何度でも選ぶ(改訂版)
(お題提供:「恋したくなるお題」「遥か3お題」15. 何度でも選ぶ)



byドミ




「・・・どうしよう。これまでも、新一のこと、死ぬほど好きだって思っていたはずなのに・・・」

蘭は、隣で眠る恋人の寝顔を見詰めながら、胸がきゅううんと締め付けられるのを感じていた。

女は、体の関係を持つと、気持ちが大きくなってしまうことが多いと聞いていた。
でも、蘭の場合、命を懸けての恋心が、それ以上に大きくなるなんて、有り得ないと思っていた。
なのに、新一と体を重ねるようになった今、蘭の気持ちは、確実に今までより大きくなっている。

ただ、男性は体の関係を持った後、「釣った魚には餌をやらない」とばかりに、態度が素っ気なくなる場合が多いと聞いていたが。
新一にはそういう事がなく、むしろ以前より蘭に甘く優しくなったと思う。

蘭は幸せで幸せで・・・幸せ過ぎて怖いくらいだった。

大学入学までの期間は、2人の蜜月で、ブレーキが利かず、2人共にその行為に溺れていた。


そして、2人の「大学生活」が始まる。
蘭は空手部に入ったため、意外と多忙な日々だったし。
新一はサークルにもクラブにも所属していないが、探偵としての仕事は多くなったので、やはり多忙な毎日だった。

すれ違いが多くなった中で、それぞれに誘惑があり・・・自分自身は決して心揺らす事はないし、相手の事を信じてもいるのだが、体を重ねる歓びを知った分、逆に心穏やかではいられない場面も多くなってきた。


2週間ぶりに実現した、2人のデート。
お茶を飲んで、さあこれから映画を見に行こうという時に、新一の携帯が鳴った。

「はい、もしもし」

新一が普通に携帯を取る。
僅かに聞こえる相手の声が女性の声だったので、蘭は胸騒ぎがした。

「・・・宮崎か。どうした?佐賀教授のレポート?ああ、それは・・・」

どうやら、同じ大学の女子学生との会話らしい。

「じゃ、そういう事で・・・ごめん、今、彼女とデート中なんで、切るよ。それじゃ」

そう言って新一は電話を切る。

「新一。誰?」
「ん?大学で同じクラスのヤツ」
「女の人だよね?」
「ああ、そうだな。東都大も昔に比べたら、女性の割合が多くなったみてえだし」
「何で、新一の携帯番号を知っているの?」

蘭は少なからず傷付いて訊いた。
新一がコナンだった頃、敢えて誰にも・・・蘭にも、携帯番号を知らせていなかった。
新一の連絡先を知っているのは、一握りの人だけだった。
それは、新一が期間を果たしてからも、変わらない事だと、蘭は思っていたのだが。

「・・・もう、あの頃のような危険はねえから。クラスの奴らと連絡先交換したんだよ、高校の頃と違って、取る講義が違うと会わねえ事が多いからな」
「・・・・・・」

大学生の場合、同じクラスでも、取る講義が違うと会わない事が多いのは、蘭にも分かっている。
けれど・・・新一があの頃、蘭に携帯の電話番号を教えてくれたのが「トクベツ」だったのは、単にあの頃の新一が、色々な危険を抱えていたからで。
新一の戦いが終わると同時に、新一の携帯番号がトクベツではなくなってしまったという認識がなかった蘭には、胸にストンと落ちてくれなかったのだ。

今回電話をかけて来たのが、たまたま女子学生だったけれども、新一は別に特に女子の番号だけを登録していた訳ではなさそうだし。
ハッキリと「彼女とデート中」と言って電話を切ってくれたのだから、それで良しとしようと、蘭は思った。

ただ、誰かと会っている時に携帯電話を取るのは、マナー違反ではないかとちょっと思ったが、それを口にする事はできなかった。


その後は普通に楽しく過ごし、蘭もその時のことを、一旦は忘れていた。


しかし。
その「宮崎」という女子生徒からは、その後も、デートの度に何故か電話が掛かって来て、さすがに蘭も少しイライラして来ていた。

「いつも、宮崎さんから電話が掛かって来るのね」
「ん〜。別に普段はそんな事もねえんだけどな。何かいつも、タイミング悪いな」

タイミングが悪いというより、もしかしてわざと狙っているのじゃないかと、蘭はふっと思ったけれど。
人を変に疑うのは悪いと思い、蘭はその疑念を必死で打ち消した。



そんなある日。
蘭の講義が休講となり午後の時間が空き、その日はちょうど新一も午後1での講義がない日だったので、蘭が東都大に出向いて、新一と昼食を取ることにした。
蘭は広いキャンパスで少し迷い、ようやく新一との待ち合わせをした食堂にたどり着いた。

食堂も結構大きく、蘭が新一の姿を探していると、すぐ傍で女子学生数人が会話しているのが聞こえてしまい、ドキリとした。


「宮崎さんってさ、工藤君を狙ってるの?」
「だって。好きになっちゃったんだもん」
「でも、工藤君ってさ、確か、彼女がいるって言ってたじゃない」
「うん。彼はもてるだろうし、恋人がいても当たり前だって思う。でも、結婚してる訳じゃないし。自分の気持ちに嘘はつけないじゃない」
「でもさー」
「わたしが工藤君を好きになるのは、自由でしょ。それに、工藤君だって選ぶ自由はある筈よ。たまたま私より先に工藤君と出会っただけで、工藤君を自分のものだって勘違いして欲しくない」


蘭は思わず、宮崎という女子学生の顔を盗み見る。
結構、スタイルの良い美人だ。
先に出会っていたら、新一の心を掴めたかもと考えるのも、無理ないと思う。

蘭が新一の事を好きなのは、たまたま人生の中で新一と早くに出会ったからではないと確信しているし、新一もきっとそうだろうと信じている。
けれど、新たな出会いを重ねる中で、新一が、より魅力的な女性に心惹かれる事が絶対にないと、言い切れるだろうか?


「蘭。そんなとこで、一体何、コソコソしてんだ?」

目の前の、新一を狙っている女性に気を取られていた為、新一がすぐ傍に来ているのに気付かず、背後から声を掛けられて、蘭は飛び上がりそうになった。

「新一!」
「行こうぜ。ここのAランチはなかなかだけど、早く頼まねえと、なくなっちまう」

新一が蘭の肩を抱き寄せ、注文カウンターの方へと促す。
蘭は、宮崎たちの視線を背後から痛いほど感じながら歩いていた。
けれどそれに気を取られ、新一が一瞬、背後に鋭い視線を送った事には、気付いていなかった。



   ☆☆☆



それから数日経った。

大学というところは、新入生が入って暫くは、色々な口実をつけたコンパが開かれる。
新一は、もう数回目になる新歓コンパがあるけれど、適当に切り上げて来て早くに帰るから、待ってて欲しいと蘭に告げて来ていた。

しかし。

『蘭、わりぃ。警視庁から至急の応援を頼まれて・・・そっちに行くから、今夜は・・・』
「うん、分かった。気を付けて行ってらっしゃい」

新一からの電話で、その日、新一の家で一緒に過ごす計画は取りやめとなった。
蘭はその時点では、少し寂しいと思いはしたものの、さして心痛める事はなかった。

けれど。
間もなくまた、新一の携帯から電話が掛かった。

「もしもし、新一、どうしたの?」
『こんばんはぁ、毛利蘭さん?わたし、宮崎芳香(よしか)っていいます』

電話の向こうから聞こえて来たのは、数日前聞いた宮崎の声だった。

「えっ・・・あの・・・?これ、新一の携帯じゃ?」
『ええ、そうね。彼、今、トイレに行ってるんで』
「・・・何で、新一の携帯を使って、あなたが電話を掛けて来るんですか?」
『もし、知らないんだったら気の毒だから、教えてあげようと思って。彼、今夜、わたしの部屋に泊まりに来るのよ』
「新一がそんな事する筈ないわ」
『ふふっ。彼、酔っちゃったみたいでね。自宅まで帰るのが無理みたい。あなたに怒られるから、事件が起こったって嘘をついたようよ』

電話が切れた後、蘭は胸がざわつくのを抑えられなかった。

決して、宮崎の言う事を信じて新一を疑っている訳ではない。
多分、新一が警視庁に行く前にトイレに立った隙に、宮崎が新一の電話を取り、リダイヤル機能を使ったのだろうと察しはついた。

蘭の胸がざわつくのは、そこまでなりふり構わず新一に執着している女がいることについてだ。
確かに、数日前に宮崎が言っていたように、誰かが新一を好きになるのは、自由だし、文句を言える筋合いはない。
ただ、新一は誠実な男だと思うし、簡単に蘭を裏切ることはないだろうが、何かの拍子に新一に好意を持つ女性と、間違いを犯すことが絶対にないとは、言い切れない。

男と女とは違う。
蘭は、新一と体を重ねる快楽を知ったからといって、他の男性と触れ合いたいとは微塵も思わない、いやむしろ、触れられるのは嫌悪でしかないけれど。
新一は男性だから、理性がある状態でならブレーキを掛けるだろうが、他の女の人との触れ合いが別に「嫌」という事はないだろう。
お酒が入って、酔った勢いでつい・・・という可能性は、ないとは言えないように思える。
そしてもし、何かが遭った時、新一が「責任を取ろう」とする可能性は、あるように思える。

(いけない、いけない。こんなふうに勘繰るなんて、新一に失礼じゃないの)

こんな風に蘭が動揺することこそが、宮崎の思う壺かもしれない。
蘭は、頭を横に振って、妄想を振り払おうとした。

すると、また携帯が鳴った。
新一の携帯から専用の着メロだ。

「きゃ!」

思わず、声をあげてしまう。
蘭はおそるおそる電話に出た。

『蘭』
「新一」

紛れもない新一の声に、蘭はホッとする。

「どうしたの?」
『あのさ・・・わりぃんだけど・・・そっち寄るから、今から夜食作ってくんねえ?』
「はあ?」
『やっぱ、無理?』
「う、ううん・・・そうじゃないけど・・・でも、飲み会で食べたんじゃないの?」
『あんま、食いもんもなかったからな』
「わかったわ。すぐ、準備する」
『あと、すまねえけど、酔い覚ましにコーヒーも頼む』
「はいはい」

電話を切った蘭は、頬が緩むのを感じていた。
この新一との会話だけを園子あたりが聞いたら、
「新一君、蘭を都合の良いおさんどんにしてんじゃないわよ!」
と怒るかもしれないが。
今の蘭にとって、宮崎が新一の携帯からかけて来た電話での不快感を吹き飛ばすに充分なものだったのだ。

取り敢えず、今、ご飯は残っていない。
明日の朝新一の家でトーストを作る積りで買っておいた食パンがあったので、少し分厚いけれど、それでサンドイッチを作る事にする。
付け合せのハムエッグとサラダを作る積りの材料を使い、卵とハムとキュウリのサンドイッチにした。
その合間に、お湯を沸かしてコーヒーの準備をする。

仕事を終えた後珍しく麻雀にも行かず自宅にいる父親が、蘭の作業を見に来た。

「・・・もしかして、探偵坊主に差し入れか?」
「うん」
「懐かしいな。俺が警察官になった頃、英理のヤツもよく差し入れを作ってくれたもんだ・・・」

小五郎がしみじみと言った。
英理のことだからきっと、破壊的な味の差し入れだったのだろうが、それでもおそらく、小五郎は喜んで食べたに違いないと蘭は思う。

ふっと、蘭は小五郎の格好に違和感を覚えた。

「お父さん、スーツ着たままで、どうしたの?」
「俺も今から出掛けて来る」
「えっ?」
「先ほど、目暮警部から電話があって、俺も呼び出されたんだよ」
「あ・・・そうなのね」
「ふん。新一の野郎がいるから俺にはお呼びがかからないだろうって思ってたのか?」
「そ、そんな事ないよ!行ってらっしゃい」

父親を笑顔で送り出し、蘭は、ホッとしていた。
正直、探偵としての腕は新一の方が小五郎より上だと思っている。
そして、父親より恋人への愛情の方が勝ってしまっているのも、事実である。
しかし、新一の方が警察から頼りにされて、小五郎がないがしろにされてしまうのは、蘭としては複雑な気持ちだったのである。

小五郎の推理の詰めが今一つ甘いのが事実であっても、目の付け所や観察力まで悪い訳ではない。
コナンとしての体験を通して成長した新一が、小五郎の優れている部分を認め、捜査において小五郎が力を発揮できるように、しかし決して小五郎のプライドを傷つける事がないように、気配りをしている事は、蘭も小五郎も知らない事実であった。
新一が小五郎を頼りにする姿を見せる事で、警視庁からの探偵要請は、新一と小五郎にダブルで行われる事が多くなっているのである。


小五郎を送り出して間もなく、新一が毛利邸を訪れた。

「新一、はい、頼まれたお弁当」
「サンキュ。あれ、おっちゃんは?」
「さっき、出かけたけど・・・」
「あれ?オレを迎えに来てくれたパトカーが、ここに寄っておっちゃんも乗せて行く筈だったんだけど・・・」
「そうなの?」
「・・・もしかして、気を利かせてくれたのかもな」
「えっ?」

不意に、新一の唇が蘭の唇に重ねられる。

「おっちゃんがいる前で、こんなこと、できねえから」
「もう!」

蘭は赤くなって悪態をつきながら、けれど、そうだったのかもしれない、新一が言う通り、小五郎は新一と蘭の邪魔をしないように気を利かせたのかもしれないと思う。
新一が蘭を抱き寄せ、もう一度唇を重ねる。
そして、コツンと蘭の額に自分の額を合わせた。

「充電完了。じゃ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」

蘭は、幸福な気持ちで新一を送り出した。
宮崎からの不快な電話の件は、すっかり忘れていた。



蘭が知るのは、後の事になるのだが。
新一は、実は自分がトイレに立った時にわざと携帯を置いたままにして、宮崎の出方を見ていた。
そして、新一の携帯を使って宮崎が蘭に何を喋ったかも、録音して知っていた。
なので、夜食を頼んだのも、それを取りに毛利邸に寄ったのも、蘭へのフォローの為だったのだ。

飲み会参加でお酒が入っていた為、パトカーに迎えを頼んだので、ついでに小五郎も拾っていく予定だったのだが。
こちらは、小五郎の気遣いで無しになり、ほんのひと時恋人同士としての時間を持てたのは、新一にも蘭にもささやかな幸せをもたらした。


そして、蘭は取り敢えず宮崎への不快感を忘れたようだが、忘れていないのは新一の方である。
一応、自他共にフェミニストで通っている工藤新一だが、蘭が絡む場合には、たとえ相手が女でも容赦がなくなるのだ。
幸か不幸か、蘭がそれを知ることはないのだけれど。



   ☆☆☆



ある日。
蘭は講義が早くに終わる日で、新一に言われ、東都大のカフェテリアで、新一の講義が終わるのを待っていた。
講義終了後すぐの時間、目の前に宮崎が現れたので、蘭は目を見開いた。

「毛利さん?」
「そうですけど、あなたは?」
「あら。この前、食堂で盗み見してたようだから、知ってるんじゃないの?宮崎です」
「何か、ご用ですか?わたしは、新一を待ってるんですけど」
「ふふん。何も知らないようだから、教えてあげようと思って」

宮崎が、勝ち誇ったような表情で言った。

「・・・この前の晩のことなら、新一は本当に事件解決の為に現場に行ってたって裏が取れてますけど」
「そのようね。でも、今度の土曜の夜、彼がわたしをレストラン・クリスティへのデートに誘っていたこと、あなた、知らないでしょ?」
「デート?新一は、デートって言ったんですか?」
「2人きりの誘いよ。デートに決まってるじゃない。信じられないというのなら、見に来たら?もっとも、おひとり様で高級レストランに入る勇気があるなら、だけどね」

そう言い捨てて去って行く宮崎の後姿を、蘭は呆然として見ていた。



そして、次の土曜日。
蘭はドレスアップして、レストラン・クリスティにいた。
一応個室であるが、隣の個室との仕切りは衝立で、会話が丸聞こえである。


「ご注文は」
「オレは水で」
「は?あの・・・」
「く、工藤君!それはあんまりなんじゃ!」
「じゃ、オレは取り敢えずミネラルウォーターで。こちらの御婦人には、ミネラルウォーターと一番安いコース料理を」
「・・・かしこまりました」
「な、何で・・・デートでそんな・・・」
「ん?オレはデートって一言も言った覚えないけどね、宮崎さん?」
「あ、あの・・・」
「相談したい事があるって、オレ、言ったよな」

滅多に聞く事のない新一の冷たい声に、衝立の向こうで息をひそめて聞いている蘭も、思わず背筋がぞっとしたくらいである。

「な、何・・・?この前、恋人の毛利さんから疑われて、最近、束縛が酷くなって往生しているって、だから相談したいって・・・」
「ああ。ごめん、それはハッキリ言って、嘘だけど」
「う、嘘って・・・」
「あ、料理が来たようだ。取り敢えず、食べたら?」

しばらく会話が止み、ナイフとフォークの微かな音が聞こえた。
合間に新一に話を向けても、新一ははぐらかす。
普通、レストランのコース料理は、次の料理が運ばれてくるまで時間がかかるものだが、今回は何故か、次々に料理が運ばれてきている。
けれど、宮崎にはその不自然さに気付く余裕もなく、食欲はなかったが、ひたすら食べ続けた。
そして、最後のコーヒーが運ばれる(ちなみに、一番安いコースにはデザートがない)。

コーヒーに口を付けた所で、おもむろに新一が口を開いた。

「宮崎さん。オレは、探偵だ」
「うん、日本警察の救世主って呼ばれてるんだよね」
「探偵を舐めんじゃねえよ。オレが何も知らねえとでも思ったか?オメーがオレの携帯を使って蘭に何を言ったのか、ちゃんと把握してんだからな」
「!!」

宮崎が息を呑んだのが、蘭にも、はっきりと解った。

「わ、わたし・・・わたしだって、工藤君のこと、好きなんだもの・・・」
「オレは、女性から好意を持たれる事を、ありがたいと思いこそすれ、迷惑と思う事はない。だけど、蘭を傷つけよう・貶めようとするなら、話は全く別だ」
「だって!あの人のどこが良いの!?顔だって体だって、負けてるとは思わないわ!それに、わたしはあなたと同じ東都大法学部生よ!勉強の他に習い事もやってお洒落の研究もして、女子力を高める為の努力をずっとしているし!たまたま、先に工藤君と出会ったってだけで・・・!」
「たまたま先に出会ったからじゃない。オレは・・・蘭以外の女を選ぶ事は、絶対に、ねえんだ!」

新一の強い口調に、宮崎は・・・そして蘭も、思わず息を呑んだ。


「この先どんな出会いがあろうと、オレは生涯、何度でも、蘭を選び続ける。何しろ、蘭以外の選択肢はねえんだから」
「ど・・・どういう事?」
「まあオレだって、友だちとか仲間という意味で大切なヤツなら、女の中にもいる。けど、恋人や伴侶として欲しいと思う相手は、この世でただひとりだけなんだ。蘭以外の女を欲しいと思った事は、ただの一度もない。オレに女は必要ねえんだ。もしも蘭と出会っていなかったら、オレは生涯、恋人も作らず結婚もしない」
「そ、そんな・・・」
「蘭は、オレの命より大切な存在だから。蘭を傷付けようとするヤツは、たとえ女だからと言って容赦する気はねえ」
「・・・!」
「二度と、オレ達にちょっかい出すな」

宮崎が、呻き声のような声をあげて、よろよろと立ちあがる。
そこへ新一は更に、追い打ちをかけるように言った。

「あ、そうそう。自分の飲み食いした料金は、支払ってってくれ」
「な・・・!あんた、女にお金払わせる気!?」
「デートなら色々な考え方があるだろうが、あいにく、デートじゃねえからな。一番安いコースを頼んだのは、オレの優しさだと思うが?」
「さ、サイテーなヤツ!」
「誉め言葉と受け取っておくよ。あ、そうそう、宮崎さんにとって広めて欲しくねえような情報は握っているから、あんま意趣返しとか、考えねえほうが良いと思うぜ」

その後、乱暴な足音が遠ざかって行った。
そして、新一が衝立のこちら側に移動してくる。

「やれやれ。蘭、ごめんな。不快なやり取りを聞かせちまって」
「・・・ううん。ちょっと自己嫌悪」
「は?何でだよ?」
「何か、宮崎さんは気の毒な筈なのに、同情できなくて」
「ああ?同情なんか、する必要ねえだろ!?」
「だって・・・妬いてしまう気持ちは、わたしにも解るもん・・・」
「蘭。でもオメーは、卑劣な手段で相手を陥れようとはしねえだろ?」
「新一・・・」
「そういう意味では、オレの場合、オメーを他の男に取られねえために結構卑怯な手も使って来た自覚があるから、あんま、宮崎の事は言えねえんだが」

そう言って新一は苦笑する。

「新一。わたしだってきっと、何度でも、新一を選ぶよ・・・」
「・・・ありがとう。オレも蘭に見放されねえよう、精進するよ」

蘭だって、命を懸けて新一が好きだと思っている。
今からどんな出会いがあろうと、心変わりは有り得ないと誓える。
けれど・・・新一のように「新一と出会っていなければ生涯恋人も作らず結婚もしない」と言い切れる自信は、さすがになかった。

あらかじめ頼んであったコースの前菜が運ばれてくる。

「せっかくだから、食おうぜ。蘭、今夜はうちに泊まってくだろ?」
「う、うん・・・」
「本当は・・・」
「ん?」
「や、何でもねえ」

蘭の頭にいくつものクエスチョンが渦巻いたが。
取り敢えず今夜、新一が「蘭だけ」と言い切ってくれたことに満足し、美味しい食事の後は工藤邸にお泊りで、お互いの愛を確かめ合った。


本当は、新一が今夜、蘭へのプロポーズを考えていたことを、蘭は数日後に、レストラン・アルセーヌで知ることになる。



Fin.


++++++++++++++++++++++++++++++++


<後書き>

当初、裏仕様のもっと短い話を考えていたのですが。
寝物語に新一君に「何度でも選ぶ」と語らせる積りで。

いや、色々とシリーズ的に大切な場面があるので、その部分だけをカットして表仕様で書こう。
と思ったら、あら不思議、長くなっちゃいました。

本当は、宮崎さんをもうちょっとけなげな可愛い女性にしたかったんですけど、そうするとどうしても、新一君が「何度でも蘭を選ぶ」と言い切る場面に行き着けなくて、結局、こういう形になりました。


2013年9月23日脱稿



冒頭に書いていた部分を、前話「忘れられない景色」に組み込み、こちらの話からは削って、改稿しました。


2013年9月25日改稿

戻る時はブラウザの「戻る」で。