親友でもなく恋人でもなく・・・?

(お題提供:「恋したくなるお題」「幼馴染の恋物語」02.「親友でもなく恋人でもなく・・・?」)



byドミ



「ら〜ん、今日、旦那は?」
「もう、園子!だから、旦那じゃないってば!」

事ある毎に繰り返される、このやり取り。

毛利蘭は、工藤新一とは、幼馴染の腐れ縁。
物心ついた頃からずっと傍にいる。


クラスメート達や、幼い頃からの親友である園子からは、いつも「彼カノ」を通り越して、「夫婦」扱いされているけれど。

「蘭、そんなに意地を張ってると、『トンビに油揚げ』されても、知らないわよ」
「と、『トンビに油揚げ』って・・・」
「あら、蘭、知らないの?横から掻っ攫われる事よ」
「い、意味位知ってるわよ!だけど、横取りも何も、新一は・・・」
「意地悪で、カッコつけで、ホームズオタクで推理オタクの最低男!」
「・・・!!そ、そこまで言う事、ないじゃない!新一はあれで、いざとなったら頼りになるし、本当のところは優しいし!」
「あら〜、蘭、わたしはただ単に、いつも蘭が言ってる事を、真似しただけよ」
「園子!!」
「自分は散々悪口を言っても、他の人が悪口言うのは許せないのは、愛してる証拠ですってさvv蘭、認めちゃいなよ」

蘭は内心で、そんな事分かってるもんと呟きながら、俯いた。


どうして、新一の事をこんなにも、好きになってしまったんだろう。
幼い頃から傍にいて、傍にいるのが当たり前で大切な、男の子だったけれど。

どうして、蘭の中で新一が、1人の異性として大きな存在になってしまったのか。


園子から、新一との仲をからかわれ始めたのは、中学の頃からだったが。
蘭が、新一を本当に異性として意識し始めたのは、高校生になってから、だった。


新一とは、とても仲が良く、信頼してもいるけれど、園子とは異なり、親友と呼ぶにはやはり違う存在だ。
けれど、男女の仲と言う訳ではない、恋人ではない。

だから、蘭としては、他の人に関係を訊かれれば、「ただの幼馴染」と言うしかない。


わざわざ「ただの」を強調しなければならない辺りが、すでにおかしいのであるが、そこは自覚していなかった。


   ☆☆☆


「あら?園子、それ・・・」
「うん・・・」

園子の靴箱に、手紙が入っていた。

明るい色の大きな目をして、テニスをやっているにも関わらず色白で、スタイルが良く。
明るいサバサバした性格をした園子は、結構男子からもてる。

面と向かってナンパされる事は少ないが、こうやってラブレターを貰う事は時々あるのだ。

「放課後、テニスコート裏のケヤキの前で、待ってます・・・?」
「園子、勿論、行くんでしょ?」
「でも、これ・・・差出人の名前書いてないよ・・・」
「恥ずかしいんじゃないの?」
「でも・・・」
「ハイハイ、分かった。こっそりついてってあげるからさ」

園子は、普段勢い良く「オトコオトコ」と言っている割には、いざとなると慎重と言うか、臆病になるところがあった。
遊んでいるようで、身持ちは堅いのだ。


   ☆☆☆


部活が終わった後、蘭は、距離を開けてこっそりと、園子の後をついて行った。

親友である園子が、良い相手と巡り会えれば良いなと願っている。
と同時に、変な男に引っ掛かって辛い思いをしないようにと、願っている。


園子を呼び出した男は、蘭も見知っている2年の男子だった。
田口というその男子生徒は、結構イケ面で、女子生徒達には人気である。

園子も、頬を染めて会話していた。

「結構、良い雰囲気よね。良かったね、園子」

蘭が微笑み、こっそりその場を離れようとした時、背後から声がして飛び上がりそうになった。


「どれどれ、2年の田口か?園子の好きそうなツラしてんなあ」
「し・・・新一!?どうしてここに?」
「けど、あいつは確か・・・」


「だ、誰だ?そこに居るのは?」

田口が、新一と蘭の会話に気付いて、視線を向けて来た。

「もう!せっかく良い雰囲気だったのに、新一の所為で!」
「オレは声は抑えてたぜ。オメーの声がでかかったんじゃねえか?」
「そもそも新一がこんな所に来ているからでしょう!?」


「あんた達!何でこんなトコで痴話喧嘩する訳?」

園子が、まなじりを吊り上げて、新一と蘭を睨みつけた。
そもそも、蘭がここに来たのは園子が心細かったからであるが、流石に新一というオマケ付きだとは思っていなかっただろうし、大きな声を出されて雰囲気をぶち壊されたのには、かなり腹を立てていたようだった。


「田口さん。今日の昼休み、あなたがクラスメイト達と話していた事を、今ここで全部ぶちまけても構わないですか?」

新一が、田口を見据えて、そう言った。
田口は、狼狽した様子で顔色を変えた。

「お、お前、何故それを!?」
「オレは、探偵ですよ。甘く見ないで欲しいですね」

田口は、新一が邸丹高校内では普段見せる事のない鋭い眼差しに、息を呑む。


「蘭も園子も、オレにとっては大事なダチだから。手は出さないで置いて頂きましょうか?」

田口は暫く、青くなったり赤くなったりしていたが、いきなり踵を返すと、一目散にその場を去った。


園子が、仁王立ちになって新一に迫った。

「ちょっと〜、新一君、どういう事よ!?」
「あいつは、1年女子をどれだけ落とせるかで、賭けをしてたんだよ」

新一の言葉に、蘭と園子は、息を呑んだ。

「ったく。警戒心が足りねえんだよ、オメー達は。男の口車に、ホイホイ乗るんじゃねえっての!」



「新一・・・ありがとう」

目を見開いていた蘭は、花のようにぱあっと笑顔を見せて、言った。
園子が、不機嫌な顔つきになって、蘭を半目で見る。

「ちょっと蘭、何で新一君にお礼なんか言うのよ!?」
「だって。当たり前じゃないの。新一は、私の大事な友達である園子を、助けてくれたんだもん」

蘭の言葉に、園子は赤くなった。

「そ、そうね。新一君、ありがと」
「・・・何か刺を感じるけど、まあいいや。どう致しまして。蘭、園子、チョコ位で済めば良いけどな、あいつ明らかに、複数の女子との一線越え、狙ってたからな」
「チョコ!?って、バレンタインの話?」
「ああ。いくつ貰えるかで、賭けをしているヤツ、結構居るぜ」
「まさか、新一も!?」
「バーロ。オレは、賭ける必要なんかねえもん」

高校生探偵として全国区で有名になった男は、余裕の表情でニッと笑った。

「ハイハイ、新一君はモテモテで、チョコレートなんか、沢山貰うでしょうよ。わたしは、あげないけどね」
「誰が、園子からのチョコが欲しいっつったよ」
「そうでしょうね〜、どうせ、奥さんからのチョコしか、要らないでしょ?」
「な・・・蘭からのチョコなんか、欲しがるわけねえだろ!」

園子と新一の会話は、売り言葉に買い言葉の範囲なのに。
蘭は、カチンときた。

「・・・そうね。今年の新一は、全国からチョコの山が送られて来るだろうし。わたしからの義理チョコなんて、要らないわよね」
「ら、蘭?」
「じゃあ、あーげない」

新一がしまったという顔をしていたが。
蘭としても、もう後には引けない気分になっていた。

『どうせ、わたしが新一にあげたところで、数が1つ増えて自慢の種になるだけだろうし。多くのチョコの山に埋もれてしまうんだろうし』

蘭が新一への恋心を自覚して、初めてのバレンタインデーなのに。
どうも、暗雲が垂れこめそうである。



「やれやれ。蘭、あんたも新一君も、ばっかじゃないの?」

蘭が園子と二人になった時、園子に呆れ果てたように言われた。

「な、何でよ!?」
「わたし、新一君に一言も、『蘭からのチョコ』なんて、言ってないわよ。ただ、『奥さんからのチョコ』って言っただけなのに。新一君も蘭も、それが蘭の事を指してるって思い込んで、疑ってもないでしょ」

蘭は思わず息を呑んだ。
園子に言われるまで、全く気付いていなかったのだ。

「まったく、相思相愛のクセに、馬鹿みたいね、あんた達」
「そそそ、相思相愛って・・・!わたしは新一の事なんか!」
「そうなの?だって、新一君にとっては、蘭の事が奥さんだって事でしょ?」
「で、でもきっと・・・それは・・・いつも、そう言って、からかわれているからで・・・」
「蘭?」
「だって・・・きっと新一にチョコレートをあげたって、数が増えて、自慢の種になるだけに決まってるんだもん」
「やれやれ。じゃあ、良いんじゃないの?新一君が他の女の子からの告白にその気になって、引っ付いてしまうのを、指をくわえて見ていれば」
「ねえ、園子。何だか今日は、ずいぶん刺があるわね」

蘭と園子は幼い頃からの親友で、お互い本音で話す事が多く、遠慮もあまりしないのだが。
今日の園子の言葉には、妙に刺があると、蘭は思った。
園子は、両手を腰に当て、蘭を真っ直ぐに見据えて、言った。

「・・・悔しいだけよ」
「悔しい?」
「あんた達って、お互いに、傍に居るのが当たり前になって。何も行動しようとしないでしょ。見てると時々、苛々する」
「園子・・・」

ふいに、園子が表情を和らげた。

「蘭。わたしの八つ当たりだから、そんな顔しないで」
「えっ!?八つ当たり!?」
「せっかく、いい人が出来ると思ったのに、女子に人気の田口さんからの告白って、舞い上がってたのに。わたしを弄ぶ積りだったって知って、何か、超悔しくてさ〜。蘭に罪はないって分かってるけど、旦那持ちに焼き餅妬いちゃっただけよ」
「園子・・・」
「でもさ。新一君に、ちゃんとチョコをあげた方が良いと思うよ。だって、蘭からのチョコがなくて諦めた新一君が、他の女子の告白に応えてしまったら、どうする気よ?」

蘭は、大きく息をついた。

去年までは、何も考えずに、新一にチョコレートをあげる事が出来た。
新一の事は、大事な幼馴染だと思っていたから。

蘭の心に、新一への恋心が芽生えたのは、一体いつだったのか?
去年の始め頃までは、新一の事は好きで大切だけど、それは恋とは違うと、何となく思っていた。

けれど、高校生になってすぐのゴールデンウィークで、新一の探偵デビューの姿に心ときめき。
蘭は、恋に落ちた。
いや、正確には、新一への恋心を、自覚した。


「蘭。そりゃ、蘭がどうするかは、蘭の勝手・・・っていうか、自由だけどさ」
「だって・・・」
「もしかして、蘭が悩んでるの、さっきのやり取りの事だけじゃ、ないんだ?」
「う、うん・・・」


蘭の頭を悩ませているのは。
今年、新一に、「本命」と告げてチョコレートを渡すか否か、である。

新一についあのような事を言ってしまったけれども、チョコレートは、渡す積りである。
けれど、今まで通り、「大好きな幼馴染」当てのチョコレートにするのか、それとも、「恋愛感情を抱く1人の男性」当てのチョコレートにするのか、それを決めかねていた。

「だって、怖いんだもの・・・」
「怖い?」
「いつまでも、このままで・・・という訳には、行かないよね。でも、今までの関係すら壊れてしまうのが、怖い・・・」
「そっか・・・成る程ねえ。蘭も今年は、ハッキリと、『恋する乙女』になった訳だ」
「だ、だからっ!新一は、そんなんじゃなくって!」
「はいはいはい。ただの幼馴染、なんでしょ?」

園子が、両手を広げ肩をすくめて、言った。

「でもさ、蘭。もし新一君に恋人が出来たら、『幼馴染の女の子』と、今まで通りの付き合いは出来なくなると思うよ」

園子に、思いがけないところを突かれて、蘭は息を呑んだ。


異性として意識し始めた相手とは、いつまでも「ただの幼馴染」「男女の区別がない友人」では、居られない。
けれど、今ここで一歩を踏み出す勇気もない。


蘭は、迷いの中に居た。


   ☆☆☆


新一は、自宅に帰って来るなり、大きく溜め息を吐いた。

蘭以外の女性は眼中にないし、蘭以外の女性からのチョコレートを、受け取りたい訳ではない。
このところ、自分がもてる事をついつい蘭に対してアピールしてしまうのも、少しでも蘭の気を引きたいからで。
けれど、それが効を奏した事は、1度たりともなかった。

蘭は今迄、毎年チョコレートをくれていたが、残念だけど、それが義理チョコの類である事は、分かっていた。
今年も、もしチョコレートをくれるとしても、やはり義理チョコであろう。
義理なら要らないという気持ちと、義理でも欲しいという気持ちとが、せめぎ合う。


「はは・・・何か、情けねえよな・・・」

天下の高校生探偵が、たった1人の少女の心を捉える事が出来ず、振り回されている。
救いは、蘭に今のところ「他に好きな男がいない」という、それだけだ。

蘭はまだ、恋愛感情に目覚めていないのだろうと、新一は思っている。


新一は、蘭に対して子供の頃から、ハッキリと恋愛感情を持っているのであるから。
蘭は最初から「友達」と呼べる存在ではない。

男女間では、どちらかが恋愛感情を持ってしまえば、友情は成立しないのだ。


それに、友達という意味であるのなら、園子の方が新一よりずっと蘭に近い存在だ。
別に園子に妬く訳ではないけれど、蘭に対して、異性として近い位置を確保する事が出来ず、新一はもどかしく思っている。


「幼馴染として、傍に居られるのは、多分・・・」

高校受験の際には、注意深くリサーチして、蘭と同じ帝丹高校を受験し。
今迄はずっと蘭と同じ学校に通い、幸いクラスも同じになる事が多かったのだが。
高校より先となると、さすがに進路が別れる可能性も高く、今のように「幼馴染の居心地の良さ」で傍に居続ける事は難しい。

タイムリミットは、2年。
その時までに、特別な存在になれるのか。
それとも、玉砕してしまうのか。

新一はもう1度、深い溜息を吐いた。



蘭にも園子にも、言ってはないし言う積りもないが、園子を狙った田口は、蘭の事も狙っていた。
園子も、蘭の親友であるから、新一にとって大切な存在であり、園子を守る気は充分にあったのは事実だけれど。
田口に釘を刺したのは、勿論、蘭を守るという目的の為である。

そして、釘を刺した相手は、田口1人ではない。
田口と賭けをしていた数人の者達に対してもだ。


蘭は、見た目も性格も良いから、狙っている男子は多い。
体が目的の者や、蘭を落とした事を自慢したいという不逞の輩は、容赦なく叩くが。
中には、本気で想いを寄せる者も、少なからず居る。

新一が恐れるのは、そういう男の誰かが、蘭の心を揺り動かして射止めてしまう事だ。
本気で好き合った仲の者が出来た時、新一としてはそれを邪魔する権利はないと、頭ではよくよく分かっているけれど。
そうなった時に、耐えられる自信は、正直言って、全くない。


「少なくとも、他の男にチョコレートを渡す事態だけは、阻止しなければ」

天下の片想い男・工藤新一の気苦労は、絶えそうにない。


   ☆☆☆


「友江、本気で工藤君にチョコ渡すの?」
「止めときなよ、工藤君には・・・」
「だって。毛利さんは、工藤君のただの『幼馴染』なんでしょ?だったら、わたしが告白する権利、あると思う。だってわたしだって、本気で工藤君の事、好きなんだもん」
「でもねえ・・・あの2人、誰も入り込めない空気があるよ」
「だから。駄目元でしょ」


そのような会話が、帝丹高校1年D組で交わされているのを。
幸か不幸か、たまたまD組の前を通りかかった鈴木園子が、耳にする事となった。

園子は、小さな溜息を吐きながら、1年B組の教室へと、入って行く。
帝丹高校に入学して、クラス分け表を見た時、新一と蘭と同じクラスだったので、園子は驚いたものである。

新一と蘭と園子は、小学校から今迄、時に別クラスになる事もあったけれど、驚異的な高確率で、同クラスになる事が多かった。

『時々、新一君には魔力があるんじゃないかと疑っちゃうわよね。あ、でも、魔力を持つのは蘭の方?だって、わたしと一緒ってのは、新一君にとって嬉しい訳じゃないだろうし』

そういう事を考えながら、園子は教室に入る。
入った途端に、いつも通り、新一と蘭のラブラブ空間を感じ取って、園子はもう1度溜息を吐いた。

客観的にオーラを除いて見るならば、新一と蘭は、単にたあいのない話をしているだけである。
軽口や憎まれ口がポンポン飛び交い、言葉の内容がラブラブなのではない。

けれど、2人を包む空気が、余人の入れないラブラブ空間を形作っているのである。

1年近くを一緒に過ごして来た、1年B組の面々は、免疫が出来て、既に慣れっことなっている。
だから、新一に対しても蘭に対しても、横恋慕しようなどと馬鹿な気を起こすクラスメートは、存在しない。
たとえ気持ちが傾いたとしても、初期の内にさっさと諦めている。


『なのに、本人達が気付いてないってのが、何だかね〜』


蘭の親友である園子としては、蘭の恋が上手く行って欲しいと、願ってはいるけれど。
あの空気を見ただけで、絶対大丈夫だとも感じているから。

時折、蘭を焚きつけはするものの、新一が蘭以外の女性を見る心配は、まずあるまいと思っている。


『けど、新一君、気持ちが傾く事はないにしても、フェミニストだからねえ。告白された時、きちんと断れるのかしらね?』

場合によっては、蘭が誤解してすれ違ったり傷付いたり、という可能性も有り得る。


『あ〜あ、それにしても、本当は、チョコを贈る当てもない自分の事を心配しなきゃなのに。何で、蘭達の事で心配しなきゃいけないのかしら』

園子はもう1度、今度は深い溜息を吐いた。

工藤新一という男、元々サッカーの名手だったので、その時点で結構なファンがついていた。
高校に入ってから「高校生探偵」として華々しいデビューを飾り、今やその人気は全国区である。

けれど、いくら沢山ファンがついていても、そしてそのファン達から山程チョコレートを貰ったとしても、それは大した問題ではない。
脅威なのは、先ほどのD組の女子のような、「身近にいて本気で工藤新一に惚れている女子」である。


『蘭。あんた、ぬるま湯に浸かっていると、本当に痛い目に遭うかもよ。蘭がしっかり捕まえてなきゃ、新一君だって他の子の真剣な思いにほだされないとも、限らないんだから』

そもそも蘭には、園子という同性の親友がいるのだから。
新一と園子とが、自分の中で位置が違う事に、とっくの昔に気付いていて良い筈なのに。

『男女の友情が、絶対成り立たないとは言わないけどさ。蘭、あんたにとって、新一君は、そういう存在じゃないでしょ。幼馴染の男女が、それだけで傍に居続けるには、限界があるよ』


いつも「男、男」と言う割には、いまだ本命が出来ない園子は。
自分自身の事より、親友の恋の行方ばかりが気がかりなのであった。


   ☆☆☆


「あ、園子、おはよう」

蘭は、教室に入って来た園子に気がついて、声をかけた。

「おはよう、蘭・・・新一君」

園子の態度はいつも通り。
けれど蘭は、何となく違和感を覚える。

「園子?どうかしたの?」
「別に。あ〜あ、今年のバレンタインデーはまた、パパにだけチョコレートをあげる日になるのね・・・」
「園子ったら」

園子が大袈裟に溜息をついて見せるので、蘭は苦笑した。

「もう、今年のバレンタインデーは、諦めたわ」
「・・・来年に賭けるの?」
「とんでもない!賭けるのは、目前に迫った春休みよ!花見の場が、勝負ね!」

こういう時、蘭は園子の前向きなバイタリティに、驚くのである。
園子はいつでもポジティブシンキング。
方向性は違うが、このどこまでもポジティブなところは、新一と共通しているものがあると、蘭は思う。

「じゃあ、4月まで待つの?」
「蘭、知らないの?ソメイヨシノは確かに4月初旬だけど、熱海の緋寒桜、伊豆の河津桜、既に花開いているやつも、今から花開くやつも、沢山あるじゃない!梅だってあるしね」

それまで黙って聞いていた新一が、茶々を入れた。

「ま、確かにそうだろうけどよ。熱海とか伊豆とかの花見に集まるのは、年配の人が多いと思うぜ」
「新一君は、黙ってて!もう、風雅を解さない男は、これだから!」

いつものやり取りの中で、蘭は、園子に感じた違和感を、忘れてしまっていた。


けれど、昼休み。
蘭が、園子や他のクラスメートと弁当を食べていると。
園子が、あたりをきょろきょろと見回した後、声を潜めて言った。

「蘭。単なるファンじゃなくって、本気で新一君にチョコを渡そうって女子、いるわよ」
「えっ!?」

蘭は、思わず一瞬、目の前が暗くなりかけた。

「うっそー、どうせ失恋するだけなのに、可哀そうに」
「工藤君には、奥さんがいるのにねえ」

クラスメート女子達が、次々と言う。

「蘭。ここらでハッキリさせといた方が良いんじゃないの?わたしは、そう思うよ」

蘭の手が、思わず震える。

別に気持ちを伝えるのは、バレンタインデーじゃなければいけないという事は、ないけれど。
バレンタインデーは、チョコを贈るだけで、気持ちを伝える事が可能なイベント。

新一に拒絶されたらという恐怖感は、あるけれど。
今年は「本命チョコ」を、頑張ってみようか。

蘭の気持ちが動き出す。



今年は、手作りのチョコレートに挑戦しようと思っていた。
贈る相手は、決まっている。
父親と母親と、親友の園子と、そして、新一。
蘭が大切に思う4人だった。


   ☆☆☆


2月13日の夜。
蘭は、チョコ作りに取り掛かった。


戦争のようなチョコレート売り場には、「手作りチョココーナー」もあり、そこで材料などを吟味する。

ちょうど折よく、大きなトランプマークの型があり、蘭はそれを使う事に決めた。

父親の小五郎には、クラブ。
母親の英理には、スペード。
親友の園子には、ダイヤ。
そして、片思いの大事な男性である新一には、ハート。


ブロックのチョコレートを、刻んで。
湯煎で溶かした後、一旦冷やし、固まりかけたチョコをもう一度低めの温度の湯煎にかけ、柔らかくする。
そして、型に流し込む。


作業をしていると、父親の小五郎が台所を覗き込んだ。

「蘭、この甘ったるい匂い、家中に充満してるぞ。何とかならねえのかよ?」
「お父さん、まだ見ちゃダメ!」
「ふん。あの探偵坊主にあげるチョコ、今年は手作りか?」
「そ、そんなんじゃないもん!」

半目でこちらを見る小五郎を、台所から追い払った。

そして、型に流し込んだチョコレートを冷蔵庫に入れる。
後は、固まるのを待つばかり。
蘭が居間に戻ると、小五郎が所在なげに茶を啜っていた。

「ったく。今時の高校生は、色付きやがって」
「そんなんじゃないもん!お、お父さんにも毎年、あげてるじゃない!それに今年は・・・そ、園子とお母さんにも、上げようと思って・・・」
「はあ?女にあげるのか?」
「今、友チョコって言って、女同士で贈り合うの、流行ってるんだよ。お、お母さんも、チョコレート好きだし。・・・ディ、ディゴバのチョコには、敵わないと思うけど」
「はん。んなゴマすりしたって、あいつが戻って来るかよ」

蘭は、とりあえず小五郎を誤魔化せたらしい事に、ホッとした。
もっとも、家族の事には異様に敏くなるこの男を、本当に誤魔化せたのかは、神のみぞ知る。



そして、2時間後。


「出来た!」

チョコレートは綺麗に固まり、どうやら成功だったようである。

「後は、文字入れとラッピングね」

両親と園子へのメッセージは、決まっていたが。
新一に対して何と書こうか、蘭は迷う。



「おーい、蘭。風呂、空いたぞ〜」

小五郎が再び台所を覗き込み、文字入れに集中していた蘭は、慌てまくる。

「もお!明日になったらあげるんだから、覗かないでって言ったでしょ!」

蘭はそう言って、空になったチョコペンシルを小五郎に投げつけた。

「我が娘ながら、色気のねえ女・・・んなんじゃ、探偵坊主に嫌われちまうぞ」
「お父さん!反対なの、賛成なの、どっちなのよ!?」
「ん?蘭、やっぱりあの探偵坊主の事を!?」
「ち、違うってば!お父さんが変な事言うからっ!」

蘭は、小五郎の目から隠すようにしながら、チョコレートのラッピングをした。


   ☆☆☆


次の朝。
2月14日、バレンタインデー当日。

蘭は、いつもより早起きをして、まず小五郎に、チョコレートを渡した。

「じゃ、行ってきま〜す!」

蘭が元気に家を出るのを、小五郎は複雑な表情で見送った。

緑の紙の包みを開けると、中から出て来たのは、クラブ型のチョコレート。

「お父さん、いつもありがとう」

メッセージの言葉に、泣けてくる。
小五郎は元々、甘いもの好きではないのだが、娘の心のこもった手作りを、無駄にする気はない。
齧ると、ほろ苦い甘さが口に広がった。

「くそっ。男手ひとつで育てて来たってのによ。いつの間にか色気づきやがって」

小五郎は、いずれ娘をさらって行くかも知れない気障な探偵坊主に向かって、心の中で毒づいた。


   ☆☆☆


蘭は、まず、母親のマンションに向かい、チョコレートを手渡した。
英理は、驚きながらそれを受け取る。

料理の苦手な英理が小五郎に送ったチョコレートは、さすがに手作りではなくディゴバのもので、期日指定の宅配便で、今日届く筈だ。


そして蘭は、心臓をドキドキさせながら、工藤邸へと向かった。

恐らく今日は、全国から、作家の工藤優作宛と、高校生探偵工藤新一宛に、山のようなチョコレートが届くだろう。
郵便受けにも、既にいくつものチョコが突っ込んであった。

「蘭!?こんな早く、どうしたんだ!?」

新一は起きてはいたが、まだ登校時刻には早く、身支度も整っていない様子だった。

「あ、あの、これっ!」
「へっ!?」

蘭は、新一にチョコレートの包みを押し付けるようにすると、後を見ずに一目散に駆けて行った。
新一の反応が怖かった。
突き返されるかも知れないという恐怖で、蘭は全力疾走で工藤邸を後にしたのだった。


   ☆☆☆


蘭は、途中公園に寄って時間をつぶし、息を整え気持ちを静めた後に、帝丹高校に向かった。

新一もそろそろ登校しているだろうか。
今日は、新一と顔を合わせるのが気まずい。
そう思いながら靴箱に向かうと。

新一の靴箱には、蓋が閉まらない位、溢れんばかりのチョコレートらしい包みが入っているのを見かけて、また少し落ち込んだ。

『ど、どうしよう、どうしよう・・・もう、どうしようもないけど・・・』

今更ながらに、足がガクガクするほど、怖くなる。
新一に、果たして蘭の気持ちは、通じるだろうか。
そして、どういう答えが返って来るだろう?

そして、蘭が、自分の靴箱を開けると。

「へっ!?」

蘭の靴箱にも、いくつかのリボンがかかった包みが入っていた。
扉を開けた途端に、包みが滑り落ちて来たので、蘭は慌てて拾い集める。

「な、何でわたしに?」

と、背後から声が聞こえた。

「蘭の雄姿に憧れた、とかいうチョコレートじゃないの?」
「そ、園子」
「来年は、もっと増えるかもねえ。蘭はどっちかって言えば、下級生に慕われるタイプだし。新一君のライバルは、案外女性だったりしてね」
「園子!」
「いや、それは冗談だけど。ところで、蘭、新一君には・・・」

園子が言葉を途切れさせたのは、中庭の方から声が聞こえたからである。


蘭がよく知る声に、耳を塞ぎたくなり、その場を去ろうとしたけれど、園子に手を引っ張られた。

「そ、園子!」
「しっ!蘭、声が大きい」

蘭は園子に引きずられるようにして、中庭に近い植込みの陰まで行った。
新一の向かい側に立っているのは、1年D組の松原友江である。

友江が手にしているのは、チョコレートの包みのようだった。
友江は、新一に向って包みを差し出し、震える声で告げていた。

「工藤君、わたし、本気なの!」

新一は、大きく息をついて、言った。

「わりぃ。義理チョコとか、友チョコって言うんなら、受け取るけど。本命って言うんだったら、受け取れねえ」
「ど、どうして!?」
「応えられねえのが、ハッキリしてっから」
「で、でも!」
「・・・今年は、誰からも、本命のチョコだったら、受け取らない」


誰からも、本命のチョコは受け取らない?
蘭は、顔から血の気が引くのを覚えていた。


   ☆☆☆


「蘭、蘭・・・?」
「へっ?」
「どうしたの、上の空で」
「別に、どうもしないよ・・・」

いつの間にか、授業が始まっていて。
いつの間にか、昼の休憩時間になっていて。

蘭は今まで、心ここにあらずだった事に、気付く。


「工藤君、下駄箱にあったチョコレートは、とりあえず回収したみたいだけどさ」
「今も、チョコをあげようとする人が、沢山居るんだけど」
「みんなに、『義理なら良いけど、本命チョコだったら貰わない』って、公言しているみたいよ」
「だって、蘭という奥さんがいるんだもん、他の子からのチョコ、受け取る訳ないじゃんねえ」

「でも、誰からも、本命チョコは、受け取らないって言った・・・だったら・・・わたしからもって、事だよね?」

蘭が思わず呟くと、クラスメート女子達が、一斉に蘭を見た。

「へええ、蘭、とうとう本命チョコを!?」
「そりゃ、あれだよ、きっと蘭だけは別だから」
「心配しなさんなって!」

皆が気安く請け負うが、蘭としては気が気ではない。

「し、新一に、ほ、本命チョコなんか!ただ、もしもの話をしているだけで!」

蘭は思わず叫んでしまったが、今朝新一に押し付けたチョコは、どう考えてもバリバリ本命チョコである。
もしかして、新一から突き返される事になってしまったら、どうしようと、蘭は胸締め付けられる思いだった。

幸か不幸か、新一は今日、ひっきりなしに呼び出されて、休み時間は殆ど教室に居ない。

授業中に窺い見た新一は、いつもと変わりがないようだった。
蘭のチョコレートを、まだ開けていないので、気付いていないだけなのか?
それとも・・・。


「あ、そうだ、蘭。これ、わたしから」

そう言って、園子が蘭に、リボンをかけた包みを渡して来た。

「え?これ・・・」
「友チョコってヤツ?」
「あ、ありがと・・・実は、わたしも・・・」


今迄ぼんやりしていた蘭は、ようやく、園子にあげる筈だったチョコレートの存在を思い出し。
鞄から取り出して、園子に渡した。


「蘭、もしかして、手作り?」
「う、うん・・・」
「ごめんね。わたしのは市販品で」
「そんなの、気にしないで。要は、気持ちじゃない」
「うん。開けていい?」
「勿論!」

園子にあげるチョコレートは、黄色い包装紙を使っていた。
母親には、赤い包装紙、新一には青い包装紙。
色分けして、間違えないようにしていたのである。


そしてお互い、包みを開ける。

園子からのチョコは、洒落たデザインのパッケージで。
蘭の顔がほころんだ。

園子も、包みを開けて、声をあげる。

「あら。ハート型vv」
「えっ?は、ハート・・・?」
「蘭、嬉しいけど・・・大袈裟ねえ・・・」

園子がにっこり笑って、蘭を見詰める。
蘭は思わず息を呑んだ。

「心より愛を込めて」

このメッセージを書いたハート型のチョコレートは、新一への本命チョコだった筈。
蘭は、昨夜の事を思い返し、ラッピングしようとした時に父親が覗き込んだ為、慌てて隠すようにして包んだ事を思い出した。

『あの時、取り違えたんだ・・・!』

分かっても、後の祭り。
顔から血の気が引くのは、今日何度めの事か。

「おお、蘭と園子、アツアツねえ」
「妬けるわあ」

クラスメート女子達も覗き込んで囃し立てる。
もはや、後に引ける状況ではない。


そして。

「あら、新一君」

蘭が、何らかのフォローを考え付くより先に、新一が教室に入って来て、園子の目の前にあるチョコレートに、じっと視線を落としていたのであった。

「蘭からの友チョコ。羨ましいでしょ」
「別に」
「もう!張り合いのない男ねえ!」
「蘭からの友チョコなら、オレも貰ったからな」
「あら、そうなの?」
「ああ」


蘭には、もう何かコメントする気力も、なかった。
おそらく新一に渡したのは、園子に渡す筈だったダイヤ型のチョコレートで。

「ずっと一生友達だからね」
というメッセージを、書いていたものだ。
今更、皆の目の前で「取り違えた」とも言えない。


   ☆☆☆


『蘭のこの様子・・・もしかして、新一君とわたしとのチョコ、間違えたのね・・・』

園子も、事態には気付いたものの、どうしようもない。

『成る程ねえ。蘭からのチョコが友チョコだと思っていたからこそ、誰からも本命は受け取らないって・・・あの男も、不器用ねえ』

何とも気の毒で、園子も胸が痛まないでもないが、今回別に、園子が何かを企んでいた訳でもない。
ここで園子が変にフォローしようとしても、事態がややこしくなるばかりであろう。

『まったく・・・蘭、これは自分で何とかしないと、どうしようもないわよ』

当の蘭は、チョコレートをあげるだけで、気力を振り絞ったらしく、その後のフォローをやる余裕もなさそうだった。

『ま、でも。蘭が今回頑張って、本命チョコをあげようとしただけでも、進歩じゃない。最後の詰めが甘かったけどね』

園子は、いずれきっと、挽回のチャンスもあるだろうと、心の中でこっそり蘭にエールを送る。



そして。工藤新一は、自分の席に座り込んで、机に突っ伏していた。

「友人としてでも、園子に負けてしまったのか」と、新一が落ち込んでしまっているのだとは、園子も含めて、誰も気付いていなかったのである。



関東地方を春一番が吹き抜けた、この日。

新一と蘭の春は、まだまだ遠そうだった。




Fin.


+++++++++++++++++++++++


<後書き>

うわあああん。
もどかしい2人は、フラストレーション溜まって、難しいよう。

高校1年のバレンタインデー。
蘭ちゃんは、恋に目覚めていますから、何らかの行動はするんじゃないかと思うんです。
でもここで無事「相思相愛」となると、歴史が変わってしまいますからねえ。

どうしても、お互い誤解する、もどかしいバレンタインデーにならざるを得ない訳で。

新一君も蘭ちゃんも、決して決して、苛めたい訳ではないのですが。
高1時点では、こういう結果にしか、持って行けませんでした。

やっぱり私は、ラブラブの2人を書く方が楽しいです。

戻る時はブラウザの「戻る」で。