約束の有効期限

(お題提供:「恋したくなるお題」「幼馴染の恋物語」04.「約束の有効期限」)



byドミ



<蘭サイド>

「コナン君。あんまり遅くならない内に、帰るのよ」
「はあい」

無邪気に笑うコナン君。
時々、大人びた顔もするけれど。
やっぱり、子供だよね?

わたし、何でコナン君が新一だなんて、思い込んでたんだろう?
あまりにもあまりにも、新一が傍に居ないという現実が受け入れられなくて、だから、妄想しちゃったのかな?

こうやって見ると、コナン君は新一に似ているけれど、やっぱり違うよね?


そう言えば、よくよく思い出してみると。
新一がコナン君の年頃だった時。
やっぱり、大人相手にわざと無邪気にふるまったり、逆にとても大人びた面を見せたり、していたような気がする。
きっとコナン君は、あの頃の新一のように、頭が良いだけの小さな子供なんだ。


学園祭の時にわたしの目の前に現れた新一は、結局すぐに、姿を消してしまった。
レストラン「アルセーヌ」で、わたしを置いてけぼりにして。


そして、新一はわたしに、一方的な「約束」と「願い」を残した。

「いつか絶対に、死んでも戻って来るから」

という、約束。

「だから、蘭には待ってて欲しい」

という、願い。


でも、
わたしは、わたしは。
新一に何も、約束を返していない。

「ずっと待ってる」

という事を、伝える事も、出来ていない。


だって、それは、新一本人の口からじゃなくて、コナン君を通じて告げられた言葉なのだもの。


それに、ねえ、新一。
その約束は、一体、いつが有効期限なの?

わたし、新一が帰って来てくれるのなら、いつまででも、待つよ。
いつまででも、待てるよ。

でも、ずっと待った揚句、「有効期限を過ぎたから約束はなかった事に」なんて、そんな事になったらわたし・・・きっと、耐えられない。


ねえ、新一。
「絶対に戻って来る」って約束は、いつが有効期限なの?
わたしは、いつまでなら、待っていても良いの?


   ☆☆☆


園子に誘われて、陶芸教室に通ったわたしは、湯呑を作っていた。
上手く出来たら、新一に贈ろうって思っていた。

でも、何と言うか、ついてないって言うのも不謹慎な事だけれど。

陶芸教室の先生が、自分の娘婿を殺したという不祥事が起きて、教室は閉鎖。
一応、湯呑は焼き上がったけれど、新一に贈るのも憚られて、結局私の部屋でペン立てになった。


湯呑の底に書いたメッセージは、結局、新一に届ける事も出来ていない。

「ずっと待ってるからね」

うん、わたし、ずっと待ってるよ。
だから、だから、新一。
「約束の有効期限が切れたから、もう、戻るのは無し」なんて、言わないでよね?


なるべく早く、帰って来て欲しい。
だから、その約束には、いつまでに帰るって期限を、つけて欲しい。

でも、新一が帰って来ないのは、もっと嫌だから。
「ここまでに果たせなかったら、チャラ」って事には、して欲しくない。

矛盾した事を、わたしは考える。



「約束の有効期限って、いつなんだろう?」

わたしが思わず呟いた言葉が、届いたものらしい。

「蘭姉ちゃん?」

コナン君が、問うように声をかけて来た。

「あ!な、何でもないよ、コナン君!」

わたしは、無理にでも笑顔を作る。


新一から、何の約束もなかった頃は、「約束なんかなくても、わたしは新一が好き。だから、ずっと勝手に待っている」と思っていたけれど、やっぱり心のどこかで、本当は約束が欲しいって思っていた。
でも、いざ、新一からの「絶対戻る」って約束があると。
今度は、「約束の有効期限はいつ?」と、気になり始めた。


人間って、何て貪欲なんだろうね?

わたしの中で、「たとえ愛してくれなくても、構わない。わたしは新一を愛し続ける」って決意と、「わたしを見て、わたしを愛して」と願う気持ちとが、同居している。


でも、今は、今は。
必ず、帰って来て。
必ず、必ず、帰って来て。
それだけを、願っている。




<コナン(新一)サイド>


レストランアルセーヌで、泣いている蘭を見て。

オレの胸は傷んだ。
蘭を抱き締められないオレの体が、恨めしかった。

蘭に泣かれると、オレも辛い。
蘭に、苦しんで欲しくない、悲しんで欲しくない。

けれど、オレの心のどこかで。
蘭がそこまでオレを想ってくれている事実を、喜んでいる部分もあった。

何て自分勝手で卑怯で最低な男。


でも、オレは必ず、新一の姿でオメーの元に戻るから。
だから、待ってて欲しい、待っててくれ。

その時のオレには、約束だとか、蘭を慰めようとか、そういう意識は全くなかった。

「蘭に、待ってて欲しい」

ただただ、オレの望みと願いとが、口をついて出てきてしまったのだ。
蘭が、それをどう受け取ったのか、それは分からない。
けれど、無理にでも笑顔を作り、泣き止んでくれた。


コナンが新一であるという事実を告げれば、蘭は楽になるかもしれない。
けれど、やっぱりそれは、出来ない。してはいけない。

オレは、一日も早く、組織をぶっ潰して、元の姿に戻るしか、ねえんだ。


   ☆☆☆


「コナン君。あんまり遅くならない内に、帰るのよ」
「はあい」

オレは、無邪気さを装い、蘭に明るく返事をして、家を出た。

自分でも、妙に子供の姿に馴染んでしまってるよなって思う。
でも、心はどうしたって、17歳のままだ。
子供らしい言動は、あくまで演技。

本物の子供は、大人が考えるほど無邪気なもんじゃねえ。
って事を、オレは最近、嫌という程、思い知らされている。
オレ自身がガキだった頃も、きっとあんなもんだったんだろうけど、過去の事はさすがに、細かいとこまで覚えちゃいねえよな。

少年探偵団と一緒の時の方が、むしろオレの素を出せる。
大人の前だと態度が違う事を遠慮なく指摘されて、たじたじとなる事もある。

子供の姿に馴れてはきたけれど、日常生活の全てが演技ってのは、やっぱ疲れる。
疲れる分、あいつらといる時はついつい素が出てしまうが、時にぼろを出しそうになる、危ねえ危ねえ。


「蘭さんは、元気なの?」
「元気だよ。灰原、何で、んな事訊くんだ?」
「別に」

灰原が、そっけない口調で声をかけて来る。

女の考えてる事って、基本的に分かんねえもんだけど。
こいつは本当に、何考えってっか、分かんねえ。

組織から逃げ出したってこいつを、一応は信用する気になったのは、「どうして姉さんを助けてくれなかったの?」と泣いた時のこいつに、真実を感じ取ったからだが。
いまだに、腹の探り合いと言うか、手持ちカードを伏せてると言うか、いまひとつ以上に、信頼関係の構築は出来ていねえ。

そんな灰原に、どうしてオレは、オレの蘭への気持ちを悟らせるような事をしちまったんだろう?
それは、自分でもよく分からねえ部分だった。

組織の手が伸びる事を恐れる灰原は、オレが情に流されて蘭に正体をばらしてしまう事を、異常に恐れている。
ま、それ自体は、分からねえでもない。

一応、組織を潰す為の協力関係にあるオレ達だが。
別に、今更、灰原が組織に寝返るかもしれねえと疑ってる訳でもないけど、やっぱりどこかで信頼出来ねえでいる。
けどまあそれは、お互い様なんだろう。


灰原が、白乾児(パイカル)を基にして作った解毒剤で、一時的に元の姿に戻ったオレは。
蘭を安心させるだけの筈が、素顔を曝して、事件の解決を図っちまった。
我ながら、推理絡みの事にはホント、我を忘れちまうよな。
灰原は多分、その事態に呆れて・・・灰原が予測していた、解毒剤の有効時間を、教えてくれなかったんだろうと思う。

けれど、「時間に限りがあると分かっていたら、蘭にサッサと告っていたものを」と思うと、灰原を恨めしく思う気持ちがどうしても拭えない。
いや・・・オレにそれを言う資格がねえ事は、オレにも分かっている。
チャンスはいつだってありそうでないんだって事を、オレは、コナンになっちまった時に、いやって程思い知らされた筈だったんだから。
結局、今回何も言えなかったのは、オレ自身の責任ってこった。


つらつらと、そんな事を考えていると、灰原がまた声をかけて来た。

「工藤君って、本当に・・・」
「ん?」
「強いわよね。普通だったら、子供になってしまった状況に、耐えられないと思うんだけど」
「は?オメーがオレを褒めるなんて、気持ちわりぃな」

オレが思わず言うと、灰原はオレを一瞬強い眼差しで見て、ふうと大きく息を吐いた。

「誰も、褒めてないわ。図太いって、呆れてるだけよ」
「ははは・・・」

オレは、最近多くなった空笑いをした。
まあ、普通は確かに、突然体が縮んでしまったら、パニックを起こして、事態に対応出来ないものかもしれねえ。

オレは確かに、心臓に毛が生えてるようなとこがあると、自分でも思う。


ただ、オレの場合は、たぶん。
蘭の、あの、告白だよな。
蘭が、工藤新一を好きだと言ってくれた。
あの言葉がずっと、オレを支えてくれている。
必ず工藤新一の姿に戻り、蘭の元に帰るって思いが、オレをずっと支え、くじけないでいられる。


オレは、灰原に対して、「そう言うオメーはどうなんだ?」と、野暮な事を聞き返しはしなかった。
灰原が何とか自分を保っていられるのは、おそらく、亡くなった姉への想いだろうから。


   ☆☆☆


工藤新一としてのオレが、数か月にわたって蘭の傍にいないのは、事実。
そして、蘭が綺麗で可愛くてナイスバディで優しくて家庭的で、男達が放っておかないだろう事も、また事実。

蘭がいつ何時、他の男にほだされて気持ちが変わってしまわないか、オレとしては心休まる暇がねえ。


蘭が、陶芸教室に通い始めた。
園子の話を聞いて、陶芸に興味を持ったようだけど、何だか妙に熱心に通っているのが気になる。
まさか、陶芸教室に、蘭が心惹かれるような男がいるんじゃなかろうな?


で、オレは、こっそりと覗きに行ったのだが。
そこの女性職員にアッサリと見つかり、蘭と園子の前に出て行く羽目になった。
あー、カッコわりぃ。

園子は、オレの事では(蘭に関する部分だけだが)昔から妙に鋭いとこ突いてくる。
他の事ではからきしだけど、その点に関しては、オレも舌を巻く推理力を発揮してくれるぜ。

蘭が、熱心に湯呑茶碗作りをしている姿を見て、単に「本当に陶芸に興味を持っただけらしい」と分かり、オレはホッとした。

でもま、そもそも、見渡したところ、この教室にいるのは女性が圧倒的に多く、男性はここの講師の爺さん位だった。
安心したオレは、子供の立場を生かして、蘭と一緒に湯呑茶碗作りにいそしんだ。


ところが、オレが行ったその日に、何とその陶芸教室で殺人事件が起こった。
何でオレの行くとこ行くとこ、こういう事になるかな?

服部なんかに聞かれっと、また、何言われっか、分かったもんじゃねえ。


で、まあ、オレの推理で、事件は解決したのだが。
こういう、「愛憎のもつれ」による殺人事件は、本当にやり切れねえ。
だからって、通り魔みてえな事件は、もっとやり切れねえけどよ。


まあ、月並みだけど。
どんなに、相手を憎く思う事情があっても、「だからって、殺して良い理由にはならない」。

オレは若輩で、そこまでの憎しみを知らないからと言われれば、それ迄だが。
まだ高校生(今は縮んじまって小学生だけどよ)のオレにも、分かっている事がある。

憎しみに駆られて、誰かを殺したとしても。
絶対に、闇から抜け出せない。
どこまでも、堕ちて行くだけだ。


事件が起こり、それが難事件であれば、オレの好奇心を刺激し、「ぜってー、解決してやる」と、闘争心に火がつくのは事実だが。
だからと言って、決して、事件が起こる事を望んでいる訳ではねえってのも、本音だ。


で、まあ、事件は解決したのだが。
オレとしては、「無事解決して、スッキリー!」とは、行かなくて。
何となく、もやもやしたまま、3日が過ぎた。



オレは、たまたま偶然、蘭が作った湯呑を目にする事になった。

元々、オレに送る為に作ったらしいが、「大バカ推理之介」たあ、ふざけた事を書いてくれる。
心を込めてと言うより、ほったらかしのオレへの恨みつらみが詰まった湯呑のように、思えた。

けれど、湯呑の底に書いてあるメッセージを目にして、オレの心臓は大きく高鳴った。


「ちゃんと待ってるからね?」


オレの、勝手な望みと願いを、蘭は受け止めてくれていた。
嬉しかった。
本当に嬉しかった。

蘭、オメーが待っていてくれるなら、オレはきっと必ず、黒の組織をぶっ潰し、元の姿に戻って、オメーの元に帰るから。
オレは、決意を新たにした。


そうだ。
オレがどんな時でも、どんな陰惨な事件が起ころうとも、常に「命を大切にする」事を最優先出来るのは。

蘭が、居るからだ。
どこまでも純粋で優しい蘭の存在が、オレを常に、光の射す方へと導いてくれるからだ。

蘭がいる限りオレは、何が起ころうともどんな状況になろうとも、闇に堕ちる事はねえ。


   ☆☆☆


ある夕方、オレが帰宅すると。
蘭が、湯呑を見詰めながら、ボソリと言った。

「約束の有効期限って、いつなんだろう?」

蘭の言葉に驚いて、オレは思わず声をかけていた。

「蘭姉ちゃん?」

蘭は、ギョッとしたような顔で振り向くと、無理やりの笑顔を作って言った。

「あ!な、何でもないよ、コナン君!」

オレは、思わず声をかけた事を後悔したが、もう遅い。
蘭はまた、笑顔の下に本音を隠して、夕御飯の支度をする為に立ち上がった。


約束?
約束って?

オレの勝手な願い事が、蘭の中では、オレと交わした約束になっているのか?


そして、その有効期限がいつって、どういう意味なんだろう?

いくら考えても、分からねえ。
蘭の事では、どうしても、まともに推理力が働かねえんだ。

あー、情けねえ。


その夜オレは、寝室に引き上げた振りをして、こっそり真っ暗な探偵事務所に入ると、いつものように番号非通知で、蘭の携帯に電話をかけた。

『新一ぃ、体は大丈夫なの?』
「だ、大丈夫って?」
『この前、倒れたじゃない。ちゃんと栄養と睡眠を取らなきゃ、駄目なんだからね!』

そう言えば、スペード王子の姿で、蘭達の目の前で倒れてしまったんだっけ。
健康には自信があった筈のオレだが、コナンになってからこっち、すっかり弱くなっちまった。

「へえへえ。オメー、お袋みてえな事言うよな」
『だ、誰が、アンタのお母さんよ!いい加減にしてよね!』

たはは。
オレも、成長しねえな。

レストランアルセーヌで、蘭が「わたしはあんたのお母さんじゃないってーの!」と、悪態をついていたってのに。
つい口滑らして、「お袋みてえな」と言っちまったぜ。


「ところで、オメー、約束の有効期限がどうとかって、どういう意味なんだ?」
『えっ!?そ、それは・・・』

いきなり本題に切り込むと、蘭が電話の向こうで慌てまくっている気配がした。
じゃあ、やっぱり蘭の言う「約束」って、オレが口にしたあの事なんだろうな。

「あの、眼鏡の坊主に聞いたんだけどよ」
『こ、コナン君に!?もう・・・』

蘭が、口ごもる。
子供の言った事だからと、責める事も出来ねえでいるオメーが、痛々しい。

「ああ。オメーが、宿題か何かで頭悩ませてるようだから、相談に乗ってくれってさ。でも、んな問題が出るようなの、あるっけ?国語でもねえよな?」

オレの誤魔化しに、蘭があからさまにホッとした様子が伝わって来る。

『え、えっと、あのね。お、お母さんに、クイズみたいに、言われた事なんだけど』
「蘭のお袋さんに?まあ、弁護士だから、そういった案件も扱うかもな」
『ハッキリいつまでという期限をつけてない約束の場合、その有効期限はいつだと思う?って・・・』
「蘭は、どういう風に思ってる?」
『わ、分かるなら、新一になんか、聞きゃしないわよ!』
「・・・約束が、果たされるまで」
『え?』
「何時までという期限がつけられてねえ約束の、有効期限は。その約束が果たされるまで、だよ」


オレは、自分自身に言い聞かせるように、そう言った。


オレは、一刻も早く、工藤新一の姿で蘭の元に戻りたい。
けれど同時に、「どんなに時間がかかろうとも、必ず!」という決意も、ある。


蘭が大きく息を吸った音が、聞こえた。


『うん。よく分かったわ。新一、ありがとう』

蘭の震える声が聞こえた。
きっと、泣いてるだろうな、あいつ。


オレの答えは、果たして、オメーの救いになっただろうか?
それとも、更なる苦しみを与えただけか?



蘭。
オメーは、いつまでなら待っててくれる?


そんなに長く待たせる積りはねえ、という決意と。
どんなに時間がかかっても、それでも蘭に待ってて欲しいという願いと。

オレ自身が、矛盾した気持ちを、抱えている。



オレは、いつかきっと、必ず約束は果たすから。


どうか、「約束が果たされるその日まで」、待っていてくれ、蘭。



Fin.

+++++++++++++++++++++++++


<後書き>

これ、難産でした。

どこら辺が難産かと言えば。
まあ、どうしても、コナン君も蘭ちゃんも、鬱々と考えこんで、モノローグばっかりになってしまうってのも、そうですが。

コナン@新一君が、最後に蘭ちゃんに答える言葉を、探しあぐねていたのが、一番大きいです。

約束の有効期限はいつまでか。「期限がない」って答が、当初あったんですけども。どうも、しっくり来ない。


色々と、考えていたある日の事。

とても大好きな漫画家さんの昔の作品で、台詞と言うか、モノローグの中の一節で。

「約束は、いつか果たされるだろうか?」
というものがあって。

それを最近読み返した時に、不意に、「約束の有効期限は、約束がいつか果たされるその日」という言葉が、出て来たのです。
それでようやく、書きあげる事が出来ました。
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