幼い日の幻影

(お題提供:「恋したくなるお題」「幼馴染の恋物語」05.「幼い日の幻影」)



byドミ



帝丹高校2年B組の、毛利蘭と鈴木園子は、久々に、2人並んで下校していた。

「蘭。最近、新一君から、連絡あってる?」
「一昨日、電話があったよ。事務所の方に」
「そう言えば、蘭って、携帯持ってないもんね」
「うん・・・」

蘭は俯いた。


蘭の前から、幼馴染で同級生の工藤新一が姿を消してから、数カ月。
新一が傍に居なくなってしまって初めて、蘭は、新一との間にあった繋がりが、いかに不確かで脆いものであったのかを、知る。


『まだ、いつだって、チャンスはあるんだって・・・思っていたのに・・・』

傍に居るのが当たり前の関係さえも崩れるのが怖くて、一歩踏み出す事が出来なかった。
なのに、こんな風に突然、傍に居なくなる日が来るなんて、思わなかった。


「ねえ、蘭も、携帯を買ったら?」
「うん。そうしたいのは、山々なんだけど・・・家計のやり繰りが・・・それに、契約はお父さんじゃないと出来ないでしょ?」
「小父さんは、仕事柄、携帯位持ってんじゃないの?だったら家族割引の・・・」
「あ、それ駄目。お父さんが仕事で使ってるの、プリペイド式だから」
「え〜っ!?今時、そんなんあり!?」

そもそも、以前は、携帯を持つ必要性など、なかった。
新一とも園子とも、毎日顔を合わせていたし、緊急の連絡なら家電で充分だった。

クラスメートとの連絡でも、特に困った経験はない。
今時は、携帯を持っている子が殆どと言っても、全員ではなかった。
クラスの連絡網でも、連絡先が家電になっている子は、何人か居た。


けれど今、新一と離れて。
蘭は新一に連絡する術がない。
新一からは時々蘭に連絡を入れて来るらしいのだが、家と探偵事務所の電話にかけて来るのだから、タイミング良く蘭が出られるとは、限らないのだ。


「携帯、欲しいなあ」

蘭は呟く。

けれど、携帯を手に入れたとして。
新一が、電話やメールをして来てくれるのだろうか?

蘭が、強いて携帯を手に入れようとしないのは、その不安もあったからである。



テスト期間中の今は、部活もなく。

いつもの下校時刻よりも早く、夕暮れの土手道を。
園子と共に、歩いていると。


ふいに、子供達の笑い声が聞こえた。
そして、ランドセルを背負った子供達が、駆けて行く。


ある子供の後ろ姿に、蘭はドキリとする。
幼い日の幻影が、重なる。

『新一・・・!?』

まるで、蘭の心の呼びかけが聞こえたかのように、その子供が振り向き、蘭の胸は更に高鳴った。


「蘭姉ちゃん。今、帰りなの?」

「アラ、蘭のとこのガキんちょじゃない」
「園子姉ちゃん、こんにちは」

子供は、蘭の家で預かっている江戸川コナンと、自称「少年探偵団」の、コナンの同級生達だった。


コナンが、新一の幼い頃とそっくりであるという事を知ったのは、つい先頃の事である。
思わず、本当は新一なんじゃないかと疑って、迫って詰った位だった。

今では、こんな幼い子に酷い事を言ったと、心苦しく思っている。

コナンの傍に、ピッタリ引っ付いている、コナンの同級生の歩美の姿が、微笑ましい。


蘭は、コナンと歩美の姿に、幼い頃の新一と蘭を重ねてしまう。
新一とはいつも一緒で仲良しだった。

今、歩美はコナンに対して、恋心をあからさまにしているが。
あの頃の蘭は、新一に「恋」をしていた訳ではない。
新一は、一番仲良しで大切な友達だったけれど、異性を感じた事はなかった。


でも、では新一への恋心は全くなかったのかと言えば、そうではないと、蘭は思う。


きっと、どういう出会い方をしていたとしても、新一には心惹かれただろうと思うけれど。
そして蘭が、新一への恋心を自覚したのは、高校に入ってからだけど。

幼い頃から積み重ねて来た想いが、確かにあると、思う。


「蘭姉ちゃん?」

蘭が、物思いに囚われていたからだろうか。
気がつけば、心配そうに蘭を見上げている眼鏡越しの視線があった。

新一の眼差しは、眼鏡を通してではなかった。
けれど、眼鏡越しのコナンの眼差しは、幼い新一の眼差しを思い起こさせる。


「コナン君、今日の夕ご飯は、ハンバーグでいい?」
「やった!」

破顔するコナンに、蘭は微笑む。


コナンの上に、新一の幼い日の幻影を重ねて。
蘭は、自身の中に長い時間をかけて降り積もった想いの深さを、自覚する。



Fin.


+++++++++++++++++++


<後書き>

「幼馴染の恋物語」、コナン時代に突入です。

これは、原作の「14巻以降18巻以前(蘭ちゃんが眼鏡を外したコナン君の顔を見た後、哀ちゃん登場前)」の、日常のひとコマ。
コナン君の姿を通して、新一君を想う蘭ちゃんです。


そして、コナン時代がどの位続くのか、現時点では未定。


前半と後半では、話が全く違うと思われた方も居るかも知れませんが、私の中では繋がっています。
携帯の話は、「原作のどの時期にあたる話か」を示唆する意味もあります。

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