ムーンナイト



byドミ



「ねえねえ、恵子。こんな店、あったっけ?」
「最近、出来たんだと思うよ。パワーストーンのお店とか、手作りアクセのお店とか、結構よく見かけるよね」

中森青子は、親友の桃井恵子と、学校帰りに、商店街に立ち寄って、ウィンドウショッピングを楽しんでいた。
そして、パワーストーンやビーズと手作りアクセサリーの店を、見つけたのだった。

「ビーズアクセとか、綺麗だよね……」
「うんうん、これなんか、すごくイイ!……げっ……でも、値段もイイか、ガックリ」
「恵子ったら。そりゃ、手作り品だから、それだけ高くなると思うよ……」
「自分で作るのも、わたし不器用だし、飽きっぽいしなあ……。あ、こっちにあるのは、誕生石のコーナーだ」
「さすがに、宝石レベルの石じゃなくて、屑石か、代替品だよね……」
「そりゃまー。でも、屑石って言っても、充分綺麗じゃない?」
「そうだね。6月の誕生石は、真珠とムーンストーンか……」
「えっ?青子の誕生日は、9月だったでしょ?」
「快斗の誕生日が、もうすぐなんだ。」
「へえ……でも、男の子に、誕生石のアクセをプレゼントするのって、変じゃない?」
「でも、ホラ。手作りストラップのキットも、あるし。」
「あ、なるほどー。ストラップだったら、石のついたヤツを男の子が持ってても、変じゃないよね。」

青子の幼馴染み・黒羽快斗の誕生日が、近い。
今迄、誕生日プレゼントを何にするか悩んでいた青子は、たまたま巡り合ったこの店で、プレゼントを決めた。

「真珠も、バロック真珠とか淡水真珠とかは、形がいびつなだけで、すごく綺麗……。ムーンストーンも、お手軽値段だし。」

青子は、散々吟味して、いくつかの真珠とムーンストーンを選び出し、ストラップ用のキットと一緒に購入した。



   ☆☆☆



「かーいと!お誕生日おめでとう!」
「おわっ!青子!?アレ……そうか、今日はオレの誕生日かあ」
「そうだよ。忘れてたの?」
「あ、いや……忘れてたんじゃねえけど。(今夜盗み出す予定の宝石の事で、頭がいっぱいだったからなあ)」
「はい。ささやかだけど、プレゼント」
「お?くれるのか?へえ……パールとムーンストーンのストラップか。じゃ、さっそく、携帯に……」

快斗は、いそいそと携帯を取り出し、今迄つけていたストラップを外して、青子から貰ったストラップに付け替えた。

「すげー嬉しい。ありがとな、青子」

満面の笑顔で素直にお礼を言われて、青子の顔もほころんだ。

「いいえ、どういたしまして」
「真珠も、ムーンストーンも。考えてみたら、どっちも、月の石だよな」
「あ、そうなの?」
「真珠の宝石言葉は、月だし。ムーンストーンは文字通り、月の石。この半透明の石の色が、いかにも月光を思わせるから……」
「そっかー。青子は、真珠とムーンストーンが、6月の誕生石だからって、それにしたんだけど……」
「いやいや、青子がプレゼントしてくれたその気持ちだけで、嬉しいぜ。まして、オレの誕生日に合わせて、誕生石で考えてくれてたんなら、なおさらだ」
「本当は、6月の誕生石って、アレキサンドライトもあるんだけど。青子にはとても手が届かないし」
「青子。気にすんなよ。オレだって、ホンモノの宝石にはとても手が届かないし、青子の誕生日にサファイアを買ってあげるなんて無理だしよ(あー……そう言えば、今夜盗む予定の宝石は、アレキサンドライトだったなあ)」

2人の、ほのぼのラブの雰囲気に。
周囲を取り囲むクラスメイト達は、からかう隙を見いだせないでいた。

「夫婦喧嘩を始めてくれないと、突っ込みどころがないよな」
「ホントホント。いつもなら、ここら辺で一発、始まるのにねえ」
「あー、つまんない」


喧嘩をしていても、たまにこういう風にほのぼのな雰囲気であっても、2人はいつも仲良しで、夫婦の風格を漂わせているのだが。
快斗と青子は、いまだに、幼馴染みのままであった。


しかし、この夜、2人の仲を根底から揺るがすような、大事件が起こってしまうとは。
誰も、想像していなかったのである。







怪盗キッドは、街路樹の上で、盗み出した宝石を、月の光にかざしていた。

「こいつも、パンドラではなかったか……」

大粒で、当てる光によってハッキリと、青と赤に色が変わる、とても上質なアレキサンドライトであったが。
キッドが求めるものではなかった。


黒羽快斗は、怪盗キッドをやるに当たって、宝石に詳しくなったものの、元々、別に宝石好きという訳でもない、一介の高校生である。

「オレに取っちゃ、こっちのがよっぽど、価値ある宝石だよな♪どちらも月の石で、キッドの守護石と言っても良いし」

キッドは、懐から携帯を取り出し、ストラップを月の光にかざして、満足そうな笑みを浮かべた。
高校生である青子が買ったのだから、値段は大した事がないものだろうが、二種類の「月の石」は、月明かりを受けてそれは綺麗に輝いていた。


そこへ。


「怪盗キッド!ここでこの青子と会ったが百年目、覚悟!」
「おわあああっ!」

突然、キッドが立っている木が揺すられて、キッドは思わず、手にしていた携帯を取り落としてしまった。

(や、やべーっ!)

木の下にモップを手にして立っていたのは、快斗の幼馴染みにして、警視庁捜査二課でキッドの担当をしている、中森警部の娘でもある、中森青子である。
青子は、すかさず、キッドの取り落とした携帯を手に持った。

キッドは、木の上からふわりと、青子の前に降り立つ。
内心はバクバクだが、平静を装って、声をかけた。

「お嬢さん。それは返して頂けませんか?」
「……これ……この携帯……まさか……快斗が、キッドだったの!?」

青子が涙目でキッドを見て、言った。

「同じ機種で同じ色の携帯電話など、ありふれていると思いますがね、お嬢さん」
「だって……このストラップ、青子が贈ったものじゃない!」
「世の中には、似たようなストラップが……」
「違う!だってこれ……青子が作ったものだもん!真珠もムーンストーンも、全部、青子が吟味して選んだものだもん!間違う筈、ないもん!」
(げっ!まさか、青子の手作りだったとは!この携帯は黒羽快斗から盗んだとか、拾ったとか、言って置けば良かった……!)
キッドは悔やんだが、後の祭りである。

キッドの気持ちを示すかのように、月が雲の影に隠れた。


青子が、涙をボロボロ流しながら、踵を返して走って行く。
キッドは、追いかけようとして、そのままだとマズイ事に気付き、扮装を解いて黒羽快斗の姿になり、青子を追った。



   ☆☆☆



青子は。
快斗と初めて会った、時計台の前で、うずくまって泣いていた。

「青子……!」
「……っ!ううっ!」
「青子……ごめん……オレは……!」

青子は、顔を上げて快斗を見た。
その傷付けられたような表情に、快斗の胸が詰まる。

「いつも、怪盗キッドに振り回されているお父さんを見て、楽しかった?」
「青子!ちが……オレは……」
「キッドの正体を知らずに、捕まえてやるって息まいている青子の姿を見て、笑ってた?」
「青子……!」

快斗が近寄っても、青子は逃げなかった。
快斗が思わず、青子を抱き締めると……青子は、少し身を固くしたが、抗おうとはしなかった。

「快斗。別に、口止めしなくても……青子は、誰にも喋らないよ……。」
「口止めとか、そんなんじゃなくて!」
「青子の大嫌いな怪盗キッドの正体が、青子が一番大好きな幼馴染みだったなんて……情けなくて、誰にも……言う気なんか、しないから」

青子の固い声に。
快斗は、もう、どうしようもないかと、青子との日々は、終わりを告げてしまったのかと、絶望的になった。

青子が、快斗の胸に手を当てて、押した。
大した力ではなかったが、打ちひしがれた快斗は、それに逆らう事も出来ず、抱き締めた青子を解放した。

青子が、快斗を見上げる。
その目に、涙が盛り上がり、零れ落ちているが。
青子の表情は、悲しそうではあっても、快斗を責めたり憎んだりするような色は、なかった。

(それとも。それも、オレの欲目か……?)


「快斗。ごめんなさい……」
「えっ!?」

青子に、目の前で謝られて。
頭まで下げられて。
快斗は、むしろパニックを起こしていた。


雲の間に隠れていた月が、姿を現し、青子を照らす。
青子の涙が、どんな宝石よりも美しく、光っている。
その表情は、とても優しさに溢れていて、今迄見た中で一番綺麗で……こんな場合だというのに、快斗は思わず見とれてしまっていた。


「な、何で、青子が謝る……」
「小父様が……怪盗キッド、だったんだよね?」
「……!!」

青子の口から、思いもかけない言葉が出て来て、快斗は言葉を失った。

「怪盗キッドが活躍していたのは、9年前まで。その頃、快斗は子供だったし。そして……小父様が亡くなったのも、その時だったよね」
「あ、ああ……」
「で、去年、快斗が、後を継いだの?」
「ああ。そうだよ……」

もう、隠す事など、ない。
快斗は素直に、頷いていた。


「……きっと、快斗の中でも、色々と葛藤や悩みがあったんだって思う。でも……大好きだったお父さんの心残りがあるんだったら……遺志を継がない訳には、行かないよね?」
「青子……」
「何も知らずに、快斗を責めて……ごめんなさい……」

青子が、もう一度、頭を下げた。
快斗は泣きそうになる。

青子は、お子様のようでいて、実際精神的にはかなり大人である事が、快斗には分かっていた。
いつも鈍感なのに、とても鋭い頭脳をしている事も、分かっていた。

けれど、こんな風に気付いて分かって受け入れてくれるとは、思わなかった。


「ねえ。差支えなかったら、話してくれる?無理にとは、言わないけど」
「ああ、全部、話すよ……だけど、その前に。ひとつだけ、言わせてくれないか?」
「う、うん……」


快斗は、もう一度、青子を抱き締めた。
青子は、驚いたようだが、逃げようとはしない。
快斗は、青子の耳に、囁いた。



「青子。好きだ!」



ひときわ明るく輝く月が、優しく2人を照らしていた。




Fin.



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突貫工事で仕上げた話ですが。

快斗君、ハピバ!

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