恋の種



By ドミ



(27)



 新一が、毛利家に挨拶に行くと。そこには、小五郎に並んで英理が居た。新一は、緊張した面持ちで、2人に対峙する。
 実を言うと、英理を呼んだのは小五郎ではなく、蘭だった。父親と母親が揃った状態で、新一と向き合って欲しかったのだ。

「蘭……蘭さんが大学卒業したら、結婚したいと思っています。どうぞお許しください」

 そう言って新一は頭を下げた。

「……蘭はまだ学生だし……オメーは社会人なり立てでまだ稼ぎ始めたばかりだろうが。結婚なんざ、まだ早い!」

 小五郎がそう言うと、横から英理が茶々を入れた。

「あら。私達が結婚したのは、2人ともまだ学生の時だったわよね。その頃から比べても、今の平均結婚年齢がさほど遅くなったとも思えないわ。あなたのその論理は破綻していると思うけど?」

 小五郎がいきり立つ。

「英理!オメーは、この探偵坊主の味方をするのか!?」
「あら。私は別にそんな積りはないわ。新一君の味方はしない。でも、あなたの味方でもない。私は、蘭の味方よ」
「え、英理!」
「お母さん……」

 新一は、毛利家の人々の会話に口を挟めず、目を白黒させている。

「それに新一!オメーは蘭と付き合い始めて、まだ3ヶ月だろうが!あと一年の間に気が変わったら、どう責任を取る積りだ!?」
「正式にお付き合いを始めてからは3ヶ月ですが、オレ……ボクはずっと長い間、蘭さんを愛していました。中学3年から6年余りアメリカにいた間も、いささかもその気持ちが変わったことはありません。人と人との絆は、長さだけではないことは、分かっています。それでも、ボクはこの先ずっと、蘭さんただ一人を愛し続けていくことだけは、自信があります!」
「知ったような口を叩くんじゃねえ!オメーはまだ人生の4分の1しか生きてねえだろうが!」
「あらあらあら。小五郎、あなただって、人生の半分しか生きてないのに?」
「だから英理!何でオメーは茶々を入れるんだよ!」
「あなたがあんまり理不尽なことを言い立てると、蘭が可哀想だからじゃないの」

 そんな具合に話は堂々巡りとなり。1時間ほど話し合ったが、結局小五郎のお許しは得ないまま、話は終わりとなった。


 新一が帰るのを、蘭が見送る。玄関ドアを開けて、外に出た。

「新一……ごめんなさい……」
「何で蘭が謝るんだ?」
「だって……」
「まあ、仕方がねえよ。また、何度でも、来るさ」
「新一……」

 新一が蘭を抱き寄せ、そっと唇を重ねようとしたとき。まるでどこかで見ていたかのように、玄関ドアが開いた。新一と蘭は慌てて離れた。ドアの向こうには、険しい顔をした小五郎が立っていた。

「新一、オメー、いつまで油を売ってるんだ、あ〜ん?さっさと帰った帰った」
「あ、はい。じゃあ、蘭……」

 新一が踵を返そうとすると、蘭が新一の首に腕を回して抱き着き、新一の唇に自分の唇を重ねた。新一は目を見開いてそれを受け止め、小五郎は石化していた。

「じゃあ、新一、またね」
「お、おう……また……」

 蘭は、笑顔で新一を見送った後、新一に向けたのとは全く違う怒りの表情で小五郎に向き合い、玄関に入ってバタンとドアを閉めた。

 茶の間に戻ると、英理が蘭と小五郎の分までお茶を淹れて、お茶をすすっていた。英理は料理は破壊的だけれど、お茶は一応まともに淹れるのだ。

「お母さん、ありがとう……」
「いいえ、どういたしまして」

 蘭も座ってお茶を飲む。小五郎はまだ茶の間に戻ってこない。玄関のところで石化したままなのであろう。

「ねえ、お母さん。お母さんは、新一とわたしとの結婚に反対なの?」
「そうねえ。大賛成!ってわけでもないけど、強いて反対もしないわ。私がどちらかと言えば反対してるのは、同棲の方ね。今日はその話まで至らなかったようだけど」
「え?同棲って……」
「蘭、春休みになったら、新一君と一緒に暮らしたいって、言ってたじゃない」
「う、うん……」
「だったら、サッサと結婚すれば良いのに、なんでわざわざ、1年待つの?」
「えっ!?」

 蘭は目をパチクリさせた。

「同棲なんてね、男に取っては、責任は全くないのに美味しいところだらけ、敢えて結婚なんてする必要性を感じなくなるものなのよ!私は弁護士として、同棲の果てのトラブルを山ほど見て来たわ!まあ、新一君がそんな輩と同じとは思わないけど、女側にリスクがあって男には無責任に美味しいだけの同棲なんか、私は反対よ!」
「じゃあ、お母さんとしては、今すぐ結婚すべきだってこと?」
「蘭。私は別に、結婚に賛成しているわけじゃないって言ったでしょ?同棲よりはそっちの方がマシなんじゃないかって言いたいだけ」
「……」

 母親も天邪鬼なところがあるので、諸手を挙げて賛成、とは言ってくれないが。同棲するくらいなら今すぐ結婚した方が良いと思っているのだろう。

「あなた。せっかくお茶を淹れたのに、冷めてしまうわよ。それに、そこにずっといたら風邪ひくわよ」

 英理が玄関に向かって声を掛けた。小五郎は、不貞腐れた体で茶の間に戻って来て、卓袱台の前にどっかりと座り、英理が淹れたお茶を啜った。

「あん?このお茶、オメーが淹れたのか?」
「そう言ったじゃない。何よ、文句でもあるの?」
「あ……や……何年ぶりかなと思ってよ……」

 小五郎は、お茶を飲み干した。そして急須を持ってキッチンに行くと、お湯を沸かし始める。

「お父さん?」
「あなた……?」
「もう一杯飲みてえから……オメーたちもお替わり飲むか?」
「あら。じゃあお願いね」
「じゃあ、わたしも……」
「おう……」


 英理は小声で蘭に声を掛ける。

「あの人がお茶を淹れるなんて、それこそ何年振りかしら?」
「ん〜。でも、お父さん、時々はお茶を淹れてるよ……まあ、お酒とかビールとか飲むことが多いから、本当にたまにだけどね」
「そう……」

 ほどなくして。小五郎がお茶を淹れた急須を持って卓袱台のところに戻って来た。3人それぞれの湯飲み茶碗に、お茶を注ぐ。そして、座った。

「なあ、英理。そろそろ、帰って来ねえか?」
「えっ!?お父さん?」
「あなた。どうしたの、突然?」
「……蘭がもうすぐ、居なくなるからよ。俺も一人暮らしだと寂しいし、今以上にだらしない生活になるのが目に見えてる。だから……」
「えっ!?お父さん、新一とのこと、許してくれるの!?」
「バーロ。許す気はねえ!っつってもよ、誰に似たのか、頑固なオメーのことだ、オレがどれだけ反対しようが、ぜってーあの探偵坊主のところに行く気だろうが!」
「お、お父さん……!」
「ふん。結婚する時、相手の親が簡単にウンと言わないのは、まあ、儀式みてえなもんだ。今の世の中、結婚は家同士のことじゃねえし、親が反対しようが成人した者同士は自分たちの意志で結婚は出来る。ただな。結婚するということは、自分たちで責任を持って新しい家庭を作るということだ。まあ、その責任をきちんと果たしているのか疑問な俺が言うことではねえかもしれんが」
「お父さん……?」
「……まあ、あいつはイイヤツだよ。事件に真剣に向き合ってるし、オメーのことも本当に大切に思っている。まだ青いが、年齢から考えたら当然だ。だがな!オレの大切な一人娘を、どこに出しても恥ずかしくない素晴らしい女性に育った娘を、攫って行こうってんだから、何度でも通ってくる誠意と心意気を見せてくれねえとな!」

 小五郎が、いずれは許してくれる心積もりであることを蘭は理解して、ホッとした。

「……で、英理。さっきの話だが。こっちに戻って来る気はねえか?」
「……今住んでる場所、事務所と同じビルにあるから、気に入ってるのよねえ……」
「おいおい、英理!」
「ここの隣の、いろは寿司の上が、最近、ちょうど空いたのよね。あそこを借りるか買うかして、事務所を移転しようかと、今、考えてるの……」
「えっ!?じゃあ、お母さん!」
「英理……!」
「あなたの探偵事務所と私の法律事務所で、依頼のシェアも出来るし……それに、蘭が居なくなったら、あなたのところの事務仕事してくれる人が居なくなるでしょ?今私のところにいる栗山さんに、毛利探偵事務所の事務仕事のお手伝いもお願い出来るかもしれないわ……」


   ☆☆☆


 その夜も、英理は蘭の部屋で一緒に寝た。英理の部屋は一応あるのだが、掃除をする余裕がなかったのだ。けれどもうそろそろ、英理がいつ帰ってもいい様に、英理の部屋も整えておく時期かもしれない。

「まあ、小五郎が、ウンと言うまでは、もう少しかかると思うけど……」
「そうね……でも、最終的には許してもらえそうで、安心した」
「まあ、あの人のお許しが出るまでは、新一君ちに泊まる回数を増やせば良いんじゃない?」
「お母さん……園子とおんなじこと言うんだ……」
「で、私としてはやっぱり、同棲はやめて置いた方が良いと思うわ。一緒に住む時には、籍を入れたら?」
「うん。実を言うとね、わたしはもう、すぐにでも新一と結婚したいって思ってるの。新一の方は、わたしが大学卒業した時って考えているみたいだけど……」
「あらまあ。だったら、小五郎への挨拶の前に、ふたりの意見をすり合わせておけば良かったのに……」
「うん、そうだね……わたし、お父さんにも、今すぐ新一のところにお嫁に行きたいって言ってたのに。今日、新一は、わたしが大学を卒業したらって言っちゃったもんだから、その食い違いで、余計にお父さん腹立てちゃったんでしょうね」

 蘭は苦笑した。蘭が新一に「同棲ではなく結婚したい」と言えなかったのは、女の方から言い出すことに気が引けたからだったのだが。以前園子から「察してちゃんでは伝わらないよ」と忠告を受けたことを、思い出していた。新一は、蘭が言えば嫌がらずに受け入れてくれる気がする。新一ときちんと話をしなければと思う。

「蘭。結婚だけが人生じゃないけど……」
「……え?」
「ほんの数か月前までは、あなたは一生独身かもねって思ってたわ……」
「そ、そう?どうして?」
「母親の勘よ」
「お母さんが、勘だなんて……」
「あら。どうして?」
「だって……理屈で説明できないことは、信じないのかと思ってたから……」
「あなたね。そりゃ、弁護士としての仕事では、理論で詰めて行かなきゃいけないけど。でも、私だって、あなたの母親よ。まあ、母親らしいことは何もしてこなかったけど……」
「……お母さんの勘は、当たってると思う。わたしは……新一がアメリカから戻って来なかったら、きっと、誰にも恋をせず、誰とも結婚せず、一生独身だったと思う」
「蘭……?」
「昔から、新一はわたしの特別だった……新一以外の男の人を好きになることはない。それに気付くまでに、すごく時間が掛かったけれど……」
「ああ。やっぱり、そうだったのね……」
「お母さん……気付いていたの……?」
「蘭の気持ちが恋に変わったのは、新一君が帰国して再会してから、よね?」
「う、うん……」
「でも、子どもの時、その頃は恋では無くても、特別な存在だった……」
「うん!どうして、分かったの?」
「それはね……私にとって小五郎がそうだったからよ」
「ええっ!?」
「私があの人に本格的に恋をしたのは、高校生の頃だったかなあ……それまでは、仲良しで大好きな幼馴染だったけど、恋では無かった。かといって、他の男の人に恋が出来たかって言えば、それは無かったから……」
「へええ!」
「あ、これ、あの人には内緒よ」
「うん!」

 母と子の内緒話。何だかくすぐったい気持ちになった。



   ☆☆☆


 翌日、バイトが終わった蘭が新一の家に行くと、書斎には領収書などの書類が散乱していた。

「新一!?これは一体……!?」
「蘭。あ、や……その……確定申告の期限が近付いてるから……」
「新一。わたし、書類整理と手続き、手伝おうか?」
「へっ!?んなワケには……!」
「わたし、ここ数年、お父さんの確定申告手続きやってるから、慣れてるもん。新一は初めてでしょ?手伝わせて!」

 ということで、蘭は新一のWEB通帳などを見せてもらったのだが……。

『ええっ!?去年新一は、半年しか仕事してないのに……!』

 新一は、基本、刑事事件しか担当していない。蘭は父親の経理や確定申告を手伝っていたから分かるのだが、探偵の仕事はハッキリ言って、刑事事件関係より民間の依頼の方がずっと依頼料が高いのだ。なのに、新一の収入は蘭の予想よりはるかに多かった。逆に言えば、単価の低い刑事事件を、それだけ沢山こなして来たということでもあるのだ。

『まあ、新一は忙しかったものねえ……その対価と思えば、不思議じゃないわ……』

 ただ、経費などを色々差し引いても、かなりの税金を納める必要がありそうだ。新一は今、事務所を構えてはいないけれど、自宅以外に事務所を借りた方が、公私の区別もつけやすいし、税金対策にもなるだろう。
 まだ結婚の話が具体化しているわけでもないのに、スッカリ「工藤探偵事務所の家族従業員」の意識になってしまっている蘭であった。



(28)に続く

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<後書き>

 工藤邸とか毛利邸とか、どういう間取りになってるんだろうなと、とっても気になっています。小五郎さんの寝室と蘭ちゃんのお部屋があり、食事は茶の間。原作でコナン君は小五郎さんの部屋で寝ている。英理さんの部屋はあるのか、それとも小五郎さんの部屋が夫婦の寝室だったのか?にしては、小五郎さんが寝ているのはダブルベッドでもなさそうだし。平和が泊まる時は、平次君は小五郎さんの部屋で、和葉ちゃんは蘭ちゃんのベッドで一緒に寝てたから、もう一部屋ある感じではなさそうだし。色々謎です。

 ん〜、で、あんまり前回の後書きで書いた波乱という波乱にはなってないような……どうなんでしょう?


2021年11月4日脱稿


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