止めないで

(お題提供:「恋したくなるお題」「遥か3お題」11. 止めないで)


byドミ



(1)



「ジンの兄貴。半年ほど前、トロピカルランドで会った、高校生探偵の事ですが」
「あん?俺は、自分が殺した相手の事なんざ、一々覚えていねえと言った筈だが」

「自分が殺した相手」である事はちゃんと覚えているではないかという反論は、ウォッカというコードネームの男の胸中でだけ、呟かれた。

「実は。あの後すぐ遺体が発見されやしたが、警察病院に運び込まれ、解剖されていた。まあ、シェリーが開発したあの薬、調べても分からねえというのは本当の話で、死因は分からないまま、遺体は冷凍保存され、トップシークレットとされていたようです」
「ふん。冷凍保存していた遺体を、わざわざ引っ張り出して、両親に渡し、今更に、葬儀をあげさせたという事か?」
「ずっと息子を探していた両親ですが、父親の工藤優作は、警察のトップにも顔が効くそうで、警察もついに隠せなくなったという事だそうですぜ」
「・・・ふん。気に食わねえな。胸くそが悪くなる位、出来過ぎた話だぜ」
「兄貴」
「それが本当なら、親も、大々的に葬儀などせず、ひっそりと葬りそうなものだが・・・」
「我が子の事になると、冷静でいられなかったって所じゃ、ねえですかい?」
「まあ、いい。その両親とやらが、組織に気付いて変な動きをしないよう、見張って置く事だな」
「承知しやした」


組織の中でも切れ者と名高く、「あの方」の覚えもめでたい、コードネーム・ジン。
常に冷徹なその男が、最近、チリチリと産毛が逆立つような、嫌な予感を覚えていた。

「はい、ジン。不機嫌そうねえ」
「ベルモット!」

ジンは、その場に突然現れた、ボスのお気に入りである美貌の女性・ベルモットを睨みつけた。

女嫌いではないし、欲望を発散させる為に何人もの女の相手をして来た事もあるジンだが、女に惚れるという事は滅多にない。
ジンにとって大切なのは、組織と、組織のボスである。

ベルモットというボスの側近である女は、ジンからしてみれば、組織の中での、獅子身中の虫にしか見えない。
ボスともあろうものが、ベルモットを心底信じているとはとても思えないが、おそらくボスにとってみれば、「いつ牙を剥くか分からない女」だからこそ、可愛いという面があるのだろう。

女の趣味だけは、ボスとは気が合わないと、ジンは思う。

ジンの脳裏に、ふっと過る面影があった。
赤味がかった茶髪の女性、宮野志保、コードネーム・シェリー。

彼女は、ジンのお気に入りだった。
けれど、ジンにとって、愛は憎悪とほぼ同義だった。
愛した相手を慈しむ事など、ジンの中では有り得ない事であった。
組織の裏切り者となり、逃亡したシェリーを殺す、銃で撃って血を流す、その場面を想像しただけで、ジンはゾクゾクと泡立つ程の興奮を覚える。

『あの女、他のヤツの手にはかけさせねえ・・・!あいつは、俺の獲物だ・・・!』

シェリーが他の男としけこんでも、構わないが。
他の者に殺される事だけは、許せない。

それが、ジンの「女の愛し方」だった。


目の前のベルモットは、以前、組織から逃げ出したシェリーを見つけ、撃とうとした事があったと聞く。
結局、未遂に終わり、逃げられてしまったらしい。

ベルモットは、ボスの寵愛を良い事に、ジンにも何も知らせようとせず、好き勝手している。
その点も含めて、ジンは、ベルモットが嫌いだった。


「一体、何の用だ!?」
「ずっとアメリカにいたスクリュードライバーが、ボスから呼ばれて来たそうよ」
「スクリューが?何の為に・・・!」
「さあね。私がそういう事を教えられる訳、ないじゃない」

嫣然と笑って去って行くベルモットを、ジンは忌々しげに見ていた。


「スクリュードライバーですかい。ヤツは、商才に長けているという事ですが・・・」
「・・・我々の活動には、金が掛かる。そういう人材も、必要だという事だ」


組織には様々な人間がおり、ジンとて、スクリュードライバーの存在を認めていない訳ではない。
ジンが、思わず顔をしかめてしまったのは、そのスクリュードライバーが、ジンの知らないところで、新たな人材を組織に入れたりしている事だ。




   ☆☆☆



「何や、コードネームいうんは、貰えへんのかいな」
「アホォ。新参もんがいきなり何言うてんねん!組織で大事なんは、有能である事と、忠誠心や」
「会うた事もないボスに忠誠心を持て言われたかて、素直に『はいそうでっか』とは行かへんでえ」

コードネーム・スクリュードライバーは、先頃配下に加わったばかりの百地平太相手に、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
とは言え、この新入りの事を気に食わないという訳でもない。
この組織は、研究者などの一部を除き、単純なイエスマンでは、勤まらないのだ。

組織の活動には、湯水のように金が必要だ。
力で脅し取るだけでは限界がある。
潤沢な資金を得るには、商才に長けた者が絶対的に必要なのだ。
スクリュードライバーは、その方面での組織の重要メンバーだが、有能な部下には、なかなか恵まれない。
商才があれば忠誠心がなく、忠誠心があれば商売には向かないケースが多いのだ。

百地は幸い、商才がありそうで、忠誠心も現時点ではまずまず合格と言える。
スクリューが配下として使うには、良い人材であると言えた。


スクリュードライバーは、組織の中の武闘派への敵愾心が強かった。

「研究はまだ仕方あれへんけど、武器やらヘリやら車やら、どんだけ金がかかる思うてるんや。ちっとは効率を考えい。銃の腕だけ一流で頭が空っぽな、キャンティやコルンなんぞに、これ以上大きな顔をさせてたまるかいな。ジンがあいつらを甘やかすんがあかんのや」

スクリューは、とりわけ、ジンには強い敵対心を持っている。
しかし、それは昔からだった訳ではない。

ジンは、銃の腕が一流なだけでなく、頭が切れる面もあるし、冷静な行動力はピカイチで、あの方への忠誠心も疑うべくもなく、以前は一目置いていた。

しかし、昨今のジンは、FBI相手にも、微妙に失策を重ねて来ている。
なのに、自分の失敗は棚にあげ、組織にまだまだ必要な人材でも、少しの失点で容赦なく切り捨てる、そのジンのやり口の姑息さに、スクリューは疑問を持つようになって来ていた。
決定的に、ジンに対して敵対心を持つようになったのは、組織の中でもスクリューが恩を受けたピスコや、スクリューと親しかったアイリッシュへの仕打ちを知った時である。

裏切り者や失敗した者には死を、という組織の鉄則を、分かっていない訳ではない。
けれど、あの方への忠誠心は疑うべくもなかった、そして、失敗も「取り返しがつかない程」とは言えなかった、あの2人を、容赦なく標的にしたのは、何故なのか?
あの方が指示を出したという事だが、ジンがあの方に巧妙に進言した為であろうと、そしてそれは、ジンが自分の組織での地位を高める為だとしか、スクリューには思えなかったのである。

組織の中で自分の地位をもっともっと盤石なものにし、そしていつか、ジンを蹴落として、ピスコやアイリッシュの敵を討ってやる、スクリュードライバーはそう決意していた。

百地と同じ頃、スクリューの配下になった藤堂伸介という男は、商才という意味では難しそうだが、パソコン操作ではなまじの研究者顔負けのようで、部下としては使いでがありそうだった。

組織は、新参者に対して慎重でなる。
堅牢に見える組織も、アリの穴から崩れる可能性があり、裏切り者やノックを警戒するのだ。


この2人は、組織に入って2年程が過ぎている。
ただ、今迄は、組織の末端にいた。
今回、ようやく、中堅幹部スクリュードライバーの配下に配属された為、まだまだ新参者扱いなのだった。



   ☆☆☆



久し振りに組織の拠点に戻って来たスクリューは、ジンとウォッカの2人と、すれ違った。

「ジン。おまはんが半年前に殺した筈の、工藤新一いう男の葬式が、つい先頃行われたそうやな」
「・・・そうなのか?俺の知った事じゃないが」
「スクリュー、お前、兄貴に何が言いたいんだ?」
「殺した事をキチンと確認もせえへんかったんは、ジンの失策やあらへんか?」
「スクリュー、口が過ぎるぜ!工藤新一は、突然死に不審な点があるとして、警察が死亡の事実を公表してなかったが、連絡が取れない事を心配した親からの追及で隠しきれなくなり、公表に踏み切ったという事だ。おかしな事はないだろう?」
「・・・ウォッカ。余計な事だ」
「ですが、兄貴!」
「スクリューごときに、手の内をベラベラ喋るな!」
「は、はい。すいやせん・・・」

スクリューは、工藤新一の件はどうやらジンの失策が絡んでいるらしいと知り、少しばかり溜飲を下げた。
そして、1つの疑問が浮かぶ。

『もしかして、工藤新一いう男、ひょっとしたら本当は死んでへんのかもしれへんな。けど、ジンとしては、それを認める訳にはいかへんやろ。殺した筈の男が死んでへんいうんは、大失態やから』

赤井秀一生存疑惑の際も、赤井殺害をキールに任せて遠くからカメラで見張っていただけだったジンの失態が、取り沙汰された。
しかし、結局、火傷した赤井秀一姿の男は、変装したバーボンであった事が明らかとなり、その件は立ち消えたのだが。

『もし工藤新一が生きてるんやったら・・・何とかしておびき寄せるいうんも、面白いかもしれへんな。ダメで元々やろうし』

人質を取って、という事は、すぐに頭に浮かんだ。
ただ、その人質が、難しい。
工藤新一が、自分の命をかけてもと思うほどの相手となれば・・・。

両親は、どちらも、一筋縄では行かない相手だ。
となると、恋人。

ただ、まだ高校生の男に、命を懸けてもと思う程の相手がいるのかどうか。

でもまあ、探してみる価値はあると、スクリューは考えた。


これがジンだったら、女を使っておびき寄せるなど、鼻からバカにするだろう。
何故なら、ジンには、愛する女性を守るなどという思考がないからだ。
人質を取る事は、別のリスクを負う事でもあるので、そんな割に合わない面倒をする位なら、疑わしき関係者もろとも殺せというのが、ジンの哲学だ。

ただ、必要とあらば人を殺す事は、組織で禁じられていないどころか、むしろ推奨されている事ではあるけれども。
人を殺す事で組織自体を明るみに出す危険性は、避けなければならない。
なので、さすがのジンも、闇雲に人を殺して回っている訳では、ない。


「ま、探してみるか。違たら違たで、別にかまへんし」

工藤新一の「女」を探し始めたスクリュードライバーが、工藤新一の幼馴染で同級生の毛利蘭に行き当るには、さして時間はかからなかった。



(2)に続く



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オリキャラ原作キャラ取り交ぜて。
組織のメンバーばかりで、何だかなあ。

の、新章の始まりです。


このシリーズは、一応、原作準拠で。
映画は、なかった事として話を進めていく予定でしたが。
すみません、どうやら、「漆黒の追跡者」だけは、このシリーズでも「あった事」として、話が進んで行くようです。
オリキャラ・スクリュードライバーの設定をしていたら、そういう事に。
まあ、アイリッシュを多少意識した(タイプは全く違うけど)キャラ、ですからねえ。

彼は思いっきり、新一君のウィークポイントを突いてしまいました。
さて、それがどう転ぶのか。

この章か次の章では、組織との戦いに決着をつける予定、です。
ですが、肝心の部分はぼかすかなーと。

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