今も昔も遠い未来もすぐ側に
(お題提供:「恋したくなるお題」「幼馴染みの恋物語」10. 今も昔も遠い未来もすぐ側に)



byドミ



「・・・さん。こんなとこに寝てたら、風邪引くよ」
「コナン君?」
「んもう!違うよ、お母さん、寝ぼけてる?」
「え?百合?」


蘭は慌てて、うたた寝してしまっていたソファーから起き上がり、頭を振った。

工藤蘭、27歳。
19歳の時に新一と結婚してすぐに授かった一人娘の百合は、今年、7歳になった。

「お母さん?大丈夫?」
「大丈夫よ。ちょっとね・・・昔の、百合が生まれるより前の、夢を見ていただけ」

蘭は微笑んで、そっと愛しい娘を抱き締めた。

百合の声は、コナン・・・そして新一の幼い頃の声に、どことなく似ている。
だから、コナンの夢を見たのかもしれない。

「お母さん、夢って、悲しかったの?」
「ううん、悲しい夢なんかじゃないよ、どうして?」
「だって、目が覚めた時、ちょっと悲しそうな顔、したもん・・・」

蘭は娘を安心させるように、そっとその頭を撫でる。

「ううん、違うのよ。悲しかったんじゃないの。目が覚めて、夢だったって事に、ちょっとビックリしちゃって・・・それだけ」
「ゆめだったことに、ビックリするの?」
「そうよ。百合には、そういう事はない?」
「よく、わかんない・・・こわいゆめで、ゆめでよかったってことは、あるけど・・・」
「どんな夢を見るの?」
「うーん。怪人がおっかけて来る夢とか・・・」
「そう・・・」

小さい子どもは、怖い夢を見たりすることが少なくない。
なので、心配する必要はないだろうと思うけれど。
蘭は、幼い我が子をジッと見て、その表情に陰りがないか、確かめる。

「昔、お父さんと同じくらい大切な男の子が、いたのよ・・・」
「ええっ!?お父さんと同じくらい大切って・・・ふたまた?」
「違うわよ。どこでそんな言葉、覚えて来るの?そうじゃなくて、弟みたいな・・・うちで一時あずかっていた子」
「おとうと・・・おかあさんに?その子、今、どこにいるの?」
「・・・どこにいるのかしらね?お母さんも知らないの」
「おかあさん。その子に会いたくてさびしいから、泣いてたの?」

蘭は、娘なりの鋭さに舌を巻く。
もう二度と会う事がない、大切な男の子、江戸川コナン。
新一の借りの姿だった事を知っている今も、コナンはコナンとして、蘭にとって大切な存在である。

新一を失うのは死ぬより辛いことであり、コナンに戻って来て欲しい訳ではない。
けれど、コナンにもう一度会いたい、寂しいと思う事なら、ある。
夢を見て切なかったという事を、蘭は上手く言葉にできなかった。

百合が大きくなったら、コナンのことを含め、色々と語って聞かせたいと思う。

もう一度、安心させるように百合の頭を撫でると、携帯のメール着信音が鳴った。
夫の新一からのメールだった。

『事件は片付いた。今から戻る』

蘭がメールを読み終わるとほぼ同時に、玄関のチャイムが鳴った。
今から戻ると書きながら、メールを送ったのはもう到着しようかという時間だったようだ。

「あ、お父さんだ!」

百合は、はしゃいで玄関に迎えに行く。
蘭はゆっくりその後について行った。


「お父さん、お帰りなさい!」
「ただいま、百合」

新一は飛びついてくる娘を抱き上げる。

「お帰りなさい・・・新一」
「ただいま、蘭」

百合を抱き上げたまま器用に、新一は蘭にただいまの軽いキスを送った。

「あ、そうだ。お土産」

新一がそう言って差し出したのは、鹿の子百合の鉢植えである。

「ええ?新一、お土産は嬉しいけど、このお屋敷、花だらけになっちゃうわよ?」
「いいさ、花がいっぱいってのは、悪い事じゃねえだろ?」


新一が10年前、コナンの姿だった時に蘭に贈った透かし百合は、その後毎年花をつけた。
19歳の時に2人は結婚したが、その時、百合は工藤邸の庭に植えられた。

そして、20歳の時生まれた娘には、新一が「百合」と名付け、蘭にも異存はなかった。

新一は結婚後、しばしば蘭や百合の鉢植えをお土産に買って帰って来た。
その後は蘭が、鉢植えのまま管理したり地植えしたりして面倒を見ている。
その殆どが毎年花をつける為、今や工藤邸は、お花畑と化している。

10年前には子供達の間でオバケ屋敷と呼ばれていた工藤邸は、お花畑になった事で随分イメージが変わった。
最近の工藤邸は、「米花町の花屋敷」と呼ばれ、半分公園代わりのようになって、近所の子供達の憩いの場にもなっている。

新一は高校卒業後から報酬を得て探偵の仕事をするようになり、大学卒業後、工藤邸の1階に事務所を構えた。
訪れる客が人目を気にしなくて良いように、お花畑の奥に、花のアーチに隠れるようにして、ひっそりと小さな看板が出ている。

もっとも、新一は現場に出ている事が多く、事務所に座っていることは少ない。
そして新一の妻であり仕事上のパートナーでもある蘭が、事務所の管理を任せられていた。
工藤邸を訪れる客は、半分公園のような花畑の中を通って来る。
別にそれを狙ってお花畑にした訳ではないのだが、事務所を訪れる思い詰めた相談者は、花で心和む事も多いらしい。


蘭がお茶の準備をしていると、新一がお風呂から上がってきた。

「百合は、もう寝たのか?」
「ええ。大好きなお父さんにお帰りなさいをしたくて、頑張って起きてたんだもの」
「そうか。・・・思いの外手間取っちまった。遅くなってごめんな」

蘭は笑って首を横に振る。

「今は、新一が必ずここに帰って来るんだって、分かっているから。大丈夫」
「蘭・・・」

新一が強く蘭を抱き締めた。

「ぜってー、オメーや百合を置いて、どっかに行っちまう事はねえから。約束する」
「うん・・・」
「蘭。あのさ。もしかしたら・・・」

新一が言いよどみ、蘭が首を傾げる。

「もしかして、オレが守るべき相手、増えたのか?」

新一が蘭の腹部に目を向けて言った。

「もう!探偵ってこれだから・・・」
「蘭?」
「今日、病院で確認してきた」
「そっか」

新一が微笑み、そっと愛妻のお腹を撫で、唇に口付けを贈る。

「体調は、大丈夫なのか?」
「今のところはね。でも、最近、眠くって・・・」
「うたた寝して、風邪ひくなよ」
「今日、百合にも言われたわ。薬飲めないから、気を付ける」

蘭はそっと腹部に当てられた新一の手に、自分の手を重ねた。
何となくだけど、今度は男の子かもしれないと思う。
もちろん、男でも女でも、愛しさに変わりはないだろうけれど、先ほどコナンの夢を見ていた所為か、そんな気がしてしまうのだ。


蘭の傍にいて守り続けてくれた、蘭の小さなナイト。

そういえば昔、うたた寝をしていたら、コナンに掛け物をかけられて、目が覚めたら「こんなとこで寝ちゃ風邪ひくよ」と言われた事があったと、蘭は思い返す。

蘭を案じる新一の眼差しは、コナンと同じ。
新一はずっとずっと、姿形が変わった時でも、蘭の傍にいて蘭を守り、蘭に愛を注ぎ続けてくれたのだった。

思えば幼い頃からどれだけ、新一は蘭に愛を与え続けてくれただろう。
今になって分かる事が色々ある。
7歳の新一の愛と優しさが、17歳にして分かったように、17歳の新一の愛と優しさが、27歳になった今は、分かる。
こうやって、後から分かる新一の愛と優しさが、きっとこれからも沢山あるのだろう。


「新一。お腹の子、何となくだけど、男の子のような気がする・・・」
「男か?うーん・・・」
「え?新一、嫌なの?」
「や、そういう訳じゃねえけど、男につけられる花の名前って何があったかなと思って・・・」
「花の名前っ!?」
「いや、オメーと百合が花の名前だからよ」

新一が顔をしかめて考えていたのが、「名前」の事だったので、蘭はおかしくなって笑い出してしまった。

「男の子だったらイヤって訳じゃないのね」
「当たり前だろ」
「・・・男の子の場合、名前、コナンは、やめようね」
「ああ。わーってる」

全ての人は、他の誰でもない、ただ1人の存在。
もし男の子が生まれた場合、その子に「コナン」と名付けたら、どうしても周囲の人達は「あのコナン」に重ね合せて見てしまうのは必定。
人は誰しも他の誰かとは違うのに、重ねられてしまうのはその子が可哀相だ。
だから新一と蘭は、「子どもにはコナンと名付けない」と、話し合って決めていた。


子どもは、不思議だ。
百合が生まれ、この世で、これ以上にかけがえのない大切な存在はあるまいと、思ったのに。
次の子どもの命が芽生えると、その子への愛情が既に芽生えかけている。
子どもの数が増えたら愛情が分散するのではなく、それだけ加算されて行くのだという事を、蘭は知った。


「それはそうと。新一、高木刑事のとこの弘樹君が遊びに来ると、嫌な顔をするのは止めてよね」
「は?オレ、変な顔してるか?」
「そりゃもう」
「ん〜〜〜。あいつは百合をいつも守ってくれて感謝もしているんだが。いつか百合を攫って行くかと思うと・・・」
「・・・百合の方は、まだまだ、お父さんが一番のようだけどね」

新一は複雑な顔をした。
娘を持って、小五郎の気持ちが分かるようになったと思う。
けれど、弘樹が今現在抱えているだろう切ない気持ちも解るのだった。

「・・・新一って、お父さんに似ているとこ、あると思ってたけど・・・」
「は?小五郎のお義父さんにか?」
「うん。クールに見せようとしてるのに実際は熱いとことか。まあ、クールに見せるのは新一の方が上手だけどね」

新一の表情は更に複雑なものになった。

「実家のお父さんってさ、思春期過ぎた頃からは、新一がわたしと仲良くするのを嫌がるようになったけど、子どもの頃は案外そうでもなかったんだよね。でも、新一は、百合がまだ子どもなのに、弘樹君と仲良くするのを嫌がるでしょ?」
「・・・今にして思えばだけど。お義父さんがお義母さんを女性として意識して愛するようになったのって、もしかしたら思春期を迎えてからなんじゃねえかって思う」
「新一?」
「オレは・・・お前の事をいつ女性として愛するようになったかなんて、覚えていない。記憶に残っている限り、そうだったから」

蘭の体を、衝撃に似た感動が貫いた。

「だから、弘樹が百合をどういう目で見ているか、解っちまうんだよ。子どもであっても、想いは真剣だ」

そう言って新一は苦笑した。

「逆に、弘樹に同情しちまう部分もある。そういう面では、百合はオメーに似てる。百合にとって弘樹はまだ、幼馴染の仲の良い男の子でしかない」
「・・・弘樹君には気の毒だけど、百合が将来誰を愛するかは、親がどうこうできる事ではないし」
「ああ、勿論、百合次第だよ。とは言え・・・オレもいざ百合が結婚相手を連れてきたら、憮然とするのかもしれねえよなあ。かと言って、ずっと独身ってのも・・・」
「新一ったら」

蘭が笑う。

「ずっと独身を貫くのだって、ひとつの生き方としてはありだと思うし、百合が決めた生き方を、わたしは尊重したいと思うわ」
「ああ。まあな。頭では分かっていても、感情では色々あるんだろうが・・・子どもがこんなに可愛い存在だとは、予想できなかったなあ」

新一がそっと蘭の腹部をさすって言った。

「百合が生まれたのは、昨日のことのように思えるのに、もう小学生だし。ここにいる子どもも・・・きっと、あっという間に大人になっちまうんだろうなあ」
「そして、わたしたちは、ジジババ?」

蘭が笑いを含んで言った。
新一がまた蘭をぎゅっと抱きしめる。

「新一?」
「蘭。子どもは、命を懸けても守りたい大切な存在だけど・・・」
「・・・うん・・・」
「でも、いずれは巣立って行く」
「そうだね・・・」
「お前は違う。オレにとってお前は・・・」

新一はその先を言わなかったけれど、蘭にも何となく、新一が言いたい事は解る。

「新一」
「ん?」
「もう絶対に、わたしを置いて、いなくなったりしないで・・・」
「ああ。誓うよ、何度でも」


それは、新一が初めて蘭を抱いた時の、そして結婚した時の、約束だった。

新一がコナンになり、元の姿で蘭の傍に居られなかった事。
そして、組織との闘いの為に蘭の前から本当の意味で姿を消し、表向き「死んだ」ことにしなければならなかった事。
それぞれに、悪い事ばかりではなかったけれど、蘭には辛い想いを強いることとなった。

もう二度と離さない、離れない。
2人は互いが互いの半身なのだから。



「そろそろ、休もうか。明日もあるし・・・オメーももう、寝た方が良いだろう」
「う、うん・・・」

蘭の妊娠が分かった新一は、おそらく蘭が安定期に入るまで蘭に触れようとはしないだろう。
百合を妊娠した時がそうだったから。

新一は、状況が許せば貪欲に蘭を求め、それは結婚後10年以上を経た今も変わらない。
けれど、蘭が妊娠中・産褥の時期・具合が悪い時などは、それはもうスッパリと見事なまでに、蘭に触れようとはしないのだ。
だからと言って、新一が浮気などしていない事は、蘭は信じている・・・というより、知っている。

2人は、その行為をしてもしなくてもいつも、身も心も1つに結びついているのだ。


「じゃあ、お休み、蘭」
「お休みなさい、新一・・・」

新一は蘭を抱き締めて横になった。
蘭は、安心できる温もりに包まれて、眠りに落ちて行く。


幼い頃から、新一は蘭にとって大切な存在だった。
親友でもあり兄弟代わりでもあり・・・けれど、親よりも大切なただ1人の人・男性として愛する存在になったのは、そう遠い昔ではない。
けれど、新一にとって蘭は、物心ついた時から、ただ1人の大切な女性であったらしい。
その事についてだけは、蘭は時折、新一に申し訳なく思う事がある。
蘭にとっては、新一を1人の男性として愛するまでには、お互いの成長と熟成期間が必要だったのだ。


幼い頃から、傍にいた。
今現在も、傍にいてくれる。
一時期、蘭の傍にいなかった時期があったけれども、その間もずっとずっと、新一は蘭に愛を注ぎ続けてくれていた。
幸せだったと、幸せだと、蘭は思う。

この先もずっとずっと、子ども達が巣立っても、2人は寄り添って生きて行く。

今も昔も遠い未来もすぐ側に。



Fin.


<幼馴染の恋物語・完>


2013年9月30日脱稿
戻る時はブラウザの「戻る」で。