恋の種



By ドミ



(39)



 蘭と園子は大学に来て、それぞれ、教授・准教授に卒論の相談をした後、学食で昼食を食べていた。

「ら〜ん。なんか良いことあったの?」
「えっ?」
「顔がすごくにやけてるんだけど」
「そ、そうかな……」

 蘭は、新一に連れられて行田市の古代蓮を見に行った話をした。

「へえ。1400年以上昔の古代の蓮かあ……時を超えて芽吹いて花開かせた古代蓮に、蘭の気持ちの変化を重ね合わせたってことね」
「うん」
「で、新一君が連れてってくれた、と」
「うん……去年、新一と付き合い始めるよりだいぶ前に一緒に見た古代蓮が植えてある池で、蓮の花が開いたところを見たいって言ったのを、新一が覚えていてくれて……新一は、わたしが古代蓮を見たいって意味が分かってなかったけど、約束したからって……」
「そっかー。蘭、愛されてるね、このこのー」

 園子が蘭を肘で突っつく真似をして、二人で笑う。

「男のひとってさ、乙女心は理解しないんだけど、愛する相手が望むことは叶えようとするところ、あるよね……だから、察してちゃんじゃないようにしなきゃね」
「……試合の時も、『絶対、最後まで見ててね』って頼んでおくべきだったかしら」
「あれは、新一君があまりにも考え無さ過ぎだと思う。蘭を怒らせたからさすがに、次は同じことやんないんじゃない?」
「でも、大学最後の大会だったから……次は無いと思う。空手は続けるけど、これから先、試合に出る気はないしね……」
「あっはは〜、そりゃ残念だね」
「でも。新一が最後まで見ててくれてたら、優勝しなかったと思うから。新一への怒りパワーでそれまで優勢だったはずの和田さんに勝ってしまったから。ものすっごく悔しいけど、結果オーライ?」
「そうねえ。蘭は昔っから、ギリギリの時には、おじ様でもおば様でもなく、新一君を頼ってたからねえ。試合の時に最後までヤツが居たら、甘えが出ちゃってダメだったかもね」
「え〜!?わたしが、新一に?甘えてる?昔から?」
「うん。だからわたしは……蘭に恋の自覚が無くても、新一君のこと好きなんだって、思ってたわ」
「……」
「でも。まだ固い種だったから、気付かなかったのね」
「……そうだね……」
「今はすっかり花開いちゃって、このこの〜!」

 そしてまたひとしきり笑い合う。

 蘭と同じく園子も、単位は取ってしまっているし、残すは卒論、それとゼミにも参加する(単位的にはもう既に必要ないが、卒論を書くためにゼミ参加するのが有用なのである)ので、蘭と同じく、いつからいつまで夏休み、ということではないのだが。
 去年は何だかんだで今年より忙しく、一緒に海に行けなかったので、「海に行きたいね」という話になった。(去年、蘭は全く海に行っていないが、園子は真の実家が伊豆にあることから、挨拶がてら海に遊びに行ったそうだ)

「でも蘭。蘭は去年、新一君とまだ恋人同士じゃなかったし、一緒に海に行ったりしてなかったよね。だったら、二人で行った方が良いんじゃないの?」
「うーん。でも、海とか山とかは、仲間と一緒にワイワイ行くのも楽しいかなって思う」
「そうねえ。ひと夏に何度も海に行ったって悪いわけじゃないんだから、デートは別の機会に企画してもらうとして、せっかくだから、大阪の二人も呼んで、3カプ6人での海水浴ツアーはどう?」
「伊豆の瓦屋旅館で?」
「うーん……瓦屋旅館かあ……あそこ、食事も美味しいし、部屋も風情があるし、良いんだけど……ただ、こぢんまりしてるから、眺望がね。それに、プール付きホテルにも泊まってみたいし」
「プールなんて、海があれば必要ないんじゃ?」
「プールはプールの良さがあるのよ」
「でも、他のホテル使ったら、京極さんが悲しまない?」
「そうなんだよね。で、なるべく瓦屋旅館を使うようにしたいとは思ってるんだけど……前に、旅館改装してプール作りましょうって言ったら、誰が管理するんですか、うちは今の施設を維持するだけで手いっぱいですって言われちゃって……」
「園子。もしかして、プール作るのに鈴木財閥のお金を出すとか、言ったんじゃない?」
「さすがに、そんな失礼なことは、言わないわよ!ただ、設備投資は結構お金かかるし、借金したら返済が大変になるから……真さんが言うことももっともだって、思ったの……」

 蘭と園子の間で、プール付きの眺望の良い高層ホテルに一泊、瓦屋旅館に一泊の、二泊三日にしようと、話がまとまった。八月半ばになるとクラゲが多くなるので、その前の早い時期が良いと、日程のおおよそも決める。

「まあ、伊豆も広いし、見どころ沢山あるし、離れたところにすれば、真さんも納得してくれるって思うのよね」

 あとは、新一・真・大阪の平次と和葉、それぞれに打診をすることになった。

「じゃあ、そういうことで、善は急げよ!蘭!水着、買いに行こう!」
「ええっ!?」
「蘭は高校時代に買った水着を、ずっと使ってたでしょ?胸がちょっときつくなってない?さすがに、新しいの買った方が良いと思うよ」
「う、うん……」

 園子に押し切られるようにして、蘭は園子と一緒に、街に買い物に出かけた。

 水着を色々と見て回る。可愛いもの、シャープなもの、色々ある。

「うーん。スタイル引き立てる黒も捨てがたいけど、蘭は赤が似合うよね」
「そうだね……」
「で?蘭、なんか青い水着ばかり見てない?」
「そ、そうかな……デザインが良いと思って見てるんだけど……」
「ねえ、蘭。新一君の好きな色は?」
「それは、赤よ!」
「……ホント?」
「うん!だって、冬場のダウンコートも赤だったし!ポロシャツも赤だったし!まあ流石にスーツとかフォーマルな場では控えているけど……間違いないって!」
「蘭……アンタって天然なところがあるって思ってたけど……わたしが思ってた以上だわね……」
「ん?どうしたの?」

 園子は、大きく息をついた。
 蘭が好きな色は、赤だ。鈴木家でのパーティに蘭を呼んだ時とかは、赤いドレスを着ていたし、高校の時に買った水着も、赤だった。

 けれど……。

(新一君が一緒に居る場所で蘭が着るものには青が増えたって、蘭、自覚ないのかしら?そういえば、昔から、そうだった……恋愛感情が育つ前の蘭も、新一君の前では青い服が多かったし、何かがあると無意識に新一君に甘えてた……新一君の方も、蘭の前では赤い服を選ぶ傾向にある……ま、こっちは自覚あるかもだけど)

 結局、蘭が選んだのは、紺地にと白と濃いピンクの花模様、同系色のパーカー付きビキニ水着だった。


 そしてもちろん、水着を買ったのは、蘭だけではない。園子は園子で、色々と物色して、選んだのは、鮮やかなレモンイエロー地に花模様の、お揃いのパーカー付きビキニ型水着だった。
 スタイルが良く色白の園子には、何でも似合うが、園子が選んだ黄色は園子のイメージカラーだと、蘭は思った。


   ☆☆☆


「ねえ新一」
「ん?どうした、蘭?」

 今日の新一は、比較的早い時間に帰って来た。夕飯後、蘭は新一に、海への旅行の件を切り出す。新一は二つ返事でOKし、絶対に都合をつけると言った。

「……警察には、その日、オレが不在だって伝えるけど……」

 新一が言い淀んだその先は、蘭にもよく分かった。新一が行くところ行くところ、高確率で事件が起こりそうな気がするのだ。

「事件が起きたら、探偵が二人居るんだから、頑張って」
「……」
「あ、でも、服部君の都合がまだ分からないのか……」
「遠山さんには連絡したのか?」
「うん!多分大丈夫だって言ってたけど……京極さんも、園子が確認中」
「そっか……」

 と会話をしている間に。和葉と園子から連絡があった。それぞれ婚約者に確認し、OKが取れたということだったのだ。

「わあ!楽しみ!今日、新しい水着も、買ってきちゃった!」
「水着?」

 新一の眉が上がる。

「海に行くんだもの。わたし、高校の頃買った古い水着しか持ってなかったから……わたしの貯金で買ったから、良いでしょ?」
「や、それは家計から出せばいいだろ?……ねえ、水着、見せてくんねえ?」
「えっ?」
「最後に蘭の水着姿を見たのは、中2の時だもんな……蘭の水着姿、見たい」
「あ、あの……旅行の時じゃ、ダメ?」
「……他の男たちより先に見たい」

 蘭は何となく嫌な予感がして渋ったが、結局逆らえず、水着を着て、セットのパーカーを羽織って、新一の前に立った。新一の目がすっと細められる。

「ど、どう?」
「パーカー、脱いで」

 蘭がパーカーを脱ぐ。その下は、下着と変わらないくらいの面積のビキニだ。

 新一の喉仏が動いたのが、分かった。その目が剣呑な光を湛えている。新一がゆっくり近付いて来て、蘭は思わず後ずさり、壁に背中が当たった。
 新一は蘭の両脇に手をつき、顔が近付いて来る。

「しんい……」

 続きの声は、新一の口に塞がれて途絶えた。


   ☆☆☆


 リビングの床には、ビキニの上下とパーカーが散らばり。
 ソファの上には、生まれたままの姿の蘭が、ぐったりと横たわっていた。

「蘭が一番綺麗なのは、その姿だけど。水着姿は、スッゲー、エロいな」

 機嫌よさげな声で新一が言った。彼は全裸ではなく、何故かボタンをはずして前開きしたシャツのみを羽織っている。

「……寝室だけじゃなく、こんなとこにまで、避妊具を置いてるなんて、知らなかったわ……」
「ん?風呂場にも置いてるぜ。備えあれば憂いなしって言うしな」

 聞き捨てならない新一の言葉に、蘭は飛び起きようとしたが、そのまままたグッタリとへたり込む。空手で鍛えて体力はある筈なのに、何度も激しく愛されて、ヘロヘロになってしまっているのだった。対して、その行為では男性は女性よりも体力を使うはずなのに、新一は元気いっぱいだった。

「お、お風呂エッチなんか、絶対、やらないからねっ!」

 今後、新一と一緒にお風呂に入ることは絶対にやめようと固く心に誓いながら蘭が言った。ただ、その誓いがいつまで守られるのかは、神のみぞ知る。

 蘭の全身に、新一から付けられた赤い印が散っていた。夏ものであっても服を着れば隠れる場所だが、ビキニ水着だと見えてしまう絶妙な位置に散らばっている。

「酷いじゃない、新一……」
「あん?」
「砂浜でも、ずっとパーカーを着てないといけないじゃない!」
「いいだろ、日焼けしねえで済むしよ」
「日焼けは、日焼け止めクリーム塗るし!」
「……他の男にはぜってー、蘭のあんなエロいカッコ、見せねえよ」
「……わたしが他の男のモノになったって耐えてみせるって言ったくせに……」
「んな1年も昔に言ったことなんざ、忘れたね」
「……」

 1年前に言ったってことはちゃんと覚えているじゃないと、蘭は内心で毒づいていた。


 ただ。新一の独占欲丸出しの言動も、息も絶え絶えになるほどに求められたことも、嫌ではない自分自身が、一番恨めしかったりするのであった。

(これが惚れた弱みってことなのかしら?新一には敵わないんだよなあ……)

 新一こそが、惚れた弱みで永久に蘭には敵わないと思っているなんて、蘭は知らずに内心で呟いていた。



 そして、伊豆旅行当日。3組のカップルはそれぞれに、車で現地ホテルに集合した。

 海辺で、蘭・園子・和葉の3人は、水着の上にしっかりとパーカーを着こんでおり。
 お互いに顔を見合わせ、それぞれ、独占欲の強い夫・婚約者が何をやったかを、無言のうちに理解し合ったのであった。


(40)に続く

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<後書き>

 このお話の序盤では、新蘭がまだ恋人同士じゃなかったし、他にも色々あって、海には行ってなかったよなあと思い、海に行かせようとしたら、話があらぬ方向に。海のお話はもうちょい続く予定。といっても、海で何が起こるか起こらないかなんて予測がつかない(というか何も考えていない)ですが。


2022年1月29日脱稿


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