約束など無くても(NEW EDITION)

(お題提供:「恋したくなるお題」「遥か3お題」19.「約束など無くても」)



byドミ



「蘭姉ちゃん、どうしたの?」

初夏のある日。
わたしは、部活と家事の疲れもあって、探偵事務所のソファーで、ついうとうととしていたらしい。
気がついたら、ブランケットがかけられていて、コナン君が心配そうに覗き込んでいた。

「ああ、コナン君、何でもないよ・・・」
「顔色悪いよ、今日はもう、休んだら?こんなとこで寝てたら、風邪引いちゃうよ」

わたしって駄目ね。
こんな小さな子に、心配ばかりかけているんだもん、もっとしっかりしなきゃ。

新一の遠い親戚だというコナン君は、新一の幼い頃に似ている。
でも、今、うとうとした夢の中で会った、幼い頃の新一は、コナン君とは結構違っていたなあ。
本質的には優しいんだけど、悪ガキだし、カッコつけだし、生意気だし。

きっとコナン君は、他所の家に預けられているから、色々と遠慮もあって、新一の幼い頃と違って大人しいんだろうと思う。


「コナン君、本当に、大丈夫だから。今、美味しいご飯を作るからね」
「う、うん・・・」

私はエプロンを着けてご飯を作り始めた。
野菜を刻みながら、涙が零れ落ちる。

どうしてわたし、こんなにも弱いの?
別に、何があった訳でもないのに、時々胸が締め付けられるように痛む。


ついさっき、うとうとしていた時に見た夢は。
まだ幼い頃、わたしと新一がコナン君と同じ年頃だった頃の夢。


『新一ぃ、こんな危ない事したら、また、お母さんに怒られちゃうよ』
『大丈夫だって、蘭はそこで見てな、オレが取ってきてやっからよ』

わたしが、ちょっとした崖の途中に咲いている、オレンジ色の百合の花を綺麗だって思って見ていたら。
新一が、崖によじ登ってその花を取りに行った。
わたしは、新一が落ちたり大怪我したりしたらどうしようって、生きた心地がしなかった。

そして、すり傷だらけの新一は、得意そうにわたしにそれをくれた。

「新一、ありがとう!嬉しい!」

あの頃は、わたしも素直だった。
新一は、照れくさそうな笑顔を見せてくれた。


でも。
わたしがその百合の花を家に持って帰ったら。

「蘭!?これ、そこら辺に咲いてるものじゃないでしょ?どうやって手に入れたの!?」

お母さんは、最初どこかの庭から取って来たんじゃないかって心配したらしく、しつこく追求されて。
結局、他所の庭の花を盗んだんじゃないって説明する為に、新一が崖によじ登って取ったのがばれてしまい、新一はお母さんにしこたま怒られちゃった。

「もう!服に百合の花粉がついちゃってるじゃないの!これ、洗ってもなかなか落ちないのよ!まったくもう、新一君と一緒に遊ぶと、ロクな事がないんだから!」

あの頃のわたしは、大好きな新一と遊ぶと、お母さんの機嫌が悪くなるのが、悲しくて仕方がなかった。
今にして思えばお母さんのあの態度も、女の子であるわたしが、危ない目に遭ったりしないか、傷がついたりしないかと、とても心配だったのだと分かるけれど。

わたしの為に花を取ってくれた新一が、お母さんに怒られてしまったのが辛かった。


「新一ぃ、ひっく、ごめんね」
「泣くな!」

新一に強い声で言われて、わたしは余計に涙が出て来た。

「あ、だからその・・・オメーを泣かせたかったんじゃねえから・・・」

困ったように、おろおろしながら新一が言った。
今になれば、あの時の幼い新一の優しさと心遣いが、わかる。
でも、わたしも子供で、それがわからなかった。


考えてみたら、いつもいつも、新一は優しかった。
ぶっきら棒で意地悪で・・・だけど、本当は優しかった。
いつもわたしの傍にいて、いつもさり気なく、わたしに気を配ってくれていた。

わたしが、高校1年の春、旅先のニューヨークで、新一相手に恋に落ちたのも。
その新一の優しさに気付いたからだった。


「あっ・・・!」

涙で視界がぶれた所為でか、注意力散漫だった所為か。
左の人差し指の先が熱くなったと思うと、流しに赤い色が流れ落ちた。
あの時、新一が取ってくれた花のような赤さ。

ホンの僅かだけど、指先から血が滴ったのだ。
包丁の先で切ったものらしい。


「蘭姉ちゃん!」

コナン君が、絆創膏を手に飛んで来た。

「大丈夫?」
「うん。ごめんね、ドジっちゃった」
「・・・何が、あったの?」
「何もないよ。夢を、見ただけで」
「夢?」
「昔、新一とわたしがね。コナン君と同じ年頃だった頃の夢」
「・・・蘭姉ちゃん?」
「あの頃に、帰りたいって言うんじゃないの。でも、今になって、分かった事もあるから・・・その頃のわたしに分からなかったのが、悔しかっただけ」

コナン君は、わたしの指の血を拭い、丁寧に絆創膏を貼った。
わたしは、この子の優しさに時々甘えてしまっている。

新一が居た時は、新一にいつも甘えてしまっていたと、思う。
新一がさり気なくくれる優しさに、ずっと気付かない振りをして。

新一に、会いたいよ。
今だったら、きっと素直に、感謝の気持ちを伝えるのに。
この気持ちを、伝えるのに。


「わたしが、崖の途中に咲いている花を綺麗だって言って見てたら、新一が崖によじ登って取ってくれたの」

コナン君は、首をかしげてわたしの話を聞いていた。
とても聡い子だけど、わたしの独白のような話が、どの位理解出来るのだろう?
それでもわたしは、誰かに聞いて欲しくて、つい、小さなコナン君に甘えてしまう。

「夕陽が真っ赤に射す中で、その花も、濃いオレンジ色でとても綺麗で。新一は、擦り傷だらけになりながら、その花を取ってくれて。でもね、お母さんに、崖によじ登った事ばれちゃって、すごく怒られて。おまけに、そのお花は二日で萎れちゃったから、わたし、ワンワン泣いて。
そしたらね、新一、学校の裏庭の花壇にその萎れた花を埋めて、お花のお墓だって言って・・・多分、あれは慰めてくれてたんだね」

コナン君は、真っ直ぐわたしを見て、その後ちょっと俯いた。

「きっと、新一兄ちゃんはね。蘭姉ちゃんの、笑った顔が見たかったんだと思うよ」
「・・・コナン君、どうしてそう思うの?」
「だって、ボクだって・・・好きな子が泣いてるより、笑ってる方が嬉しいもん」

コナン君が、多分、わたしを慰め力づけようとして言ってくれる言葉が、嬉しいけれど、苦しい。
だって、新一がわたしの事を、そういう意味で好きな筈ないって、思ってしまうんだもの。

そう言えば、コナン君には好きな子が居るんだっけ。
居るとしたら、相手は歩美ちゃん?
それとも、最近転校して来たという、哀ちゃんかな?

「もう!おませさんねえ。でも、新一は別にわたしの事なんか・・・」

自分で言って惨めになって、涙が滲みそうになるのを慌てて堪えた。

「蘭姉ちゃん!新一兄ちゃんは、きっと・・・!」

コナン君がわたしを真っ直ぐ見上げ、必死な様子で言いかけて、途中で言葉を止めた。
そして、再び俯く。
コナン君も、子供心に分かっているのだろう。
気休めなど、何にもならないんだって。

わたしは、そっとコナン君の頭を撫でた。

「蘭姉ちゃん?」
「大丈夫よ、コナン君。ちょっとね、辛い事も落ち込む事もあるけれど。でも、嬉しい事も幸せな事も、沢山あるんだから」


幼い新一が取ってくれた鮮やかなオレンジ色の百合の事を思い出すと、切ない思いも込み上げるけれど、幸せな気持ちも込み上げてくる。

いつもいつもいつも、新一はわたしに沢山のものをくれていた。
たとえそれが、ただの幼馴染に向けられたものであったとしても、新一がわたしと同じ気持ちでなかったとしても、2人の間に約束など何もなくても。
時々寂しかったり切なかったり、悲しかったりしたとしても。
新一に巡り会えた事が、新一を愛した事が、わたしの幸せなのだと、思う。


   ☆☆☆


そして。
何故かわたしが涙したり辛かったりした夜には、必ず。

『よ。蘭、元気か?』

新一から連絡が入るのだ。

自宅か、探偵事務所に。
何故か、わたしが居て、お父さんが居ない時刻を見計らったかのように、新一からの電話が入る。

新一のしっとりと深い声が、耳に心地良くて。
それだけで、涙が出そうになるのを、堪えようとしてわたしは声を荒げる。

「元気かじゃないわよ、もう!クラスのみんなも、新一の事、心配してるよ!どんなに大変な事件か知らないけど、こんなに長い間解決出来ないなんて、平成のホームズが聞いて呆れるわよ!」

あ。わたし、可愛くないなあ。
どうして、素直に「わたしが心配している」「わたしが新一に会いたい」って、言葉に出来ないんだろう。

電話の向こうで、新一が苦笑する気配が伝わってくる。

『それだけ怒鳴れるんだったら、元気だな。安心した』
「何よ。心配してくれてた訳?」
『ああ。蘭がまた、オレの事心配して泣いてんじゃねえかって思ってよ』
「な、な・・・っ!誰があんたの事なんか!」

我ながら、素直じゃないなあと思いながら、つい強い口調で言ってしまう。
新一の声を聞いたら、嬉しくて、安心して、そして甘えてしまう。

新一が、時々わたしに電話をしてくるという事は、たとえ幼馴染としてでも、新一がわたしの事を気にかけてくれているんだって、思っててもいいの?


   ☆☆☆


翌日。


わたしが学校から帰って来て、夕飯の支度をしている時に。

「宅配便で〜す」

突然届いたものがあり、コナン君が受け取りに出た。

「蘭姉ちゃん!お花だよ!」

コナン君が抱えて持って来たものは、オレンジ色のすかし百合の鉢植えで、差出人は新一だった。

「綺麗・・・」
「もしかして、新一兄ちゃんが昔取ってくれたお花って、これと同じなの?」
「うん。全く同じかは分からないけど、こんな色と形の百合の花だったわ」
「じゃあ、新一兄ちゃんも、その時の事覚えてて、贈ってくれたんじゃない?」
「そうかもね。そうだったら、いいわね」

これって一体、何なのだろう?
疑問に思いながらも、嬉しくて。
すごく嬉しくて、わたしは日当たりの良い窓辺に鉢植えを置いた。

そして、タイミングを計っていたかのように、新一から電話があった。(って言うか、日付時刻指定の配達だったから、狙ったんだと思うけど)

『蘭、届いたか?』
「お花の事?うん、届いたよ。ありがとう。でも、一体、どういう風の吹きまわしなの?」
『昨日、花屋の前を通りかかった時、偶然見かけて、子供の頃の事を思い出してさ。鉢植えだったら、もう、お花のお墓を作る必要もねえかって思ってよ』
「う、うん・・・」

わたしが思い出したのと同じ時に、新一も、あの時の事を思い出してくれたの?
そして、お花を贈って来てくれたの?
何だかすごく嬉しくて、顔がほころんでしまう。

今のわたしは、切り花が萎れたり枯れたりしたからって、泣いたりしない。
お花には、寿命があるんだって事も、ちゃんと分かっているし。
それに、あの時、花が萎れて泣いてしまったのは、新一が崖によじ登ってわたしの為に取ってくれた花だったから、だよ。
さすがの新一も、それは分かっていないようだった。

でも、嬉しい。
新一、わたし、このお花、大切にするね。
百合は球根があるから、何年でも、栽培できる。
新一が送ってくれたこの百合は、きっと、毎年、花を咲かせるだろう。
わたし、ずっと大切に、育て続けるよ。


新一がわたしの事を(たとえ幼馴染としてでも)大切に思ってくれているんだって伝わって来る、こんな時。
わたしは、とてもとても幸せになれる。


わたしは、新一が好き。
新一だけが、好き。

2人の間に約束など無くても、2人の関係に何の保証もなくても、わたしはただひたすらに、新一の事だけを、思い続ける。



Fin.


+++++++++++++++++++


<後書き>

このお話は。
以前、短編読みきりで書いたお話を、長編の一部として手直ししたものです。
長編の一部に変更するに当たり、後日談など、かなりの部分を切り捨てています。で、大分短くなっちゃいました(笑)。

時期的には、「哀ちゃん登場後」「蘭ちゃんが新一君から携帯電話を贈られる前」、そして「蘭ちゃんがまだコナン君の正体を疑っていない」時期と、お考え下さい。(以前短編で書いた時は、「携帯を既に貰ってる&命がけの復活後」設定でしたが、その部分は修正しています)


元々このお話は、「第2回新蘭夏祭り」の参加作品でした。
選べるお題も残り少なく、このタイトルで何とか無理無理お話を書き上げたのですが。
苦労して書いた分愛着も湧き、これ、長編にしたいなという気持ちが起こって、それでこのシリーズを立ち上げた訳です。

元々の、お題配布所の規定として、「お題はひとつから、いくつでも可、種類をミックスしても可、但し、他の配布所とのミックスはしない事」というものがありました。
という事で、シリーズには全て、そこのお題を使用しています。

一応、予定としては、「幼馴染の恋物語」10題、「はるか3お題」10題を、使用予定。20題全部使うかは、未定ですが。
順序も、色々と入れ替えをやっています。

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