとりだけ、だよ……」
「蘭……」

 蘭が新一に抱き着き、新一は蘭を抱きしめ返した。

「わたしだって、独占欲くらい、持ってるよ……麻美先輩にも、すごく嫉妬した……」
「蘭?オレは内田先輩のこと、そういう対象では……」
「分かってる。分かってるよ。でも、先輩の誕生祝いに行ったあの時……わたしの中に、ものすごく醜い嵐が渦巻いてて……新一が好きだって自覚は無かったくせに、新一はもしかしたら麻美先輩とって、すごく苦しくて苦しくて……」
「蘭……」

「新一の独占欲だって、わたしは嬉しいよ。わたしの笑顔を守るって言われるより、わたしを誰にも渡さないって言ってもらった方が、わたしは……!」
「蘭……っ!」

 新一は、息もつけぬほどの強さで、蘭をギュッと抱きしめた。

「愛してる……蘭……」
「新一、わたしもよ……」
「オメーは、ぜってー誰にも、渡さねえ!」
「うん……わたしはずっと……新一だけのものだよ……」

 新一はゆっくりと、ベッドの上に蘭を横たえ、蘭の室内着を脱がせた。自分の室内着も脱ぎ、蘭の上にのしかかった。


   ☆☆☆


 せっかくの、ロマンチックな天蓋ベッドも、シックな室内の調度品も、全く目に入らない。
 2人の目に映るのは、お互いの姿だけ。2人の耳に聞こえるのは、お互いの声と吐息だけ。

 激しい口づけを繰り返した後、新一の唇が蘭の全身に触れる。お互い、少しの隙間も惜しいとばかりにピッタリと体を合わせ、お互いの背中に手を回して、抱き合う。

 2人とも全く初めてのこととて、なかなか上手く行かない。新一は鼻血を垂らすは、蘭は破瓜の血を流すはで、スプラッタな状況だった。
 けれど、新一がどれだけ蘭を愛してくれているのか、新一がどれだけ大事に抱いてくれているのか、それは触れ合ったところから十分に伝わった。

 時間をかけてようやく、2人はひとつになった。
 蘭が色々見聞きしていた通り、ひとつになった瞬間は、半端でなく痛かったし、まだ快感というほどのものを感じることもなかった。

 けれど、新一とひとつになれたのは、本当に本当に幸せだった。蘭のまなじりからは、涙があふれて流れ落ちる。

「蘭!?辛いのか!?」
「ううん、ううん……わたし……幸せなの……」
「蘭?」
「痛くないって言ったらウソになるけど、この涙は、新一とひとつになれて……幸せの涙……だから……」
「蘭。オレも、幸せだ……この上なく、幸せだ……蘭……」

 新一が優しく口づけ、蘭の頬に唇を滑らせて涙を拭い取った。


 無事結ばれた二人は、身を寄せ合って横になった。

「蘭。オメーのこと、一生、離さない」
「うん。離さないで、ずっとそばにいて……」

 そしてまた口づけを交わし、微笑み合い……額をこつんと合わせた。蘭の目からまた、幸せの涙があふれて流れた。


(26)に続く

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<後書き>



2021年10月21日脱稿


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