止めないで

(お題提供:「恋したくなるお題」「遥か3お題」11. 止めないで)


byドミ



(2)



蘭は、和葉からの連絡で、平次が学校に休学届を出している事を知った。

『しばらく、連絡もとれへんかもしれん、言うてた』
「和葉ちゃん・・・大丈夫?」
『大丈夫や。蘭ちゃんかて頑張ってるやん。アタシが頑張れんでどうするん?』

全くの憶測であるけれども。
平次は、新一の「戦い」に関与している気がする。


蘭には、最近、薄々分かって来た事があった。
それは、新一がとても厳しい戦いをしている事、新一が自分の戦いに蘭を巻き込んで危険に晒さないよう、守ろうとしてくれている事である。

以前、謎の男が警視庁の松本管理官に化けていた事件があった。(映画「漆黒の追跡者」参照)
事件自体も、その男の正体も、結局謎のままで迷宮入りしているあの事件で、新一は一瞬現れた。
もしかしたら、新一が関わっている事件とあの事件には、何らかの関連性があったのかもしれない。

あの時の男は異常な体力を持ち、腕に覚えがある蘭でも、1対1で全く歯が立たなかった。
蘭が新一の戦いに巻き込まれた場合、おそらく、蘭が自分の身を守る事も危うく、新一の足手まといになるだけなのだろう。


今は、自分の身を守り、生きて新一を待つ事が自分の役目だと、蘭は考えるようになっていた。

『新一が、そして服部君も、頑張っているんだもん。わたしも、頑張らなきゃ』



   ☆☆☆



新一がいない今、蘭は、園子と2人で下校する事が多い。
けれど、お互い部活もあり、1人になる事もある。

新一が休学する前は、事件で駆り出されたのでもなければ、新一はいつも図書室辺りで調べ物をしたり勉強したりしながら、蘭を待っていた。

数ヶ月前の事なのに、もう随分昔のような気がする。
実際、高校生にとっての数ヶ月は、長いのだ。


「やあ、蘭ちゃん」

ある日、1人で下校していると、若い弁護士が、門の外に立っていた。
部活後だから、夕方5時はとっくに回っており、竹山の仕事が終わっていても不思議はないのだけれど。
弁護士はそんなに暇ではないだろうにと、蘭は思う。

蘭は、竹山が苦手なので、悪いと思いつつも会釈だけして、その場を去ろうとする。

「ちょ、ちょっと待ってよ」

竹山が追って来る気配があるが、蘭は歩みを緩める事なく、黙々と進んだ。
竹山が後を追って来る。
早足の蘭に追いつくスピードなのに、足音が全く立っていない事に、蘭は小さな違和感を覚えたが、竹山の事をそれほどよく知っている訳でもなかったので、その違和感を追求しはしなかった。

追いついた竹山が蘭の肩に手をかける。
蘭は振り返り、何か言おうと口を開きかけたが。
竹山は口元をハンカチで覆い、手にスプレーを持っていた。

かけられたガスを避ける事が出来ず、蘭の意識は遠のいて行く。
薄れかけた意識の中で、蘭は、竹山に変装した何者かの手に落ちた事を悟っていた。

竹山については苦手だし関心を持っていなかった為、偽者である事に気付けなかった。


「しん・・・いち・・・」

崩れ落ちて行く蘭の声は、わずかに空気を震わせたが、目の前の人物以外に届く事はなかった。
そこは人通りの少ない通りで、傍には車が止まっており、気絶した蘭は、誰にも目撃される事なく、車から出て来た人物と「竹山」とに抱えられて、車に乗せられた。



   ☆☆☆



黒の組織のアジトの中でも、今の日本では最大級のひとつである、某所にて。
ボスの腹心であり組織の大幹部であるジンは、ウォッカの報告に激昂していた。

「何?スクリューが、工藤新一の女を、さらって来ただと!?」
「もしも、工藤新一があの時生き延びていたら、誘き寄せる餌にしようという事らしいですぜ」
「ふん、下らん。さらって人質にするなんざ、非効率でリスクが高い。その女、殺せ!」
「けど、兄貴・・・さらって来たのはスクリューで・・・」
「工藤新一はあの時死んだ!万が一、生きてたとしたところで、女如きの為に誘い出されるようなバカじゃねえだろう。工藤新一をおびき出す前に、女が逃げたりしたら、組織に大きな危険をもたらすかもしれん!殺せ!」

そこへ、女の声が掛かる。

「スクリュードライバーの今回の作戦は、ボスも認めているところ。ジン、あなたでも、勝手な手出しは許されないわ」
「ベルモット・・・貴様・・・」

ジンは、声をかけて来た美貌の女性に対して、歯噛みする。
組織の幹部でボスの側近筆頭のベルモットは、正直、全く信用ならない女。
なのに、ボスはベルモットがお気に入りで、甘やかし過ぎていると、ジンは感じていた。

そして、スクリュードライバーの「人質作戦」は、リスクが高いばかりで何の益もない作戦だとしか、ジンには思えない。

けれど、スクリューがさらって来た人質を勝手に殺す事は、ボスに背く事になると分かった為、事態を見守るしかないという結論に達した。


「ウォッカ」
「へい?」
「その工藤新一の女とやらが閉じ込められている部屋に、盗聴器を仕掛けて置け。ベルモット、その位は構わんだろう?」
「ええ、勿論。閉じ込めてある部屋は扉も鋼鉄製で窓もないし、薬使って動けない上に鎖で縛ってあるから大丈夫だろうと思うけど、万一逃げ出そうとしたらすかさず、手を下したら良いわ」
「ふん。万一も億一もあり得ねえが、女の元に死んだ筈の工藤新一がのこのこやって来るなんて事があったら、まとめてハチの巣にしてやるだけだ」


さらわれて来た毛利蘭が閉じ込められている部屋には、盗聴器が取り付けられた。
ドアの所には元から監視カメラが取り付けてある。

娘が逃げて世間に組織の事が知られるリスクは、億に一つもあるまいと思われたが、ジンは、忌々しい思いと首の後ろがチリチリと泡立つような嫌な予感が、拭えないままだった。


スクリューが毛利蘭をさらう時に使った人間は、直接の配下ではなく、組織古参の変装の名手だった。
ただ、いくら変装の名人と言っても、ターゲットと親しい相手であれば、すぐに化けの皮が剥がれる恐れが高い。
スクリューは、毛利蘭の周囲の人物の中で、顔見知りだが親しくない程度の相手「竹山弁護士」を対象に選んだ。
それは成功し、首尾よく、工藤新一の女「かもしれない」毛利蘭をさらう事に成功した。

蘭は、気を失う寸前、「しんいち」の名を口にしたと、竹山に化けた男から聞いた。
ターゲット選びは間違っていなかったと、スクリューはほくそ笑む。
先ごろ死んだと公式発表があり、数ヶ月にわたり会っていない筈の相手の名を呼ぶとなれば、女側の単なる片思いなどではなく、相思相愛の仲であった可能性が高かろうと思われる。

ジンのような人物には理解しがたいだろうが、もしも工藤新一が生きていたのなら、餌として充分に価値がある可能性があるだろうと思われる。


さて。
工藤新一をおびき出す為には、新一の大切な女性をさらった事を、何らかの方法で知らせなければならない。

毛利蘭の行方不明に関しては、両親、次いで警察が知る事になるだろうが、おそらく工藤新一は、彼らと連絡を断っているので、そこから知らせが行く事はないだろう。

ただもし、工藤新一が生きていれば、メディア関係は必ず目を通している筈。
そして、探偵であるのだから、暗号解読はお手の物であろう。


オーソドックスな手法だが、新聞広告に暗号を紛れ込ませるという形で、工藤新一へのメッセージを暗号化して流してみた。



   ☆☆☆



スクリュードライバーの配下に入った藤堂と百地であったが、スクリューの動きを全て知っている訳ではない。
2人は、組織の「取引先」との折衝に当たる事が多かった。
自分の「仕事」以外の事に関しては、殆どの情報が入って来ない。

なので、2人には、「工藤新一おびき出し作戦・毛利蘭誘拐計画」については、全く知らされていなかった。


今回も、組織にとって有用と思われるソフトを手に入れる為に、2人は早朝から動いていて。
ひと段落した時に、藤堂は新聞を、百地はネットを、それぞれ情報収集の為にチェックしていた。


その藤堂の目に、ひとつの奇妙な広告が入って来る。

「おい、百地。これって・・・変じゃないか?」

ノート型パソコンに向かっていた百地は、藤堂の言葉に、立ってそちらへ向かう。

「どれ。こら、暗号のようやな」
「お前も、そう思うか」

ジッと見つめている2人。
頭の中ではパズルが組み立てられて行く。

暗号が解けると、百地は眉根を寄せて考え込み、藤堂は顔面蒼白となってよろけた。

「おい、藤堂。シッカリせえ!」

藤堂は、百地の言葉が耳に入っていない様子で、いきなりその場から駆け出し、ドアに向かった。
百地は慌てて藤堂に駆け寄ると、後ろから羽交い絞めにする。
藤堂は、信じられないような力で暴れた。


「止めるな、服部!止めないでくれ!」
「アホオ!止めるに決まってるやないか、藤堂!」
「離せ!蘭が・・・蘭が・・・!」

「百地」が真剣に、殴ってでも止めようかと考えていると。
あろう事か、「藤堂」が後ろ足で「百地」の急所を思いっきり蹴るという暴挙に出た。
「百地」はたまらず、下腹部を抑えてうずくまる。


「くど・・・おま・・・ホンマもんのアホや・・・」

正直、「百地」は、「藤堂」のバカぶりに呆れ失望し、このまま見棄ててしまおうかと一瞬考えた位だった。
「藤堂」は「百地」の拘束が緩んだ所で駆け出し、ドアを開けてそのまま出て行こうとしたのだが。
ドアの外には、金髪の美貌の女性が立ちはだかって、「藤堂」の進路を邪魔した。

「ど・・・」

「藤堂」は、「どけ!」と叫ぼうとしたらしいが。
立ちはだかった美女・ベルモットが、「藤堂」の言葉の前に思いっきり頬を平手で打ち、その勢いで「藤堂」は斜め後ろに吹っ飛んだ。


「アンタ、バカなの!?今、闇雲に飛び出して、エンジェルを助けられるとでも思っているの!?エンジェルを殺したいの!?」


「藤堂」は頬を抑え、目を丸くして、ベルモットを見詰めていたが。
やがて大きく息をつくと、立ちあがった。

「百地、すまん」
「・・・今回はホンマに、見棄てたろ思うたで」
「悪かった」
「スクリュードライバー、無能な男と思っていた訳ではないけれど。今回、ジンへの敵愾心の為とはいえ、狙いは的を射てたって事だわね」

ベルモットが、目の光を和らげて、言った。

「ジンの疑いをキチンと晴らしつつエンジェルを助け出すのは、並大抵の事では叶わないわよ」
「ああ。助ける為に、冷静に考えるさ」

「藤堂」の目に宿っていた狂気が、不屈の光に置き換わったのを見て、ベルモットは安堵の溜息をついた。
工藤新一の最愛の女性・毛利蘭は、ベルモットにとってもウィークポイントであり、今回も平静を装うのに苦労したのである。
ベルモットは、「藤堂」の取り乱した姿を見て、逆に冷静になれたのだった。


「藤堂伸介」と「百地平太」は、元々、組織に潜り込んだFBIメンバーの偽名だった。
そして、工藤新一は「藤堂伸介」の名と顔を借り、服部平次は「百地平太」の名と顔を借りて、FBIメンバーと入れ替わる形で、組織に入り込んだのだった。

ベルモットは、FBIの味方ではないが、こういう場合には、新一と平次に協力する。
新一も平次も、ベルモットに全面的な信を置いている訳ではないけれど、この場合は信頼出来ると分かっている。
ジンが勘繰っているように、ベルモットが組織での「獅子身中の虫」である事は、間違いないのである。


ともあれ、新一と平次とベルモットは、毛利蘭の奪還と脱出の、綿密な打ち合わせを始めた。
失敗は、許されないのだ。



Fin.



+++++++++++++++++++


前にも書きましたが、組織との戦いに着手した以上、このシリーズ、いずれはパラレルになる事が確定です。

で、映画はこのお話とはリンクしていないのですが、都合により(苦笑)、「漆黒の追跡者」だけは、過去にあった事となっています。


さて。
お題、こういう風に使う事になるとは、予想してませんでしたが(笑)。
これで、「止めないで」は、終わりです。が、お話自体は、次のお題話に続きます。

戻る時はブラウザの「戻る」で。