恋の種
By ドミ
(35)
5月6日。世間の連休は終わっているが、大学4回生で単位は充分取っている蘭・和葉・園子・平次と。大学卒業済みで社会人の新一・真と。
6人で、トロピカルランドにいた。
新一と平次は、昨夜遅くまで事件解決に掛かりきりだったため、欠伸を繰り返している。(そのため、今日は車で来ていない)
ちなみに、何故3カプで来ることになったかといえば。元々、女子3人でトロピカルランドに来る予定のところ、真が昨日帰国したため、蘭と和葉が「せっかくだから、2人で過ごしたら?」と提案したのだったが。
真と過ごしたい気持ちと、女子3人で遊びたい気持ちのジレンマに陥った園子に配慮し、新一と平次も現時点では事件の呼び出しがないとのことで、3カプでのトロピカルランドになったのであった。
トロピカルランドは、大きな遊園地であり、アトラクションも多く、何度来ても楽しめるところだ。トロピカルランドが初の平次と和葉も、2回目の新一と蘭も、何度か来たことのある真と園子も、全員、楽しく過ごせている。
同じアトラクションを楽しむこともあれば、カップルに別れたり、男女別に別れたり(といっても、男女別行動は、女性陣には好評だったが、男性陣には不評だった)……。
昼食の時、卒論と卒業後の進路の話になった。
「オレのとこは、卒論ナシや」
そう言ったのは、平安大学法学部所属の、服部平次だ。
「しかし、今は、法学部出てもすぐに司法試験受けられるわけじゃねえのに、法学部で卒論ナシの大学は、まだ結構、多いんだな……」
「今は、法科大学院を卒業せんと、司法試験受験資格あらへんからな……法学部に行った言うても、司法試験受験資格の法科大学院が、3年から2年に、1年短こうなるだけや」
「なるほど……でも司法試験受験資格得るには、予備試験を受ける手があるよな」
「せや。オレはもう、一昨年度で予備試験合格、昨年司法試験合格してんから、ホンマ、法学部卒業の意味あらへんけどな」
「へっ?服部オメー、大学卒業後は司法修習生になって検事か弁護士になるのか?」
「ちゃうちゃう。まあ、司法試験合格資格は一生もんやし、今の時点では、国家公務員一級試験受けてキャリア警察官になる積りや」
女性陣は、和葉まで含めて、平次の「司法試験合格済み」を知らなかったので、目を丸くしていた。話の流れで、実は新一が、日本の司法試験を受ける積りで準備をしていることも分かった。今年度、予備試験を受験し、予備試験に合格したら次年度司法試験を受ける。ただ新一ももちろん、法曹資格を取ったからと言って、弁護士か検事になる積りなわけではない。
卒論に取り組まなければならない女性陣が、嘆く。
「わたしのところは、法学部だけど卒論あるのよ〜」
「わたしは経済学部だから、卒論は普通にあるわ……」
「アタシは文学部やし、卒論は当たり前にあるな……」
「そっか。オレの行ったハーバード大学は、日本のような卒論に相当するものは無かったからな……」
「良いなあ……新一君……」
「バーロ。卒論は無くても、卒業に必要な単位数は多いし、単位取るために死ぬほど勉強しなきゃなんなかったんだぞ!」
ただ、女性陣3人とも、就職活動が不要なので、卒論だけに絞って学生生活を過ごすことが出来る。
「まあ、わたしは、将来の経営者として、色々勉強しなきゃなんだけどね……」
園子が苦笑いして言った。園子は、将来、鈴木財閥を背負って立つ立場なのだ。
ちなみに、園子と婚約中の真は、就職していないといっても、決してプーなのではなく。鈴木財閥がスポンサーにつき、しかしその支援額よりはるかに多額の賞金を叩きだしている「格闘家のプロ」なのである。真は、将来、鈴木財閥傘下のセキュリティ会社で、社員の格闘技指導を行う予定になっている。
蘭は、新一の探偵事務所の家族従業員。和葉は、地元大阪での就職を決めているが、そこは、在宅勤務などのテレワークに対応可能な会社で。将来、平次の勤務先がどこになっても大丈夫なように考えているのである。
という風なことを喋っていたが、昼食が済んだ後はまた、様々なアトラクションを楽しんだ。
そして、蘭・園子・和葉が、一番楽しみにしていたのは、「観覧車」。バレンタインデーの時にトロピカルランドに来た新一と蘭だったが、観覧車には乗りそびれていたのである。
3組のカップルに分かれて、観覧車に乗り込む。
3組とも、当然、それなりの仲になっており、今更キスが恥ずかしいような関係ではない筈なのだが。観覧車で頂上に居る間にキスしたカップルは末永く幸せになれるというジンクスがある観覧車でのキスは、皆、妙に照れまくってしまったのであった。
☆☆☆
そして、夕方。
「やっぱり、こうなるのね……」
「あははは……まあ、工藤君と平次が揃うたら、仕方あらへん……」
「元凶は、服部君より、新一でしょ……」
パレードを見ながら、ため息をついているのは、蘭と和葉の2人。
事件が起こり、新一が呼び出され、平次もそれについて行ってしまったのだ。
「でもま……事件現場がトロピカルランドじゃなかっただけ、まだいっか……前にトロピカルランドに来たときは、わたしたちが乗ったミステリーコースターで殺人事件が起こって、パレード見そびれたのよねえ」
少し離れたところで、園子が真と寄り添ってパレードを見ている。
「せやけど、どうする?多分、パレードが終わるまでに、2人は帰って来いひんやろ?」
「そうね……ふたりで帰るしか……」
そういう会話をしていると、蘭のスマホに着信があった。
「え……?」
新一からのメッセージで、トロピカルランド閉園の頃に、蘭と和葉を迎えに来るとあった。
「事件、解決したのかなあ。だとしても新一、睡眠不足なのに……運転して大丈夫かしら?」
「ふうん。そうと決まったんやったら、閉園まで目いっぱいトロピカルランドを楽しも!」
「そだね」
残り時間、園子は真に任せて、蘭は和葉とふたり、トロピカルランドを堪能した。
そして、閉園の時間。
蘭と和葉の前に止まったのは、蘭がよく知る新一の車ではなかった。
「蘭、和葉ちゃん。後部座席に乗って」
窓を開けて新一が顔を見せたが、その窓は運転席ではなく助手席だった。後部座席のドアを開けると、奥に座っているのは平次。そして運転席に居たのは、高木刑事だった。
「わりぃけどさ。事件、まだ解決出来てねえんだ」
車のドアを閉めると、新一がそう言った。車はそのまま走り出す。
「え?新一……どういうこと?」
「いやあ……オレと服部だけだと、煮詰まっちまってよ……」
「いや、オレは別に……」
「平次?」
「服部。オメーはどうかしんねえけど、オレは、蘭が居るのと居ないのとでは、推理の効率が全く違うからな!」
蘭が真っ赤になり、和葉は感心したような顔になり、平次はゲンナリした様子になっていた。
「……ということで、今からお二人を事件現場にお連れします……」
高木刑事が乾いた笑い声を立てた後に、言った。
「……新一の効率が低下したのは、寝不足の所為じゃないの?」
蘭が言った。
「いや。そもそも、昨日、事件解決に手こずっちまったのは、オメーが居なかったからだ」
「えー?わたしの所為なの!?」
「オレの目の届かねえとこで、オメーがナンパされているかもしれねえと思うと、気が気じゃなくて、事件に集中できねえんだよ!」
「だったら、昨日も今日も、呼ばれた時点で、わたしも連れて行けばよかったじゃない」
「園子や和葉ちゃんたちと遊ぶことを楽しみにしていたオメーに、一緒に行けって言えるかよ!」
「し、新一……」
「なあ、平次。アタシら、いったい、何聞かされとるん?」
「……オレも、工藤の言うてること分かんで……」
「平次!?さっき言うてたことと、ちゃうやん!」
「いやその、事件解決の効率がどうこう言うんは、別にあれやけど……お前が女同士でトロピカルランドに居てる状況だと、どないな男が寄って来るか分からへん思うて、気が気じゃないのはオレも一緒や!京極さんは、茶髪の姉ちゃん以外守らへんやろうし」
「へ、平次……」
運転席の高木刑事は、二組の婚約者の、痴話喧嘩からのラブラブ会話を聞かされて、苦笑していた。
「ところで工藤君、5月半ばに、司法試験の予備試験が始まるんじゃなかったっけ?そっちの方は、大丈夫なの?」
高木刑事が言った。平次がそれに頷く。
「あー、確かに、そないな時期やな」
「まあ、司法試験は、もし落ちても、また挑戦すれば良いだけなので……」
蘭は、ここ最近の新一が、大きな書庫に籠りきりだったことを思い出していた。てっきり、事件の調べ物をしているのかと思っていたが、どうやら勉強していたらしい。新一は、天才的な頭脳を持っているが、努力の人でもあるのだ。
ただ、新一は、自分が努力していることを周囲に見せるのが死ぬほど嫌いらしいので、蘭は黙っておく。
「まあ……新一は探偵の仕事で生活費を稼いでいるんだから、妻としては、推理の効率が落ちないように支えることも大事よね……」
「平次は、まだ探偵の仕事で報酬もろうたことあれへん、高校生探偵・学生探偵と持ち上げられても、完全に趣味や!」
「服部君は、探偵じゃなくて、警察官になるんでしょう?」
「銭貯めていずれは探偵事務所立ち上げる積りやけどな」
というふうな会話をしている間に、事件現場に到着する。
事件が解決したのは夜中を回ってからだったが、「もし蘭が来なければ朝まで掛かってたかも」と新一は言った。
4人全員、工藤邸まで送ってもらい、4人ともに帰り着いたらバタンキューで。翌5月7日、全員起き出したのは、昼近くになってからだった。
結局、平次と和葉が工藤邸に泊っている数日間、蘭は、和葉と遊ぶより、和葉と共に、事件解決する新一と平次とに付き合う方が多かったのであった。
(36)に続く
2022年1月3日脱稿
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