知らない顔

(お題提供:「恋したくなるお題」「遥か3お題」13. 知らない顔)



byドミ



「工藤・・・どないや?」
「おい。この姿のオレを、その名で呼ぶな」
「おお、すまんな。ここは新しく借りたばかりのとこで、盗聴もされてへん筈やし、つい、安心してもうて」
「百地君。油断は禁物。ついボロが出ないように、普段から気を引き締めてないといけないでしょう」
「へいへい、わかってまんがな、沖矢はん、藤堂。これでええんやろ?」


マンションの1階にある、店舗部分。
暫く空きスペースだったここに、「ネットオークション代行します・沖矢商店」という看板が立ったのは、つい先頃の事である。

店主の沖矢昴は、火事で住まいを失い、最近まで工藤邸に住んでいた、大学院生。
ただ、彼が大学院に通っている姿を見た者は、誰もいない。
今は、工藤邸も引き払い、本来は居住スペースではない筈の店舗の奥で、寝泊まりもしているようである。

この店を訪れる客が、もし、色々尋ねてくれば、店主は、「修士論文にネットオークションの事を選びまして」とうそぶくところだが。
幸か不幸か、いきなり出来たこの店を胡散臭そうに眺める者はあっても、依頼をしに店に入って来る者は、殆どいなかった。


カウンターの奥の事務スペースには、スタッフらしき男性が数人、入れ替わり立ち替わり出入りしている。
その中でも、よく出入りしているのは、まだ年若い2人。
1人は、藤堂伸介と名乗る江戸弁の男で、もう1人は、百地平太と名乗る関西弁の男だった。



「オレは明後日、一旦大阪に帰らなあかんけど。段取り付けて、また来るで」
「ありがたいが・・・無理はすんなよ」
「アホ。今更、水臭い事言うなや」

3人のすぐ傍に置いてあるスピーカーから、雑音に混じって、女性の声が聞こえ始め、3人は一瞬、押し黙った。

「姉ちゃんが帰って来たようや。・・・和葉と、鈴木の姉ちゃんも一緒のようやな・・・」
「あの2人なら、きっと蘭の事を心配して付き添ってくれるだろうと思った。はっと・・・百地、連れて来てくれてありがとな」
「和葉が、勝手に着いて来たんや。姉ちゃんの事が心配や言うて」


毛利邸の茶の間に取りつけてある盗聴器は、そこの主の娘である毛利蘭、蘭の昔からの親友である鈴木園子、大阪から来た、今は蘭の親友と言って良い遠山和葉、女の子3人の会話を拾っていた。
お茶を飲んで、他愛のない話をしているようだ。

やがて、オルゴールの音色が聞こえて来る。
「千の風になって」のメロディ。

『新一は、死んでなんかいない』

蘭の、確信に満ちた声に。
緊張していた一同の中に、ホッとした空気が流れた。

「へえ。藤堂君のメッセージは、上手く伝わったようですね」
「せやな」
「・・・蘭・・・」

藤堂と呼ばれた男は、変装していて、本来の顔ではないけれども。
他の男2人が今迄見た事のない程、優しく愛しげな表情を浮かべていた。


女性3人のやり取りが、続く。
蘭の確信に満ちた声に対し、信じられないという和葉の声。

『もしも。新一が死んだりしたら、わたしも生きてはいられない』

蘭の言葉に。
「藤堂」は息を呑み。
他の男2人は目を丸くして、口笛を吹いた。

『でもね。わたしは、無事にこうして生きている。だから、新一は、きっと生きてる』

「・・・今迄、こないな愛の告白、聞いた事あらへんで」
「そうですね。究極の愛の言葉。良かったですね、『藤堂』君?」

「アイツは・・・何があっても、自分で死を選ぶような女じゃ、ねえけど。絶望は、心身を苛む事がある。自惚れでも何でもなく、オレの死は、アイツに大きな打撃を与えるだろう出来事だ。だから、何とか、オレが死んでないってメッセージを残したかったんだ」
「そして。ホンマにお前の命がのうなった時は、何も知らせんとそのままの積りやったんか?」
「それは甘いですね。彼女、君に何か遭ったら、判るようですから」
「沖矢さん。あなたがそんなロマンチストのような事を言うとは。その格好の時は、人格が変わってませんか?」
「その格好って・・・普通のシャツとジーンズですが」
「そういう意味じゃないって事は、あなたにも、分かっているでしょう」

沖矢昴は、何も答えずに立つと、コーヒーを淹れて戻って来た。

「おおきに」

百地がコーヒーに口をつけようとした丁度その時、スピーカーから聞こえて来た声に、百地は思わず耳をそばだてた。

『平次は、いっつも、アタシが妬く位、工藤工藤言うてたんや』
『へえ。和葉ちゃん、妬いてたんだ?』

百地がコーヒーでむせる。

『混ぜっ返さんといて。でやな。そないな平次のマブダチが、ホンマに死んでもうたんやったら。よう言えへんけど、もっと大騒ぎする筈思うんや。けど、平次、ずーっとムッツリ黙りこくっとってな。アタシは、そんだけ辛いんやろ思うとったんやけど。もしかして平次、ボロが出えへんよう、黙っとっただけかもしれへん言う気がする』
『じゃあ、服部君は、新一君が本当は生きてるって、知ってるだろうって事?』
『せや・・・工藤君の戦いに、平次も、何らかの形で協力してんやろ思う』

「ほう。さすがに、刑事部長の娘だな。イイ勘してる」
「ボロが出えへんようには、余計じゃ!ボケ!」
「けどまあ、実際そうだったんだろ?」
「オレはく・・・藤堂のように芝居もポーカーフェイスも出来へん、そんだけの事や!」
「まあ、百地君も頑張ったと思いますよ。女は勘が鋭い。なのに、蘭さんの言葉を聞くまでは、和葉さんも騙されていたワケですから」
「・・・確かに、そうですね」
「とは言え、君達は、まだまだ、なり切ってない。百地君だけじゃない、藤堂君もです。今回、架空の人間になり済ますワケじゃない、すり替わるターゲットがいるのだから、慎重にお願いします」
「そうかもしれない。姿だけではなく、言動も変えるのが、必要ですね」
「百地君。関西弁を標準語にしようとするのは無理があり過ぎるから、そこは変える必要もない。その積りでターゲットも関西のヤツを選んだ。が、今の君は違う人間だと、キチンと認識すべきでしょう。ヤツらは、なり切っていない人間を見分けられない程、甘くないです」
「へいへい。次の時は、教えられた通り、新事業で一攫千金を狙うお調子者を演じる事にするわ」
「入れ替わる相手のビデオを渡して置きますから、彼の言動を研究して置いて下さい」

その後、3人は暫く黙ってコーヒーを飲んだ。



昴が煙草に火をつける。

「・・・百地、煙草は?」
「オレは酒はやるけど、煙草は吸うてへん」
「オレも、煙草はやらねえ。けど、確か、ターゲット2人とも、スモーカーでしたよね?」
「いっそ、煙草を始めたら如何です?」
「そ、それはちょっと・・・事が終わった時に、禁煙できなくなったら困りますし」
「ヘビースモーカーの親を持つ割に、生真面目ですねえ、君は。だったら、禁煙商品の中に、見た目は煙草そっくりのヤツがありますから、使ってみては?」
「禁煙の為じゃなくて、喫煙者を装う為に?成程、そういう使い方もあるワケか」

昴は、ふうっと煙を吹き出して、言った。

「藤堂君。僕は決して、人智を超えた何かを、頭から否定している訳ではない。それは、藤堂君、君も同じだと思っています。君に何かあったらきっと彼女には伝わる。だから今、彼女は生きる希望を持っている。けれど、君に万一の事があったら、それこそ逆に、彼女の心身を苛む事になりかねませんよ」
「沖矢さん・・・」
「僕は、任務に命をかけている。命を徒(いたずら)に捨てる気はないが、命を落とす事を厭う訳ではない。もう、僕を待つ人はいないのだし。でも、君は、彼女の為にも、必ず生還しなければならない。それを、忘れないように」
「・・・・・・待つ人はいないって・・・ジョディさんの事は、どうすんです?」
「彼女にとっては・・・もうとっくに、過去の事だよ、坊や」


沖矢昴は眉ひとつ動かす事なく、何を考えているのか測り知れなかった。



   ☆☆☆



毛利蘭は、体調不良を理由に、数日間、学校を休んだ。
学校から、特に詮索される事も咎められる事もなかった。


久し振りに登校した蘭の表情は、今迄の無邪気で良く変わる表情でもなく、かと言って、打ちひしがれているものでもなく、柔らかな微笑みをたたえていて。
クラスメートたちは、気軽に声をかける事を憚られた。


「おはよう、蘭」

園子が、いつもの調子で蘭の肩をバンと叩いて、言う。
クラスメート達は、その様子に、思わず目をしばたたく。

「おはよう」

蘭が、微笑んで返事をした。
クラスメート達も、一旦顔を見合わせた後、蘭に挨拶をする。
柔らかい笑顔の蘭が教室に入るのを見送った女子達は、再び顔を見合わせた。

「何か、蘭、変わったよね・・・?」
「そりゃ、工藤君が・・・」
「でも、悲しみに打ちひしがれているのとも違うみたいな?」

突然、女生徒達の背中が、バンバンと叩かれる。

「蘭は、けなげにも、何とかいつも通りにやろうって頑張ってんだからさ。アンタ達も、普通に接してやってよ」
「園子・・・」

蘭をよく知る親友の園子の言葉に。
他のクラスメート達は、蘭が無理して明るく振舞おうとしているのだと、それ故に何となく、今迄とは違う笑顔なのだと、納得したのであった。

園子が、ロッカーに手をついて、大きく溜息をつく。
園子は、園子と和葉だけは、知っている。
蘭の心に起きた変化を。


蘭は、今迄も、待っていた。
いつ帰って来るともしれない幼馴染を、待っていた。

ロンドンで、新一に告白されたという事だったけれど。
それでも、新一がいつ帰って来るかわからないのは、同じだった。


けれど、今回のは今迄とは違う。

新一は、死んだ。
少なくとも、そう公式発表された。
葬儀まで行われた。

けれど、蘭は、新一が生きていると信じている。
数ヶ月、ヘタしたら年単位、連絡がないかもしれないけれど、それでも必ず帰って来てくれるのだと、信じている。


表面的には、前よりずっと分が悪いようにしか見えないけれど。
蘭は、「誰よりも新一から愛されている」という確信を持って、「どんなに時間が掛かっても、必ず蘭の元に帰って来る」という信頼を持って、待っている。

蘭の目には、今、悲しみの影は全くない。
愛の強さと決意が、眼差しの奥に秘められている。

園子には、蘭が眩しくて仕方がない。
蘭が「新一は生きている」と心の底から信じているから、園子も、「新一君はきっと生きている」と、思えてしまう。


ただ。
それは、蘭と園子と和葉の間だけの、秘め事で。
クラスメートの誰にも打ち明けられない事なのだ。


蘭は変わった。
凛とした、愛を知る者の強さをまとって、少女から美しい大人の女性へと、変化している。


『新一君。早く帰って来ないと、蘭を慰めて自分の方を向かそうという男が現れかねないわよ。ま、蘭は簡単に、そんな男には、なびかないだろうけどね』


蘭の言う通り、新一が本当に生きているのだとしても。
全く連絡もないまま、数カ月から数年、待ち続ける。
辛くない筈はないと、園子は思うけれど。


『何か、不思議と幸せそうなんだよねえ』



クラスメートの女子達は、園子の言葉通り、「蘭は辛さを忘れる為に頑張って普段通りに振舞っている」のだろうと、解釈した。
なので、努めて笑顔で蘭に接する。
新一の事は、決して話題に出さないように配慮しながら。



学校帰り、蘭は、クラスメート達と共に談笑しながら、街中を歩いていた。
今日は、部活も休みの日である。

突然蘭は、ある気配を感じて、目で追った。


「ま、待って!」

雑踏の中、ある姿を追って、蘭は走った。


知らない顔。
知らない顔。

蘭が全く知らない筈の男の姿に、何故か引き寄せられた。


「しんいち・・・っ!」


しかし、蘭が追った姿は、雑踏の中に消えて行き、ついに捕まえる事は出来なかった。



クラスメート達は顔を見合わせる。
似ても似つかない男を新一と見間違えるくらい、蘭の哀しみは深いと思ったのだ。



蘭は、知らない顔が去って行った先を、ずっと見詰めている。
園子がそっと蘭の肩を抱いた。



   ☆☆☆



「振り返るな、坊や」
「わかってる」

雑踏の中、沖矢昴と藤堂伸介は、振り返る事も足を止める事もなく、歩いて行った。



Fin.


(2011年5月31日脱稿)

+++++++++++++++++++++++


気がつけば、半年以上ぶりの更新。


藤堂伸介と、百地平太の名は、どこかから取った筈だけど、元ネタを忘れてしまいました。
何しろ、最初の辺りは、昨年の内に書いていましたから。

原作準拠として書いているものでも、いずれは、パラレルになる場合が多いですが。
特にこの話は、この先、組織との戦いを書く予定なので、必ずパラレルになる運命です(爆)。

原作が終わる前に、シリーズ完結しなきゃなあ。


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