恋の種



By ドミ



(40)



 伊豆の海辺。高層ホテルに到着した、新一と蘭、真と園子、平次と和葉、3組の夫婦・婚約者。
 チェックインの時間にはまだ早く、荷物をフロントに預けると、それぞれ、宿泊者専用の更衣室に案内されて、着替えることとなった。

 ただ、到着時間が微妙に異なっていたため、ホテルプライベートビーチのビーチパラソルの下で、待ち合わせになったのだったが。

 しっかり上半身裸の男性陣に対して、しっかり首元までパーカーで覆っている女性陣。お互いに、どういう事情があったのか、言葉にしなくても分かってしまった。
 男性陣は3人とも機嫌よく、気のせいか、ツヤツヤとしている。女性陣は、全員、若干疲れた風だが、自分たちでは気付いていないものの、実はパーカーを着こんでいてさえ、フェロモンを周りにムンムン振りまいていた。

「ねえ、園子、和葉ちゃん……」
「なに?蘭?」
「なん?蘭ちゃん?」
「そ、その……あの行為って、男性の方が体力消耗するって聞くけど、新一にはそれ、当てはまらないような気がするんだけど……」
「ああ。そりゃ真さんは……元々体力魔人だし……」
「平次もや。アタシの身がもたんねん」

 お互い顔を見合わせて、溜息をつく。

 蘭は数日前、全身、水着からはみ出る場所に、赤い印をいくつもつけられていて。それがようやく薄くなってきたかと思ったら、昨夜再度念入りに上書きされた。
 園子も和葉も、似たような目にあったのだろうと、容易に察しがつく。

 周囲を見ると、皆楽しそうに、しっかりと水着姿で浜辺ライフを満喫している風だ。しかし……。

「そら、アタシかて、他の男に見せたいワケやあらへんけどな!浜辺でパーカー着て隠さなアカンて!あっつうてたまらへんわ!」
「わたしだってそうよ!別に真さん以外の男の人に見せようっていうんじゃないんだけど!海辺ライフを普通に満喫したいだけなのに!」
「和葉ちゃん。園子。悪態つきながら、顔が笑ってるんだけど……」

 そうなのだ。蘭も園子も和葉も、相方の心の狭さに辟易しながらも、実は、それが嫌では無かったりするのだった。

「ま、せっかくやし!海に入ろ!」
「そうね!」

 蘭たちは、新一たちの方を見たが、男性3人は海に入る気がないようで、にっこり笑って手を振って、「行っておいで」としていた。女性陣はそれを不思議に思いながらも、ここまで来て海に入らない手はない。

 女性陣3人は、パーカーを脱ぎ、海に向かっていく。

 ここは、ホテルのプライベートビーチ。普通の海水浴場に比べて、人は少なめ。とはいえ、大きなホテルなので、それなりに人は居る。
 女性陣3人のフェロモンに惹き寄せられた男性たちが、そちらの方に足を向けようとすると。

 突然、黒いオーラを感じ、そちらに目を向ける。見るとそこに居るのは、鋭い眼光を放つ男3人。

 京極真は、見るからに逞しい体躯をしているが。一見細身に見える新一と平次も、水着姿だと、割れた腹筋や引き締まって筋肉質な手足がよく見え、それなりに腕に覚えがありそうなのが見て取れる。
 何より、立ち上るオーラと眼光の鋭さが、普通ではない。

 大半の男はそれだけでビビッて、美女3人に近づくことも出来ないが。中には鈍感で、新一たちから立ち上る黒いオーラや鋭い眼差しに気付かず、能天気に蘭たちに近づこうとする男たちもいる。

 すると、男性陣がすっと立ち上がり、不逞な輩の傍まで行く。

「ボクの妻に、何か用ですか?」
「私の婚約者に近寄らないでいただこう」
「こら。オレの和葉に、何さらすんじゃボケ!」

 さすがに、すぐ傍に来てすごんで来る男性陣の迫力には、鈍感な輩といえども、震えあがるしかない。3人の男性は、指一本動かすことなく、その威圧感と眼光だけで、女性陣を狙う男たちを蹴散らしていた。

「京極さん……どうかしましたか?」
「いや……」

 何となく、真の表情に苦みが走っているように感じて、新一が問いかけた。

「仮にも、園子さんのような素晴らしい女性を狙おうというのが、ああいう輩で……あまりの身の程知らずに、情けなく……」

 新一にも、真の言わんとするところが分かるような気がした。自分たちが凄んだくらいで引き下がる程度の男が、蘭に懸想するなと、新一も思う。けれど、自分たちも一目置くような骨太な男から自分の大切な女性が懸想されるのは、それはそれで困るのだった。
 ただ、この三人に共通していることがある。敢えて言わなくても、お互いに了解しているだろう。三人にとって、たった一人の女性以外アウトオブ眼中であり、そのたった一人の女性が異なっているということだ。正直、「ライバルじゃなくて良かった」というところだ。 

 新一は、京極真に対して「一体、園子のどこが良いんだろう?」と、超失礼な感想を持っている。ただ、真が蘭に惚れなくて良かったと、それは、心の底から思っていた。


 一方、女性三人は、海の中で楽しく過ごしていたが。

 時々、男性陣の方に目を向け、何人もの男たちと話をしている風なのを、首を傾げて見ていた。

「知り合いでもいたのかしら?」
「それにしては、多いような気がする」
「京極さんの地元やから、京極さんの知り合いなんやない?」
「いや、同じ伊豆っていっても、ここ、真さんの地元とは大分離れているから……」
「それにしても、せっかく海に来たのに、海にも入らず、何やってんだろ?」

 女性陣は、男性陣が虫除けに余念がないことに全く気付かず、頭の中に?マークが踊っていたのであった。

 しかし。
 新一自身も蘭も危惧していたように、新一の行く先が事件と無縁であるはずがない。

 浜辺のすぐ近くで遺体が見つかり、新一と平次はそちらに向けて飛んでいくことになった。
 3人の女性を守るために残ったのは、真ひとりであった。真は正直、園子以外アウトオブ眼中なので、蘭と和葉を不逞な輩から守ろうとする意志はなかったが。幸いなことに(?)、3人の誰目当てで近付く男であっても、真は「園子さんを狙っている男」と認識するため、蘭と和葉の虫除けにも十分役立ったのであった。


   ☆☆☆


 新一と平次は、日がとっぷり暮れた後に、戻って来た。

「新一!遅いよ!」
「んもー平次、遅いで!」

 蘭と和葉が、文句を言いつつ、それぞれの夫・婚約者を優しく迎え入れる。

「いや〜参ったぜ」
「新一、そんなに難しい事件だったの?」
「厄介だったんは、事件そのものやなくて、刑事やな」
「そうだな……オレたちは警察に対しても、それなりに知名度があると思ってたんだが……」
「静岡県警のワカメ頭警部、最初オレらのこと胡散臭そうに見よってからに」
「平次?ワカメ頭警部って?」
「おいおい服部……気持ちは分かるが……横溝って名の警部だったよ」

 蘭と和葉が文句を言ったのは、ホテルレストランの閉店時間が迫っていたからだった。近所には遅くまで営業しているレストランはなく、これ以上遅くなったら、居酒屋での食事を余儀なくされるところだったのだ。
 ちなみに、園子と真は待たせるのも悪いと思い、先に食事を摂ってもらったのだった。

 2組の夫婦と婚約者は、慌てて食事を摂った。伊豆の海の幸と山の幸をふんだんに使った、美味しい料理だったが、ゆっくり味わう余裕もなかった。
 食事が終わると、蘭と和葉は、バッグを手に立ち上がった。

「新一、服部君。お部屋は○○号室よ。先に京極さんが入ってる筈だから、よろしく」
「ほな、アタシらは××号室やさかい。急やったし、近くの部屋が取れんで、階も分かれてもうたけど、堪忍な」
「ちょっと待て!カプごとの部屋分けじゃねえのか!?」
「そんなん、聞いてへんで!」
「もう、部屋が二つしかあいてなかったの。それぞれエキストラベッド入れてもらって、男性部屋と女性部屋にしたから」
「部屋にバスはついてるけど、温泉大浴場もあるそうやから。蘭ちゃん、後で園子ちゃんと一緒に、大浴場に入りに行こ」
「うん!」

 そう言って蘭と和葉が仲良く去って行き。残された新一と平次は、呆然としていた。しかし、レストランが閉まるので、いつまでも呆然としては居られなかった。なのでしおしおと、真が先に入っている○○号室へと向かった。

「工藤……毎晩一緒のお前はええやろけどな……はあ……久しぶりに燃える夜を過ごせる思うてたんに!」
「おい!毎晩一緒に居るっていっても、旅先だとまた違うんだよ!蘭たちは女子会がしたかったんだな……」
「工藤君、服部君」

 真に声を掛けられて、新一と平次は思わず居住まいを正した。

「明日の夜は、カップル別です」
「へっ?」
「ああ……瓦屋旅館の話ですね」
「工藤、どないな意味や?」
「明日宿泊予定の瓦屋旅館は、京極さんの実家がやってる旅館なんだよ」
「はあ、なるほど、そないか」
「今日は、女子会をやりたいという園子さんに譲りました。けれど、明日は……眺望は望めませんが、それぞれに、温泉露天風呂付きの部屋を準備させていただいています」

 新一と平次は、顔を見合わせた。

 真と園子は、普段遠距離であることが多い。その分、今回の旅行では、真は昼間だけでなく夜も園子と過ごせることを物凄く期待していただろう。けれど、園子が女子会をしたいという意を汲んで、一泊目は蘭と和葉に譲ったのだ。

 新一も平次も、今夜、おあずけをくらった分、明日の夜は、それぞれの妻・婚約者を抱きつぶしてしまうのではないかと危惧しているが。この体力魔人の真相手では、普段遠距離である分、明日の夜、園子は息も絶え絶えになってしまうのではなかろうかと予想し、ちょっとだけ気の毒に思ってしまったのだった。



(41)に続く


2022年1月30日脱稿


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