《大いなる魔法の夜》〜「夢聖夜」番外・白紅編〜



byドミ



「この寒空に、そのように薄着を なさって、一体、どこに行こうと?」
「あなたには、関係ありませんで しょう?」

艶やかな少女に冷たく答えられて、白馬探は唇を噛んだ。

初めて出会った時から、この少女には、ずっと振り回され続けてい る。

今夜はイヴだというのに、怪盗キッドの予告があり、探は警察と共に張り込んでいたのだが。
結局、いつものように 取り逃がしてしまったのだった。

苦い思いを抱えて、愛しい少女の屋敷まで来てみれば、件の少女は探には目もくれず、月下の空へ箒にまたがって飛び出そうとしていた。

おどろおどろしい屋敷に、執事と二人で暮らす少女は、小泉紅子と いう名の探のクラスメートである。

初めて会った時、探は紅子の美しさに、一目で心惹かれた。
名前の通り、真紅のイメージがある、妖艶な美しさを持つ少女。
男なら、誰でも心奪われずにはいられない。

けれど彼女は、怪盗キッドこと黒羽快斗に心奪われて居た。

「いまだに、彼にご執心ですか?」

探には目もくれようとしないこの少女が、一人のクラスメートに執着 している事探は知っている。

「あなたの心は、いつまでも彼のものなのでしょうか?」

そのような詰問は少女に疎まれるだけだと分かっていても、口にずには居られなかった。

「白馬さん。間違えないで頂けません事?わたくしが、あの男に執着などする筈ありませんでしょう? わたくしはただ。彼がわたくしの虜にならないのが許せないだけですわ。」
「しかし、彼は、中森さんと一緒に居る筈。今宵、恋人同士の邪魔をするのは、あまりにも無体だとお思いになりませんか?」
「わたくしはクリスチャンではありませんけれど。今夜が恋人同士の夜などとは笑止千万ですわね。それに、何故あなたが彼 らの邪魔をするなと仰いますの?」

探は狼狽した。
元々、決して紅子が執心している黒羽快斗と、中森青子の二人を応援し、邪魔しないようになどと殊勝な事を考えていた訳ではないのだ。

「ぼ、僕は、ただ……。」

ただ、紅子を、黒羽快斗の元へ行かせたくなかった。
それだけしかなかったのだ。

探は、月を見上げた。
素晴らしい 満月だった。

「今夜は、雪が降ると、予報では言 ってたが……天気予報も、当てにならないものだ。」
「月には、魔力がありますわ。特に、 今夜のような怖いほど美しい満月の夜は、月の魔力も大きくなりますのよ。」

探は、苦笑いをして目の前の少女 を見詰めた。
信じ難いが、紅子はホンモノ魔 女である。
探偵であり、現実主義者である探だが、紅子との出会いで魔法の存在を認めない訳には行かなくなったのだ。

「そして、今夜は聖夜。わたくしはクリスチャンではありませんけれど。今宵、大いなる魔法の力が働く事は多いのです。人々はそれを奇跡と呼ぶようですけれどね。」

ふと、紅子が月を見上げて、大き く息を吐いた。
そして、箒から降り、屋敷の中へと向かった。

「白馬さん。今宵は冷えますわ。お茶でも、召し上がりません事?」
「紅子さん?」
「今宵……大いなる魔法が発動しまし たの。わたくしの力など足元にも及ば ない……過去と現在が交錯する魔法。」
「え……?」
「わたくしにはとても太刀打ち出来な い。だから今夜、あの二人の邪魔をするのは止めにします。」
「一体、それは……?」
「今夜も、これからも。怪盗キッドは、彼女 ただ一人のものなのですわ。」

探には、何が何だかサッパリわからなかっ たが。
一つだけ分かった事は、あれ程キッドに執心していた紅子が、何かの魔力の前にあっさり敗北を認めたという事だった。

紅子が淹れてくれたのは、ロンドン帰りの探の口に合う紅茶で、冷え切った体を芯から温めてくれた。

「わたくし、高校を卒業したら、ヨーロッパに参りますの。」
「魔法の修業をしに、ですか?」
「ええ。本場のブロッケン山で、赤魔法を極めて参りますわ。」
「そうですか……。僕は、またロンドンに留学する積りです。」
「であれば、あちらでまた、お逢い出来ますわね。」

ブロッケン山のあるドイツと、探の留学する イギリスでは、国が違うが、日本ほど離れて居る訳ではなく、確かに会おうと思えば、す ぐに会えるだろう。
窓外に目を向けた紅子が言った。

「白馬さん。雪ですわ。」
「本当だ……いつの間に。」
「天気予報が、当たりましたわね。」

紅子の艶やかな微笑みに、探はクラクラとなる。

「今夜は冷えますわね。」
「そ、そうですね。」
「わたくし、今宵、一人で過ごすのは嫌。だから ……白馬さん。わたくしを温めて下さる?」

探は一瞬息を呑んだ。
そう言えば今夜、執事の姿を見ないなと思ったが、それを口に出す程、 野暮な男ではない。

探にとって今夜はそれこそ、大いなる魔法が働いた、奇跡の夜だった。


大いなる魔法の夜・了

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