「いまさら」 だなんて聞きたくない

(お題提供:「恋したくなるお題」「幼馴染みの恋物語」07. 「いまさら」 だなんて聞きたくない)



byドミ



最初から。
これは夢だと、分かっていた。

蘭が、泣いている。
怒り混じりの、涙。


『どうして・・・どうして、今頃になって・・・』
『蘭・・・』
『わたし、待ってたのに!ずっと、待ってたのに!』
『蘭・・・オレは!』

蘭は、涙を拭いた。
そして、傍らにいる男を愛しそうに見つめる。

蘭の傍らにいる男は、男だと言う事は分かるけれど、霞が掛かっているかのように、その姿がハッキリしない。

『もう、わたしには、大切な人がいるの』
『蘭・・・!』
『もっと早く帰って来てくれたら、わたしは・・・』
『蘭・・・!!』
『いまさら・・・遅いわよ。新一。わたしはもう、あなたの事、何とも思ってないもの』


   ☆☆☆


コナンは、全身汗びっしょりで、目が覚めた。

「くそっ!何て夢だ・・・!!」

最初から、夢だと分かっていた。
それでも、心が痛かった。

自分の小さな両手を見て、ぎゅっと目を閉じ、拳を握りしめる。

あの瞬間の事を悔いるなんて、らしくない。
コナンになってしまった事を、今更悔いても、何にもならない。

それでも。
時折こうして、胸を切り裂く夢が訪れる事がある。


このまま、元の姿に戻れないんじゃないだろうかとか。
このまま、組織と決着が着けられないままなんじゃないだろうかとか。

ふっとそういう事が頭に浮かぶ瞬間が、ないとは言えない。


コナンは、隣で眠る小五郎を見た。
時に。
小五郎の懐の大きさと、何があってもめげない強さに、救われている瞬間がある事に、コナンは気付いていた。

そして、部屋の扉を見詰める。
この少し向こうに、コナンが・・・いや、工藤新一が愛してやまない少女が、眠っている。


「約束の有効期限は、約束が果たされるその日まで・・・」

少し前に、コナンが新一として蘭に言った言葉を、思い返す。
果たされるまでは、約束は終わらない。
けれど・・・。
蘭は、いつまでなら待っていてくれるのだろう?


コナンは、首を振って、体を起こした。
空は既に、明るくなっていた。


   ☆☆☆


「彼女、お見合いしたんですって?」

小学校から、ランドセルを背負っての帰り道。
哀に話を振られ、コナンは思わず足を止めた。

「オメー、どっから、んなくだらねー話、聞きこんでんだよ?」
「情報元は、博士よ」
「・・・博士も、口が軽いな・・・」
「あら。自分が博士に秘密を打ち明けておいて、博士が他の人に喋ると口が軽い扱いなの?あなたも、大概よね」

コナンは、それには何も答えず、少し早足になって前に出た。

「私に、解毒剤の試作品をくれって、随分駄々こねてくれたじゃない。察するところ、卒業みたいに、さっそうと現れて彼女を攫って行く王子様役をやりたかったってところなのかしら?」
「・・・んなんじゃ、ねえよ」

正直なところ。
先日、哀に「解毒剤をくれ」と頼んだ時のコナンは、何も考えていなかった。
ただ、蘭に電話で頼まれた通りに、工藤新一としてその場所に現れる、それしか考えていなかった。

背後から、声が聞こえた。

「コナン君、哀ちゃん!ちょっと待って!」
「もう、2人とも、速いですよ!」
「そうだぜ、ちょっとはキョウキョウせいってものを、考えろよ」
「元太君。それを言うなら、協調性ですよ」

「おう!わりぃ!考え事しててよ」

コナンが、くるりと振り返って、歩美・光彦・元太の元へ、戻る。
哀も、ゆっくり歩調で、それに続く。

「コナン君の考え事って、なあに?」

歩美が無邪気に尋ねて来る。

「今夜、鰻重食いてえなって事か?」
「それは、元太君の方でしょう」

コナンは、ふっと笑った。
子供は、大人が考える程、無邪気なばかりではないけれど。
それでも、いつも真っ直ぐにぶつかって来るこの3人の存在に、随分心慰められたのは、事実だった。

「考えてたのは、次のキャンプの事だよ。また、博士が連れてってくれるってさ」
「ホント!?」
「たまには、海に行くのはどうですか?」
「無人島なんかも、イイかもな!」
「おいおい・・・博士の車じゃ、無人島には行けねえよ」


そういう会話をしながら、コナン達は帰路についた。


「蘭姉ちゃん。ボクちょっと、博士の所に行って来る」
「分かったわ。あんまり遅くならないようにね」


コナンは、蘭に告げると、阿笠博士の家に向かった。


「おお、新一。どうしたんじゃ、一体?」
「ちょっと、ネットで調べてえ事があっから。パソコン借りるぜ」
「おいおい。また、ウィルスでうちのパソコンを滅茶苦茶にせんでくれよ」
「ああ。わーってるよ、今回は別に、黒尽くめの組織絡みじゃ、ねえから」

コナンはパソコンに向かい、検索を始めた。

「・・・別に、怪しい面はねえよな。普通に若手切れ者の弁護士ってだけか・・・」
「あら。この人が、蘭さんのお見合い相手なの?」

背後から、やや気だるげなアルトの声が聞こえた。
誤魔化しても仕方がないので、コナンは肩をすくめて答えた。

「ああ。何か目的があって近付いて来たとか、そういうんじゃねえかって、ちょっとだけ心配だったんでね。でも、別にただの普通の弁護士だよ」
「ふうん・・・」

哀がじっと見詰めて来る空気を感じて、コナンは首をすくめた。

この女は本当に良く分からないなと、コナンは思う。
今は一応、ある程度、信頼している。
けれど、自分の手の内を明かす事までは、出来ない。

ただ。
何でか知らないが、哀にはコナン(新一)の「蘭への気持ち」を見透かされていた。
新一と蘭を取り巻く人達からは、当の本人を除き、新一の気持ちなど、とっくに見透かされているのは、分かっていたが。

哀とは、そう長い付き合いでもないし、今のところ哀と蘭の接触はそう多くない。

そしてコナン(新一)は。
普通だったら、誰に対しても(見透かされているのは承知の上で)蘭に恋している事は否定の言葉を出すのだが。
哀に対してだけは何故か、蘭への気持ちを(積極的肯定はしないまでも)否定しないでいた。


「まあ、その若手弁護士が、あなたが言うところの黒ずくめの組織の人間じゃない事だけは、確かだと思うわ」

哀は、手を広げて言った。

「ん?って事は、現役の弁護士なんかの中にも、組織の人間はいるって事か?」

コナンは思わず緊張して言った。

「あら。あなたも知っている筈よ。組織は、あらゆる所に入り込んでいる。と言っても、今のところ、毛利探偵事務所がノーマークなのは、間違いないわ。もしその人が組織の人間で、あそこに狙いをつけているのなら、お見合いと称して探りを入れるなんてまだるっこしい事はしないだろうし」
「なるほど」
「でも。油断はしない事ね。一般人を装った組織のメンバーが、いつ何時、毛利探偵と接触して、疑いださないとも限らないんだから」
「ああ。わーった。気を付けるよ」
「あなたの気を付けるは、信用ならないけど。仕方ないわね」

そう言って哀は、離れて言った。
コナンは少しの間、哀の後姿を見詰める。

信用ならないのは、お互い様だ。
哀が組織から完全に抜けている事、一応は味方と言って良い存在である事、その点では信用しているが。
コナンの戦いを本当の意味でサポートしてくれる存在であるのかどうか、それに関しては正直、信用出来ないでいた。

哀から自分への信頼・信用を勝ち得ていない事は、分かっている。
そして、それは仕方のない事だという事も、理解している。
コナンは、哀に「信じて欲しい」とは、思っていない。
時々、「もう少し協力的であって欲しい」と思う事は、あるけれども。


コナンがネット検索をひと段落させて、ソファーに移ると、珍しく哀がコナンにコーヒーを淹れて持って来た。
コナンは目を丸くしながらも、お礼を言う。

「サンキュー」
「どういたしまして。あなたが心配していたのは、むしろ、彼女に本気で惚れる男の出現、だったのかしら?」
「・・・だから、んなんじゃねーって」

哀の皮肉気な目付きに、コナンはどうせ見透かされているんだろうなと思いながらも、一応は否定の言葉を口にした。

あの男は、蘭の奥深い所を見て、突いて来た。
そして蘭は明らかに動揺していた。
だからこそコナンは、新一の言葉として、敢えて「オレの女」という言い方をしたのであった。


竹山弁護士に会った当初は、さすがにそこまでは疑いもしなかったが。

組織は、あらゆる所に入り込んでいる。
ピスコは、日本で信頼を得ている自動車メーカーの会長だった。
知名度が高く、長い間世間での信頼を勝ち得ている人物であっても、組織の人間である可能性は、充分にある。

だから、油断はならない。
しかし、今のところ、その意味では、彼はシロと見て良さそうだった。

一応はホッとすると同時に、竹山の存在を知った最初の不快感がよみがえる。


気に食わない。
コナンはすこぶる不機嫌だった。

蘭がもてるのは、分かる。
本気で想いを寄せる男も、少なからずいるだろう。
そういう男の存在は不快だし、許せもしないが、まあ少なくとも、そういう男が存在する事自体、頭で理解は出来る。
けれど、彼は、竹山は、単に「蘭に本気で惚れている」というだけではない、どこか何かが違う気がして、気に食わない。

ただ。
蘭に関わる事では、自慢の頭脳も上手く機能してくれなくなるので。
コナンは、何が気に食わないのか、どこが気になるのか、今一つ分からなかった。


「ただいま〜」
「お帰りなさい、コナン君。ご飯、出来てるわよ」

毛利邸に帰ったコナンを、エプロンをつけた蘭が出迎えてくれた。

その笑顔の美しさに、コナンは一瞬見とれる。

「おじさんは?」
「今日は付き合いで飲んで来るって。2人で食べよう?」
「う、うん・・・」

ちゃぶ台前に座って、蘭がよそったご飯を2人で食べる。
工藤新一としての中学2年までは、溢れる程の両親の愛に包まれて育った為、決して、家庭的な温かさに飢えていた訳ではなかったけれど。
蘭と一緒のこの空間が、かけがえのない大切なものとなって来ているのを、感じていた。

『オレが、工藤新一に戻ったら。少なくとも数年間は、この空気は味わえなくなるんだよな・・・』

ちゃっかりと、将来は確実に蘭と家庭を作る気でいる辺りの傲慢さには気付かず、コナンはそういう事を考えていた。
とは言え、一時の家庭的温かさと引き換えに、工藤新一である自分を取り戻す事を諦める気は、毛頭ない。
コナンは毛利家の一員ではないのだから、どの道、ずっとここに居られる訳ではないのだ。


「どうしたの?コナン君?」

コナンがじっと蘭を見詰めていた為か、蘭が怪訝そうな顔をした。

「い、いや、何でもないよ。いただきま〜す!」

蘭が作ってくれる料理は、美味しい。
高校2年生にしてはかなり手慣れていて上手であるという事もあるが、それだけではなく、食べる人の事を考えた温かさが、料理にこもっていると思う。

「とっても美味しいよ、蘭姉ちゃん!」
「そう。良かった。コナン君が家に来てから、料理作るのにも張り合いが出て来ちゃった」

蘭が、花のように笑う。

「ら、蘭姉ちゃん・・・」
「コナン君が、うちに来てくれて良かったって、思ってるよ」
「・・・もし、ボクがいなくなったら、蘭姉ちゃん、寂しい?」

突然。
どうして、そういう問い掛けをしてしまったのだろう。
コナンは、自分でも分からなかった。

新一として戻って来るという事は、すなわち、コナンがいなくなるという事だ。
そうなると、蘭はまた、コナンがいなくなった寂しさに、どこかで1人で、泣くのだろうか?

すると、蘭は、コナンに笑顔を向けて、言った。

「うん、そりゃあね。きっと寂しいと思うよ。でも、その時って、コナン君がお母さんの所に帰る日でしょ?」
「えっ?」
「確かに、寂しいけど。そういう寂しさなら、わたし、全然大丈夫だよ」

そう言って蘭はまた、微笑んだ。
その笑顔が、コナンの胸を突く。

蘭は、英理が家を出て行った時の寂しさを、いつも心のどこかに抱えている。
だから、コナンが「親元に帰るから」蘭の元を離れるという時、蘭はきっと、寂しさを感じても、悲しみはしないだろう。
それを感じ取って、コナンはホッとした。

ただ、蘭が母親と別れた哀しみをいまだ背負っているのを感じた事は、別の意味で、コナンの胸を突いたのだった。


『オレが、ずっと傍にいるから。だから、泣くな』

幼かった新一は、蘭にそう言いたくて、言えなかった。
子供心に、新一は蘭に取って、母親よりもずっと小さな存在でしかない事を、理解していたからだ。


成長して行くにつれ、蘭の「母親不在の寂しさ」は、表に出て来ないようになったけれど。
蘭の心の奥底に、それがずっとある事を、新一は知っていた。

そして・・・蘭の寂しさを知って寄り添ってあげられるのは、自分だけだと、どこかで自惚れてもいたように、思う。

ああ。
だから、蘭の事を知って間もないのに、竹山が蘭の心の奥にある寂しさを見抜いていた事で、不快になったのかと、コナンはようやく合点が行った。

今のところ、蘭の気持ちがあの男に向いている訳ではないけれど。
新一が不在のままだと、いつ、あの男が、蘭の心に入り込むか、分かったものではないと、コナンは拳を握り締めた。


新一は今、コナンとなって、心ならずも、「ずっと蘭の傍にいる」という自分の心の内での誓いを、破ってしまっている。
思いがけず、蘭の気持ちを知ってしまうのと引き換えに。


『やっと。やっと・・・オメーの気持ちが、オレに向いて来たんだって、分かったのに。今更、それを失ってたまっかよ!』

新一は、幼い頃から蘭の事が「女性として」大好きだったけれど。
蘭の新一へ向ける気持ちは、あくまで「幼馴染みで近しい存在」としてのものだった・・・という事には、妙な確信がある。
少なくとも、蘭が新一の事を異性として見てくれ始めたのは、そう遠い昔ではないだろうと、コナンは思っていた。


考え事をしていると、蘭の顔がドアップになっている事に気付いて、コナンは飛び上がりそうになった。

「どどど、どうしたの、蘭姉ちゃん?」
「コナン君、何か心配ごとでもあるの?」
「え・・・?」

蘭が、コナンの額をツンツンと突つく。

「ここ。しわが寄ってるよ」
「・・・・・・」

新一は、探偵活動を始めてからは、人前ではポーカーフェイスを保つようになって来た。
蘭の前では、幼馴染みとしての歴史もあり、考えている事が表情に出易かったけれど、蘭に恋する気持ちを表に出す事は、頑張って隠していた積りだった。

コナンになってからは、「子供らしい演技」が板について、別の意味で表情豊かになってしまっていたのだが。
蘭の前では、心配掛けまいと、精一杯「子供らしい笑顔」を心がけていた筈なのに。

竹山の出現は、コナンを色々な意味で揺さぶってしまっていた。


「ねえ、蘭姉ちゃん」
「ん?なあに、コナン君」
「新一兄ちゃんの事、いつまでだったら、待てる?」

コナンが思わず発した問いに、蘭は目を丸くした。

「コナン君ったら、そんな事、考えてたの?」
「えっ?うん。まあ・・・」
「もう、バカねえ。こんなに小さいのに、他人の心配ばっかりして」

そう言って蘭が苦笑する。

『小さいのは、体だけ。心は、オメーと同い年の工藤新一なんだよ、オレは』

コナンの内心を、苦いモノが満ちる。

「そうねえ。わたしにも、分からないわ」

蘭が、ちょっと遠い眼差しになって、言った。

「えっ?」
「わたしが、新一の事を待っているのは、約束したからじゃなくって、わたしが待ちたいから。ただ、それだけなの」
「蘭・・・姉ちゃん・・・」
「新一の事、好きでいる間は、待てる。それが、どの位になるかなんて、分からない。・・・でも」
「でも?」
「きっとわたし、何年でも待てるんだろうなって、思う。だって、他の男の人を好きになるなんて、考えられないもん」
「・・・・・・!」
「でも。何年もになるのは、嫌だな。きっと待てるって思うけど、やっぱり嫌。だって・・・やっぱり、早く戻って来て欲しいって、思うもの」

蘭は、少し哀しげな柔らかな微笑みを見せた。


コナンの心に、複雑なものが満ちる。

蘭がほかならぬ新一の事で、辛い思いをしている事に、申し訳ないと思いながら。
同時に、どこかで喜んでいる自分が、確かにいる。

泣かせたくないのは、辛い思いをさせたくないのは、事実。
けれど、蘭に泣かれるまで好かれているというのは、嬉しい。

『オレって、サイテーかも』

コナンは、蘭に(スッカリ板についてしまった)無邪気な笑顔を見せながら、内心で自嘲していた。


   ☆☆☆


少し大人っぽくなったウェディングドレス姿の蘭が、男性に手を取られて歩いている。
どうやらここは、教会のようだ。

「蘭!待ってくれ!」
「どうしたの、コナン君?」

振り返った蘭が、不思議そうに問いかける。

「コナン?オレは、新一だ!」
「・・・そうね。コナン君って本当に、新一にそっくりだね。ねえ、新一?」
「ああ。まるで、オレの高校時代みてえだな」
「えっ?」

蘭の隣にいる男が、振り返ってこちらを見た。
その姿は、今よりも大人になっているが、紛れもなく、工藤新一の姿。

「遠い親戚だから、よく似てるんだよ」
「でも、兄弟でもなかなか、ここまで似ないわよ」
「どういう遺伝の悪戯なのかな?こいつ、姿だけじゃなくて、女の好みまでオレと同じなんだよ。だから、大好きな蘭姉ちゃんをオレに取られて、悔しいのさ」
「違う!ホンモノの工藤新一は、オレだ!そいつは、ニセモノだ!」
「ホンモノ、ねえ。10歳も年下のお前が、か?」

その「工藤新一」は、コナンを見て、勝ち誇ったように嘲笑う。
蘭は、「工藤新一」に寄り添いながら、コナンを憐れむような眼で見ていた。


「違う、違う!オレは・・・オレは・・・っ!蘭、蘭、らあああん!!」


   ☆☆☆


自分の叫び声で、コナンは飛び起きた。
またも、ろくでもない夢を見てしまったようだった。

「オレは・・・オレが!工藤新一だ・・・!」

夢の気分が、まだまとわり付いていて、コナンは自分の胸元をギュッと握りしめて、言った。


『あなたは、平気なのね。鏡の中の自分を見ても。私は毎朝、これを見るたび、寒気が走るのに』

突然、哀の言葉が、脳裏にこだました。

そんな事はない。平気な筈が、ない。

ガラスに映った、子供の姿の自分を見て、愕然とした。
門の扉にも届かない、小さな手。
ボールを蹴っても、犯人にダメージを与えられない、細くて非力な足。
蘭を抱きしめ守るどころか、逆に抱き締められ守られる、小さな体。

工藤新一の存在は、その思考の中にだけ、あって。
その姿は、この世のどこにも、ない。


「コナン君っ?どうしたの!?」

突然、蘭が部屋に飛び込んで来た。
蘭の切羽詰まった声と表情に、コナンは驚いた。

「蘭姉ちゃん?」
「大丈夫?すごい、悲鳴だったよ」
「・・・ごめんね。何でもないよ。怖い夢を、見ちゃって」

コナンは、蘭を安心させるように笑顔になって、言った。
蘭の表情が、優しいものになる。
そして、蘭はコナンをきゅっと抱き締めた。

「らら、蘭姉ちゃん?」
「大丈夫だから。コナン君は、わたしが守ってあげるからね」

情けない、と思いながら。
同時に、まさしく、蘭に守ってもらっていると、コナンは感じていた。
あらゆる意味で。


コナンは、ぎゅっと拳を握りしめ。
そして、拳を緩めると、そっと蘭の背中に手を回した。


「ありがとう、蘭姉ちゃん」


いつもいつも。
守る積りで、蘭の優しさに、笑顔に、守られていた。
新一の時も、コナンになってからも。


でも。
勝手かもしれないけれど。

『オレは、オメーを、守りたいんだ・・・蘭・・・』

小さな体になっても、頭脳は変わらない。
それを精一杯使って、コナンは、事件を解決し、周囲の人間を守ろうとする。

けれど。
どんなに蘭が身も心も強くても。
いざという時には、蘭を抱き締め庇い守ってあげられる、元の体が、工藤新一の体が、欲しい。


『オレは、オメーの口から、「いまさら」だなんて、聞きたくない。
いや、絶対に、言わせない。
お前の口からその言葉が出る前に、必ず、お前の元に帰ってやる』


コナンは、蘭の背中に回り切れぬ自分の腕を精一杯伸ばしながら、心に誓っていた。


Fin.


+++++++++++++++++++++++++++


<後書き>

何となく。
中途半端な終わりで、申し訳ありません。
シリーズの中途という事で、ご容赦ください。

あんまり、お話らしいお話でも、ないしね。
ま、コナン君の独白と決意というか。


前作で出したオリキャラ・竹山氏が、意外とコナン君の心に食い込んだ(いや、その手の意味でではありませんが(苦笑))ようで、作者である私も、ビックリです。
そして、全プレDVDアニメの「異邦人」ネタが、微妙に入っちゃったかも。

まあこれも、お題の部分はあっさりと、決まっていた筈だったんですけどね。
短編なのに、書き始めから書き終わりまで、何か月かかっているんだか。
このシリーズ、この調子で書いてると、完結はいつになる事やら。

全20話の、予定なんですけどねえ。まだ、道半ばにも到達しません(遠い目)。

どの時点で、コナン時代を終わらせる(原作より未来の話になる)のかも、ハッキリとは決まっていません。

そして、おそらくは新一帰還後数年先まで、書く事になるだろうと、思います。

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