君を守りたい



byドミ



「強いわよあの娘(こ)・・・。あなたが思っている以上に・・・」

灰原がそう言った時、オレは

「空手がだろ?」

と返した。





オレは高校生探偵・工藤新一。
っても、今は薬の所為で小学生の姿になってっけどな。
正体を隠して「江戸川コナン」と名乗り、幼馴染で同級生の毛利蘭の家に転がり込んでいる。

ま、俗に言う「居候」ってヤツだ。

で、灰原哀は元々オレが言うところの「黒の組織」の科学者で、オレの体を小さくした薬の開発者でもある。
自分の姉が組織に消された事に反発し、ストを起こしたら拘束され・・・どうせ殺されるならと、死ぬ積りで自分で作った薬を飲んでオレと同じく子供の姿になった。

あの薬は、組織は「毒薬」として使っていたが、灰原に言わせると「毒のつもりはなかった」と言う。

で、灰原は組織にも帰れる身ではなく、姉を殺したあの組織とは決別して、出来れば今後組織の脅威を取り除いた上で元の姿に戻りたい意向はあるらしい。

今は・・・灰原と俺は利害を共にする仲間ってとこか?
ちょい微妙。

微妙と言う意味は・・・オレには「黒の組織をぶっ潰す!」という明確な意思があるが、灰原は別に組織を潰したいという意思がある訳ではなさそうだと言う事。
あいつが望んでいるのは、逃げ回らずに済む事であるようだ。

オレは、組織をぶっ潰さない限りオレにも灰原にも明日はないと思っている。
早く元の姿・・・工藤新一に戻って蘭の元に戻りたいが、後顧の憂いなく蘭の元に戻る為には、やはり組織の脅威を完全に取り除かなければ駄目だ。
かなり厳しいのは分かっているが、それでもこの場合「攻撃は最大の防御」だと思っている。
生涯正体を隠して逃げ回るなど不可能だろ?

けれど、灰原の方は最初から組織に真っ向から立ち向かうのは無理だと思っている節があり、それ故手の内を明かそうとしねえ。
最近阿笠博士や少年探偵団との関わりで、以前にはなかった笑顔が見られるようになったのは良いが、逆に「私がいれば皆を危険にさらし迷惑がかかる」と、すぐに逃げ出そうとする傾向は以前より強くなったようだ。

オレが灰原を完全に信頼出来ない以上に、灰原はオレの事など信用しちゃ居ねえ。
オレが組織をぶっ潰すのは無理だって思っているのが明白なので、オレも灰原が口を割らない事を無理に聞きだそうとは思わねえが。

ベルモットを取り逃がしたのはひとえにオレの力不足だが、2度と灰原に邪魔はして欲しくねえと思っている。
だからボスのメルアドの件も、灰原の前であまり追求はしなかった。

焦るな。
きっとチャンスはある。
絶対にまた尻尾を掴める時が来る。

焦って失敗を繰り返しても、何にもならねえ。
今はおそらく待つ時なのだろう。



   ☆☆☆



「強いわよ、あの娘・・・」

何故灰原はあのような事を言ったのだろう。

オレは勿論、知っている。
蘭の本当の強さ、そして蘭の弱さ。
コナンになって初めて知った事や、まだまだ知らない面もあり、全て知っているとはおこがましくて言えないけれど。

ただ、灰原に言われた時に、オレはそれに素直に返す事が出来なかった。

灰原に対し心のどこかで「オメーなんかに一体蘭の何が分かるよ」と反発してしまった事は、否めない。
まるで自分の方が蘭を知っているかのようなその口ぶりに、少しばかり腹が立ってしまったのは事実である。


考えてみればオレは、誰に対してでも今迄蘭に対しての気持ちをはっきり口にした事は殆どない。
誰に訊かれてもつい強がっちまって、素直に心の内を見せた事はなかった。
その必要がない、というのもある。
蘭自身にすら気持ちを告げてないのに、他のヤツに言えっかよ、というのもある。
誰よりも信頼している筈の父さんと母さんにだって蘭が好きだと認める発言はしていない。(まあ、バレバレだろうが)
探偵としては分かり合える服部にも、幼い頃から近くにいてオレの良き理解者である阿笠博士にも。



オレが自分の気持ちを言った相手は、よく考えると内田麻美先輩と灰原の2人だけ、だ。
別に信頼する相手だから、と言うのではなくて。

内田先輩の場合は、正面切ってはっきりと告白された以上、オレも真剣に答えなきゃな、と思い、名前までは出さなかったが、ずっと心に秘めていた想いを打ち明けたのだった。(蘭の前で先輩の口からその話が出た時は、正直焦った。蘭が鈍くて助かったような、残念なような・・・)

灰原に対しては・・・一時的に元に戻る解毒剤を受け取る時の一連の流れから、「蘭が好き」だって事を認めない訳には行かなかった事情がある。
ただ最近は、灰原が必要以上にその件で嘴を入れて来てる気がして、正直うざい。

灰原としては、黒の組織への怯えの為に慎重になる分、オレが蘭に余計な事を言いはしないかといつも目を光らせている節がある。
まあその気持ちは分かるが。
って言うか、解毒剤を使った時のオレの軽はずみな言動から灰原がオレへの不信感を募らせそうなっちまったんだから、オレの責任なんだが。

正直に言ってしまえば、「蘭の強さ・素晴らしさ」を灰原の口からは聞きたくない。
いや、灰原に限らず、他の誰の口からも。
我ながら心が狭いと思うが、蘭の強さも弱さも優しさも意地っ張りで泣き虫なところも、何もかも。
「他人の口からは語らせたくはない」のだと思う。



   ☆☆☆



園子から送られて来た蘭の水着姿、美味しい写真を・・・灰原に消されてしまった。
あいつは、光彦達の純粋な正義感を聞く振りをして、「蘭にばれる可能性が高い」あの画像を消したのだと思う。
オレはむかっ腹が立ったものの、確かにあの画像を保存しておくのがかなり危険性が高い事だと認めざるを得ない為、何も言えなかった。


「で、ねえ新一。聞いてるの?」
「ああ、聞いてるよ。それで?」

蘭からは時々電話があり、オレは新一として会話をする。
今は偽りである新一の声で。

相変わらず憎まれ口を叩き合う関係なのに、コナンとして蘭と会話する時とはこうも違うのは、一体何故なのだろう?

蘭が好きだ。
その自覚は、いつでもあるのだが。
こうして「新一」として蘭と会話していると、その想いがより強くなる。

コナンへの優しさと思いやりに満ちた言葉・声も好きだけれど。

「新一」への言葉と声には、憎まれ口とか棘だらけのようでいて、どこかに艶が含まれている事を・・・オレはコナンになった事で知った。

蘭が「しんいち」と呼ぶ時の声が、とても好きだ。
けれどそれが機械越しでしか聞けない事が、本当に辛い。



新一が新一であった事、その当たり前の事がどんなに大切であったのか。
失って初めて気が付いた。

そしてそれが、この世で一番大切な女性を悲しませている事が・・・何よりも辛いと同時に、どこかでどうしようもなく嬉しいと思ってしまう。



オレが誰より守りたい、誰よりも大切な女性・・・蘭。

オメーは確かに本当は強いのかも知れない。
オレが守る必要などないのかも知れない。

でもオレは・・・オレはオメーを守りてえんだ・・・他の誰でもない、「オレの」手で。

いつか絶対に帰るから。
まがい物でない新一の声で、機械越しにではなく。
絶対に伝えるから。

我儘だけど、それまで・・・待っててくれよな、蘭。





Fin.



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後書き


これは、いわゆる補完小説の類になるかと思いますが。
コナンくんの語りを通じた私(ドミ)の解釈です。

多分ね。コナンくんはこういう風に「意識」してはいないのだろうと思う。
でも、蘭ちゃんが「強い」なんて事、灰原さんの口から聞かされなくても、分かってるだろうな。

私はコナンくんには、灰原さんに向かって「蘭ちゃん語り」なんぞして欲しくない。
だからあの時「空手がだろ?」と返したコナンくんに、何の不満も持ってないし蘭ちゃんを理解してないとも思っていません。


で、これには近々発表予定のアナザーバージョンがありますが。
そっちはちょいダーク、かな?


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