幼馴染の糸の色〜番外編

(お題提供:「恋したくなるお題」「幼馴染の恋物語」03.「幼馴染の糸の色」)



byドミ



工藤新一は、考えていた。
幼馴染の毛利蘭、彼女との間に、新一が望むような絆は存在しているのだろうか?


   ☆☆☆


蘭とは、クリスマスを一緒に過ごし、その後も、ご飯を作りに来てくれたり、何だかんだでしばしば会っていたのだが。

大晦日、「明日は今年のように受験祈願にかこつけてではなく、純粋に2人で初詣に行きたい」と思って誘いをかけてみた。

「うん、行く!」

蘭からは、新一が拍子抜けするほどにあっさりとOKの返事があった。
新一が迎えに行くと言ったのだが、蘭はそれを断ってきた。
初詣の前に、寄る所があるのだと言う。

「12時に、新一の家に来るから。待ってて」
「・・・良いけどさ。来る前に、連絡入れろよ」

蘭は携帯を持っていないので、新一が万一警察からの呼び出しに応じてキャンセルするにしても、出先の蘭に連絡を入れる事は出来ない。
蘭もそれは分かっているらしく、承知の返事があった。


元旦の朝。
特に予定もないのに、朝早くから目覚めてしまい。

本を読んだりネットで調べ物をしたりしながら、ソワソワと落ち着かない時間を過ごしていると、12時少し前に蘭から電話があった。


『新一、明けましておめでとう』
「ああ、おめでとう」
『今からそっち行くけど、大丈夫?』
「ああ。待ってるぜ」
『わたし、お母さんのところから来るから、ちょっと時間かかるかも』
「小母さんとこから?ああ、わーった」


そうか、蘭の初詣前の用事とは、母親に会う事だったのか、そう了解しながら、新一はホッとしていた。

『オレも馬鹿だよなあ。今のところ蘭に、誰か男と会うとか、そういう可能性はねえって、ちゃんと分かってんのによ』

新一がどれだけ目を光らせていても、蘭と24時間共に居る訳ではないので、「蘭には他に男なし」と、完全に安心する事が出来ないのが、イタいところであった。


英理のマンションから、新一の家まで、そう遠くはない。
けれど。


「えらく時間が掛かってんなあ・・・」

新一はソワソワしだした。

初詣となれば、蘭はそれなりにお洒落しているだろう。
ひょっとして、ナンパの嵐に遭っているのでは?

新一は心配になり、立ち上がった。


   ☆☆☆


新一は、工藤邸から英理のマンションに向かう道中、米花駅に程近いところで、蘭を見つけた。

赤い着物姿の蘭は、遠目にも鮮やかで美しく、新一は思わず息を呑む。
そして、その足取りを見て、蘭がなかなか工藤邸に到着しなかった理由を了解する。

新一は急いで、蘭のところに向かった。


丁度新一が蘭の前まで来た時、蘭は歩道のちょっとした段差につまずいて、つんのめった。

「あっ!」

新一は素早く手を出して蘭を支えた。
タイミングの良さに、感謝したくなる。

蘭が戸惑ったように顔を上げた。

「新一!?」

「そ、その・・・小母さんちから来てるにしては、随分時間かかってんなあと思ってよ」

蘭が、一瞬鮮やかな笑顔を見せ。
その後、頬を赤らめ身を強張らせる。

蘭も、こけそうになったところを助けられた事は分かっていて、けれど抱き締められる形になってしまった今の状況に戸惑っているのだろう。
新一は、そのまま蘭をギュッと抱き締めたい衝動を捻じ伏せ、蘭をしっかり支えて立たせると、蘭の手に下げられていた荷物を持った。
内心の動揺を押し隠し、平静を装って言う。


「初詣に行くんだろ?この荷物、どうすんだ?」
「あ、そ、それは・・・新一の家に・・・」
「ん?」
「その・・・まだあんまり上手く出来てないかも知れないけど・・・」
「もしかして、お節料理か?」
「う、うん・・・」
「・・・あ、そ、その・・・ありがとな・・・」

新一が照れながらも礼の言葉を述べると、蘭が笑顔になった。
いつにも増して、眩しい笑顔に、新一はくらくらとなった。

新一は決して、蘭におさんどんをして貰いたいと思っている訳ではないのだが。
手間がかかるだろうに、蘭が新一にお節料理を作ってくれた事実が、ものすごく嬉しかった。
同時に、絶対他の男に料理を作らせるような事にさせてたまるものかと、心中拳を握り締めた。


今年はせっかくだから、少し遠い有名どころの神社にお参りに行こうと考えていた。
しかし、英理のマンションからここまで歩いて来るだけでも時間がかかり、ちょっとした段差で躓きそうになった蘭である。
あんまり歩かせたくない。

それに・・・参拝客の多い神社では、人波にもまれて余計に辛いだろう。


「・・・けど、どうしよっか・・・」
「え・・・?」
「いや、初詣。今年は明治神宮か鶴岡八幡宮に行こうかって、思ったんだけど・・・」

新一は、少し逡巡した後、言った。

「やっぱ、米花神社にしよう」

何と言っても、蘭が辛くなく、楽しく過ごせる事が最優先である。

「あ、新一!でもその前に、その料理、新一の家まで持って行かないと・・・」
「・・・米花駅のコインロッカー、多分満杯になってねえと思うから、そこに預けて行こうぜ」
「え・・・?」
「冬場だから、コインロッカーに入れても、食べ物がいたむ事はねえだろう」

米花神社は、ここから近い。
新一の家にわざわざ往復するよりも、先に参拝してしまおう。
新一はそう思ったのだった。


   ☆☆☆


参拝する時の、新一の願い事は決まっていた。

ずっと、蘭の隣に居られますように。
蘭の「ただ1人の男性」になれますように。


探偵活動に関しては、神頼みをする気はない。
自分の全力を尽くすだけだ。


その場を離れた時、蘭が笑い出した。

「んだよ?」
「だって。新一ったら、神様なんて信じてない風なのに、真剣にお参りしてるんだもの、おかしくって」
「それ言うなら、オメーも一緒だろ?つか、日本人の殆どがそうじゃねえか?つい数日前には、皆で異教の神様の誕生日を祝ってたんだからよ」
「まあ、そうなんだけどねえ。新一って何か、無神論者って感じがあるし」
「・・・オレは別に、人智を超えた存在と言うものを、否定してる訳じゃねえぜ」

新一の言葉が意外だったらしく、蘭は目を見張った。

「新一・・・」
「さあ、帰ろうぜ。腹減った」
「もう!その前に、おみくじ引いて、今年のお守り授からなきゃ」

おみくじを引くと、蘭は「中吉」でホッとしたが、新一は「凶」で、さすがに脱力した。

「凶?マジかよ・・・」
「新一、信じるんだ?」
「っせーな。たとえ信じてなくたって、凶と出て嬉しいヤツなんか居る訳ねえだろう?」

そう言いながら新一は、おみくじの「恋愛」部分に目を走らせた。

蘭のおみくじには。

<今は辛抱の時。だがいずれ、道が開ける。>
『んなんじゃ、何も分からねえよ。まあ、占いってのは曖昧な言い方するもんだし。そもそも、蘭に好きな男がいなけりゃ、意味ねえしな』

そして、自分のおみくじの恋愛運を見た時、新一は心臓が飛び上がるかと思った。

<想い人とは相思相愛の仲。しかし暫くは障害があり成就せず。時を待つべし。>
『相思相愛?蘭も、オレの事を思ってくれてる?まさか・・・』

当たるも八卦、当たらぬも八卦と自分を戒めようとしながらも、新一は舞い上がるほどの気持ちになっていた。
後半の文章も、おみくじ自体が「凶」だった事も、既にどこかに飛んで行ってしまっている。


暫く、顔がにやけてボーっとしていた新一だったが。
我に返ると、蘭が焦点の合わない目をして固まっていたので、焦った。
顔を覗きこんでも、気がついていない。

「蘭、おい、蘭!」

新一が必死で声をかけると。
蘭の目の焦点が合い、驚いた顔になった。


「どうした、大丈夫か?目眩がしたのか、寒いのか?」
「だだだ、大丈夫よ!」
「熱は?なさそうだな・・・」

新一が自分の額を蘭の額にこつんと当てて熱を測った。

「大丈夫だってば!」

蘭が強い口調で言って、つんと横を向いたので、新一はホッとしながらも、少し寂しい気持ちになった。

蘭は自分のおみくじを、枝に結び付けようとしたので、新一は横から声をかける。

「本来、凶運をお祓いする為に、枝に結ぶんだろ?蘭は良いんじゃねえか?」
「良いの!ホラ、新一も」

たとえ中吉でも、本文に何か気になる点があったのかも知れない。
新一はそれ以上の追及を止め、蘭がおみくじを結び易いように枝を少し下げてやり、自分のおみくじも結びつけた。


「新一、凶運を祓う為にも、お守りを分けて貰おうよ」
「去年のヤツは、持って来てるか?」
「うん!」

古神札納所で、昨年の正月に授かった受験祈願のお守りを納め、神札授与所に向かう。

そこには破魔矢や、様々なお守りが並べられていた。

「何か、いっぱいあるよねー、お洒落なのとか、キャラクターものまで」
「・・・これ、蘭のおふくろさんにどうだ?」
「え〜、何これ、かわいい〜!」

新一が指差したのは、肉球をかたどった「ペットお守り」である。
蘭の話では、1人暮らしの英理は猫を飼っていて、かなり高齢だという話だったので。
昔毛利邸に猫が居た事はなかったので、おそらく英理が1人暮らしを始める時に、寂しさを紛らわす為に飼い始めたのだろう。

突然、蘭が声を上げた。

「やだ!お母さん、去年厄年だったんだ!」

神札授与所には、厄年年齢表が貼ってあり、それを見ると確かに、女性の数え35歳(満36歳)が厄年とある。

「んなら、今年は後厄か?じゃ、厄除けもだよな。この天然石お守り根付なんか、携帯のストラップ代わりにもなるし、良いんじゃねえか?」

英理にはペットお守りと厄除けのお守りを、そして、仕事が暇でいつもお酒を飲んでいる小五郎には商売繁盛と無病息災のお守りを、それぞれに授かる。

「新一のご両親には?」
「・・・よく考えたら、母さんはオメーのおふくろさん達と同い年なんだよな。じゃあ、この厄除けと・・・父さんには仕事のお守りで良いか」

新一の母親である有希子は、厄など自力で吹き飛ばしそうだが、お守りを渡せば、何のかんの言いつつも喜んでくれるだろう。


「オレ達の分は、今年は受験もねえし。無病息災家内安全のお守りで良いよな?」
「う、うん・・・」

新一は、恋愛成就のお守りをなど、とても言い出せなかったし。
無難なものをと思えば、それになったのだ。

「蘭の分も、オレが買ってやるよ」
「もう!失礼な言い方しないで!お守りは『買う』んじゃなくて、『分けていただく』か『授かる』って言うの!」
「ハイハイ、わーったわーった。ホラ、選べよ」

蘭が選んだのは、オーソドックスな赤い袋の「開運」お守りだった。

新一も、「開運」なら全てに通じるから良いだろうと、それに決める。

「オメー、赤が好きだよなあ」
「・・・新一も、でしょ?」
「オレは・・・まあ、いいや。オレも同じもので」

新一は、赤い「開運」お守りを2つ授かり、1つを蘭に渡した。

赤い色は、嫌いではないが、特別好きな訳でもない。
けれど、蘭が好きなのは赤い色だから。
そして、蘭には確かに赤が良く似合うから。
だから、新一も赤を選ぶのだ。

けれど、それは今、口に出して言えない事だった。


「・・・ありがと」
「どう致しまして。蘭、お神酒の甘酒、頂くか?」
「うん!」

甘酒を頂いた後、新一と蘭は帰り道に、参道にある茶店で一息ついた。

「冷えただろ、ちょっとあったまって行こうぜ」

寒いのもあるが、疲れただろう蘭を少し座らせてあげたかった。


蘭と向かい合わせでコーヒーを飲みながら、蘭の赤い着物姿がとても眩しくて、落ち着かない。

『女の子はね。褒め言葉を待ってるんだから。いつもと違った服装とか髪型とかには、ちゃんと気付いて褒めてあげなきゃ、駄目よ』

有希子が常々そう言っていたのを、思い出す。

照れくさいけれど、蘭がせっかくお洒落をしているのだから、やはりここは褒め言葉を述べるべきだろう。


「そ、その・・・蘭、結構、行けてると思うぜ・・・」

新一は、眩しい蘭の姿に正視出来ず、少し目を逸らしてぶっきら棒に言った。

「え・・・?」
「いや、その格好・・・似合ってんじゃん」
「新一・・・」

蘭が嬉しそうに頬を染める。
その姿に新一は心臓が飛び上がりそうになり、ついつい、照れ隠しに余計な言葉を告げてしまった。

「いや、オメーでも、んなカッコしてっと、女に見えるもんなんだなあ」

蘭の表情が変わり、ピキッと額に青筋を立ったのを見て、しまったと思ったがもう遅い。
蘭の拳が飛んで来た。

「わっ!あぶねっ!」

蘭が、空手技をかけて来て、新一がそれを避けるのは、いつもの2人の光景なのだが。

蘭の格好と場所が悪かった。
着物の袖がテーブルの上のカップをなぎ倒しそうになったので、新一は蘭の袖を抑えてそれを防ぎ、顔面に蘭の拳を受け止める結果となってしまったのであった。



 ◇     ◇     ◇     ◇     ◇



『想い人とは相思相愛の仲。しかし暫くは障害があり成就せず。時を待つべし。・・・か。ハハハ、もろ、当たってたじゃん』

コナンは、昨年の正月を思いだし、自嘲的に笑った。


「コナン君、おみくじは?」
「ボクはパス。だって、凶なんか出たらやだもん」
「あらあら、コナン君も新一と同じで、意外とゲンをかつぐところがあるんだね」
「ハハハ・・・」


新一は今年、江戸川コナンとして、7歳の子供の姿で、蘭と共に初詣に来た。

今年のコナンの願い事は、ただひとつ。
元の姿を取り戻して、蘭の元に戻る事。

コナンは、真剣に祈りを捧げた。


今年、蘭は着物を着ていない。
高1のクリスマスに、新一が贈ったマフラーが、蘭の首に巻かれていた。

「蘭姉ちゃん、着物は着ないの?」
「どうして?」
「だって、去年、新一兄ちゃんと初詣に行った時、着物着てたんでしょ?」
「ええ?新一ったら、そんな事までコナン君に話してるの?」
「うん。新一兄ちゃん、蘭姉ちゃんに赤い着物がとても良く似合ってたって、言ってたよ」

蘭がコナンの言葉に真っ赤になる。

「でも、だって、あの時の新一ってば、『オメーでも女に見える』なんて、すっごい失礼な事、言ったのよ」
「それはきっと、新一兄ちゃんも、照れ臭かったんだよ」

コナンはそう言って笑いながら、内心では、「新一として」蘭と向かい合った時に、素直になれない自分自身に、激しく突っ込みを入れまくっていた。

「今年はね。着物だと動きにくいし、それに・・・」

蘭がふと、遠くを見る目付きをした。

身動きが取りにくい着物姿で、コナンという子供を抱えての初詣は、確かにきついものがあるだろう。
そしておそらく、理由はそれだけではない。


『なあ、蘭。自惚れても良いか?蘭は、あの着物姿を、工藤新一に見せたかったんだって』

コナンの胸に、苦味を伴った幸福感が満ちる。
工藤新一が長く「片想い」をしていた当の相手とは、すでに相思相愛だった。
けれど、去年のおみくじ通り、今は大きな障害があり、想いは成就していない。

『時を待つべし・・・って事は、いずれは必ず、結ばれる時が来るって事だ。コナンから元の姿に戻ってオメーの元に帰れる日は、きっと来る。それまで・・・待ってろよ、蘭』


蘭は、去年のお守りを返納すると、今年も赤いお守りを授けて貰っていた。
新一の分は、「わりぃ、蘭、代わりに返納しといてくれ」という伝言と共に、蘭に「郵送」している。

そして蘭は、いつ会えるか分からない男の為に1つと、コナンの為に1つ、お守りを分けて貰った。


「蘭姉ちゃん、赤が好きだよね」
「うん、元々赤い色は、好きだよ。それに・・・」

コナンは、首を傾げて、頬を染めた蘭の言葉の続きを待つ。

「新一と繋がっているのは、赤い色の糸だって、信じていたいから」

蘭の言葉はコナンにとって、嬉しくも切ないものだった。

『ああ、蘭。オレも、オレとオメーの小指同士に、きっと赤い糸が結ばれてるって、信じてる。たとえその糸が切れそうになったって、オレは何度でも、結び直すよ』


コナンは、決意を新たにして、元旦の青空を見上げた。



Fin.


+++++++++++++++++++++++++++


<後書き>

このお話は、「幼馴染の糸の色」新一君視点バージョン+αです。
原作ではまだ、お正月話が出て来ないので少し迷ったのですが、「コナンとして」高1の初詣の時の事を振り返らせたかったので、最後の部分を付け加えました。

えりりんの飼い猫「ゴロ」は、勿論、ロシアンブルー・ゴロの先代です。
そして、この「肉球型ペット用お守り」は、実在します。(私も去年から、ウチのニャンコの為に分けて貰うようにしました)

この話では映画の取り扱いをどうするか、少し迷ったのですが、結局、ないものとする事にしました。
最後の辺り、どうしても少し「摩天楼」とかぶってしまうのですが、ご容赦下さい。

このシリーズは、高1のクリスマスから始まり、コナン時代を経て、コナン後までを、順を追って描いて行きますが、時折こうして、過去と未来が交錯する話もあると思います。

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