恋の種



By ドミ



(28)



 蘭が作業に熱中していると。

「蘭。メシ、出来たぞ」

と声が掛かって、飛び上がる。

「え?ご、ご飯!?えっ!?もう、こんな時間!?新一が作ったの?」
「まあ、たまにはな。簡単なものしか出来ねえけど」

 新一が作ったのは、オーソドックスなカレーとサラダで。ジャガイモが少し固かったり色々あったが、蘭はありがたくいただくことにした。
 最近の新一は、少しずつ、家事の手際が良くなってきている。

「蘭。今夜は、泊って行くのか?」
「う、うん……」

 バレンタインデーに結ばれてから、新一と蘭は何度も熱い夜を過ごして来た。その行為に伴う苦痛もスッカリなくなり、快楽と呼ばれる感覚を知りつつある。皆が何故その行為に夢中になるのか、実感しつつあった。
 もちろん、気持ち良いのも幸せなのも、相手が新一だから。
 それに、新一に抱き締められて眠ることも、とてもとても幸せで。自宅で一人で眠る夜は、物足りなくて寂しい。少し前まで、それが当たり前だったのに。

 新一のベッドはシングルベッドだが、いつも引っ付いて眠る2人にとっては、全く狭く感じられない。その夜も、何度も深くまで触れ合って一つになって、とても幸せな夜だった。
 ことが終わった後、新一に抱き締められて横になる。

「すげー幸せ……」
「わたしも……」

 見つめ合い、お互いの額をこつんと合わせて微笑み合う。

「はあ……早く一緒に暮らしたい……」
「新一?」
「オメーと一緒に眠る幸せを経験したら、前は当たり前だった一人寝が寂しくてさ……」

 新一も蘭と同じだったんだと、蘭は嬉しくなる。

「ほんの3か月ちょっと前までは……オレ、生涯独身で、生涯童貞だって思ってた。蘭とこういう仲になれるなんて、思ってもなかったよ」
「し、新一……」
「オメーはオレの、生涯ただ一人の、一人だけの女だ……」
「新一……わたしにとっても、新一は生涯ただ一人の男の人だよ……」

 そしてまた二人は抱き合い口づけを交わした。

「ねえ、新一……」
「ん?」
「なんで、1年後、なの?」
「あ?」
「そ、その……結婚……」

 新一が目を丸くしている。

「……と言うと?」
「そ、その、一緒に暮らすのなら……同棲じゃなくて、結婚じゃ、ダメなの?」
「……」

 新一が黙ったので、蘭は不安になった。英理の言葉が、蘭の頭の中を回り始める。ややあって、新一が口を開いた。

「そりゃ、オレとしちゃ、今すぐにでも結婚してえけど……」
「……けど……?」

 新一が目を逸らした後、また蘭を真正面から見る。

「オメー、いいのか?本当に逃げられなくなるぞ」
「え?逃げられないって……何から?」
「オレから」
「はああ!?」

 思いがけない言葉に、蘭の口から大きな声が出た。

「なんでわたしが新一から逃げたいと思うなんて、考えるのよ!?」
「や、そ、その……」

 新一が赤くなって口元を手で覆い目を逸らす。

「オメーを初めて抱いた後……自分でも怖くなるくらい、今まで以上に独占欲が強くなっちまって……」

 蘭が新一の両頬を指でつまんで引っ張った。

「ってててて!何すんだよ!?」
「バカッ!独占欲が強くなったのなら、絶対逃がさないようにしっかり捕まえててよね!」
「蘭……」
「ちらっとでも、もしかしたら新一、エッチしたらわたしに冷めたんじゃないかって、勘ぐっちゃったじゃないの!」
「バーロ!それは、ねえ!絶対に、ねえ!」

 新一の目の色が変わった。

「蘭……オメーを不安にさせて悪かったよ。もうオメーが金輪際、そんな勘繰りをする余裕がねえようにしてあげねえとな……」

 そして新一は、蘭の胸に顔を埋めた。そして蘭の体をまさぐり出す。

「えッ!?新一……ちょっと待って!」
「待たない。もう、待つ気はない」

 既に何度も、お互い満足するまで、タップリ愛し合った筈だったというのに。蘭は、それから何度も新一を受け入れる羽目になったのだった。嬉しいけど幸せだけど気持ち良いけど、体がもたない。
 もう二度と絶対に、新一の気持ちを愛情を疑うような言葉を口にしないと、蘭は固く心に誓ったのだった。けれどそれもまあ……幸せなことだと言えるかもしれない。


   ☆☆☆


 次の朝。蘭は、新一が電話で会話している声で目覚めた。

「はい……はい、20分後ですね。分かりました」

 新一の仕事だ、と思い、蘭は体を起こそうとしたのだが。腰を中心に体中が痛くて、起き上がれそうになかった。電話を終えた新一は、蘭に向き直り、その唇にキスを落とす。

「蘭。今日はバイトねえんだろ?ゆっくりお休み。じゃあ、オレは行って来っからよ」

 そう言って新一は部屋を出て行った。新一も昨夜睡眠時間は短かったはずなのに、寝起きとは思えない爽やかな顔をしていた。気のせいか、顔もツヤツヤとしている。あの行為は男性の方が体力を消耗する筈なのに、どうして新一はこうも元気なのだろうと、蘭は恨めしく思いながら、部屋を出て行く新一を見送った。


 少し経って、蘭は起き出した。腰が痛い。昨夜何度も繰り返された行為に、恨めしさもあるが、それ以上に甘い幸福感が襲ってくるのが、自分でもワケが分からないと思う。

『ああ……本当に……1月のあの頃、勢いのまま関係を持たなくて良かった……もしそうなってたら、絶対、試験期間の頃はうわの空で、ヤバかったわ……』

 新一と結ばれてから2週間と少し。正直、蘭の頭は新一のことでいっぱいだ。これが日常になったら、少しは慣れて行くのだろうかと思う。

『新一……朝ごはんも食べずに、出かけちゃったよね……』

 新一が事件解決までどのくらい時間を要するのか、分からない。昼ご飯頃に帰って来られるかもしれない。
 蘭は、自分自身の簡単な朝食の後、昼ご飯の準備をし、昨日やり始めた、新一の確定申告の準備に取り掛かる。

『現実的な話として。今、わたしはお父さんの扶養家族になっているけど……結婚したら当然、親の扶養家族ではなくなる……』

 もし今年中に籍を入れたのなら、蘭は新一の「探偵事業」の家族従業員として届出ることが可能だ。などと考えながら作業をしていると、蘭の携帯が鳴った。新一専用にしている着メロで、慌てて電話に出る。

「新一?」
『蘭。体は大丈夫か?』
「う、うん……」
『一区切りついて、今から帰るけど……何か欲しいものあるか?』
「ううん。今は、大丈夫……」
『そっか……じゃ、もう少ししたら帰るから』

 蘭は幸せな気持ちで電話を切った。そして、昼食の準備を始める。
 少ししたら、門のインターホンが鳴り……新一ならインターホンなど鳴らさず、今日は車で出かけたからガレージの方から直接入ってくるはずだと思い、インターホンに出る。

『蘭さん!大丈夫?』

 そこに居たのは、高木美和子刑事と羽田由美刑事で、蘭は何事かと思ったが、とりあえず、招き入れることにする。

「良かった。蘭さん、起きられるなら、そんなに重症じゃ無さそうで……」

 話が見えず、蘭の頭にクエスチョンマークが飛び交う。
「……工藤君が、今日蘭さんを伴ってない理由を聞いたら、家で寝てるっていうもんだから、蘭さんの具合が悪いのかと……」
「あ、ありがとうございます。ちょっと寝不足だっただけで……」

 蘭は俯いて言った。

「だから言ったじゃん、美和子。工藤君のあの表情なら、絶対、大したことないって!」

 由美刑事が言った。その後、ちょっとスケベ目になって言う。

「……は、はーん。もしかして、蘭ちゃん、工藤君に抱きつぶされた?」
「え!?ええっ!?」

 蘭は真っ赤になった。あれは「抱きつぶす」っていうのかと、蘭は思う。

「へえ、そうなんだあ。言葉は聞いたことがあるけど、本当にそんなことがあるのねえ」

 美和子刑事が言った。

「まあ、私らは警察官だから体力あるし……」
「でも、蘭さんも空手やってて、体力ある筈……まあ、工藤君には、ほどほどにしときなさいよって……これは蘭さんから伝えてもらった方が良いわね」
「……美和子刑事、由美刑事、他人の家で、いったい、何をやってんですか?」

 突然、新一の声が降って来て、3人とも文字通り飛び上がる。ガレージから裏口を通って帰って来たのだろう。

「あ、はは……蘭さんが具合が悪いんじゃないかって、心配で……」
「……ったく……」

 新一が大きな溜息をついた。

「新一……あの……お帰りなさい……」

 新一の表情が緩んだ。

「蘭。ただいま……」

 おそらく、美和子刑事と由美刑事が居なければ、そのままラブシーンに突入したであろうラブラブ雰囲気に変わる。

「お、お邪魔しました!」
「工藤君、程々にね!」

 そう言って2人は去って行った。
 新一は玄関の鍵をかけると、蘭を抱きしめ、口づける。

「改めて、ただいま」
「お帰りなさい……ねえ、何で新一の方が美和子刑事たちより遅くなったの?」
「ちょっと役所に寄ってたから……」
「役所?」
「ああ。これを取りに……」

 そう言って新一が取り出したのは、婚姻届用紙だった。

「新一……」
「おじさんの許しを得次第、届出を出そう」
「うん……」

 蘭が涙ぐみ、新一は蘭を抱きしめ、また口づけを繰り返す。

「もし、いつまでもお父さんの許しが無かったら、どうするの?」

 多分そういうことにはならないだろうと蘭は思うが、一応聞いてみる。

「もしいつまでもダメだったら……その時はその時で、また、考えるさ……」
「うん……」
「届を出したら、どこかで、2人だけで結婚式をやって……本格的な結婚披露宴は、蘭が大学卒業したらって考えてんだけど……それで良いか?」
「うん!」

 そのあと、昼食を食べながら、手続きなどの現実的な話をする。苗字を工藤にすることには、蘭にも全く異存はなく、残りの大学生活では名前を変えずに過ごすため「旧姓使用届」を出すこととする。
 婚姻届用紙に、新一と蘭の名前を書き入れ、姓の選択にもチェックを入れる。小五郎の許しが出たら、証人欄に小五郎と英理の名前を入れてもらうことにした。



   ☆☆☆



 その数日後。蘭は部活帰りに、園子を誘ってお茶していた。

「へえ。蘭、着々と話は進んでるじゃない」
「うん……何だか夢みたい……」
「幸せそうな顔、しちゃって……それに、すごく綺麗になったよ……蘭を狙ってた男どもの悔しがる顔が目に浮かぶようだわ……」
「え?ここ最近、全くアプローチなんかないし、そんなこと、ないんじゃない?」
「……蘭。新一君は恐ろしい男よ。うちの学生でもないくせに、どうやらあの手この手を使って、蘭に懸想している学生を調べ上げて、牽制しているらしいわよ……」
「そんな、まさか……」
「本当だって。学生だけじゃなくて、教員も居るみたいよ……」
「……園子。わたしは、新一以外の人からアプローチされても困るから、新一がわたしに知られないように牽制しているなら、それで良いと思ってるの……」
「蘭?」
「酷い話だなって、自分でも思うけどね。でも新一は、暴力沙汰や犯罪になることは絶対にしないって、分かってるから……」

 そう言って蘭は笑う。

「たはは……アンタたち、案外似た者夫婦なんだね……」

 園子は脱力したように言った。確かに新一は、暴力沙汰や犯罪になることはしないだろう。しかし……蘭に懸想した男たちの諦めが悪いと、新一はその男たちの行動・背景を徹底的に調べ上げ、少しでも後ろ暗いところを見つけて追い込むのである。
 実を言うと、新一ファンの女は、帝丹大学の中にもそれなりに居て。その女たちに対しても、蘭に絶対危害を加えないよう、新一が動いていることを、園子は知っている。

「まあ、全部、蘭を守るための行動だから、良しとしますか……」

 園子はそう独り言ちた。園子にとっても蘭は大切な人だから、新一の行動がどんなに黒かろうが、それが蘭を守るためのものである限りは、黙認する積りである。


「ところで蘭、もうすぐ、ホワイトデーだね」
「うん……今年は、新一からホワイトデーのお返しがあると思うと、なんだかすごく楽しみ!」
「そっか……真さんの場合、『この勝利を園子さんに捧げます!』ってのが殆どで……それはそれで嬉しいんだけどさ……財閥のお嬢のわたしに、お金で買ったものは意味ないと思ってるんだろうけど……ささやかで良いから、やっすいお菓子で良いから、何か欲しいって思っちゃうのよね……」
「それこそ、口に出して伝えたら良いんじゃない?ホワイトデーには、ささやかで良いからお菓子のお返しをくださいって……」
「ん〜」

 新一が7年前、蘭にくれた「お返し」は、クッキーだった。新一は今年もきっと、ホワイトデーを忘れては居ないだろう。以前のクッキーが、ちゃんと意味を調べて贈ってきたものであるのなら、今年は違うお菓子になるはずだ。



(29)に続く

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<後書き>

 最初、どんどん、ブラック工藤になりかけて。何度も書き直しました、ぜはぜは。


2021年11月6日脱稿


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