探偵の相棒(パートナー)



byドミ



「佐藤刑事、それは・・・俺は探偵であって、捜査官ではないんですけどね」
「工藤君、そこをお願い!君が適役なのよ」
「・・・困りましたね・・・」

年の瀬も押し迫った時期。
警視庁捜査1課の佐藤刑事と、今年高校を卒業して「学生探偵」になった工藤新一が、なにやら押し問答をしていた。

「佐藤さん、例の日にそんな頼み事をするのは酷なんじゃ・・・」

人の良い高木刑事が言い掛けると、佐藤刑事からギロリと睨まれた。

「市民の平和を守る警察官たる者、盆も正月もないのよ!むしろ行事がある日の方が忙しい位だわ。その覚悟がなくてどうするの!?」
「い、いや・・・俺は覚悟してますけど、いくら優秀とは言え、彼はホラ、一応民間人な訳だし、学生さんだし・・・」
「そうだったわね、つい彼が民間人だって事、忘れちゃって・・・。そうね、まあ確かに、その日は嫌だっていう気持ちも解らなくはないけど・・・」

新一は、佐藤刑事と高木刑事のやり取りを苦笑して見ていたが、そこでようやく口を挟む。

「いや・・・ちゃんと話をしたら彼女はきっとわかってくれますよ。元警察官で現在は探偵である人を父とし、弁護士を母としているのだし、俺のやってる事を誰よりも理解してくれている。だから、その日会えるのが遅くなるとか、そんな事が問題なのではないんです」
「と言うと、問題は他にある訳?」
「ええ、とても大きな問題が」



  ☆☆☆



毛利探偵事務所の電話が鳴り、事務所の主である毛利小五郎私立探偵は留守だったので、小五郎の1人娘兼助手兼事務員である毛利蘭が電話を取った。

「ハイ、毛利探偵事務所・・・え?新一、どうしたの?」
「蘭、実はクリスマスイブの事なんだけど・・・」
「ええ!?うん、うん・・・そう・・・仕方ないよね、それが新一の仕事だもん」
「で、実は頼みが・・・」
「・・・って、え!?私が!?ええ!?」

電話を切った蘭は少し呆然とした顔をしていた。



  ☆☆☆



警視庁にて。

捜査1課に訪れて来た毛利蘭に、佐藤刑事が申し訳なさそうに言った。

「蘭さん、ごめんなさいね。変な事頼んじゃって」
「いえ、お気になさらないで下さい。私でお役に立てる事でしたらいつでも協力しますから」
「でもねえ、今迄色々な事で蘭さんには協力して貰ったけど、一応民間人だしねえ・・・」
「佐藤刑事、それ言うなら新一も一応民間人なんですけど」
「そうなのよね。だけど彼の場合、ホラ、もう捜査1課の一員みたいな気がすると言うか・・・」
「佐藤刑事。私は探偵・毛利小五郎の娘です。そ、それに・・・とにかく変な遠慮はなさいませんように」

蘭は言葉の後半では語尾を濁し、俯いて赤くなりながら言った。
まだ今の時点で蘭がはっきりと口に出す事が出来なかった言葉が何であるか、佐藤刑事には解る様な気がしていた。



  ☆☆☆



日本ではクリスチャンでない人の方が圧倒的に多いと思われるが、それでも何故か異様に盛り上がる、イエス・キリストの誕生日前夜祭。

「イエス・キリストの誕生日は25日なのに、むしろ24日が本番のように盛り上がるってのも変な話だよな・・・」

ベンチに座った金髪の若者がそう言う。

「もう、ロマンがないわね!すぐそんなうんちく垂れるんだから!」

隣に座っている、ウェーブがかった茶髪をショートカットにした若い女性がそう返す。

話の内容はロマンの欠片もないけれど、2人寄り添って座る姿は、周囲にまでラブラブ熱々の光線を発している。



「髪型変えたら結構別人に見えるものなんですねえ・・・」

少し離れた場所で、競馬新聞を広げて読む振りをしながら感心したような声を出している男は、よれよれのジャンバーを着て如何にも競馬にうつつを抜かす遊び人風に装っているが、どこか動作に生真面目さが残っている。

「そうね。あの2人、今時の若者にしては珍しく髪染めてないから、茶髪や金髪にしただけでイメージが随分変わるわね」

そう返す女は、サングラスに肩までの金髪、今時の若い女性風のいでたちだが、姿勢がシャンとして颯爽とした雰囲気がある。



読者諸氏にはもう既にお判りの事と思うが、ベンチに座るアベックは、新一と蘭の変装姿で、それを変装した警官達が遠巻きにして見ているのである。

「まあ、あの2人のイチャイチャした様子を見せ付けられたら、囮には絶対見えないわよね」

サングラスに金髪の佐藤刑事が小声でそう言って、よれよれジャンバーに競馬新聞を持った高木刑事が小声で返す。

「そうですね・・・有名人で顔を知られてるから、変装して頂かないといけなかったけど」




事の発端は、警察に届けられた予告状。
今時、新聞や雑誌の活字を切り抜いて作ったレトロなもので、クリスマスイブの日に米花シティビルの前に立つ大きなツリーを爆破するというものだった。
ただの悪戯かも知れないが、さりとて無視は出来ない。
もし本当に人が大勢集まる場所で巨大なツリーが爆破されたら、多くの死傷者が出るのは避けられないからだ。

今の時点では、まだ爆破物が仕掛けられていない事は既に確認してある。
そこで、張り込んで見張る事にしたのだが、それには大きな問題があった。
ツリーの周囲のベンチは特に今の時期若いカップルで占められており、どんなに変装しようとも、警官達の張り込みでは、完全に浮いてしまうのである。
そこで白羽の矢が立ったのが、今年高校を卒業したばかりの若き探偵工藤新一であった。



最初、新一の相方には若い婦人警官を付ける予定だった。
しかし、新一がそれに反対した。
曰く、

「恋人同士としての演技など、とても出来そうにないから」

という事だった。

もっともそれを聞いた時、高木刑事は首を傾げたものである。
以前殺人事件に出くわした捜査の際、被害者の娘相手にあわやキスシーンを演じそうになったではないかと思う。(命がけの復活シリーズ参照)
勿論新一としてはただ単に事件の時の行動を再現しただけで、本当にキスまでする気は毛頭無かったようだ。
しかしあの時、被害者の娘であり犯人の婚約者であった辰巳桜子が、自分の恋人を犯人と疑う探偵である工藤新一相手に、目を潤ませしっかりとその気になっていたのは間違いないのだ。
新一がその気になれば、女をたらしこむ位いとも容易い事であろう。
「そういう演技が出来ない」などとはとても思えなかった。

けれど新一には自覚がないのか、囮として恋人同士の振りしてベンチに座るなら、相手は毛利蘭にして欲しいと言ったのである。



そして今。
囮の筈の2人がどんどん甘い雰囲気に突入していた。

「まあ確かに、蘭さん相手の方が素でやれる分良いかも知れないけど・・・」

高木刑事は呟いたが、そう言いながらもどこか釈然としないものを感じていた。




新一が蘭を抱き寄せて、顔を近づけて来た為、蘭は慌てた。

「しし新一、ここ、人前よ!」
「大丈夫、変装してっから俺達だって誰もわかんねえさ」
「そ、そんな問題じゃなくって・・・」
「恋人同士としてイチャイチャしてねえと、囮の役目は果たせねえだろ?」

そう言われると、蘭も逆らう事が出来ない。
新一の唇が蘭の唇に重ねられ、最初は恥ずかしがっていた蘭もいつしかその甘さに飲み込まれてしまう。




「・・・・・・」

遠巻きにして見ている警官達は、皆顔を赤くして微妙に視線を泳がせていた。

『頼むから・・・任務だけは忘れないでくれよ、工藤君』

高木刑事は赤くなってキャップを目深に被り直しながら心中でそう呟いた。




高木刑事の祈りが通じたのかどうか。
工藤新一は、蘭を相手に我を忘れているようでも、任務だけは忘れていなかったようだ。

「その男」がツリーに近づいて来た時、新一は素早く駆け寄ってその手に握られた紙バッグを奪い取った。



結論から言うならば、その男はほんの小者だった。
紙バッグに入っていたのは爆弾などではなく、ただの時計。
クリスマスイブを前にして恋人に振られた腹いせに、米花シティビルの前に立つツリーに集まるカップル達をパニック状態に陥れようとしたのだった。
本当だったら彼女にプロポーズしようと考えていたその場所で。

「もう!たとえ爆弾が嘘でも、世間を騒がせようとした、それだけで結構罪は重いのよ。わかってる?」

そう佐藤刑事に叱られながら、その憐れな男は連行されて行った。



  ☆☆☆



蘭は暫らくツリーを見上げていた。
もう既に鬘は外し、長い艶やかな黒髪が背中に流れ落ちている。
本来は宗教行事である筈のクリスマス・・・しかしそれは恋人達の祭典に変わりつつある。

『すっごく恥ずかしかったけど・・・捜査に私情を入れてはいけないって思うけど、でも、新一は私とイブを過ごしたいって思ってくれてた、そう解釈して良いのかな?』

夜の帳が下り、ツリーにも、ビルにも、街路樹にも、華やかなイルミネーションが点される。

「蘭、行こうぜ」

そう言って新一が差し出した手を蘭は握り、寄り添って歩き始めた。

「蘭、今日はありがとな」
「え?う、ううん・・・」
「最初は婦人警官とペアを組んで欲しいって言われたんだ。けど俺・・・多少の危険は伴うの解ってたけど、オメーとペアを組みたいって申し出たんだ」

新一の言葉に、蘭は心臓が早鐘を打ち始めるのを感じていた。

「今日はレストラン・アルセーヌに行くから」

新一がボソッと言った言葉に蘭は驚く。

「え?ええ?」
「だって、今日は囮捜査に付き合ったから、蘭も俺も夕飯の準備する暇なかっただろ?」
「そ、それはそうだけど・・・、でも今日は席一杯じゃないの?」
「大丈夫。捜査に付き合う事が決まった時点で、予約入れてあっからよ。丁度キャンセルがあって無事予約席ゲット出来たんだ」

蘭は嬉しくて頬を染めるが、それを誤魔化すように言った。

「もう!うまく行かなくて長引いたらどうする心算だったの!?」
「バーロ。この俺が、長引かせたりなんかするかよ」
「どうだか」

2人立ち止まって顔を見合わせ、そして噴出す。
軽口の応酬であっても、以前幼馴染時代にはなかった甘い雰囲気が2人の間には漂っている。



「なあ、蘭。俺さ、オメーを危険な目に遭わせたくねえって思ってっけどよ」
「うん?」
「でも、出来る時は、探偵として出掛ける俺とも一緒に居て欲しいって思う」

新一は蘭の顔を見ずに、でも繋いだ手に力を込めてそう言った。
蘭は思わず新一の方を見て目を見張る。

「あ、ほ、ホラ、オメーはおっちゃんとだっていつも一緒に出掛けてたしさ、だから・・・」

暗がりの中でも新一の顔が赤くなっているのが解る。

「他の場所でも良かったけど、やっぱ出来れば蘭を置き去りにしちまったあの場所から始めたいって思ってさ。本来は宗教行事であるクリスマスに便乗するのも何だけど・・・」
「新一、それって・・・」

蘭がある期待に胸を弾ませながら問うと、新一は小さな声で、「続きは後でな」と呟いた。





新一の胸ポケットに入っているエメラルドの指輪が出番を迎えるのはもうすぐである。



Fin.




+++++++++++++++++++++++++


《後書き》

う〜ん、何だかなあ。
このお話でテーマにした部分が消化不良の感があるので、いずれリベンジしたいなあ、と。(あ、でもこの話自体を続き物にする気はありませんが)

このお話では蘭ちゃん鋭いです。本当だったらもうちょっと鈍感だと思うけどね。
警察官でない新一くんなら、警察に協力しての囮捜査に、パートナーに蘭ちゃんを指名しても許されるかと。

タイトルは、勿論某ゲームを意識してます。クリアー出来ずに放置してるんだけどね。


戻る時はブラウザの「戻る」で。