初めて聞いた声音
(お題提供:「恋したくなるお題」「幼馴染みの恋物語」09. 初めて聞いた声音)



byドミ



(1)




大学に入学した、最初の夏季休暇。
わたしにアルバイトの話を持ちかけて来たのは、お母さんの知り合いの竹山弁護士だった。


正直、ちょっと・・・ううん、結構、考え込んだ。

夏、何らかのアルバイトをしようとは思っていたし、弁護士事務所のアルバイトは、将来、役に立つかもしれない。
わたしは、まだ何の仕事をするか決めていないけれど、新一が探偵として独り立ちした時には、できるかぎりそのお手伝いをしたいと思っている。

竹山さんがアルバイトを欲しがっている理由は、今、竹山弁護士事務所で事務をやっている方が、手術が必要になったため、長期休暇を取るからで。
その方が復帰するまでの繋ぎという事で、わたしの夏季休暇をアルバイトに費やすのが丁度良いという事だったのだ。
正直、提示された時給も、良い。
新一と半同棲生活を送っているわたしとしては、そのお金を頂けるのは、とてもありがたい事だった。


でも、考え込んでしまうのは・・・竹山弁護士がわたしに、懲りる様子もなく何度も言い寄って来ているからだ。

もし、竹山さんが、一途に真剣にわたしを想ってくれているのであれば、わたしはむしろ躊躇う事なく、このお話をお断りしていただろう。
だけど、どう考えても、竹山さんがわたしに言い寄るのは、ゲーム感覚としか思えなかった。
わたしが新一と深い関係になった事に気付いた竹山先生は、ガッカリするどころか、ニヤリと笑って言ったのだ。

『それは、良い。処女なんて面倒なだけだし。お互い多少の経験はあった方が、たっぷり楽しめるさ』

すごく不愉快だったけど、竹山さんはわたしに本気でないんだと解って、ちょっと気が楽になった。
なので逆に、わたしさえシッカリしていれば、危なくはない、問題はないようにも、思えたのだ。


新一は、このアルバイトの話を聞いた時、最初、嫌な顔をした。
けれど、最終的には、わたしの意思に任せると言ってくれた。

なので、わたしは竹山弁護士のところで、アルバイトをする事に決めた。


まさか後になって、全く違った意味で、その選択を後悔する事になろうとは、わたしも新一も、全く予測できなかったのだ。



   ☆☆☆



「蘭ちゃん。彼氏、今日の仕事は泊まり込みになりそうなんでしょ?今夜、一緒に・・・」
「お断りします。今夜は、両親と親子水入らずで過ごす予定ですし」
「つれないなあ。にしても、蘭ちゃん、綺麗になったよね。初めて会った時と、全然違う。やっぱり、女は、男と寝ると変わるねえ」
「竹山先生。セクハラですよ」
「おや。じゃあ、弁護士である俺を訴えてみる?」
「そんな無駄な事は、しません」
「どう?ご飯だけでも」
「・・・謹んでご辞退申し上げます」

こういう会話は多く、正直、辟易していた。

結構、派手に遊んでいるという話もよく聞く。
さすがに、法に触れる事は決してしないし、後腐れがないように充分注意しているらしく、女性から恨まれた話も聞いたことはない。
でも、やっぱり、あまり良い気持ちはしなかった。

「蘭ちゃんだったら、妊娠しても、俺は責任取るよ」
「何をバカな事言ってるんですか。竹山先生が責任を取らなきゃいけないようなことにはなりませんよ。わたし、新一以外の男の人の子どもを妊娠する積りも産む積りもありませんから」
「青いねえ。彼氏、ちゃんと避妊してくれてる?」
「当たり前の事、聞かないで下さい」
「避妊しても100%じゃないんだよ」
「・・・だから?」
「どちらの子どもができるか、試してみる?」


竹山さんの目は笑いを帯びていて、わたしをからかっているだけってよく解ってる。
わたしも、適当に流せばいいんだけど、大人になり切れないから、なかなか流せない。
特に、新一のことをバカにされていると感じると、むきになって応酬してしまう。

ただ、竹山さんは決して、わたしの意に反して触れて来る事はない。
なので、これも修行の内と思って、我慢する事にしていた。
社会に出たら、これどころではない嫌な事はいくらでもあるだろうし、もっと強くならなければ。
そう思って、頑張ることにした。


竹山さんは、母も認めている位のやり手で、仕事の上で勉強になることは沢山あった。
なので、ひと夏位、乗り越えて見せようと、思っていた。



まさか、この状態がひと夏も続かず、半ばで終わってしまうなんて、想像もしていなかったのだ。



   ☆☆☆



朝、目が覚めると。
愛する人の温もりはとっくに消えていた。

新一は、起こった事件の依頼を受けて、夜中の内に出かけてしまったのだ。
情熱的に抱き合って、深い眠りに就いたわたしを、起こさないように出かけてしまったのだ。

「新一・・・」

わたしはそっと、主のいないベッドを撫でる。
辛くはない。
あの頃のように「置いて行かれた」訳じゃないって、分っているから。


工藤邸の新一の部屋。
このベッドでわたしは、数えきれない位に新一と愛し合った。
たとえ新一が出かけていても、このベッドとこの空間には新一の気配が漂っていて、まるで新一の温もりに包まれているみたいで、安心して眠りに就く事ができる。

新一からは、早く結婚しよう、一緒に暮らそうって、何度も言われている。
わたしだって、新一と早く結婚したい。
一緒に暮し、「ここがわたしの家」って、言いたい。
新一と長い間離れて、一時は「新一が死んでしまった」と絶望的になって・・・あんな苦しい経験をした後だから、なおさら、もう二度と離れたくない。

それに、あの後、お父さんとお母さんの態度も随分と軟化した。
渋々ながらも、わたし達の仲を認め、好きにさせてくれるようになった。
今だったら、「結婚したい」って言えば、受け入れてくれそうな気がする。

ただ、わたしは・・・新一のようにきちんとした目標も持ってないし、着実に成長してるなんて、とても言えない。

結婚するということは、一人前の大人としての責任を負うということ。
だから、何かきちんとしたものを掴むまでは、「これがわたしの仕事」と胸を張るものができるまでは、新一の胸に飛び込む資格はないって、わたしは思っていた。


空手は好きだし、ずっと続けて行きたいと思っているけれど、これで身を立てようと思っている訳ではない。
新一の探偵のお仕事の手助けはする積りだけど、事務員のスペシャリストになろうとまでは考えていない。

ずっと、新一と共に歩む為にも。
きちんとした目標を持って、自立できるわたしになりたい。


わたしは起き上がり、顔を洗って身支度を整えると、仕事に出かけて行った。


朝出社するのは、大体いつも、わたしが一番早い。
竹山弁護士事務所の前に立った時、いつもと同じように人の気配が感じられなかったのだけれど。
どこがどうと説明できない違和感に、わたしは首を傾げた。

何となく、空気が違う。
淀んで、ヒンヤリとしている。


わたしはIDカードを取り出した。
事務所の裏口は、IDカードを通さないと開かないようになっているのだ。

「おはようございます」

わたしは、事務室のドアを開けた。
そこには・・・床に横たわったわたしの上司がいた。
絨毯に溜まった赤黒い染み・・・独特の鉄錆の臭気・・・。

上司・・・竹山弁護士は目を見開いていた。
その目は濁り、すでに命がない事は明白だった。

わたしは思わず、大きな悲鳴を上げていた。



(2)に続く


+++++++++++++++++++++++


竹山弁護士・・・初めて出した時は、まさか、こんな哀れな結末にする積りはなかったんです。
もうちょっと、蘭ちゃんの心をかき乱す(と言っても蘭ちゃんが少しでも心惹かれることは有り得ませんが)存在になる筈だったんだけどなあ。

ここで「蘭ちゃんのアルバイト先で殺人事件が起こって」というのは、まあ前から考えていた事だったんですが、そのアルバイト先や殺されるオリキャラを新たに考えるのが面倒くさい・・・い、いや、せっかくだから前に出したオリキャラに犠牲になってもらおう(!?)と、竹山さんをこの役に割り振ってしまいました。

そして、続き物にしてしまって、ごめんなさい。
多分、そんなに長くならない筈だと思うのですが、予定は未定。
久しぶりの表のお話がこんなんで本当にごめんなさい。

で、表なのにちょっとばかり色々匂わせてしまっているのは、まあ、もう大人のお付き合いをしている2人ですからね。
続きは出来るだけ早くお届けします。
このシリーズ、早く完成させたいです。


2013年6月6日脱稿

戻る時はブラウザの「戻る」で。