恋の種



By ドミ



(26)



 2月15日の朝。
 蘭は、愛しい温もりに包まれて目覚めた。

 目の前に、新一の寝顔がある。
 クリスマスの朝も同じ状況だったが、あの時と違うのは、お互いに何も身に着けず生まれたままの姿だったことだ。
 下腹部に鈍い痛みを感じる。それすらも、結ばれた証で、幸せでしかない。

 蘭がそっと新一の唇に自分の唇を重ねると。
 突然、蘭を抱き込んでいた腕が明確な意思を持って蘭を抱きしめ、触れ合った唇がグッと押し付けられ、蘭の唇を味わうように動いた。

 唇が離れたかと思うと、至近距離で囁かれた。

「おはよう、蘭」
「お、おはよう……新一、起きてたの?」
「いや。蘭のキスで、目が覚めた」

 そして、もう一度深く口づけられた。そのまま新一の唇は蘭の首筋へ移動する。
 昨夜の初めての時より、行為はスムーズになり、蘭の中に新一が入って来たときの痛みも、初めての時よりは、だいぶマシになった。そして……まだ快楽には程遠いものの、蘭の中で、抱かれる歓びの感覚が生まれつつあるのを感じた。

「愛してる……愛してる、蘭!」
「ああ……新一……っ!」

 チェックアウトぎりぎりの時間まで愛し合い、おかげでホテルのモーニングを食べそびれた2人であった。


 車に乗って、米花町に帰る。そして、毛利邸まで蘭を送って行った。いつもは車から降りて自宅に戻る蘭をそのまま見送るのだが、今日は、新一は車を降り、蘭の荷物を持った。そして、毛利邸に蘭の荷物を運ぶ。
 帰りの車の中で、今日の昼食をどうしようという話になり……ポアロで食べようということで話がまとまっていた。

「あら、蘭ちゃん、こんにちは……そちらの方は?」

 ポアロの店員・榎本梓が、蘭と新一の姿を認めて声を掛けて来た。
 彼女は、大学生の時にポアロでアルバイトを始めて、大学卒業後そのままポアロの看板娘になっている。蘭とはポアロに勤め始めた最初の頃から顔馴染みだ。

「この店の前によく車を止めているのを何度もお見掛けしてるけど、蘭ちゃんの彼氏さんよね?」
「はい。工藤新一といいます、よろしくお願いします」
「ねえねえ、梓さん。今日のお勧めメニューは?」
「……特製カラスミパスタのランチセット、なんですが……残り一人分しか……」
「じゃあ、それをひとつと、もうひとつは別のランチセットにして、シェアしようか」
「うん!」

 そして2人仲良くランチを食べた。

「あー、蘭ちゃん、羨ましいなあ」
「ええ?梓さん?」
「わたしも気付けば20代後半。どこか良い男がいないかしら……」
「ポアロには梓さん目当てに通ってくる方も居るんじゃないですか?」
「ん〜。なんか、強面の警察官の方だと、ちょっとその気になれないっていうか……」

 事件がらみで毛利探偵のところに来た警察官やその他の人たちがポアロで昼食を食べて行って、そのままポアロの常連になる人たちが多い。基本的には、ランチが美味しいからだが、中には梓目当ての常連もいるようなのだ。

「蘭ちゃん、まだ学生さんよね?だったら、結婚とかはまだ考えてない?」
「いや、来年蘭が大学を卒業したら結婚しようかと考えてます」
「あらー。じゃあ、毛利さんとこに挨拶に行かなきゃねえ」
「……そうですね。そろそろと、考えているんですが……」

 食事が終わると、新一は蘭を3階の自宅まで送って行った。毛利邸玄関前で、キョロキョロと周囲を見回し、毛利探偵も誰も見ていないことを確かめ、そっと蘭と唇を重ねる。

「じゃあ、蘭、またな……」
「うん……また……」

 蘭は、ドアを閉めた後、ドアに背中でもたれかかり、ずずずとそのまま沈み込んだ。
 蘭の頭の中では、昨夜と今朝新一に愛された時の感覚が何度もリピートされている。今日もアルバイトを休みにしていて、本当に良かったと思う。

『あああ……本当に、試験前に新一に抱かれていたら、絶対単位を落としまくっていたよ〜』

 その行為に伴う快楽など、まだ知らないというのに。また新一に抱かれたいと思ってしまう。
 昼ご飯を、毛利探偵事務所の下にあるポアロにしたのは、2人ともいつ理性が飛んでしまうか分からない状態だったからだ。

 今朝の幸せな目覚め。そういう朝を積み重ねて行きたい。
 そのためには、やっぱり、新一と一緒に暮らすのが一番だと思うけれど。多分、そんなに簡単には行かないだろうなと、思う。


 たとえ父親がどんなに反対しようと、蘭は新一と共にあることを、もう決めてしまっている。けれど、父親の頑なな心を溶かす努力も必要であろうとは、思っているのだ。
 新一も父親の小五郎も、蘭にとっては大切な相手、出来れば仲良く……とまでは行かないにしても、父親には新一の存在を認めて欲しいと、思う。



   ☆☆☆



「ら〜ん。どうだった、新一君との、ショ・ヤ」
「も、もう!園子!」

 春休み。蘭はバイト・部活に忙しく、園子は経営者修行に忙しい。
 就職活動を行う学生は、4回生に進級する前に部活を引退する場合が多いが、蘭は就職活動をしないので、次の大会までは部活を続ける積りだ。蘭の場合、全国大会出場に期待がかかる分、なおさらだ。
 園子は、普通の就職活動はしないが、3回生の大会を最後に、テニス部を引退していた。

 2人は、お互いに忙しい合間を縫って、遊びに行ったりお茶したりをしていた。

 蘭は再び、工藤邸にご飯を作りに行くようになった。工藤邸に行ったら新一に抱かれるようになったのが、以前と違うところだ。


「新一が、トロピカルランドのホテルを取ってくれてて……さすがにスイートルームとは行かなかったけれど……」
「へえ!新一君、意外とやるじゃん!その手のことには疎いだろうって思ってたけど」
「そ、そうね……多分新一は、わたしを喜ばせるためにどうしたら良いのか、結構考えたり調べたりしてるんだと思う。トロピカルランドも、ガイドブック暗記してたみたいだし……」
「そっかあ……そういえば真さんも、その手のことは全然からっきしだったのに、わたしを喜ばせようと色々調べたりするようになったみたいだものね」
「園子は?京極さん、バレンタインデーの日、帰国したの?」
「うん!真さんが帰って来なきゃ、真さんに作ったチョコを他の人にあげる!って言ったら、飛んで帰って来たわ」
「そ、園子……そんな、試すようなことは……」
「あら。試そうだなんて思ってないわよ。冗談抜きで、真さんが帰って来なかったら、仕方がないからパパにあげようと思ってたんだから」
「あ……そう……。そういえば園子、園子のところは、おじ様、京極さんとのお付き合いに反対しなかったの?」
「うちは、パパは意外と大丈夫だった。なんかパパは格闘技好きだから、京極さんが空手選手でめちゃ強!ってとこで、印象良かったの。むしろママの方が、大変だったなあ……『園子さんは鈴木財閥の跡取りなのだから、婿殿として相応しい方でないと困ります』って、そりゃもう……」
「そ、そっか……大変だったんだね……」
「で?蘭とこは、おじさんが交際に反対してんだよね?」
「……交際自体は、渋々認めてもらったけど、その先になると……」
「その先って……?」
「同棲と結婚」
「は?アンタたち……付き合い始めてまだ3か月だよね!?」
「う、うん……」
「付き合い始めて4年経って、ようやく婚約が見えてきて、同棲なんて考えてないわたしには、正直、助言できることは何もないわ……」

 そう言って園子は、紅茶を飲んだ。蘭は、ふっと微笑みを浮かべた。

「園子。ありがとう……」
「は?何の助言も出来ないって言ったばかりなのに、何で?」
「だって。真剣に考えて、気休めを言うでもなく、園子が今応えられることを、返してくれたんだもん。ありがとう……」
「蘭……」
「そうね。付き合い始めてからの時間は、たった3か月。それだけ見たら、もっとゆっくり考えたら良いんだって思うけれど……」

 そこまで言って、蘭は紅茶に口をつけた。

「17年……」
「えっ?」
「新一が、ずっと一途にわたしを思い続けていてくれて……そして、わたしの気持ちが新一に追いつくまでに、かかった時間が、17年」
「蘭……」
「わたしはもう、待ちたくないし、待たせたくない。ずっと新一と一緒に居たいの。新一と家族になりたいの」

 園子が大きく息を呑んだ。

「だったらさ、蘭……その気持ちをそのまま、おじ様に伝えたら良いんじゃないかしら?」
「そうね。まあ、言っても『ハイそうですか』にはならないけどね、きっと。でも、言うことが大事だよね!」

 そう言って蘭は笑った。

「まあ、とりあえず、なし崩しにお泊りの日を徐々に増やすって実力行使でも、良いんじゃない?」

 園子の言葉に蘭は苦笑した。実際に蘭がもう行っていることだったからだ。

「明日から、3月かあ……もう大学もあと1年だねえ」
「そうね。お互いに、単位はほぼ取って、あとはほぼ、卒論だよねえ。実は明日、新一がお父さんに会いに来ることになってるんだ」
「へっ!?そうなの?だったら……」
「きっと色々ガチャガチャしそうで気が重いけど……まあ、言うだけのことは言って、お父さんに認めてもらうように頑張るしかないよね」

 昨年7月に新一と再会するまでは、大学卒業した後の未来など、ほとんど考えられなかったけれど。今は、「新一と一緒に生きて行く」という明確なビジョンが出来ている。その未来に向けて頑張らねばと思う蘭だった。



(27)に続く


++++++++++++++++++

<後書き>

 中学2年までは原作の世界観と同じ設定。なら、ポアロにやっぱり梓さんいるのかなと思って、出しました。
 この世界にも当然降谷さんはいるんですが(モブ男編で出したし)、彼はこの話では、潜入のためにポアロで働いたりしていません。

 次は、ホワイトデーの話……の前に、一波乱か二波乱ありそうです。

2021年10月24日脱稿


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