変わって行くあなた、変わらないわたし

(お題提供:「恋したくなるお題」「幼馴染の恋物語01.「変わってく君、変わらない僕」)



byドミ



12月に入ると、街中はクリスマス一色になる。

米花シティビルの吹き抜けホールには、毎年吹き抜けいっぱいに大きなクリスマスツリーが立てられる。

遠出が出来ない中高校生カップルなどには、クリスマスデートの格好の場所になったりしている。

「蘭。わたし、まだ諦めないわよ。クリスマス迄には絶対イイ男をゲットして、あそこでデートするんだから」
「園子ったら。それ、毎年言ってるわよね」
「今年こそよ!高校生にもなって、彼氏の1人や2人居ないなんて、恥ずかしくって!」
「ひ、1人や2人って・・・彼氏ってのは1人じゃないの?」
「もう!蘭ったら、細かい事突っ込まないの!」

蘭は、親友の言葉に、細かい事なのだろうかと首を傾げる。

「蘭は、良いわよねえ。もう、旦那が居るんだから」
「だ、だからっ!新一はそんなんじゃ・・・!」
「あら?誰も、新一君の事だって言ってないけど?」
「そ、それはだって、園子がいつも・・・」
「でも、蘭は、今年もクリスマスは新一君と一緒に過ごすんでしょ?」

蘭は答えず、目を伏せた。

「え?蘭、違うの?」
「分からないよ・・・わたしには・・・」

蘭の脳裏に、幼馴染の少年の端正な顔が浮かぶ。
高校に入ってから、蘭の幼馴染である工藤新一は、探偵として華々しいデビューを飾り。
急速に変わっていたのだった。

新一は、高校に入ってすぐのゴールデンウィーク、16歳になる直前のアメリカ旅行時に。
飛行機の中で鮮やかに殺人事件を解決し、探偵としてデビューした。

そして。
あれだけ打ち込んでいたサッカーも、探偵としての活動が忙しくなる中で、「両立出来ないから」と止めてしまったのだった。


蘭は新一の事が、ずっと大切で大好きだったけれど、中学生の頃までは、男とか女とかそういう事を意識した事はなかった。
周りからは囃し立てられたが、それが正直うざったかった。

けれど。
新一の探偵デビューを目にした時、蘭の中で何かが変わったようである。

不敵な笑みを浮かべ、鮮やかに推理を展開し、弁舌さわやかな新一の姿を目にして、蘭の心には今迄にないトキメキが生まれた。


蘭が新一に恋をしたのは、男性と意識し出したのは、新一が変わって行く姿を目にしたからで。
けれど、新一が変わった事で、2人の距離は遠くなって行く。

その、大いなる矛盾。



新一とは、今でも2人で遊びに行く事は多いし。
登下校も、差し障りない限り一緒だし。
新一の態度も、一貫して変わらない。

蘭に対しては「意地悪で、でもいざとなったら頼りになる」幼馴染のままなのである。

そういう事からすると、「距離が遠くなった」とも言えない。
新一が遠くなったと思うのは、蘭がそう感じているだけなのかも知れなかった。



部活が終わった後、図書館で調べものをしていたと言う新一と並んで、下校する。
すっかり暗くなり、華やかなイルミネーションが町を彩る中を、歩いて行く。


「ねえ、新一。冬休みはどうするの?やっぱり、ご両親のところで一緒に?」

蘭は、本当に聞きたい事を押し隠しながら、新一に問うた。


新一は、高校1年夏休みの半分ほどは、アメリカの両親の元で過ごした。
冬休みも、アメリカに行く積りなのかも知れない。


12月23日の祭日から、冬休みは始まるから、もしかしたら新一はクリスマスには日本に居ないのかも知れない。
蘭は、それが不安だった。


新一は、蘭のちょっと前を歩いていたのだが。
蘭からの問いに、新一は後ろを振り向いた。

「さあ。まだ、分かんねえよ」
「決めてないの?」
「いや。決めるのはオレじゃねーし」
「は?」
「だから。冬休み頃の飛行機チケットなんて、今から簡単に取れるもんじゃねえから。オレに来て欲しいんなら、母さんがもうチケットを買ってるだろうさ」

そう言って、新一は苦笑した。

言われて見れば、確かにそうかも知れない。
新一はまだ高校生だから、国際線のチケットを買うのは、新一の両親だ。

ただ。
新一は、親に反抗する方ではないと思うが、言いたい事を我慢する方でもない。
新一自身の意志は、どこにあるのか。
そして、親にそれを伝えているのか。

蘭は聞きたくて・・・聞けなかった。



新一の両親がアメリカのロサンゼルスに引っ越したのは、新一と蘭が中学3年に上がる前のことである。

昨年までのクリスマスは、新一は家族で過ごしたし、蘭も当然のようにそこに加えてもらっていた。
昨年は、「高校受験があるから」という理由で新一は日本に留まり、新一の両親の方が一時帰国していたのである。

今年は、どうするのか。
蘭は、2人きりでなくても良いけれど、新一と共にクリスマスを過ごしたいと思っていた。


けれど。
どんなに仲が良くても、新一とは「恋人同士」ではなかったから。

蘭としては、「クリスマスを一緒に」と言いだせなかったのだった。


「けどよ。何でんな事、聞くんだ?」
「え!?そ、そりゃあ、幼馴染としてはね、まともに生活能力ない新一が冬休みに飢え死にしたりしても困る訳よ。小母様にも頼まれてる事だし!」

蘭は、慌ててそういう風に言って、誤魔化しにも程があるだろうと内心突っ込みを入れながら少し落ち込んでしまった。
新一の目が、少し悪戯っぽく細められる。

「へえ、蘭、もしかして。オレがもし日本に残るんなら、オレが飢え死にしないよう、冬休みの間、ご飯作ってくれたりする訳?」
「わ、わざわざそんな事、しないわよ!でもどうせ、お父さんにご飯作るんだから、ついでよ、ついで!」
「ついででも。楽しみにしてるぜ」
「え・・・?新一、日本に残るの?」
「・・・んな残念そうな声出さなくて良いだろうが」


蘭は気が抜けて呆けた声と表情になっただけで、勿論、決して「新一が日本にいるのが残念」だった訳ではない。
けれど、素直に嬉しいとも、言える筈がなかった。


   ☆☆☆


冬休み中、新一のご飯を作ってあげる約束を交わしたような形になってしまったけれども。

「新一、たとえクリスマスイヴでも、事件が起これば飛んで行ってしまうわよね・・・」

どんなに仲が良くても今のところ新一の「彼女」ではない蘭としては、別にそれが不満な訳ではないけれど。
せめてイヴの夜は、ケーキとご馳走で、新一とクリスマスらしい雰囲気を楽しみたい。

けれど、どうやってそういう風に持って行くか。
蘭は、色々考えてみるけれども、「これ」と言う妙案を思いつけなかった。


「ケーキとかご馳走とか、うちで作って持って行くんじゃ荷物になるし。新一の家で作らせて貰うと良いんだけど、どうしよっかなあ・・・」

おそらく新一は、自分が留守になるとしても、蘭が「クリスマスケーキを焼きたいから新一の家のオーブン使わせて欲しいの」と頼めば、快く承諾してくれるだろうと思うけれど。
何となく、蘭はそういう事を新一に言いたくなかった。


ずっと後になって、蘭は、そういった意地を張らなければよかったのにと後悔するのだが。
その頃の蘭には、ずっとこの日常が続くような錯覚があって。

新一に「何かをしてあげる」という態度をあからさまに出したくない、新一への気持ちを新一に悟られたくないという、妙な意地があったのだった。


   ☆☆☆


ある日、クリスマスソングが鳴り響く街中を、親友の園子と共に歩いていると。
米花シティビルの前で、園子が蘭の袖を引っ張った。
指差した先には、ガラス越しに、ビルのホールに立つ巨大なクリスマスツリーが見えている。

「ねえねえ、蘭。知ってる?帝丹OB同士の、横山さんと村松さんってカップルが居るんだけどさあ」
「知らないけど、テニス部OBの人なの?」
「そうそう、その横山さんがカッコ良くってさあ、後輩指導に来てくれた時、一目で運命を感じたんだけど・・・」
「横山さんの運命の人は、園子じゃなかった訳よね」
「うっさいわね!村松さんもテニス部OBで、2人は学生時代からのお付き合いで、今度大学卒業と同時にゴールインするんだってさ」
「それは、残念だったわね」
「そう、残念・・・って、何言わせるのよ!わたし、コブつきに興味なんかないわよ!じゃなくって、2人は高校時代、初めてのクリスマスをあのツリーの下で過ごして、将来を誓い合ったんですって!やっぱ、あのジンクスは当たってるのよ。あ〜ん、ロマンチック〜」
「・・・・・・」

蘭も、そのジンクス自体は知っていた。

「決めたわ!絶対クリスマスまでにイイ男ゲットして、あのツリーの下で・・・ムフフフフ」

不気味な笑みを浮かべる園子を他所に、蘭は蘭で、妄想の世界に浸りかけていた。

蘭の妄想は、何故だかどうも、「自分自身と新一」という組み合わせでは働いてくれない。

新一は、高校生探偵として活躍を始めてから、山のようにファンレターを貰う身となった。
中にはかなり本気のラブレターに近いものを出す人だっている。


「もお!ちゃんと本命は1人に絞りなさいよ!」

ファンレターを見せびらかす新一に小言のように言ってしまう蘭だけれど、本当に新一がファンの誰かと引っ付いてしまっては、困る。



『いつも、ファンレターをくれる君の事、覚えてるよ。想像していた以上に可愛い子だね』
『工藤さん、嬉しい・・・』
『これからは、ずっと君と一緒だよ』
『工藤さん、ホント?』
『ああ。このツリーの下で愛を誓い合った2人は、永遠に幸せになれるってジンクスがあるから。誓おう、2人の未来を』



蘭は、自分の妄想に、青くなっていた。
今のところ新一は、特定の相手を作った事はないけれど。
ファンレターを寄越す山のような女性の中から、いつ何時新一のお眼鏡に適って本命になる女性が現れるか、分からないと思う。

『で、でもでも!もし新一にそういう女性が現れていたら、わたしと一緒に登下校したり、わたしが作るご飯を食べたり、する訳ないわよね』

蘭はそう自分に言い聞かせて、気持ちを奮い立たせた。
そもそも、蘭の妄想自体、根拠も何もないのだという事には、蘭は気付いていない。


   ☆☆☆


12月も下旬に入ろうとした、ある日。

「蘭、冬休みも、部活はあるんだろ?」

久し振りに一緒に下校している新一が、そう問うて来た。

「う、うん・・・何で?」
「あ、いや・・・」
「部活、あるにはあるけど、午前中だけだし。流石に年末年始はお休みだし」
「そっか・・・」
「あー!新一、ご飯作って貰う当てが外れるのを心配してる訳!?」
「あ、いや、その・・・そういう積りも・・・ねえとは言わねえけど・・・」
「新一こそ、学校が休みの分、事件のお呼び出しに遠慮がなくなって忙しいんじゃないの?」
「それは、あるかもなあ。いやー、目暮警部も最近すっかりオレに頼り切るようになっちゃって、参ったぜ」

自慢げに言う新一は、ちっとも「参っている」ようには見えなかった。

「で?ご飯の当て以外に、何か気になってる事があるの?」
「い、いや。その・・・暇があるんだったら、たまにはどっか出かけても良いかな、なんて」

蘭は、ぶっきら棒に言う新一を、まじまじと見詰めた。

新一が何を考えているのか、分からない。
物心ついた頃からずっと傍に居るのに。

いや、分からなくなったのは。
蘭が新一に恋をしたからだ。

新一は昔も今も変わらずずっと傍に居てくれる、大切な幼馴染。
新一の置かれている立場が変わっても、新一の蘭への態度は、ずっと変わらない。

普段は意地悪でもいざという時は優しいし頼りになるし、蘭の事を大切にしてくれているのは分かるのだ。
けれどそれは、子供の頃から変らない「幼馴染への態度」。

新一の態度が幼い頃から変らないという事は、蘭が新一を異性と意識し出したようには、新一の方は意識してくれないという事なのだろうか?


「も、もし、予定が合えばね。新一だって、いつ事件が起こってすっ飛んでくか、分からないんでしょ?」
「あ、ああ、まあな。でもま、お互い暇な時があったら、遊びに行こうぜ!」

蘭は、内心の嬉しさを隠して、頷いた。

イヴに一緒に過ごせる下地が出来上がったと、思った。


けれど、この後、思わぬ事態が起きてしまうのである。


   ☆☆☆


蘭は、クリスマスイヴを新一と一緒に過ごそうと思っていた。
出来れば2人切りで、米花シティビルのクリスマスツリーの下で過ごしたいと考えていた。

そして、色々と根回しをしていた。

筈だったのに。

「どうして、こんな事になってしまったんだろう?」

新一本人は勿論の事、友人達にも、親友の園子にすら、新一への気持ちをまともに認める事が出来ない、その意地っ張りの所為で。
とんでもないすれ違いが生じる事になるのだった。


   ☆☆☆


冬休みを目前にした、ある日の事。
昼休み、教室で弁当を広げながら、蘭はクラスメイト達とお喋りをしていた。

「ところでさあ。蘭、園子。イヴはどうするの?」
「あー、園子はともかく、蘭に聞くなんて野暮野暮」
「・・・その、『園子はともかく』ってどういう意味よ!?」
「まあまあ、だって園子が『旦那持ちじゃない』のは周知の事実じゃん」
「だーかーらー、絶対イヴまでには、イイ男ゲットして見せるんだからっ!」

級友達の言い草に、園子はエキサイトして拳を振り上げ力説する。

これは園子とクラスメートに取って、年中行事・レクリエーションのようなものだ。
お互いに、悪気もなければしこりもない。

その後の、蘭をからかって遊ぶ級友達と、むきになる蘭のやり取りも、年中行事の一つに過ぎなかったのだ。
あの、間の悪ささえなければ。


「蘭には、工藤君がいるんだもんねえ」
「わたし達独り身同士寄り集まったささやかなお茶会なんて、けっ!てなもんでしょ」
「そっかー、蘭は工藤君と2人で・・・」
「ねえ、そうすると、今年の工藤君へのクリスマスプレゼントは、蘭自身?」
「「「「きゃ〜〜〜〜っ!!」」」」

級友達が一斉に頬に手を当てて叫び、蘭は真っ赤になった。

「か・・・勝手な事、言わないで!何でわたしが新一なんかと2人で、イヴを一緒に過ごさないといけないのよ!」

蘭が思わず叫んでしまったその時に。
当の工藤新一が、蘭の背後に立っていたなんて。

流石に2人をからかい慣れているクラスメート達も、思わず青くなってしまったのだった。



蘭は、皆の顔色と表情を見て。
おそるおそる、後ろを振り返り。

そこに、新一が立っているのを見て、言葉を無くした。
新一は無表情で、何を考えているのかは分からない。


「あ、あ、あのさあ、工藤君。イヴの日に、1年B組の面々で、お茶会しようって計画があるの!」
「そ、そう、実は、由布子のお姉さんちがレストランで、その日は実費だけで貸してくれるって!」

フォローの為か、クラスメート達が引きつった笑顔で新一に声をかける。

「レストラン?イヴの日ならかきいれ時で、いくら身内でも、実費で貸すなんて到底無理なんじゃねえか?」

新一は、何事もなかったかのように、冷静に突っ込みを入れて来た。

「その日は夕方から、クリスマス限定ディナーの予約客で一杯だから、昼間は仕込みに専念するんですって。だから、ちゃんと片付けと掃除をするならって条件で、4時まで限定なの。クリスマス用の飾りつけはもう前から済んでるから、雰囲気はバッチリよ」
「で、イヴを一緒に過ごす恋人の予定がない面々で、賑やかに過ごそうって企画なんだけど、工藤君も、もし良ければ」

「・・・一応、予定には入れとくよ。でも、事件が起こったら勘弁な」

新一は普段、そういった付き合いはあまり良い方ではない。
なのに、一応にしろ承諾の言葉が返って来た事で、皆、驚いた顔をしていた。

「あの、新一君。蘭に何か用事だったんじゃないの?」
「別に」

園子の言葉に素っ気無く返した新一の表情が、僅かに強張ったのを見て。
蘭も、その場に居た面々も、蘭の先ほどの言葉が、新一に聞かれていた事を知る。

その後新一は、無言で踵を返して去って行った。

「ど、どうしよう・・・」

蘭が呟いた。
つい、勢い余って「新一なんか」と言ってしまった。
たとえ本意ではなかろうとも、その言葉が新一に届いてしまったのは、取り返しようがない事実である。

謝るべきだ、というのは分かっている。
でも、どういう風に説明しよう?
告白もしていないのに、どう言い訳したら良いのだろう?


「蘭、流石にさっきのは拙いよ」
「今からでも、工藤君にあの言葉を取り消しに行ったら?」

クラスメートが口々に言って来る。

「だ、だって、そんな事したら、私がまるで、新一の事、好きみたいじゃない」

蘭の言葉に、女子達は溜め息をついた。
呆れたように手を広げて首を振るものもいる。


クラスメート達に言われなくても、蘭は、自分自身に呆れて腹を立てていた。
けれど、新一のところに行って謝ろうとしたら、結局、告白のような形になってしまわないか?
そして、新一に拒絶されたら、どうしたら良いのだろう?



「蘭。どの道、1のBのパーティは、4時にはお開きだからさ。その後、工藤君を誘ってみたら?」
「誘った事で、蘭のさっきの発言は帳消しになるんじゃない?」

「う、うん・・・」


蘭も、どうしたら良いのか分からなかったが。
とにかく、1年B組イヴお茶会に出席する事は、決まったようだった。



   ☆☆☆



新一が、大勢の警官や事件関係者に取り囲まれた中で。
堂々と、自説を披露する。

そのカッコ良さに、蘭は惚れ惚れしていた。


「新一」

蘭が声をかける。
が、新一は蘭の存在に気付かないかのように、無視していた。

新一だけではなく、その場に居る誰も、蘭の存在に気付いていないようだった。


「新一、新一」

蘭が新一に近付こうともがくが、新一の姿は遠くなって行く。
新一は笑顔で目暮警部や高木刑事と言葉を交わし、蘭を見向きもしなかった。


「新一ぃぃぃ!!」


蘭が目を開けると、既に空が明るくなっていた。

先ほどまでの出来事は。
途中から、夢だと分かっていた。
けれど、蘭は胸が痛んで、胸元を思わずギュッと押さえていた。


「新一・・・ごめんね・・・」

新一にはまだ伝える事が出来ていないその一言を、蘭はこっそり呟いて、涙を落とした。

あれから、新一とは微妙にすれ違う日々が続き、蘭は結局、まだ新一に謝る事が出来ていない。
別に、イヴの日まで待つ積りはないのだが、機会を掴み損ねていた。


新一は、探偵として脚光を浴び、どんどん蘭の手の届かない存在になって行く。
蘭は、単に幼馴染として新一の傍に居る事を許されているだけ。


「私なんかが、新一の隣に立てる訳がないのに・・・」

つい、言葉のあやで「新一なんか」と言ってしまったけれど、蘭の本当の気持ちとしては、「私なんか新一に釣り合わない」という、少し卑屈な気持ちもあって。
それが、ああいった言い方になってしまった元凶だと、蘭には分かっていた。


考えてみれば、新一は今迄、蘭をからかったり意地悪したりする事はよくあるけれども、蘭に対して怒ったりした事はなかった。
新一は、何のかんの言っても、いつも蘭には甘く優しい。

今回も、新一は怒らなかった。
けれど、それで「許されている」と思うほど、蘭はおめでたくはなかった。


もうすぐ冬休み。
新一には、出来るだけご飯を作りに行くと約束している。
その約束は、まだ有効な筈だ。

ただ、終業式が終わった後、23日の祭日までは、蘭も部活があったりして、時間が取れない。
結局、新一ときちんと話す機会がないままに、イヴ当日に持ち越されてしまった。



   ☆☆☆



24日の朝。
早起きした蘭は、チキンレッグのローストや、ポテトサラダなどのご馳走を作っていた。

「丸ごとのローストチキンを作ってみたかったけど、2人じゃ多いし。それに、うちの台所じゃ作れないものね」

オーヴンがない事に加え持ち運びも大変な為、ケーキ作りも断念した。

以前、有希子がまだ日本に居た頃は、工藤邸のキッチンにあるコンベクションオーヴンで、一緒にクリスマスのご馳走作りをした事があった。
蘭は、いつの日か工藤邸でクリスマスディナーを作る日を一瞬夢想し、頭を振った。

「馬鹿な蘭。今はそれどころの話じゃないじゃない」

今日の1年B組のお茶会で、新一にきちんと謝って。
その後、新一と一緒に、米花シティビルのクリスマスツリーを見て。
新一の家で、一緒にクリスマスのご馳走を食べる。

シチューなどの料理は、出来れば商店街で一緒に買い物をして、新一の家に着いた後に作ろう。

蘭の頭の中には、そういった計画が立っていたのだが。

今年はとことん、間が悪いようだ。


   ☆☆☆


「え?新一が・・・来られない・・・って?」
「うん、ついさっき連絡があって。事件があって、呼び出されたんですって。蘭、携帯持ってないでしょ?蘭の家に電話をかけても出なかったからって、言ってたよ」

由布子の言葉に、蘭は力が抜けて、座り込んでしまった。

新一が事件で呼び出される可能性は、考えていなかった訳ではない。
けれど、蘭が家を出るまでに連絡がなかったので、きっと大丈夫だろうと思ったのに。

『でも、新一、わたしに連絡取ろうとはしてくれたんだよね。わたしを、無視してるわけじゃ、ないよね・・・』

このところのすれ違いは、もしかして、新一が蘭を避けていたのではないかとも、危惧していたので、新一が一応蘭に連絡を入れようとしたらしい事に、少しホッとする。
けれど・・・新一にきちんと謝りたかった。
そして、クリスマスイヴを出来れば一緒に過ごしたかった。

『今年は、もう、無理なのかな・・・』

蘭の胸がきゅっと痛む。
蘭が新一への恋心を自覚してから、初めて迎えるクリスマスなのに。
蘭の不用意な一言だけが原因ではないかも知れないが、一緒に過ごせないかも知れない。

去年は、一時帰国していた新一の両親と共にクリスマスディナーを囲んだ後、新一と2人で高校受験の勉強をやるという、色気の全くないクリスマスイヴだった。
蘭もまだ、その頃は、新一の事を「幼馴染で親しい男の子」という程度にしか認識していなかった。

「新一・・・」

蘭は、1年B組お茶会を、笑顔で過ごしながらも。
頭の中は、新一の事でいっぱいだった。


お茶会自体は、クラスメートの多くが集まり、盛況だった。
時刻が早い事もあり、彼氏彼女持ちもお茶会には参加したのである。

「来年こそは、イイ男ゲットしてあのツリーの前で誓いを立てるわ!」

鬼が聞いたら笑うような事を言って息巻く園子を、苦笑して見詰めながら。
「彼氏持ちでない」のは、園子も自分自身も変わらないのだと、蘭は思った。

ただ、園子は、何のかんの言いながらも、別に誰かに「片想い」をしている訳ではないけれど。
蘭は、切ない片想いをしているという違いがある。

由布子が姉の好意で借りたレストランも、明け渡さなければいけないので、盛り上がったお茶会も、4時にはお開きとなった。
結局新一は、最後まで顔を出す事はなかった。


「蘭、わたしは、今から鈴木家のパーティがあるんだけど・・・大丈夫?うちのパーティに、参加する?」
「園子、ありがと。でもわたし・・・もしかしたら新一が帰って来るかも知れないから、新一の家に行ってみる」
「そう。後からでもうちに来て構わないからね。何なら、うちに泊まっても良いし」
「うん、ありがと」

今夜、小五郎はイヴだというのに麻雀に出かける予定だ。
おそらく徹夜になるだろう。
母親の英理も、今日は弁護士仲間の付き合いで、クリスマス会がある筈だ。

だから、蘭が家に帰っても1人きり。
そういった事に気遣ってくれる園子に感謝しつつ、蘭は園子達と別れて、新一の家に向かって歩き始めた。


もし、新一がまだ帰って来て居なかったら。
暫く待っても帰って来そうになかったら。

その時は、玄関先に、作ったご馳走とクリスマスプレゼントとお詫びの手紙を置いて、帰ろう。

蘭は、泣きそうになる自分自身を叱咤しながら、とぼとぼと歩いていた。



街は、暮れ行く中、華やかなイルミネーションに彩られ、賑わいを見せている。
蘭は、米花シティビルの前で足を止めた。
そして、中に足を踏み入れる。


吹き抜けホールいっぱいの高さに、大きなクリスマスツリーが立っていた。
ホールには、中高生らしきカップルが大勢集まっている。


ここで、愛を誓ったカップルは、ずっと続くというジンクスがあるけれど。


新一とは、ただの幼馴染で、そういう事が出来る間柄ではない。
それでも。


「新一と一緒に、ここに来たかったな・・・」


この大きなツリーを一緒に見る、それだけでも、出来ればよかったのに。

蘭の失言がなければ、新一と一緒に過ごせたのかどうかは、分からない。
そもそも、新一は探偵として必要とされて、その仕事の為に行ったのだから。

けれど、約束すら出来なかった状況に、蘭は涙ぐんでしまっていた。
大きなツリーが、ぼやけた視界で霞んだ。


どれ位の間、そうやって佇んでいたのだろう。

ふと、蘭の視界の端に、誰かがこの場にやって来たのが映り、蘭はそちらを見た。

「新一!」

息を切らしながらその場に現れたのは新一で、すぐに蘭に気付いた様子で視線を寄越すと、まっすぐに向かって来たのだった。

蘭は、こちらへ向かってくる新一を、言葉もなく見詰めていた。
新一は、蘭の前へ来て立ち止まる。

「残念ながら、お茶会には間に合わなかったな」
「事件は解決したの?」
「ああ、ついさっきな。お茶会は会場の都合で、4時にはお開きになるって話だったから、もう間に合わねえのは分かったから」
「新一・・・あの、それで、どうしてここに?」
「うん、あ、いや・・・」
「???」
「その・・・オメーが、まだ家にも帰ってねえ、園子と一緒でもねえ、かと言って、オレんちに来てる訳でもねえから・・・」
「も、もしかして、新一・・・わたしを、探してくれた・・・の・・・?」

新一は、蘭の問いに答えなかったが、蘭は少し目を泳がせて頬を染めている新一の姿に、それが答だと分かって。
胸が温かくなるのを感じていた。


そして、蘭は。
今こそ、伝えなければと口を開く。

「あ、あのっ!」
「ん?何だ?」

新一に真っ直ぐ見詰められると、蘭は言葉が詰まってしまう。
去年までは、このように胸がときめいて言葉に詰まるなんて事もなかったのに。

新一が、どんどん男らしくカッコ良くなってしまうから。
蘭の気持ちも変化してしまい、逆に新一から置いてきぼりにされそうな気がする。

「わ、わたし・・・その、チキンを焼いたりしてるから・・・」
「ん?」
「新一の家で、一緒に食べない?」

蘭は、やっとの思いでそう言った。

「イヴに、オレと2人は嫌なんじゃなかったのか?」

新一が、からかうようにそう言った。
やっぱり聞かれてたんだと、蘭はまた泣きそうになるのをグッと堪える。

「ごめんなさい・・・あんな言い方して・・・本当は、そんな事、思ってない」
「蘭・・・」
「だ、だって。冬休み、予定がなければご飯作りに行く約束してたし、今夜はお父さんも麻雀で居ないし、お母さんもパーティだし、だから、最初から、新一のご飯作ってあげる積りだったし。せっかくだから、クリスマスのご馳走作ろうかと思ってたし」

蘭は、何でこんな事言ってるんだろうと、自分に突っ込みを入れながら。
つい、言い訳を並べてしまっていた。
新一が黙っているので、蘭は焦る。

「あ、あの、だからっ!心にもない酷い事を言って、ごめんなさい!」

そう言って蘭は頭を下げた。
他に上手い言葉など、思い浮かばなかった。


「あ〜、もしかして蘭は、ずっと気にしてた訳だ」
「だ、だって・・・!」
「大丈夫だよ、ちゃんと分かってっから」
「え!?」

ちゃんと分かってる?
という事は、蘭の気持ちなどとっくにお見通しという事だろうかと、蘭は一瞬焦りまくった。

「オメーが、人を傷つけるような事を平気でするようなヤツじゃねえって、ちゃんと分かってっから。心配すんな」

蘭は、堪えていた涙が零れ落ちるのを感じて、俯いた。

「ご、ごめ・・・」
「ったく。オメーはすぐ、そうやって泣く」
「だ、だって・・・っ!」

新一が蘭の頭をポンポンと叩いた。
そして、ツリーを見上げる。

「それにしても、ここのツリー、吹き抜け利用してあっから、でかくて見栄えするし、建物の中だから外ほど寒くねえし、金かかんねえし。中高生が集まる名物になる筈だよな」
「う、うん・・・」
「来年も・・・」
「え?」
「あ、いや。蘭、オレ、朝から何も食ってねえから、腹減ってんだ。そろそろオレんちに行かねえか?」
「う、うん!」

新一が当然のように蘭が抱えていた紙バッグを持ち、もう片方の手で蘭の手を取り、歩き出した。
傍から見たらその2人の姿は、とても「単なる幼馴染」には見えないが、2人共に、その行動自体は「幼馴染の延長で無意識に行うもの」であった。


   ☆☆☆


商店街で、ケーキと食材を買って。
工藤邸に着くと、オーブンでチキンを温めている間に、シチューを作って。

2人だけのささやかなクリスマスの食卓を囲む。
恋人同士ではなくても、こうして2人だけのイヴを過ごせる事が、幸せだと、蘭は感じていた。


「あの。新一、メリークリスマス」

そう言って蘭が差し出した紙袋を、新一は目を丸くして見詰めた。

「あ、ありがとな。オレからも、これ」

新一からも、蘭に紙袋が差し出される。

双方とも、同じ店の紙袋で。
もしやと思いながら、お互いに紙袋を開けてみると、入っていたのは。

「くくっ、お互い、似たような事考えてんだなあ」

色が異なるが、同じマフラーだったのである。


蘭としては、新一からのプレゼントが用意されていただけでも嬉しいし。
お互いにシンクロしていたのだとしたら、もっと嬉しいと思っていた。

マフラーだと、色が違えばきっと誰にも気付かれないだろうけれども、まるでペアルックのようだと蘭はこっそり思って頬を染めた。

この後、2人がお揃いのマフラーをつけて登校する度に、目ざとい何人かの帝丹高校生からは、しっかりチェックを入れられる事になるのだが。
それは、2人とも気づく事はなかった。



工藤邸の居間はクリスマスらしい飾りつけもされて居なかったけれど。
新一が、キャンドルに火を灯し、電灯を消した。

暖房が効いて暖かい室内で、揺らめく灯りを見詰めている。
新一と2人、こうやって過ごせている事が、幸せで。

ずっと、こういう日が続く事を願う。


そして。
蘭の意識は途切れた。


   ☆☆☆


蘭は、色々と考え過ぎていたのとご馳走の準備で寝不足だった所為もあり。
安心してしまった為、いつの間にか居間のソファーで、うたた寝をしてしまっていたらしい。

気がつくと、いつの間にか朝で。
蘭は工藤邸の客間に、服を着たまま寝せられていた。

「新一が、運んでくれたんだよね?やーん、だらしなくソファーで寝てしまって、さいてー!新一、きっと呆れたよね」

問題はそこではないだろうけれど、蘭の心配は少しずれていた。


小五郎に関しては、そもそも麻雀で一晩家に帰って来なかったし、蘭も「もしかしたら園子の家に泊めて貰うかも」と話をしていたので、「工藤邸外泊」に気付かれて、お咎めを受ける事はなかった。
ただ、後で顛末を聞いた園子からは、呆れられてしまったが。


今年のクリスマス、新一と全く進展はなかったけれども、新一がずっと蘭の傍に居てくれるのではないかと、期待を持つには充分な結果となった。
新一は、どんどん変わって行くけれど。
蘭も、その新一の姿に追いついて、並んで歩ける存在になりたいと、思う。


「来年は、新一とあのツリーの前で、誓いを立てられる仲になってると良いな・・・」


けれど、来年のクリスマスも、残念ながら蘭の期待が叶えられる事はなかった。
それどころか、新一とはそれまでになかった長い別離を経験する事になるのだ。

蘭自身、今回しこたま反省したクセに、来年のクリスマスイヴには、「そんなにオレに会いたかったのか?」とからかうように訊いて来た新一に向かって「だ、誰があんたなんか・・・」と、ついつい勢いで言ってしまう事になる。

蘭の意地っ張りと強がりは、そうそう簡単に直るものではなかったのである。


Fin.


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<後書き>

今まで、私が書く原作設定のお話では基本的に「未来」が多く。
今回は私には珍しい、高校1年新蘭のクリスマスです。

新一がコナン時代のクリスマスは、原作5巻にありますので、過去か未来しか書けないですもんね。
でも私、「幼馴染のもどかしい2人」を書くのが、苦手なんですよ。だからいつも、未来話になっちゃうんですが。
今回敢えて挑戦してみました。

あくまで「幼馴染同士」の、クリスマス話。
無意識にラブってるんだけど、お互いに気付いていない、そういった2人の姿を描ければなあと思ったのですが、果たして上手く行ったのでしょうか?

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