夕闇が隠したもの
(お題提供:「恋したくなるお題」「遥か3お題」18. 夕闇が隠したもの)



byドミ



蘭の意識が、少しずつ浮上する。
目を開けると、薄暗い見知らぬ部屋の中に転がされていた。
新一の足手まといになりたくないと思っていたのに、油断した!と、自己嫌悪に陥りかける。

けれど、今は、自己嫌悪に陥っている場合ではない。
何とかして、ここを脱出しなければ。

手足は案の定、縛られている。
猿ぐつわまでされており、それはここが「叫んでも助けが来る事はあり得ない」場所だからだろう。

蘭の手は後ろ手に縛られている為見えないが、足に縛られているのは金属製の鎖。
引き千切るのは、蘭でも、いや、たとえ京極真でも、無理だろう。
関節を外して縄抜けする方法を聞いた事があるが、蘭には上手く関節を外してまた戻すような技は出来ない。


『何か、手はある筈。考えて、考えるのよ、蘭!』

蘭を大切に想う人達に心配をかけない為に、蘭の大切な人達の足手纏いにならない為に、何としてでも、ここから逃げ出さなければ。

少しでも縄を緩めようと、動こうとして、蘭は、自分の手足が思うように動かない事に気付いた。
縛られているだけでなく、何か薬を使われている。


暗闇に、少しずつ目が慣れて来る。
と、突然、ドアが開き、闇に慣れた目には眩しい光が射した。


「これが、工藤新一の女?」
「そうかもしれへんし、違うかもしれへん。ま、違うた所で、餌としての役目を果たせんだけのこっちゃ。大した事じゃあらへん」
「ほう。純真そうな高校生の女か・・・」
「今時の高校生や、見た目純真そうでも、わからんでえ」

蘭は、眩しさに慣れて来た目を凝らして、近付いて来る男達を見た。
男3人、内2人は関西弁を喋っている。

蘭は、目を見開いた。
動悸が激しくなるのを感じていた。

「スクリューさん。この女、味見してみても良いですか?」

1人だけ関西弁でない男がそう言って、蘭は目を見開いた。

「は?何言うてんねん、人質やぞ!」
「藤堂、自分、ストイックそうな面して、案外好きもんやな」
「人質と言ったって、別に、キズものにしたら商品価値が下がるとかじゃないんでしょ。外で女を買うのは迂闊に組織の情報流すかもしれないから禁止、組織内の女も綺麗どころは上の奴らに独占されてるから手出し出来ない、で、オレ、いい加減、たまってんすよね。たまには良い思いしたいもんだ」
「ま、迂闊に逃がしたりせえへんなら、好きにしてかまへんが・・・この女、空手の名手いう事やからな。今はまだ薬が効いて動けへんやろうけど、油断は禁物やで」
「勿論、鎖は緩まないように気をつけますよ」

苦虫を噛み潰したような表情の関西弁の男と、事態を面白がっているような顔をした関西弁の男が去り、室内には、藤堂と呼ばれた男がひとり、残った。
「藤堂」が、蘭に近づいて行く。

そして、蘭の猿ぐつわが外される。

「オレは、怯えた顔して悲鳴あげられる方が、好みでね。それに、ここは防音だしな」
「な、何を・・・!」


藤堂は、蘭の顎に手をかけると、その唇を奪った。



   ☆☆☆



『や!いやあっ!止めて!』
『大人しくしてろ!余計痛い目に遭うだけだぜ!』

布が裂ける音、何かが激しくぶつかる音。

盗聴器が拾う、藤堂が毛利蘭を凌辱している音を聞きながら、ジンは、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「兄貴・・・」
「下種が・・・!」
「スクリューの配下に入った藤堂という男、意外と好き物のようですな」
「フン。別に、そいつが、素人の女子高校生に手を出そうが、そんなのはどうでも良いが。下品な・・・!盗聴する価値もない」

『いやあああっ!やめてえ!』
『これは案外、初物か?ま、オレはどっちでも良いけどな。いただくぜ』
『助けて、お母さん、お母さーーーん!!』

「ふん。あれが工藤新一の女というのは、やはり、ガセっぽいな」
「どうしてですかい?」
「どうやら未経験らしい上に、愛しい筈の男ではなく、母親を呼んでる」
「た、確かに、そう言われれば・・・」
「結局、スクリューも、全く無駄足の仕事をした訳だ。どっち道、組織の事を片鱗でも知ったあの女は、生かしちゃ返せねえがな」
「ふっ。無駄な殺しの仕事がまた増える訳ですな」
「その点は別にどうでも良いが・・・親は警察に繋がりがある毛利小五郎、変死体で発見されるのも面倒だ。始末は意外と大変かもしれねえ。結局、スクリューのヤツは、余計な手間を増やしただけだな」

ジンとウォッカが、そのような会話をしていると。
盗聴器が異音を拾った。

『グ・・・ワ・・・アウッ!』
『何っ!?おい、お前・・・!何したっ!?くそっ!こいつ、舌を噛み切りやがった!』

「ほう。今時、凌辱程度で舌を噛むような女が、本当に存在するとはな」
「兄貴・・・」
「殺す手間は省けたかもしれんが・・・この後の始末はどうする気だ?」

『ちょ・・・おい、藤堂!自分、なんちゅう不始末を・・・!』
『もう息がないわ・・・困ったわね・・・女が死んだのは別にどうでも良いけど、そこら辺に打ち捨てたら、大事件になってしまうし』
『百地、ベルモットさん・・・』
『藤堂、ズボン位履けや。こら、死体を身元が分からんように・・・』
『焼死体でも、歯型で照会されると面倒だし。一番良いのは、遺体が全く残らないよう、爆発させて木っ端みじんにする事ね』
『藤堂、杯戸公園近くに、組織の息がかかっとる事が分からんように借りてある倉庫がある。夜は周りに人気もあらへんし、あそこやったら、上手く始末出来んで』
『百地、すまない・・・』
『アホォ!お前の為やあらへん!組織に迷惑かけたら、オレにまでとばっちり回るさかいな!』
『仕方ないわね。行きがかり上、私も付き合ってあげるわ』


「ウォッカ。死体の後始末を本当にしてるか、裏を取れ」
「兄貴?」
「念の為だ。一応ベルモットがついてるとは言え、あいつらがヘマしないとも限らんしな。もし何か穴があったら、スクリューの汚点だ」
「承知しやした」



   ☆☆☆



「・・・ウォッカが、後をつけているわよ」
「ああ。分かってる・・・」
「姉ちゃん、辛いかもしれへんけど、最後まで死体の振りやで」
「ところで、藤堂君は、運転免許持ってるの?」
「・・・そこは道路交通法違反だが、目をつぶってくれ」

組織のアジトから出て来た車は、運転席に「藤堂」、助手席に死体を装っている毛利蘭、後部座席にベルモットと「百地」が座っていた。
蘭を普通に助手席に座らせているのは、通行人や警察を誤魔化す為と説明している。

車は、人気のない倉庫街に止まった。
「藤堂」が、蘭の体を抱きあげる。
蘭の手足がだらりと垂れ下がり、「百地」は蘭の「死体の振り」の上手さに、妙に感心していた。


倉庫の中に入り、扉を閉める。


「新一・・・っ!」

蘭はそれまで堪えていたものが噴出して、「藤堂」に縋りついた。

「蘭・・・!」

「藤堂」が、「本来の声」で蘭の名を呼び、抱き締めた。

「邪魔したくないけど、クールガイ、エンジェル。時間がないわ!」
「ああ。わーってる。蘭」
「新一?」
「必ず・・・待っててくれ!」
「うん。待ってる」

「藤堂」・・・新一は、もう一度だけギュッと蘭を抱き締めると、表側の扉に向かった。
蘭は、裏口へと向かう。

お互いが同時に振り返った時、お互いの表情を夕闇が隠していた。

「藤堂、急がんと、爆発するで」
「あ、ああ・・・」


「藤堂」「百地」ベルモットの3人が、表に出て、車に乗り込む。
倉庫から少し離れた所で、爆発が起きた。

それを、少し離れた所から、ウォッカが見ていた。
確認した上で、ジンに報告する。


ウォッカは、裏口からこっそり走り出た蘭が、そこに待機していた車に乗り込んだ事には、気付いていなかった。
夕闇が隠したものは、恋人達の別れの表情だけではなかったのである。



   ☆☆☆



「蘭ちゃん。大丈夫?」
「はい、小母様・・・」

蘭が乗り込んだ車を運転しているのは、コナンの母親「江戸川文代」である。文代の姿を見て、蘭は驚いたけれども、どこかで「やっぱり」と納得もしていたのだった。


あの時。
「藤堂」が蘭に近寄って来た時、蘭は、姿が全く違う彼が新一である事を感じ取り、動悸が激しくなるのを感じていた。

新一は、いきなり蘭の唇を奪うと、蘭の口の中にカプセルのようなものを移して来た。
いきなりの事に蘭は驚きはしたが、嫌ではなかったから受け容れ、信頼していたから躊躇わずにそのカプセルを飲み込んだ。
薬を飲み下すと、徐々に体の動きが元に戻って来たのを感じた。

新一は、蘭の耳元で、ごく小さな声で囁いた。

「蘭。そのまま、何も言わずに聞いてくれ。この部屋は盗聴されている」
「・・・・・・」
「必ずオメーを助けるから、今は、オレに合わせてくれ」

新一はそう言いながら、蘭を縛めているチェーンを切って、蘭を解放した。
そして2人は、あたかも「藤堂」が「捕われている蘭」を凌辱しているかのように装う、声と物音の芝居をした。

蘭も懸命に頑張ったが。
さすがに、新一の目の前で、新一に助けを求める声を出すのが恥ずかしくて、母親を呼んだのだった。

かなり危ない橋を渡って、蘭は今、ここにいる。



「小母様。わたしは、どこに行くのでしょうか?」
「大阪」
「え・・・?」
「正確には、寝屋川市ね。外を出歩かれると困るけど、服部本部長の家なら、暫くは安全な筈」
「・・・・・・」
「英理には悪いけど。蘭ちゃんも暫く、行方不明にならないと」
「ええ。分かっています・・・」

組織の中で死んだ事になっている蘭が、今、生きて戻る訳には行かない。
英理、小五郎、園子。
蘭は、蘭を大切に思い心痛めるだろう人に、蘭の無事を伝える事が出来ない。
「騙す」方の辛さも、体験する事になったのだった。



蘭がしばらく世話になるだろう平次の家に、今、平次はいない。
和葉もきっと、心痛めているだろう。



「新一。服部君。一日も早く、きっと無事に、帰って来てね」


スッカリ暗くなった中、蘭は、見える筈もない愛しい人の姿を探して、幾度も後ろを振り返った。



Fin.


++++++++++++++++++++


<後書き>

ジンがこんなに簡単に騙されてくれるのかとか、ベルモット以外の人が「死亡確認」しに来たらどう誤魔化すんだとか、色々突っ込みどころは満載ですが。
何とか何とか、終わりました。

で、ここまで書いて置いてなんですが、組織との決戦そのものは、書く予定、ありません。
そうです、スクリューはもうこの先出番がない、使い捨てキャラなんですねえ。


次回は、「組織との戦いが終わった後」の話になるかと。
すみません、戦い編は、竜頭蛇尾で。


2012年5月24日脱稿


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