初めて聞いた声音
(お題提供:「恋したくなるお題」「幼馴染みの恋物語」09. 初めて聞いた声音)



byドミ



(2)



わたしは震えながら、念のために竹山弁護士の傍に屈み込み、頸動脈の辺りに触れてみた。
まだ体には少し温もりが残っている・・・夏の所為かもしれないけれど。
けれど、全く脈が触れる事はなく、やはり彼は死んでいるのだと確信した。

わたしは・・・結構いろいろ経験してきたと言っても、さすがに死体と2人きりは気持ちの良いものではなかったから、台所に行き、そこで手を洗って携帯を取り出した。

まず、110番通報する。
事務的に・・・と思っても難しかったけど、できるだけ冷静にと自分に言い聞かせながら、状況と場所と伝えて電話を切った。
そしてその後、新一に電話を掛けた。
仕事中なら出られないかもしれないと思ったけれど、彼はすぐに出た。

『蘭?どうした?』

新一の声が聞こえた途端、わたしの目に涙が溢れる。
こんなに弱くちゃ、ダメだよね。
探偵の新一を支えて行く積りなら、もっとシッカリしなくちゃ。

「新一。竹山弁護士が、死んでるの」
『何だって!?』
「血が沢山流れているから、自然死じゃないと思う」
『蘭。110番通報は、したんだよな!?』
「う、うん」
『だったらおそらくすぐにこちらに連絡がある筈だ、すぐ行くから、待ってろ!』
「うん!」

新一が来てくれる。
すぐ、来てくれる。
もう大丈夫。


わたしはへたり込んだ。
すると、キッチンのすぐ傍にある裏口が、ガチャリと音を立てて開いた。

「もう!9時過ぎているのに、何で事務所を開けてないのよ!」
「や、矢野先生・・・」

顔を出したのは、司法修習生として、現在、この立山弁護士事務所で研修を行っている矢野美智子さん。
当然の事ながら、彼女もIDカードを支給されている。

そして、わたしが止める間もなく、ズカズカと中に入り込み、悲鳴を上げた。

「何これ、何これ!あんたなの!?あんたが殺したの!?」

矢野さんは真っ青になってキッチンに飛び込み、わたしの胸ぐらをつかんで叫んだ。
多分、刺殺死体とご対面したご経験はないのだろうし、まだ研修中だから、冷静になれなくても仕方がないと思うけど。
この取り乱しようには、わたしも閉口してしまった。


その時、サイレンの音が聞こえ始め・・・表に数台の車が止まる音がした。
ああ・・・新一が来てくれたって、ぼんやりと思った。

あれはパトカー、来るのは警察。
多分、新一も一緒だろうけど、「警察に同行して」であり、新一がメインで来る訳じゃない。

それに、新一が警察の方と一緒に来たとしても、それは決して「わたしの為」ではなく、あくまで「事件解決の為」。

それは、分かってる。重々、分かってる。

でも、新一だったら大丈夫。
きっとすぐに、事件を解決してくれる。
その安心感と信頼感が、ある。



「蘭!」

新一が真っ直ぐにわたしの方へ向かってくる。

「しんい・・・」

答えるより先に、新一に抱き締められてしまい、矢野さんは目が点になり、目暮警部は咳払いをしていた。

し、新一ってこういう人だったっけ?
何よりもまず最初に、遺体の状況を確認すると思っていたのに。
新一が腕の力を緩めると、わたしの額に自分の額をこつんと当てて来た。

「もう大丈夫だ、オレがついてっからよ」
「ななな、何が、『もう大丈夫だ』よ、ちょっと自惚れ過ぎじゃない!?」

新一を信頼しているし、すごく嬉しいのに、何だか恥ずかしくて、ついつい昔のような憎まれ口を叩いてしまった。
ああ。わたしのバカバカバカ。


「あんたねえ!一般人が何でここに入って来てるのよ!」
「ああ、失礼。僕は工藤新一、探偵です」
「たんていぃ〜?」

矢野さんの語尾が跳ね上がる。
新一は懐から名刺を取り出した。
新一は、高校を卒業した時点で、名刺を作っていた。
といっても、印刷所に頼んだわけじゃなく、パソコンとプリンターで作ったお手製だけど。

「ああ、まあ工藤君には、今までいくつも難事件を解決してもらっているから・・・」
「でもその探偵が、何でいきなり殺人犯の女を抱き締めるワケ?」
「ああまあ、工藤君は蘭君の恋人だからな」
「はああ?それで、殺人犯の彼氏が、捜査なんかやっちゃうワケ?」
「ちょっと待って下さい。そもそも、あなたはどなたですかな?」
「私はここで研修中の司法修習生・矢野美智子よ。警察ならその程度の事調べておくべきじゃないの?」

目暮警部が苦い顔をしている。
通報を受けて駆け付けたばかりの警察が、そこまで把握している筈もないだろうにと、わたしも思う。

矢野さんって、結構ぶっ飛んだところのある方だとは思っていたけど、今日は特にぶっ飛び過ぎている。
初めて他殺死体を見てしまったのだから、仕方がないのかな。


と、突然、別の女性の声が聞こえてきた。

「一体、何の騒ぎですの?」

上品な感じの女性が、開け放したままの裏口から入って来る。
阻止しようとする警察官をするりと交わす辺り、この女性も只者ではなさそう。
そして、倒れている竹山さんの姿を見て、ヒッと小さな悲鳴を上げた。

「梅男さん!」

叫んで取りすがろうとする彼女を、かろうじて警察官が押しとどめた。

「これは、何ですの!?もしや、あなたが梅男さんを亡き者に!?」

突然、その女性がわたしの方に向き直って迫って来た。
新一がさり気なくわたしとその女性の間に割って入る。

「失礼ですが、あなたは?」
「あなた様こそ、見たところ警察の方という訳ではないようにお見受けしますけど、どちら様ですの!?」
「僕は、工藤新一。探偵です」
「工藤新一・・・って・・・まさか、あの有名な!?」

女性がちょっと息を呑む。
司法修習生の矢野さんは新一の事を知らなかったけど、この女性は新一の事を知っているらしい。
ちょっと、嬉しい。

「でしたら、梅男さんを亡き者にしたこの女性を、早く捕まえていただきたいわ!」
「あなたのお名前は?そして、竹山弁護士との関係は?」
「私(わたくし)は、松野洋子と申します。梅男さんが弁護士になりたての時に勤務していた松野弁護士事務所の所長・松野弁護士の娘で・・・梅男さんの婚約者ですわ」


婚約者が死んでたっていうのに、冷静なこの女性の様子がとても気にかかったけれど。
もしかしたら、動転し過ぎて逆に、妙に落ち着いているように見えるのかもしれない。

というより、わたしは、竹山弁護士に婚約者がいたという事実にビックリした。
それに松野先生って、お母さんも一目置かざるを得ない程の法曹界の重鎮だった筈。
その娘さんと婚約しているというのに、他の女性にちょっかいなんか掛けて、良い筈ないわよね。

わたしは、洋子さんがいきなりわたし相手に掴みかかろうとしてきたのを思い出していた。
もしかして、もしかしたら、洋子さんは、竹山さんがわたしにちょっかいを掛けようとしていた事を、知っていたのかも、しれない。


「婚約者と申しましても、父が決めた間柄ですから、お互いに恋愛感情などという犬猫同然の低俗な感情は持ち合わせておりませんでしたけれど」

洋子さんの、まるで旧華族か何かのような物言いに、わたしも、そして周囲の人達も、正直、鼻白んでしまった。
ただ、もしかしたら、「だから動揺なんてしてませんわよ」というアピールなのかもしれないとも、感じた。

「でも、私の大切な背の君になられる筈の方を殺した犯人は、許せませんわ。この女、身の程知らずにも梅男さんに言い寄っていたようですから、婚約者がいると知って逆上して梅男さんを殺したのに間違いありません。あなたも、名前負けでなく真に有能な探偵なら、早く真実を突き止めて、この女を逮捕して下さいませね」

洋子さんは怒りに燃えた目でわたしを見て言った。
わたしは竹山さんに全く関心はなかったし、言い寄っていたのは竹山さんの方だから、とんだ濡れ衣だと思う。
ただ・・・もしかして竹山さんは、婚約者の洋子さんに、「アルバイトの若い子から一方的に言い寄られている」って、事実とは逆の事を言っていたのかもしれない。

新一は本当に、有能な探偵だから。
彼が捜査を始めたらすぐに真実を突き止め、わたしが犯人でない事は明らかにされるだろう。

ただ、ひとつだけ心配なのは、彼がわたしの身内のような存在と見なされて、捜査から外されてしまう可能性だ。
案の定、矢野さんから異議の声が上がる。

「その探偵は、その女の恋人だそうだから、捜査から外れなきゃいけないんじゃないの?」
「僕は、毛利蘭さんとは、ただの幼馴染です」
「だってさっき、抱き合ってたじゃない!」
「ただの幼馴染です!ですよね、目暮警部?」
「あ・・・ああまあ、別に、探偵の場合、捜査から外される規定はなかったような・・・家族でない事は確かだし」

目暮警部が大汗かきながら、意味不明な言い訳を述べていた。
それにしても、新一ってば・・・捜査から外されない為にとはいえ、「ただの幼馴染」だなんて・・・別にそれで傷付きはしないけど、さっきわたしを抱き締めた時点で、そんな言い訳、通りっこないでしょうに。

新一のこういう強引なところ、呆れはするけど、でも、今回に限っては、嬉しいと感じてしまうわたしも、相当なバカだって思う。


「言って置きますが、毛利蘭さんは、絶対に、犯人ではないですよ」
「はあ?捜査する前からいきなり公私混同の言葉を出すなんて、有能な探偵が聞いて呆れるわ」

新一が自信たっぷりに言って、矢野さんがそれに呆れた様子で突っ込み、洋子さんが頷いている。

「し、新一。わたしを信じてくれるのは嬉しいけど・・・」

先入観があったら、公正な捜査もできないだろうと思い、わたしがおずおずと口を出すと。
新一は、わたしの方を鋭い眼差しで見て、言った。

「蘭。オレは、お前を信じているんじゃない」

その言葉に、矢野先生や洋子さんまで、目を見開く。

「オレは、知っているんだ。お前が絶対、人を殺すような女ではないって真実をな!」

新一がそう言い放った声は、わたしに愛を囁く時の甘い声とも、犯人を名指しする時の鋭い声とも全く違う、揺るぎなく確信に満ちた声。
今まで聞いた事のない、初めて聞く声音だった。



(3)に続く


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このお話は、今回の新一君の最後の台詞を書きたくて、書き始めたお話です。
いや、勿論、ケリはつけますけど、すみません、事件の方が付け足しなんです。

そして、付け足しの事件の為に殺されてしまった、可哀相なオリキャラ竹山弁護士。
名前の付け方も松竹梅でいい加減。
本当に私は、オリキャラに対して愛がないなー。


そして、実はこのお話、某所に置いてある「恋に落ちて」というお話から派生したネタなんです。
元の歌とは全くかけ離れたものになってしまいましたが。

「新一君が蘭ちゃんの無実を晴らす」ってお話が書きたくて、このシリーズに投入してしまいました。


2013年7月29日脱稿

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