二度と離さない

(お題提供:「恋したくなるお題」「遥か3お題」17. 二度と離さない)



byドミ



「蘭ちゃん」
「和葉ちゃん!いらっしゃい」

蘭が、寝屋川市の服部邸で暮らすようになってから、数週間が過ぎていた。
平次がいない服部邸に、和葉は時々訪ねて来る。

女同士、気の置けないお喋りをするのだが、いつも最後は、2人の想い人の話になってしまう。

無事でいるだろうか、無茶はしてないか、早く帰って来て欲しい、早く会いたい。
2人の願いは同じなのだ。




蘭が服部邸にやって来た時、平次の母・静華は、和葉も呼び寄せ、蘭と和葉を2人並んで座った所で、向かい側に座って話をした。


「私が知ってるのんは、少しだけやけどな。アンタら2人には、私が知ってる事だけでも、話しとかなアカン思うて」

工藤新一が、もう数カ月も前から、ある闇の組織に関わり、本人の命も危ういが、周りの人間も危険に巻き込むかもしれない厳しい戦いに身を投じていた事。
平次は、新一の戦いを知り、以前は陰ながら応援するだけだったが、今は、新一と共に姿を変えて組織に潜入している事。
大阪府警本部長の服部平蔵警視監、刑事部部長の遠山銀司郎警視長、警視庁刑事部捜査一課管理官の松本清長警視、など、今は警察上層部の中にも協力者はいて、密かに支援している事。
本来はアメリカの組織であるFBIやCIAとも、組織を追い詰め倒す為に、水面下で協力関係にある事。
静華が語ったのは、そのような事だった。


「何よりも大事な息子や、いくら正義の為世の為言うても、平次がそないな戦いに首を突っ込むやなんて、私はうんとは言えへんかった。ちゅうか、どないずるい言われたかて、他のもんみたいに、外から協力したらええねん、思うた。けど、私が平蔵さんから話を聞かされたんは、平次が行ってもうた後やったんや。もうホンマ、男衆は、しゃーないな。私ら女を、何と思うとるんやろ!」

静華は、怒りをにじませながらも、淡々と語って。
蘭と和葉は、黙ってそれを聞いていた。

「あ、ごめんな。アンタら2人に話したかったんは、私の愚痴ちゃうねん。男っちゅうもんは、ホンマ、しょうもない連中やけど、惚れ抜いた女がおったら、その女が待っててくれる思うたら、どこまでも強うなれるもんなんや。せやから、アンタら2人は、ドーンと構えて待っとって欲しい。工藤君と平次が、無事、戻って来るんは、それが一番なんや」

蘭と和葉は、期せずして顔を見合わせた。

「平次も、口ではハッキリ言わんかて、和葉ちゃんを心の支えにして、和葉ちゃんめがけて帰って来る筈や。せやから、和葉ちゃんが元気で待っとるんが、あの子が無事帰って来る為の一番なんや」
「静華おばちゃん・・・」
「もし、無事帰ってけえへんかったら、そん時は殺したる!」
「「ええっ!?」」
「・・・位の勢いで、構へんで」

そう言って、静華はコロコロ笑った。


「まあ、帰って来たら、2〜3回位は、どついたり。で、お帰り言うて受け止めてあげたらええんや」
「は、はあ・・・」
「和葉ちゃん、平次ももう、母親がウザい年頃なんやし、平次の出迎えは、アンタに任せたで?」
「おばちゃん・・・」
「まあ、あの子が帰って来た時はまず、うちやのうて遠山邸に向かうのは、間違いあらへん思うけどな」

そう言ってまた、静華はコロコロ笑った。



小五郎・英理、そして園子には、蘭の居場所は明かせないが、無事である事だけは伝えてくれたという事だった。

「まあ、女の子やし。毛利はん達に取ったら、死ぬ程、心配やろしなあ。けど、冷静に聞いて貰うんは、ホンマ苦労したようやで、あの人が」

組織に、蘭が無事である事がばれると、色々と面倒な事になる。
なので、小五郎と英理には、蘭が行方不明で生死も不明と、死ぬほど心配している風を、装い続けて貰わねばならない。

平蔵が、小五郎と英理に、一体どういう風に話を伝えたのか、分からないが。
とにかく、何とか蘭が無事である事は伝え、組織にばれるような事もなかったらしい。


そして。
和葉は時々、服部邸を訪れては、蘭と話をする。
蘭は現在、学校にも通えない身であれば、和葉の来訪は密かな楽しみとなっていた。

蘭と和葉の気持ちとしては、新一と平次に危ない橋を渡って欲しくない。
まして、最初から関わらざるを得なかった新一はともかく、平次がそこまで首を突っ込む必要はなかろうと思う。

けれど、2人とも、建前ばかりではなく、「そういう熱い男だからこそ、惚れたのだ」という認識もある。

惚れた男には危険な目に遭って欲しくないと同時に、正しい事の為や弱者を守る為に動く男であって欲しい。
何故なら、蘭と和葉も、正義に反する事を見過ごせないからである。


そして、新一と平次が、蘭と和葉を巻き込むまいと、安全圏に置いておこうとするのが、嬉しくて同時に辛い。
本当だったら、一緒に戦いたい。


「でも、あの時、よく分かった・・・新一達が戦っている相手は、生易しい相手じゃない、わたしが新一の傍にいたいとか、一緒に戦いたいとか考えるのは、足を引っ張るだけだって。わたしに出来る事は、無事に生きて待つ事だって・・・」
「蘭ちゃん・・・」


戦いの行方がどうなっているかは、2人には分からない。
大詰めなのか、先が長いのかすら、分からない。


「蘭ちゃん。せっかくええ天気やねんで、少し歩いてみいひん?」
「うん、そだね。家の中にずっといても、気が滅入るし」

蘭は学校には行っていないが、服部邸の周囲を出歩いたりする事まで止められている訳ではなかった。
和葉と2人、河川敷を歩く。

川面を渡る風が、木々を揺らし、優しい葉擦れの音が2人を包む。
水面を反射する日の光と、木漏れ日が、2人に降り注ぐ。


何をしていても、何を見ても、2人の心は、愛しい男性へと向かう。
ここに、あなたが一緒にいたら良いのに、と願ってしまう。


蘭と和葉は、不意に、大きな木陰から2人の人影が現れた事に気付いた。
まさかと思いながら、心臓が大きく音を立て始める。

ゆっくりと近づいて来る姿に、蘭も和葉も動けない。
本当は駆け寄りたいけれど、そうしたらその影は幻のように消えてしまいそうで、怖くて動けなかった。



「ただいま、蘭」
「し、しんい・・・」

涙が溢れて、蘭の視界が霞む。
温もりを持った逞しい体躯と腕が、蘭を包み込み、幻などではなく、そこに確かに愛しい人がいる事を感じさせる。


平次と和葉の存在は、蘭の脳裏から消え失せて、ただただ、目の前の愛しい男性に縋りついていた。


「新一、新一、しんい・・・っ!」

繰り返し呼ぶ声は、蘭の唇を塞いだ新一の唇に飲み込まれて行った。



   ☆☆☆



新一と蘭は、寄り添ってゆっくりと歩いていた。
いつの間にか、和葉と平次の姿はなく、そちらはそちらで、2人きりで過ごしているのだろうと思う。


「もう、終わったの?」
「ああ。全て、終わった。組織の主だったメンバーはみな、逮捕されたし。末端で逃げ延びた人もいるようだけど、組織の再興が図れるほどじゃないし、末端メンバーは情報を殆ど持ってねえから、報復される心配もない」
「そうか・・・」
「日本は民主国家で秘密主義じゃねえし、組織の犯罪については、ある程度公表されるだろうが、オレと服部が関わっていた事は伏せられるし、それに、組織の本当の目的は、表に出される事はない」
「な、何で?」
「世に混乱と災いをもたらすような事だからだよ」
「混乱と災い?」
「不老不死の研究が、かなり進んでいた。けどよ、人間にとって不老不死なんてのは、人類社会に破滅をもたらす恐ろしいものだと思わねえか?」
「・・・う、うん・・・」

少し考えて、蘭は頷いた。
人は、限りある命だからこそ、今を大切にして、愛する相手を守ろうとするのだ。

「ねえ、新一」
「うん?」
「もしかして、新一も・・・研究途中のその薬を、飲まされたの?」
「・・・!!」
「そして、若返ってしまった?」
「ああ・・・若返ったっていうか、ガキになっちまったっていうか・・・」
「そっか・・・今はもう大丈夫なの?」
「あん?」
「完全に元に戻れたの?また、縮んじゃうなんて事、ない?」

新一は、蘭に向き直る。

「ああ。もう、完全に元の姿に戻った。副作用の心配もない。お墨付きだ」
「良かった・・・」

蘭は、足を止め、新一を見上げると、ポロポロと涙を零した。

「蘭・・・」
「こ、コナン君にもう会えないのは、ちょっとだけ寂しいけど。でも、新一の体にもう何の心配もないのなら・・・」

新一は、手を伸ばすと、蘭を腕に囲い込む。

「オレは・・・ずっと・・・蘭を守れるこの腕を、取り戻したかったよ・・・」
「新一・・・」

蘭は、新一の腕の中で泣いた。
何の為の涙なのか、蘭本人にも、よく分からなかった。



   ☆☆☆



「平次も、いっぺん位顔見せたってもええのに、そのまま遠山邸に直行で、あっちに泊まるらしいわ」

蘭が新一と共に服部邸に戻ると、静華はそう言って呆れたような顔をしていた。

「まあ、和葉ちゃんの気持ち考えたら、仕方あらへんやろうし。今夜は、私があっちに行って泊まる事にするわ。平蔵さんもあっち行くやろうし」
「え・・・!?」
「工藤君も疲れてるやろうし、アンタらは取りあえず今夜ここに泊まって、明日の朝、一緒に東京に帰ったらええ。部屋も食料も、好きに使うてくれて、かましまへんし」
「あ、あの・・・」
「もう、ご両親と友達に連絡取るのも、解禁やで?ほな、私は出かけるさかい」

そう言って、静華はそそくさと出て行こうとする。
家族ぐるみのお付き合いをして来た服部家と遠山家だ、おそらく今夜は、両家揃っての宴会になるのだろう。

「せや、工藤君、ちょお」

静華に手招きされて、新一が玄関に向かうと、静華が新一に小さな包みを手渡して来た。

「ようやく会えた2人に、私も無粋な事言う気はあれへんけど。女の子、泣かせたらあかんえ?」

妙に軽く、小さな四角形の箱型の包みに、新一は首を傾げた。

「ほな、ごゆっくり」

静華はそう言って、玄関を出て行く。

「新一。お腹空いたでしょ?今、ご飯の支度するから」
「あ、ああ・・・ありがとう」

蘭も服部邸に世話になって相応の日々を過ごして来たので、勝手知ったる他人の家とばかり、戸惑う事もなく台所に立った。
新一は、静華から渡された包みを開けかけて、真っ赤になり、包みを閉じた。

まさかと思い、蘭が今迄寝泊まりしていた客間に向かうと、床が二つ並べて準備してあった。


『ま、マジかよ・・・何考えてんだよ、あの人は・・・!』

静華は、見た目は着物姿の大和撫子だが、中身は新一の母・有希子に負けず劣らず、ぶっとんだ女性であるらしいと、新一は思った。

『ま、まあ、子どもが服部1人だからな。娘持ってたら、こうは行くまい』


新一が目を白黒されていると、蘭が呼ぶ声が聞こえた。

「新一、ご飯の支度、出来たよ〜」

新一は急いで台所に向かう。

「って、さっき支度を始めたばかりじゃなかったか?」
「支度する積りだったけど、もう小母様が作っていらっしゃったの」
「そ、そっか・・・」

新一と蘭は、ありがたくご飯をいただいた。
蘭は、小五郎と英理、そして園子に、電話をかけて連絡をする。

『ま、なんだな。一刻も早く帰ってこいと言いたいところだが、お前も色々大変だっただろうし。今夜は甘えて、明日、帰って来い』

小五郎は色々言いたい事もあっただろうが、今回は煩い事も言わずにいてくれた。
もっとも、新一と2人きりで泊まるなんて事を知っていたら、そうはならなかっただろうが。


それぞれに入浴し、そして、早目に休む事にした。


「新一?何してるの?」

新一が布団を抱えているのを見て、蘭が不思議そうに尋ねる。

「あ、はは。やっぱ、一緒の部屋は拙いかと思ってよ、別の部屋で寝せて貰おうかと・・・」

すると、蘭が、新一の寝巻の端を、ハッシと掴んだ。

「嫌。ここで一緒に・・・」
「お、オメーな!そういう訳には行かねえだろうが!」

蘭が、新一を見上げる。
その目に涙が盛り上がっているのを見て、新一は慌てふためいた。

「お願い、新一。1人にしないで・・・」
「ら、蘭・・・だけど・・・」
「やっと、会えたのに。せっかく、会えたのに!」

新一は、そっと蘭を抱き締めた。

「ねえ、新一」
「ん?」
「わたしね、新一と一緒にいたいってだけで、そ、そういう事をしたいって訳じゃ、ないけど」
「・・・ああ、まあ、そりゃそうだろうなあ・・・」

男と女はその辺違うからなと、新一は心の中で呟く。

「でもね。新一が、それは辛いって言うなら・・・いいよ?」
「へっ?」
「わたしは・・・新一にだったら、何をされてもいいもん。だから・・・ただ傍にいるだけが無理だっていうなら、いいよ。わたし・・・」

蘭が、少し震えながら、意を決したように新一を見詰めて来る。
それを見て、新一の腹は決まった。

「バーロ」
「し、新一?」

新一は、蘭に軽く口づけると、額をコツンと合わせて来た。

「オレは、そりゃ、ものすごくオメーの事が欲しいけど。オメーに無理は、させたくない」
「新一・・・でも・・・」
「これから先、ずっと一緒なんだから。まだ、たっぷり時間はある。焦る事はねえよ」
「・・・・・・」
「いつか、蘭の全部を貰う。でも、それは、今夜じゃない」
「新一・・・だって・・・」
「んな顔すんな。ちゃんと、傍にいてやっから」
「ホント?」
「ああ」


そして、新一は蘭を抱き込み、布団に横になる。
蘭は安心したように新一にすり寄って来た。

新一にとって、多分、苦しい夜になるだろうが、蘭の幸せそうな顔を見ていると、そんな事はどうでも良いように思えて来る。


「あ、そう言えば新一」
「ん?何だ、蘭?」
「言い忘れてた事があった。お帰りなさい、新一」

蘭の笑顔に、新一も、他の誰にも向ける事のない柔らかな笑顔を見せる。

「蘭」
「なあに、新一?」

新一は、蘭を強く抱きしめて、言った。

「もう、二度と離さない」



Fin.




++++++++++++++++++++


<後書き>


このお題だけは、ここで使う事が、最初から決まっていました。
細かなシチュまで決めてた訳では、ありませんが。

平和の方は、途中からほったらかしにしてしまって、ごめんなさい。
まあ、あちらは、両家うち揃って、賑やかな感じで過ごした事と思います。
離れていた期間も、新蘭ほど長くないしね。


このシリーズ、次は高校卒業頃にお話が飛ぶと思います。
そして、表にするか裏にするか、一部裏にするか、考え中。


2012年5月31日脱稿

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