恋の種



By ドミ



(6)



 蘭は、新一に送られて家に帰ってきた後、園子と電話で話をした。

『で、蘭……結局、祝賀パーティに参加することになったのね……』
「う、うん……」
『新一君のためだったら、参加するんだ……』
「それは……そういうわけじゃないっていうか……」
『冗談よ、蘭。新一君ひとりで行かせたくなかったんでしょ?』

 日本は欧米のように「パートナーが居るのが当然」の社会ではないので、別に、「新一がひとりで行ったら恥をかく」ということは無い。なので、蘭は新一の申し出を断っても良かったのだが。園子の言う通り、何となく、新一をひとりで行かせたくないと思ってしまったのだった。

『ま、良いわ……わたしは主催者側の人間で当日司会しなきゃなんで、蘭の傍には居られないけど。料理もお酒も良いものが揃ってるし、新一君と一緒に楽しんだら良いわ』


 その時の園子と蘭は、内田麻美が新一に思い入れがあるなど夢にも思っていなかったので。推理作家の大先輩工藤優作の息子であり、自身が探偵として有名になった後輩だったため、新一を呼んだのだろうくらいにしか考えていなかった。


   ☆☆☆


 蘭は、ワインレッドのワンピースを着て、出かける準備をしていた。

「蘭……何で、んな格好してんだよ?」

 父親の小五郎が不機嫌そうに言った。

「もう、お父さん!この前話してたじゃない!中学の先輩が推理文学大賞を受賞して、その授賞パーティに誘われたって!あ、もう出なきゃ!お父さん、夕飯はカレーが出来てるから、あっためて食べて!じゃね!」

 そう言いおいて、蘭はバタバタと出て行く。
 今日の蘭のオシャレには、一段と気合が入っていたような気がする。そして……。

「最近、オレの飯が手抜きな気がするんだが……、気のせいか……?」

 小五郎は何となく、悲哀を感じてしまうのだった。

 小五郎が毛利探偵事務所の窓から下を見ると、ジャガー車が事務所前の道路に泊まっている。道路側・運転席のドアを開けて降り立った人物を見て、小五郎は目を細めた。

「あの探偵坊主……!」

 蘭が「先輩の授賞パーティに参加する」と言ったのは、嘘ではないのだろう。ただ、「誰と行くか」を言ってなかっただけで。
 新一は、ふっと顔を上げ、小五郎と目が合うと、ぺこりと頭を下げた。

 蘭が新一に駆け寄って行くのが見えて、小五郎は頭から湯気が立ちそうになった。しかし……。
 蘭は、新一のところまで行ったものの、触れ合う距離になる前に足を止めた。新一は歩道側・助手席のドアを開けて蘭を招き入れる。

 見たところ、恋人同士らしい甘い雰囲気は欠片もなかった。蘭が最近新一と会っているらしいが、「ただの幼馴染で友だち」と言うのは、嘘ではないようだ。

「ふん。まあ、あの探偵坊主の方は、そうじゃねえだろうけどな……」

 蘭は、ここ最近、以前よりオシャレに気を遣うようになったし、小五郎の扱いもぞんざいになっている。ただ、まだ自覚は無さそうだ。娘はいずれ手元を離れていくものだが、小五郎としても、簡単に渡す気はない。

「まあ……ちっとは苦労するんだな、探偵坊主」

 小五郎はひとりごちて、忌々しそうにタバコをもみ消した。


   ☆☆☆


 車の前で蘭を出迎えた新一は、一瞬、目を丸くして蘭を見ていた。

「ん?新一、どうかした?」
「あ、や、な、なんでも……じゃあ、行くぞ」

 新一はすぐに目を逸らして、助手席側のドアを開けて蘭を中に促した。

『お気に入りのワンピースなんだけどな……新一、何も言ってくれなかった……新一はお世辞なんか言わない人だから、何も感じなかっただけかも……』

 蘭は、少しガックリしながら助手席に納まった。その蘭も、新一のスーツ姿に見惚れていたが、それについて何も言うことは無かった。案外似た者同士なのだが、本人たちはそれに気付いていない。



 新一と蘭がパーティ会場に現れると、今日の主人公で大勢の人に取り囲まれていた麻美が、すぐに気づいて、傍に寄って来た。

「工藤君!来てくれたのね!」
「本日は、お招きいただき、ありがとうございます」
「ううん!工藤君には是非、わたしの晴れ姿を見てもらいたかったの!ねえ、大賞受賞作、読んでもらえたかしら?」
「あ、はい、もちろん。推理小説新刊は、大体網羅してますので」

 蘭は、こういう時の新一のモノ言いに、少し呆れる。普通だったら「内田先輩の書かれたものなら、全部読んでます!」くらいのヨイショをするだろう。けれど、そこでお世辞を使わないのが工藤新一だし、蘭も、新一のそういう部分が嫌だと思ったことは無い。

「感想、聞いても良いかな?」
「良いですか、正直に言って?」
「もちろんよ!」
「……○○のトリックはちょっと偶然に頼り過ぎてて弱いかな。それに、××は……」

 新一が、結構辛辣に突っ込んでいく。しかも、「ちゃんと読み込んだ上の突っ込み」だとハッキリわかる内容だ。蘭もパーティに参加するため、一応目を通していたが、蘭が読み飛ばした細かいところを、新一は突っ込んでいる。

「まあでも、内田先輩は、文章力がピカ一ですから、そういう些細なことはどうでも良い位に物語に惹き込まれますね。読後感は面白かったの一言に尽きますよ」
「あ、ありがとう……」

 麻美の笑顔が、微妙に引きつっている。そして……話を聞いていた周囲はざわついていた。

「あの生意気な小僧は一体……?」
「内田さんにあんな口を利くなんて」

 ざわめきが聞こえてないワケではないだろうが、新一は超然としていた。

「さすがに、高名な推理作家を父に持ち、アメリカでの活躍が日本でも報道されるほどの探偵・工藤新一を、参ったと言わせるだけの作品を書くことは、難しいわね……。でもいつか、そういう作品を書いてみせるわ!」
「楽しみにしています」

 そう言って微笑んだ新一の言葉は、あながちお追従でもなさそうだと、蘭は思った。
 そして、周りのざわめきが少し変わる。

「彼があの有名な……」
「工藤新一ほどの男なら……」

 ネームバリューで、周りの態度が変わる現象は、蘭も何度も見てきたが、ここまで露骨なものは、そう多くないだろう。
 麻美が蘭の方を見て言った。

「ところで工藤君、そちらの方は……?」
「元同級生で友人の、毛利蘭です」
「あら!毛利さんなの!?すごく綺麗になって、分からなかったわ!」
「そんな……麻美先輩こそ、昔から才色兼備の生徒会長って評判だったけど、ますますお綺麗になられて……」

 蘭は、本心からそう言った。そして、麻美が蘭のことを覚えていてくれたことが、嬉しかった。

「そうだわ!工藤君、毛利さん!週末、私の誕生パーティに来てくれない!?」
「ええっ!?」

 突然の麻美の誘いに、蘭は驚いたが。

「……せっかくだけど、お断りします」

 新一がにべもなく断る。

「あら、どうして?」
「だって、先輩とオレとは、数か月間、サッカー部員とサッカー部マネージャーだった以外の接点は、ないでしょう?」
「あら……あんなことがあったのに、工藤君は忘れてしまったの?冷たいのね……」
「せ、先輩!?」
「ふふっ。わたしは、忘れてないわよ……あなたがあの時……」

 麻美が微笑んで言った。新一は何故か固まっている。

「ねえ?毛利さんは、来てくれるわよね?」
「えっ……あの?」

 蘭にとっては、新一以上に接点のない相手だ。おろおろと新一の方を見ると……新一は赤くなって口元を押さえ、今まで見たことがない表情をしていた。蘭は何だかムカムカしてくる。

「……喜んで伺わせていただきます!」
「なっ!おい、蘭!オレは行かねえぞ!」
「新一は行かなくて良いわよ。わたしだけ、先輩の誕生日をお祝いしてくるわ」

 新一が何故か焦った様子なのが、蘭にはカチンと来てしまって。売り言葉に買い言葉状態で、特に行きたいとも思っていなかった麻美の「誕生パーティ」に行くことにしてしまったのだった。
 そして……蘭が折れないとみて、新一も結局、招待に応じると、力なく返事をした。

 結局、今日のパーティ主催者側の一員で麻美の後輩でもある園子も含め、3人で、麻美の誕生パーティに参加することとなったのだった。

 


(7)に続く


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<後書き>

 あああ。内田麻美嬢の件は、次回まで続きになってしまいました。下手すると次々回まで?原作と同じ放火事件は、起こりません。多分。

2021年9月26日脱稿
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