恋の種



By ドミ



(3)



 新一との再会から10日ほどが経ち。蘭は前期試験が終わり、夏休みに入っていた。蘭はバイト・家事の合間に、毛利探偵事務所で、父親の手伝いをしていた。

「わりいが蘭、6年前の3月14日あたりの事件ファイルを、ちょっと探して欲しいんだが……」
「6年前の3月14日前後ね。分かった」

 蘭は、日付順にファイルされている戸棚を、ごそごそと探す。
 蘭が高校生になった後くらいから、少しずつ、棚のファイルもきちんと整理されるようになってきたが、蘭がまだ中学生だった6年前の頃は、色々なものがごちゃ混ぜに入っていた。

 6年前の3月分の書類などが入っている箱に、妙に分厚い封筒が入っていた。封は切ってあった。書類にしては少し凸凹して何かが入っていたようだったので、いぶかしく思って中を見る。中には袋入りのクッキーが入っていた。が、当然、とっくの昔に賞味期限切れだ。
 封筒の表書きは何もなく、封筒の後ろを見て、蘭は、息を呑んだ。心臓がドクドクと音を立て始めた。差出人の名前に、「工藤新一」と書いてあったのである。

 蘭は、震える指で中を探った。中には便箋が入っていた。

『蘭。この前はいきなり告白して、困らせてごめん。これ、バレンタインデーにもらった義理チョコのお礼。親は前からあっちに家を持ってたけど、急に、そっちを本拠地として腰を落ち着けることになった。オレも大学卒業までは親元についてくことにした。落ち着いたら、連絡すっから。じゃあな、元気で』

「新一……!」

 ホワイトデーのクッキーには、「友だち」という意味がある。新一は、蘭が「これからも友だちで」と言ったことに、きちんと応えてくれていたのだった。

「うおーい、蘭、資料は見つかったかあ……?」

 父親の小五郎が、蘭のところに来て言った。蘭は、小五郎に封筒を突き付けて、怒鳴った。

「お父さん!これ一体、どういうことなの!?」

 蘭の剣幕に、小五郎は怯えた顔になった。



   ☆☆☆


 小五郎自身、6年も前のことを思い出すのがなかなか難しかったが。色々言い合っている内に、ようやく思い出して来たようだった。

「最近、あの坊主の姿を見ないと思ったら、あいつ、アメリカに行ってたんだな……」
「お父さん……それも知らなかったの……?」
「いや、高校卒業してから、有希ちゃんと連絡とるのは英理だったし……」
「もう!お母さんが家を出てってから、わたし随分、工藤の家にお世話になったのに!」
「そう言われたってなあ。もう中学生くらいになったら、オメーの交友関係もあんまり分からなかったしなあ……」
「で?新一がここに来たのね?」
「ああ。なんか、オメーに会う暇がねえから渡してくれって言われてよ……」
「で?封筒開けて、中を見て……おまけにそこら辺にほったらかしてたのね!」
「あ、ああ……悪かったよ……中坊ガキが何色気づいてんだって腹立ってよ……」

 蘭は大きくため息を吐いた。
 小五郎には全く悪気なく、ただ単に、そこら辺に置いておいたので、他の事件資料と紛れてしまったのだろうと考えられる。

「で?まさか、それ以降、新一からのエアメールを隠したりなんか、してないでしょうね?」

 蘭が腰に手を当てて問う。

「しねえしねえ。っていうか、郵便受けに見に行くのはオメーだろうが。その封筒は、あの坊主が直接うちに来て渡してったんだ」
「新一が直接……?」
「なんか、オメーに会う時間がねえとかでよ……オレもまさか、アメリカに何年も行くなんて思ってなかったからよ……その……本当に悪かったよ……」

 新一は、蘭に黙って行ってしまったのではなかった。けれど……便箋には「落ち着いたら連絡する」と書いてあるが、その後6年間何の連絡もなかったのは事実だった。


「……新一の野郎は、ハーバード大学を卒業して、アメリカの探偵資格も持ってんだとよ……」
「お父さん。それ、どこで聞いたの?」
「けっ!警視庁で、白鳥警視と目暮警部が、嬉しそうに話していたぜ。帰国早々、警察で手こずってた事件を解決したんだとよ!」
「あ……そ、そう……」
「白馬警視総監の息子は、イギリスのオックスフォード大を出て、探偵として活躍を始めた。もっとも、彼は、殺しより泥棒の方を専門にしているようだが……」
「へ、へえ……」
「おかげで、こっちは商売あがったりだぜ!」

 なるほど、そこに行きつくのかと、蘭は思った。父親の仕事が減るのは、正直困るけれど。新一には頑張って欲しいと、蘭は思っていた。



   ☆☆☆



 大学は夏季休暇中だが、蘭は部活とバイトと事務所の手伝いで、相変わらず忙しい日々を過ごしている。
 蘭のバイト先はカフェで、お酒を出す店に比べたら時給が安いが、時間に融通が利くのがありがたい。

「いらっしゃいま……せ……?」

 蘭は、見知った姿を見て、言葉を途切れさせる。

「な、なんで……新一……」
「コーヒーを飲みに来たんだけど」
「じゃ、偶然なのね」
「いや。蘭がここでバイトしてるって知ってるから来たに、決まってるだろ?」

 蘭は、口をパクパクさせるが。とりあえず、お客として来た相手を無下にも出来ない。

「もう本当に……探偵って……」

 蘭は悪態をつくが、悪い気はしない。

「蘭。ここ、何時までだ?」
「7時までだけど?」
「じゃあ、終わった後、飯食いに行かねえ?奢るからよ」

 さらっと誘われ、蘭はどうしたら良いのか、分からない。

「ようやく、収入があったから……ま、あんま高いもんは無理だけどよ」

 これは、デートの誘いになるのか、それとも……。
 と、突然カウベルが鳴り、蘭は反射的に入り口に笑顔を向けた。

「いらっしゃいま……」
「らーん!今日のバイトは7時まででしょ!?終わったらご飯食べに行かない?」
「あ、園子……今日は……」

 蘭は新一の方を見やる。まだ新一と約束はしていない。けれど、園子と約束していたわけでもない。この場合、先に誘ってきた方を優先すべきではないかと、蘭は思った。

「え!?蘭、もしかして今日、デートなの!?なーんだ、そうならそうと言ってよ〜!」

 園子は、蘭の視線を追って、蘭の仕事終わりの約束をした相手は新一だと見当をつけたらしい。園子は新一の前まで行って声を掛けた。

「初めまして。蘭の親友の鈴木園子で〜す!えっとあなたは……?どこかでお会いしたこと、ありましたっけ?」

 園子は首を傾げた。蘭は大きくため息を吐く。園子も4歳から10年間の付き合いなのに、新一とは気づいていないようだ。まあそれも、仕方がない。青少年時代の6年の月日は、長い。特に男子は、顔の輪郭も大きく異なり、かなり変わるものだ。

「園子、久しぶり。オレだよ、工藤新一」
「へ!?えええっ!?工藤君!?あ、アンタ!蘭を傷付けておきながら何を……!」
「園子!」

 突然、蘭がドスの利いた低い声を出したので、園子も新一も目を丸くして蘭を見る。

「わたしの勤め先で騒いで営業妨害するなら、帰って!」

 蘭はいつも優しいが、その分、怒らせたら怖い。特に、今回のような「他人様に迷惑をかける」件については、とても厳しい。
 園子は、額に汗を貼り付かせながら、新一の向かい側に座った。声を潜めて新一に言う。

「ごめん。ここ、相席しても良い?」
「……いいぜ。ってか、もう座ってんじゃん」

 このカフェは、食事は軽食程度なので、夕方の食事タイムのお客はまばらだ。しかし、全くいないワケではなく、蘭はあちこちのテーブルに接客に回る。
 園子は改めてアイスティを頼んだ。

「あんたには、言いたいことや聞きたいことが、沢山あるんだけど」
「……蘭より先に、園子に聞かせることは何もない」

 園子の眉がヒクヒクとなった。けれど、大声を出せば蘭に今度こそ追い出されると思ってか、声を潜めたまま言った。

「とりあえず。この後、蘭と約束があるのかだけ、聞かせて?」
「まだ、約束はない。誘っただけ。だから、蘭が園子と一緒に飯食いに行くってんなら、オレは退散する」
「あら。じゃあ、3人ってのはどう?」

 今度は、新一の眉がひくっとなる方だった。

「……まあ、蘭がうんと言うのなら、それでも良いぜ?多分蘭も、オメーが居た方が、言いたいことや聞きたいことは言えそうだしよ。ただ……あんま高いものは遠慮してくれ。オレもようやく初報酬をもらったばかりなんでな」
「え?わたしの分まで奢ってくれる積り?」
「蘭には奢るって言った。蘭にだけ奢ってオメーは自腹ってんじゃ、蘭の居心地がわりぃだろ?」
「ふうん……」


 そして。結局、蘭と園子と新一と、三人でご飯を食べに行くことになったのだった。

 

(4)に続く


2021年9月21日脱稿

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