変わってく君、変わらないオレ

(お題提供:「恋したくなるお題」「幼馴染の恋物語01.「変わってく君、変わらない僕」)



byドミ



12月に入ると、街中はクリスマス一色になる。

高校生探偵と巷でもてはやされるようになった帝丹高校1年B組所属工藤新一は、考え事をしながらイルミネーションで彩られた街中を歩いていた。

彼の「灰色の脳細胞」を占めているのは、尊敬するシャーロック=ホームズの事や今取り掛かっている難事件の事。ではなくて。

近頃急速に大人びて綺麗になって来た、幼馴染の少女・毛利蘭の事であった。


ずっとずっと傍にいて、仲が良くて、級友達からは「夫婦」と揶揄されている2人だったが、実のところ本当に2人は「単なる幼馴染」のままなのである。

米花シティビルの前を通り抜ける。
ここの吹き抜けホールにもそろそろ、大きなクリスマスツリーが立てられている筈だ。

米花市では、中高生のカップルがイブに米花シティビルのツリーの下で過ごすのが、名物のようになっている。



新一の注意深い虫除け作業が功を奏している為か、蘭には「ツリーの下で共に過ごす相手」は、今のところ出来ていない筈だ。


「今年は蘭と2人、ここで・・・」

新一の妄想が始まる。



現実的で理性的で冷静沈着・・・と世間には誤解を受けまくっている工藤新一だが、その実態は案外「感情的で熱くてゲンを担いだりする」男である。

このツリーの下で愛を誓い合った二人は、末永く続くというジンクスがあった。


   ☆☆☆


新一は、探偵活動に専念する為に、好きなサッカー部も止めてしまった。
体がなまらない程度には、サッカーも続けているが。
探偵活動でいつも穴を開けてしまう新一が、サッカー部に所属したままだと、チームメイトに色々な意味で迷惑をかける。
個人競技ならいざ知らず、サッカーはチーム戦だから。
いつも練習に穴を開けたり、試合をすっぽかす可能性が高かったりする新一が、そのまま部活を続ける事は無理だと、判断した。

新一にだって、そういった配慮は、あるのだ。
ただ、周囲には心配をかけないように、「サッカーは探偵に必要な運動神経を養う為にやっていただけ」と、説明している。

今の新一は、探偵として多忙な中にも、ひょっこり空き時間が出来る事があった。
空き時間は、本を読んだりネットで調べ物をしたりして、膨大な知識を蓄え、「趣味と実益」を兼ねた時間を過ごしている。


いつものように蘭と一緒に下校し、蘭の家の前で別れて、自宅に帰って来た新一は、

「ただいま」

と声を出して、返ってくる声がない事に苦笑した。

両親がロサンゼルスに去ってしまってから、新一は2年近くを、このバカでかい屋敷に1人で暮らしている。
1人暮らしにも慣れたし、決して、寂しい訳ではないけれど。

そもそも、渋る両親を説得して1人日本に残ったのは、蘭の傍に居たいが為、だったりする訳で。

この冬も、ロスに来るよう誘って来る母親の言葉を蹴って、日本に残ったからには、「クリスマスイヴは蘭と一緒に過ごせないと意味がないな」と思っているのだった。


昨年は、冬休みの期間、両親が帰国していたし、受験勉強にかこつけて、蘭を工藤邸のクリスマスディナーに招待したのだが。
今年は、そういった口実もない。


蘭と一緒に、米花シティビルのクリスマスツリーを見に行ったとして。
その後をどうするか?

「どこかのレストランで、クリスマスディナーに誘うか?」

しかし、イヴに2人でクリスマスディナーとなれば、「高校生には分不相応」と蘭に眉を顰められる恐れもある。
悶々と考え込む。
蘭の事に関しては、新一自慢の「灰色の脳細胞」も、事件の時とは異なり、からきし上手く働いてくれないのであった。


   ☆☆☆


新一は、事件での呼び出しがない時は、「図書室で調べもの」をして、蘭の部活が終わるのを待って一緒に帰るようにしていた。
図書室の本は、推理小説などの趣味が合うものや必要なものは、あらかた読みつくしているけれど、学校の勉強や宿題を済ませてしまったり、ネットに繋げるパソコンがあるので、情報収集したりしている。

今日も、空手部の部活が終わる頃を見計らって、おもむろにそちらに向かい、蘭に声をかけた。
事件でもない限りは当たり前に繰り返されている事なので、蘭自身も他の空手部員も、それを当たり前のように受け止めている。

そして、すっかり暗くなり、華やかなイルミネーションが町を彩る中を、蘭と肩を並べて歩いて行く。
昨年頃までは、蘭との身長差があまりなかったのに、今は少し見下ろす感じになって来ている。

サラサラの長い黒髪。
ほんのりと色付き、ふっくらと柔らかそうな唇。
大きな黒曜石の瞳。
長い睫毛。

幼い頃から可愛かったけれど、このところ急速に大人びて美しくなって来ている幼馴染の横顔を、新一は息を詰めて見惚れていた。
その後、蘭を見詰め続けていた事にハッとし、慌てて視線を逸らして、少し歩を早め、蘭の少し前に出た。

少し経つと、背後から声がかかった。

「ねえ、新一。冬休みはどうするの?やっぱり、ご両親のところで一緒に?」

新一は、思いがけない問いに、振り返って蘭を見た。
本当は、この冬ずっと日本に残る事を決めているのだが。
有希子にも既に、その旨伝えているのだが。

新一は答を誤魔化した。


「さあ。まだ、分かんねえよ」
「決めてないの?」
「いや。決めるのはオレじゃねーし」
「は?」
「だから。冬休み頃の飛行機チケットなんて、今から簡単に取れるもんじゃねえから。オレに来て欲しいんなら、母さんがもうチケットを買ってるだろうさ」

新一は、我ながら下手な嘘だと、苦笑した。
けれど、蘭は素直に受け取ったようである。
黙り込んでしまった蘭に、新一の方から問いかけた。

「けどよ。何でんな事、聞くんだ?」
「え!?そ、そりゃあ、幼馴染としてはね、まともに生活能力ない新一が冬休みに飢え死にしたりしても困る訳よ。小母様にも頼まれてる事だし!」

蘭は面倒見が良いし、新一が1人暮らしを始めてから、時々ご飯を作ってくれる事もあり、正直なところ助かっていたしありがたいと思っていた。
けれど、蘭が「冬休みどうするのか」聞いて来た理由が、どうやら単に「心配していただけ」だったらしい事に、新一は内心ガッカリする。

『何だ・・・オレがいなくなると寂しいと、少しは思ってくれるのかって、期待しちまったぜ』

内心の溜め息を押し隠し、新一はことさら明るい口調で、言った。

「へえ、蘭、もしかして。オレがもし日本に残るんなら、オレが飢え死にしないよう、冬休みの間、ご飯作ってくれたりする訳?」
「わ、わざわざそんな事、しないわよ!でもどうせ、お父さんにご飯作るんだから、ついでよ、ついで!」
「ついででも。楽しみにしてるぜ」
「え・・・?新一、日本に残るの?」
「・・・んな残念そうな声出さなくて良いだろうが」

おそらく、いくら何でも、蘭が「残念がっている」訳ではなかろうけれど、どうも新一がロスに行くものだと決めてかかっていたらしい。
拍子抜けしたような蘭の言葉に、新一はガックリしていた。


けれど、蘭が冬休み、新一のご飯を造ってくれるという事は。
うまくすれば、イヴに工藤邸で、蘭と一緒にご飯を食べるという事も出来るかも知れない。
新一は、簡単なものならともかく、流石にクリスマスディナーの一品となるようなものを作れるわけではないが、ケーキとキャンドル位は、用意しよう。


さて、どうやってそこまで持って行くか?

新一の頭脳はやはり、そういった方向では上手く働いてくれないのであった。



蘭とは結構、気軽に2人だけで遊びに行ける関係が出来上がっていて。
ご飯作りも、当然のようにしてくれる事が多くて。

傍から見れば、付き合っていないのが不思議だと首を傾げられる関係だけど、確かに、新一と蘭は付き合っては居ない。
新一は蘭を特別な女性という目で見ているが、蘭の方がどうであるのか分からないし、蘭の気持ちに自信もなかった。

ただ1つだけ、確実に分かっている好材料は。

蘭が「新一以外」に、大切に思う異性は今のところ居ないという、それだけだ。


蘭と同級生で、学校も今まで違う所に行った事がなく、何故かクラスも同じになる事が多い、腐れ縁。
新一はそれを最大限利用して、蘭の隣のポジションを保持しつつ、蘭に近付こうとする男性を陰に陽に注意深く排除し続けて来た。


中学校位までは、恋愛に目覚めていない男子も多かった為、まだ良かったのだが。
高校に入ると、男子達も徐々にその方面に目覚めて行く。

男子達のそれは、女子達の夢見るものとは異なり、「ロマンティックな恋愛」と言うよりは、性の目覚めに伴う強烈な欲望に近いものである。


また、悪い事に。
蘭は、元々愛くるしかったが、年頃になってくると、顔形だけではなく、スタイルの良さも目立って来た。
幼い頃から蘭を見知っている新一も、今年の夏、海辺で見た蘭の水着姿には、かなりドギマギさせられた。

そんな蘭が、男達の目を引かない筈がなく。
高校生になると、新一と蘭の歴史を知らない者が多くなる事もあって、蘭はかなり男子達の間で注目されるようになった。
新一の気苦労も、それだけ格段に増していた。


新一自身は、探偵として脚光を浴びるようになっても、それは「今までの積み重ね」に過ぎないと思っている部分があり、自身が大きく変化したという自覚はあまりない。
しかし蘭は、花がほころぶように急速に、大人びて美しくなっている最中で。

新一としては正直、「あんまり綺麗になって他の男の目を引いてくれるな」と苦々しくさえ思うのである。



とにかく新一としては、今年のクリスマスも、理由など何でも良いから、蘭と共に過ごしたいと思っている。
出来れば、2人で過ごせれば、なお良い。
更に出来るなら、2人の関係が少し進む事も期待したりしている。


しかし、新一が「蘭に妬かせたい」という期待を込めて、ラブレターを見せびらかしたりしても、蘭は。

「もお!ちゃんと本命は1人に絞りなさいよ!」

と言って眉を顰めるだけだったりする。


蘭が、「恋愛」に目覚めた時。
それが新一以外の男性に対してであったなら、果たして自分は平常心を保っていられるだろうか、新一はそう思ってしまう事すらある。


新一は、米花シティビルのクリスマスツリーのジンクスを、知っていた。
今年、蘭と誓いを立てるのが無理だったとしても、せめて2人で一緒に見よう。

間違っても、他の男とあの前に立たせてたまるものか。
新一は思わず拳を握り締めていた。



   ☆☆☆



「新一、ごめんね。私、もう、新一と一緒に登下校したり、新一のご飯作りに行ったり、出来ないの」
「ら、蘭!?」
「私、この○○君とお付き合いする事になったから。ただの幼馴染の新一に、これ以上構ってられないの。ごめんね〜」

蘭が、男に肩を抱かれて去って行く。
その男の顔は、靄がかかっているような感じで見えない。

「蘭、らぁぁああぁあん!!」

新一は叫んで、2人を追おうとするが、思うように手足が動かず、2人の姿はどんどん遠ざかって行った。




「最悪・・・何て夢だよ・・・」

気がつくと、朝の光が室内に射していて。
目が覚めた新一は、今の光景が夢だと分かり、安堵すると共に溜め息をつく。

あくまで夢だと笑い話に出来ないだけに、悶々としてしまう。


今の状況では、蘭に好きな男が出来た様子もないし、新しく知り合う機会もない筈だ。
と言っても、いつ、今の夢のような事にならないとも限らないだけに、油断は禁物だ。


さて、登校する為には、そろそろ起きて身支度をしないといけない。
新一は、大きく伸びをしてベッドを出た。


洗面所で、まず歯を綺麗に磨き、顔を洗うと同時に、ヒゲを綺麗に剃る。
最近、少しずつヒゲが目立つようになって来て、油断するとうっすらと無精ヒゲになってしまう。
新一は毎朝必ず、念入りに剃るようにしていた。

蘭に毎日のように会うのだから、身だしなみは大切だ。

髪は、一応梳かしつけはするものの、すぐ、はねてしまうが、仕方がないとそのままにする。
今更ワックスの類で撫で付けても、蘭からは馬鹿にされるのがオチだろう。


コーヒーメーカーをセットし、パンをトースターで焼いている間に、制服のシャツとズボンに着替える。
流し込むようにパンとコーヒーだけの朝食を摂った後、再び洗面所でネクタイを締めている間に、呼び鈴が鳴った。

慌てて上着を引っ掛け、コートに袖を通しながら、カバンを抱えて玄関の外に出た。


もう、12月も下旬に入る。
朝の冷え込みも、厳しくなって来た。
蘭が白い息を吐きながら、そこに立っていた。

「おはよう、新一」
「ああ、おはよう、蘭」

毎朝の事ながらの短い挨拶を、交わす。
これも毎朝の事ながら、蘭の立ち姿に見とれながらも、寒い中をこれ以上待たせるのも何なので、

「ホラ、行くぞ」

と素っ気無く言い放って、歩き出した。
蘭が新一に並んで歩き出す。


蘭が毎朝迎えに来てくれる、この状況が幸せだと、つくづく思う。

蘭に他の男が出来るのは許し難いが、さりとて、告白したら、この「幼馴染の関係」すらも、壊れてしまうかも知れない、新一はそれも怖かった。



そして、放課後。
今日は事件の呼び出しもなく、蘭の部活が終わるのを待って、久し振りに一緒に下校しながら、新一はなるだけさり気なくと気がけつつ、言った。


「蘭、冬休みも、部活はあるんだろ?」

「う、うん・・・何で?」
「あ、いや・・・」

蘭の切り返しに、その先が続かない。

「部活、あるにはあるけど、午前中だけだし。流石に年末年始はお休みだし」
「そっか・・・」
「あー!新一、ご飯作って貰う当てが外れるのを心配してる訳!?」
「あ、いや、その・・・そういう積りも・・・ねえとは言わねえけど・・・」
「新一こそ、学校が休みの分、事件のお呼び出しに遠慮がなくなって忙しいんじゃないの?」
「それは、あるかもなあ。いやー、目暮警部も最近すっかりオレに頼り切るようになっちゃって、参ったぜ」

ついつい、自慢げに言ってしまう。
蘭からは、感心されるどころか、ジト目で見られてしまった。
そもそもそういう事を言いたい訳ではないのに、照れて話がずれて行ってしまい、その結果蘭に軽蔑の眼差しで見られる。
新一は情けなくなって、内心、自分に突っ込みを入れていた。

「で?ご飯の当て以外に、何か気になってる事があるの?」
「い、いや。その・・・暇があるんだったら、たまにはどっか出かけても良いかな、なんて」

ようやく、その言葉を口にする。
蘭が、目を丸くして新一を見たので、新一はいたたまれなくなった。

「も、もし、予定が合えばね。新一だって、いつ事件が起こってすっ飛んでくか、分からないんでしょ?」
「あ、ああ、まあな。でもま、お互い暇な時があったら、遊びに行こうぜ!」

蘭がくれた返事が、一応とは言え「イエス」だったので、新一は嬉しく、その舞い上がった気持ちをなるべく出さないようにするのに苦労した。
ともかくこれで、イヴを一緒に過ごす下地は出来たと、新一は思った。


   ☆☆☆


そして、冬休みを目前にした、ある日。
新一は、事件の呼び出しを受け、教師に了解を得た後、蘭に一言それを告げようと、休み時間でお喋りをしている女子の集団に近付いて行った。

蘭は丁度、新一に背を向ける位置に居た。


「ねえ、そうすると、今年の工藤君へのクリスマスプレゼントは、蘭自身?」
「「「「きゃ〜〜〜〜っ!!」」」」

ちょうど、女子集団が蘭に新一との事を揶揄している真っ最中で。
いつもの事と言えばいつもの事だが、タイミングが悪いなと思い、さりとて今更背を向けるのもわざとらしいし、と新一が考えていると。

「か・・・勝手な事、言わないで!何でわたしが新一なんかと2人で、イヴを一緒に過ごさないといけないのよ!」

蘭が叫ぶのが聞こえた。

蘭の、この言い方自体は、まあ「いつもの事」だったので、さして気にならなかったのだが。
問題は、周りの女生徒が新一と蘭を見比べながら青くなった事と、蘭が振り返って新一の姿を認めると、気まずそうにした事だ。


これは、下手な事を言うと、拙いな。
新一は、冷静にそう判断する。


場の空気を変えようと思ってか、女子生徒達が引きつった顔で新一に声をかけて来た。

「あ、あ、あのさあ、工藤君。イヴの日に、1年B組の面々で、お茶会しようって計画があるの!」
「そ、そう、実は、由布子のお姉さんちがレストランで、その日は実費だけで貸してくれるって!」

なるほど、蘭はその誘いを受けていて、その流れでからかわれていたのかと、新一は了解する。

「レストラン?イヴの日ならかきいれ時で、いくら身内でも、実費で貸すなんて到底無理なんじゃねえか?」

新一が素朴な疑問を覚えてそう突っ込むと。

「その日は夕方から、クリスマス限定ディナーの予約客で一杯だから、昼間は仕込みに専念するんですって。だから、ちゃんと片付けと掃除をするならって条件で、4時まで限定なの。クリスマス用の飾りつけはもう前から済んでるから、雰囲気はバッチリよ」

そう返って来た。

「で、イヴを一緒に過ごす恋人の予定がない面々で、賑やかに過ごそうって企画なんだけど、工藤君も、もし良ければ」

この流れで、蘭がクラスメート達の誘いを断る事は、おそらく難しいだろう。
新一は、こういった付き合いがあまり良い方ではないが、蘭と一緒のイヴを過ごす為には、ここは誘いに応じた方が得策だと感じた。
遅くとも4時には解散、となれば、その後、蘭と2人になる事も可能だろう。

昼間から2人きりになろうと無理するよりは、その流れに乗った方が自然だと、新一は判断したのだ。

「・・・一応、予定には入れとくよ。でも、事件が起こったら勘弁な」

普段そういった付き合いがあまり良い方ではない新一が承諾の返事をした為だろう、皆、一様に驚いた顔をしていた。
園子が、口を開く。

「あの、新一君。蘭に何か用事だったんじゃないの?」
「別に」

新一は、そう言って、踵を返した。
蘭に用事があったのは確かだが、この場でそれを言い出すと、また何と言ってからかわれるのか、分かったものじゃない。
そう考えたのだった。


   ☆☆☆


今年は何だか、間が悪い事が多いと、新一は思う。

蘭に、クリスマスイヴの話をしたくても、それから冬休みまで妙にすれ違いが多くなって、ろくに話も出来なかった。
そして更に。

イヴ当日は、丁度新一がクラスのお茶会に出かけようとしているところに、目暮警部から応援要請の連絡が入った。


蘭は携帯を持たないからと、毛利邸に電話をしてみたが、誰も出ない。
蘭は出かけた後らしいと、新一は舌打ちする。
探偵事務所の方に電話をするのは、止めておいた。
蘭の父親である小五郎が電話に出たところで、蘭に連絡が取れる訳でもないのだから。

新一は仕方なく、今回クラスのお茶会を主催している由布子の携帯に、連絡を入れた。
何人かのクラスメート女子の連絡先は、一応「非常時連絡用」として聞いているが、個人的に使ったのは今回が初めてだった。


   ☆☆☆


「おお、工藤君、待ってたぞ」
「早速ですが、事件の概要を」

新一は、到着するとすぐに、事件の事に頭を切り替えて取り組んだ。
彼が探偵として能力を発揮出来るのも、この「集中力」にあるのだ。


何か見落としているポイントは無いかと、目を凝らし。
冷静に状況を分析し。
関係者の証言を聞きながら、頭の中のパズルを組み立てていく。


新一は、殺人そのものは忌むべきものだと思っているし、回避出来る状況なら、迷わず回避の方向へ尽力する。
けれど、一旦起きてしまった事件に関しては、(自分が関わっていながら阻止出来なかった時は悔しく思うけれども)事件の真実を探り出す事に関して、高揚感を覚える。


以前、誰かに、「探偵なんて、事件が起こるのを期待して待っている、あこぎな仕事だ」と揶揄された事もあるが。
新一はそんな言葉は意に介さなかった。

事件は、起こるより起こらない方が良い、それは当たり前の事だ。
事件の全くない世界は退屈かも知れないが、そういった平和を受け容れる事は、新一には可能なのだ。

けれど、現実に「事件のない世界」はなかなか来ない。
だったらせめて、少しでも解決出来た方が良いではないか。


「犯人は、あなたです!」

そして新一は、綿密に情報を集め、頭脳をフル回転させて探し出した真実を、犯人と目した相手に突き付ける。

「笑わせるな。確かに俺はこいつを恨んでいたが、殺そうと思うほど馬鹿じゃない。第一、俺には確たるアリバイがある。それに、証拠はどこにあるんだ?」

犯罪者は、素直に事実を認める事は滅多にない。
だから、反論してくるが、それも想定内の事。

「あなたのアリバイに関してですが、それは・・・」

絶対に自信があっただろうアリバイを崩された事で、相手は蒼白となる。

「そしてあなたは、今もまだ、身につけている筈ですよ・・・」

新一は、言い逃れ出来ない揺るぎない証拠を、相手に突き付ける。
そこまで論理の構築が出来て初めて、犯人を名指しするのだから。


新一とて、自分の論理の組み立てに、絶対の自信がある訳ではない。
どこか見落としたポイントがないか、いつも考える。

犯人を名指しした時は、自分の中での論理はしっかり組みあがっているが、ハッタリも兼ねて、自信に満ち溢れた言動をしていながらも、実際は、背中が冷や汗でびっしょりなのだ。

だからこそ、言葉も芝居がかって気障なものになったりする。


そして・・・追い詰められた相手は、がっくりと膝を折った。

その後、手錠をかけられて連行されて行く。


「いやあ、今回もお見事だったよ、工藤君。どうかね、これから被疑者の事情聴取に立ち会わんかね?」
「いや、目暮警部、それは遠慮しておきます」
「そうか、残念だが仕方がない。しかし君、最近は本当に、事情聴取に立ち会おうとせんなあ」

新一は以前、何回か事情聴取に立ち会った事がある。
その時の事は、不快な思い出でしかない。

犯行に至る心理経過が細かく追求されて行くが、その結果、大抵の場合、犯罪を犯す者の醜いエゴが剥き出しになって行くので、いたたまれなくなるのだ。


「目暮警部、今日はあれですから、若い工藤君にそこまで付き合わせるのは・・・」

高木刑事が、横からフォロー(?)を入れてくる。

「お、おお、そうだった。いや、すまんなあ」

高木刑事の気遣いは、完全に誤解とも言えない。
新一は僅かに頬を染めつつ、その場を退出した。
時計を見ると、もう4時近く。
今からお茶会の会場に向かったところで、間に合いそうにない。


   ☆☆☆


「蘭、どこだ?どこに居る?」

新一は、焦っていた。

蘭と「約束」はしていなくても、「今の蘭が」他の男と出かける事は有り得ないと思っていたが。
蘭は家にも帰っていない、新一の家にも来ていない。


闇雲に探しても仕方がないので、1番確実に蘭の居場所を知っていそうな、園子に連絡を取ってみる。
けれど、園子も蘭と一緒ではなく、居場所も知らないとの事だった。

『蘭、新一君ちに来てないの?』
「・・・ああ・・・」
『ふうん・・・でも、蘭は・・・』
「・・・何だ?」
『そうねえ、蘭がもし誰かとデートしようと思うんだったら、行くのはあそこかもねえ』
「あ、あそこって!?」
『ふふん、新一君、気になる?』
「だ、誰が!幼馴染としては、変な男に引っ掛かったりしねえかと、心配してるだけだ!」

蘭の親友であるこの女にだけは、新一の気持ちを告げる訳には行かない。
たとえ、とっくに悟られていたとしても、それを自分の口で認める訳には行かないのだ。

『そうねえ、蘭もせっかくデートするんだったら、やっぱ幸せなジンクスのある所にすると思うよ』
「わーった、ありがとな」

新一は、電話を切ると。
米花シティビルに向かって、走り出した。



蘭の姿は、たとえ大勢の中であっても、すぐに見分けられる。

米花シティビルのツリーの前で。
多くのカップルに混じって、ポツンと1人、ツリーを見上げている蘭は、すぐに見つかった。

蘭が1人である事に、新一はホッとした。
今日のお茶会に参加するメンバーで、新一を差し置いて蘭を誘うような男子が居るとは思えないし、街中でいきなりナンパされても、それにのこのこ着いて行くような蘭ではないと分かっているが、それでも、蘭が誰か男と2人で来ている訳ではない事に、ホッとしたのだ。


視線を感じてか、蘭が新一を見つけて目を見開く。
蘭の口が開いて、動く。
どうやら、新一の名を呼んだようだ。
新一は小走りで真っ直ぐ蘭の方へと向かい、蘭の前で立ち止まった。


「残念ながら、お茶会には間に合わなかったな」
「事件は解決したの?」
「ああ、ついさっきな。お茶会は会場の都合で、4時にはお開きになるって話だったから、もう間に合わねえのは分かったから」
「新一・・・あの、それで、どうしてここに?」
「うん、あ、いや・・・」
「???」
「その・・・オメーが、まだ家にも帰ってねえ、園子と一緒でもねえ、かと言って、オレんちに来てる訳でもねえから・・・」
「も、もしかして、新一・・・わたしを、探してくれた・・・の・・・?」

新一は、蘭を探していた事を当人に気付かれて、思わず目が泳いでしまった。
蘭が、勢い込んだように言った。

「あ、あのっ!」
「ん?何だ?」

蘭がとても緊張している様子なので、新一は戸惑う。

「わ、わたし・・・その、チキンを焼いたりしてるから・・・」
「ん?」
「新一の家で、一緒に食べない?」

新一は、思いがけない申し出が嬉しくて。
けれどつい、照れ隠しに言ってしまう。

「イヴに、オレと2人は嫌なんじゃなかったのか?」

軽口の積りだったのに蘭が泣きそうな顔をしたので、新一は慌てた。

「ごめんなさい・・・あんな言い方して・・・本当は、そんな事、思ってない」
「蘭・・・」
「だ、だって。冬休み、予定がなければご飯作りに行く約束してたし、今夜はお父さんも麻雀で居ないし、お母さんもパーティだし、だから、最初から、新一のご飯作ってあげる積りだったし。せっかくだから、クリスマスのご馳走作ろうかと思ってたし」

蘭が必死で言い募るのが、一体何の事なのか、新一には分からず呆然とした。

「あ、あの、だからっ!心にもない酷い事を言って、ごめんなさい!」

そう言って蘭は頭を下げた。
そこに至ってようやく新一は、蘭が何に拘っていたのか、気がついた。

蘭が「新一なんか」「アンタなんか」と憎まれ口を叩くのは、いつもの事なのに。
今回は何故か、それをずっと気にしていたようだ。
もしかして、それを言ったのが、大勢のクラスメート達の前だったからか?

「あ〜、もしかして蘭は、ずっと気にしてた訳だ」
「だ、だって・・・!」
「大丈夫だよ、ちゃんと分かってっから」
「え!?」

蘭が、不得要領な顔をしていたので、更に付け加える。

「オメーが、人を傷つけるような事を平気でするようなヤツじゃねえって、ちゃんと分かってっから。心配すんな」

蘭が、涙を零して俯いたので、新一は内心焦りまくった。

「ご、ごめ・・・」
「ったく。オメーはすぐ、そうやって泣く」
「だ、だって・・・っ!」

新一は、どうしたら良いのか分からず、蘭の頭を軽くポンポンと叩いた。
そして、ツリーを見上げる。

「それにしても、ここのツリー、吹き抜け利用してあっから、でかくて見栄えするし、建物の中だから外ほど寒くねえし、金かかんねえし。中高生が集まる名物になる筈だよな」
「う、うん・・・」
「来年も・・・」
「え?」
「あ、いや。蘭、オレ、朝から何も食ってねえから、腹減ってんだ。そろそろオレんちに行かねえか?」
「う、うん!」

ようやく蘭が笑顔を見せたので、新一はホッとした。

まだ、来年の約束を出来る関係ではない。

蘭が新一に言ってしまった言葉を気に病んで、ずっと謝ろうと考えていてくれた事。
そして、クリスマスイヴのご馳走を作り、新一とともに過ごそうと考えていてくれた事。
それで今は、充分幸せだった。


新一は、蘭が抱えていた紙バッグを持ち、もう片方の手で蘭の手を取り、歩き出した。

蘭が何故ここに1人で佇んでいたのか。
その時の新一は、単に、蘭が新一の家に真っ直ぐ来るのは気まずかったのか、あるいは、新一がまだ帰っていないだろうと判断しての事だろうと思っていた。


蘭が新一と同じ望みを抱えて、ここに1人で立っていたとは、その時の新一には思いも及ばなかったのである。


   ☆☆☆


商店街で、ケーキと食材を買って。
工藤邸に着くと、オーブンでチキンを温めている間に、シチューを作って。

シャンメリーで乾杯し、2人だけのささやかなクリスマスの食卓を囲む。
恋人同士ではなくても、こうして2人だけのイヴを過ごせる事が、幸せだと、新一は感じていた。

食後、居間に移動し。
新一が自分用のコーヒーと蘭用の紅茶を淹れて持って来ると。

「あの。新一、メリークリスマス」

そう言って蘭が紙袋を差し出して来た。
毎年、蘭とクリスマスプレゼントは交換していたが、今年何の約束もなかったのに、準備してくれていた事は、とても嬉しかった。

「あ、ありがとな。オレからも、これ」

新一も、用意していたプレゼントを蘭に差し出した。

双方とも、同じ店の紙袋で。
もしやと思いながら、お互いに紙袋を開けてみると、入っていたのは。

「くくっ、お互い、似たような事考えてんだなあ」

色が異なるが、同じマフラーだったのである。

『にしても。蘭、自分が赤が好きだからって・・・』

異なる色と言っても、双方とも赤に近い色だった。
以前、蘭に好きな色を聞かれた時、正直に答えず、「蘭の好きな色が赤だから」と、つい「赤」と答えてしまったのが、間違いの始まりで。
新一はこっそり溜め息をついたが、だからと言って勿論、せっかくの蘭からのプレゼントを無碍にする積りは毛頭ない。

『まあ、戦隊物のヒーローだって、赤が定番だからな・・・』

ピンクならともかく赤は、男性が身につけても、そこまで違和感がある色でもない。

『お揃いのマフラーか・・・でも、微妙に色が違うし、まあ、気づかれる事もないだろう』

そう思った新一だったが、その了見は甘かった。
いくら、帝丹高校の他の生徒達が、探偵の目は持っていないと言っても。
特に女の子は、そういった観察眼に長けている。

冬休み明けにお揃いのマフラーをつけて行った2人は、早速チェックを入れられるのだが、幸か不幸か、自分自身に関してはそっち方面に鈍くなる新一は、それに気付く事はなかったのである。



今年は、新一1人だったので、工藤邸の居間に飾りつけをする余裕もなかった。
せめてもクリスマスらしい雰囲気を出そうと、新一は、キャンドルに火を灯し、電灯を消した。

それだけで、なかなかに良い雰囲気が演出できる。

蘭は嬉しそうに、揺らめく灯りを見詰めていた。
新一は、蘭の満面の笑顔が見られた事で、幸せだった。


   ☆☆☆


「にしても。これは、反則だろ、おい?」

新一が、洗い物を台所の方に下げて戻って来ると。
蘭はソファーに沈み込んで、完全に眠りの世界に行ってしまっていた。

「蘭!おい、蘭!」

一応、声をかけて揺すってみるが、全く目覚める様子はない。

寝つきの良過ぎる蘭は、一旦こうなってしまうと、滅多な事では目を覚まさないのだ。
新一は頭を抱え込んだ。



『ふ〜ん。まあ、元々、蘭がその気になったら、わたしんちに泊める積りだったから、もしもの時は言い訳してあげても良いわよ?』
「わりぃな」
『新一君。襲わないのよ』
「だ、誰が襲うかよ、バーロ!」

園子はキャハハと笑って電話を切った。
園子に借りを作ってしまうのはシャクだったが、蘭の為を思うのなら、こういう場合に1番信頼出来る相手でもある。
それに、何のかんの言っても、園子も「蘭の事に関しては」新一を信頼してくれているところがあるのを、新一は知っている。


園子との電話を終えると、新一は2階に上り、客間の布団を整え、再び蘭の眠る居間に向かった。


あどけない顔をして眠る蘭。
その桜色の唇は、まるで誘うかのように僅かに開き。
黒曜石の瞳は瞼の裏に隠されているが、長い睫毛が揺れ。
大きく柔らかそうな胸は、規則正しく上下している。

正直なところ、新一は劣情を刺激され、思わず息が荒くなっていた。

蘭を誰よりも大切に愛しく思う気持ちは、幼い頃から抱いているもので。
その気持ちは最初から、男女の恋愛感情だった。

けれど、お互いに成長し、蘭が美しく丸みを帯びた女性の体に成長して行く中で、新一には今迄にない「欲望」「劣情」を、蘭に対して覚えるようになった。

普段は、そういう事を意識しないでいられるが、こうやって無防備な寝姿をさらされたりすると、正直、辛いものがある。


「ったく・・・蘭のヤツ、ぜってーオレの事、男と思ってねえよなあ・・・」

姿形は美しい大人の女性に変化しているのに、その心は無垢なまま。
早く恋愛に目覚めて欲しいが、新一以外の男への恋心に目覚められては困る。


新一は、頭を一振りすると。
そっと、蘭を横抱きに抱え上げた。


2階の客間まで、蘭を運び、そっと寝床に横たえる。
そして、蘭にかけ布団をかけ、大きく息をついた。

欲望を抑え込んでこれだけの事をするのに、汗ビッショリになってしまった。

蘭は新一にとって、欲望を覚える以上にずっと、この上なく大切な存在であるし。
嫌われでもしたら、それこそ元も子もないので、絶対に指一本触れようとは思わない。
だから、理性を総動員して耐えなければならなかった。

新一が蘭に背を向けようとした時。

「ん・・・」

蘭が漏らした吐息に、思わずドキリとして、振り返った。
そして。
たった今の決意はどこへやら、新一は無意識の内に、蘭の桜色のぽっちゃりとした唇に引き込まれるように、顔を近づけていた。

その時。

「新一、信じてるからね」

蘭の口から漏れた言葉に、新一は文字通り飛び上がり、慌てて飛び退った。

心臓をバクバク言わせながら、蘭の顔を凝視する。
あまりのタイミングの良さに思わず焦ってしまったが、蘭は完全に眠りの世界に入っているようだった。
今のは、寝言だったらしい。


「ったく。一体どんな夢、見てんだよ!?」

新一は、まだ心臓をドキドキさせながら、悪態をついた。

たとえ夢の中でも、信じていると言われるのは、嬉しいが。
男として見られているのとは違うと、苦笑する。
いつかは蘭に、恋する対象の男性として、見て欲しい。


新一は、大きく深呼吸をして、客間を後にした。
結局その夜、新一が殆ど眠れなかったのは、言うまでもない。



新一は、来年のクリスマスこそはと、拳を握り締めたが。

結局、来年のクリスマスにも、「米花シティビルのクリスマスツリー前での誓い」は実現しなかった。
蘭の気持ちが、既に自分にあった事実を知る事が出来るのと引き換えに、新一は本来の体を失い。
「新一として」蘭と過ごせたのは、ホンの僅か、暗闇で姿を誤魔化しての不満足な逢瀬になってしまったのであった。



Fin.


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<後書き>


高1新蘭クリスマスの、新一君視点です。
2人がお互いを想いながらも、色々な意味でお互いの気持ちが全くすれ違っているのですが、まあ、恋人未満の2人だとこんな感じじゃないかなと思っています。

さて、実は書き始めて少し経って気付いたのですが、「米花シティビル」って、映画「摩天楼」で、蘭ちゃんが新一君と映画の約束をして、モリヤンに爆弾を仕掛けられた、あのビルと同じ名前なんですねえ(汗汗)。
一応、この話は、映画の話は「無かった事」として進める予定ですが、ビル自体は同じものと考えていただいても、別ものと捉えていただいても、どちらでも構いません。

当初、園子ちゃんをここまで介入させる予定はなかったのですが、何か新一君、園子ちゃんに牛耳られてる?ううむ・・・。

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