2人のお姫さま


byドミ


女の子にとってのただ1人の人が王子さまなら、男の子にとって、ただ1人の人はお姫さまだろうか――?



「一国の王女ともあろうお方が、お供も連れずにこんな所にいらっしゃるなんて。無用心もいいところだ。警備陣から反対はされなかったのですか?」
「ドロン刑事は、あの時、あなたから宝石を守るのに失敗した事で発言権を失っています。私に反対できるものなど、今は居りませんわ」
「何故、わざわざ暗号を使って俺を呼び出したりしたのです?」
「会いたくて。怪盗さん、もう一度あなたに会いたくて」

目の前に居る人に微笑まれ、怪盗キッドは、顔の表情は全く変えなかったが、内心で驚く。

「その為に、お忍びでわざわざ?」
「ええそうですわ。あなたを捕らえて、籠に入れて連れ帰るために」
「俺は誰にも捕まりませんよ。確保不能の大怪盗なのですから」
「力ずくや駆け引きでならそうでしょう。でも、愛の籠にも、あなたは捕われる事はないのですか?」
「・・・怪盗キッドは、ただの悪党、ただの泥棒ですよ、お姫さま。悪党や泥棒には、愛や恋など、必要のないものです(もし捕われるとしたら、それは、キッドではなく、ただの・・・)」
「キッド!それが素顔ではない、演技した姿だとしても、あの時のあなたの優しさは本物よ!私は、私は、あなたのその姿や、気障な台詞まわしだけに惹かれたのではありませんわ!あなたにだって、判っている筈」
「・・・徒人としての、素顔の俺が欲しいと?」
「ええ、そうですわ!あなただって、あの時、私に少しは好意をもってくれた、そう思うのは、私の自惚れですの?」

必死でキッドを見上げるその女性の瞳は、夜の帳の中でその青い色彩を失い、黒々と黒曜石の光をたたえている。
それは、自分の最愛の幼馴染の瞳を思い起こさせ、キッドは錯覚を起こして捕われそうになる。

『青子、俺は・・・』

満月の光を浴びて、2人は動けなかった。







「青子、ほら、アン王女よ」
「可愛いわよねえ」

江古田学園2年B組の教室、休み時間。
女生徒たちが、女性週刊誌に載っている「ヨーロッパの王室特集」のグラビアを見ながら、お喋りに花を咲かせていた。
今話題の中心となっているのは、数ヶ月前に来日した、ヨーロッパの小国・サブリナ公国のアン王女である。
中森青子は、声を掛けられて、グラビアに見入る。

「そうね、快斗が目をハート型にして見入ってたもんね」

青子は数ヶ月前の事を思い出して、ちょっと拗ねた様に言った。
青子の大好きな幼馴染の男の子は、黒羽快斗と言って、手品が得意な事以外は、ごく普通の男子高校生(と青子は思っている)である。
快斗は青子の気も知らず、健全な高校生らしく(?)、可愛い女の子が大好きで、助平で、更衣室を覗いたり、女の子のパンツを覗いたり、などの悪戯ばかりをしている。
快斗には未だに彼女は居らず、特定の相手に大きく関心を持つことは殆どなかった。
それが数ヶ月前、アン王女の写真を新聞で見た時は、かなり大きく心が動いた様子だった。
王女だから、一介の高校生に手が届くような存在ではないけれど、快斗が大きく関心を示したらしい事に、青子は少なからず動揺した。
そのアン王女が来日した時、王女の持っているヨーロッパ最大のダイヤ「パリの太陽はいっぱい」が、「平成のルパン」との異名を持つ怪盗キッドに狙われるという事件が起こった。
サブリナ警察の精鋭が守りきれなかったそれを、日本警察・捜査2課の中森警部が取り戻し、怪盗キッドは初黒星を喫した。
青子は、その中森警部の娘である。

「髪の色や目の色は間違いなく白人系統なのに、顔立ちは何となく、アジアにも居そうな感じじゃない?美人だけどさ」
「そうそう、なんかエキゾチックな感じだよねえ」
「んー、でもさあ、なんかどっかで見た事あるような気がするのよね」
「そりゃあ、前に雑誌かテレビで見たんじゃないの?」
「そんなんじゃなくってえ、もっと身近なところで」

白黒ページの写真を見ていた、青子の親友・恵子が、あっと声をあげた。

「だってほら、アン王女って、青子に似てるよ!」

女子が一斉に青子を見た。

「ほんとだー、青子、そっくりよ!」

これには青子も驚いてしまった。
恵子が指差した写真を見ると、確かに我ながら似てると思う。
カラーだと、金髪と青い目の印象が強くて気付かなかったが。

『でも快斗、いっつも青子の事はブスブスって言ってたくせに、髪と目の色が違うだけで、可愛く見えちゃうわけ?それって何か、ひどくない!?』

快斗は、大体が女の子には優しいのに、青子にはいつも意地が悪い。
青子の方だって、意地を張ってしまって快斗とは喧嘩ばかりしてしまうのだが、時々、どうしようもなく、切なく悲しくなる事がある。

『快斗に、青子の事特別だって思って欲しいっていうのは、無理な望みなのかな・・・』

青子は切なそうな瞳で、教室の向こうの方で他の男子とふざけ合っている快斗の姿を見詰めた。


  ☆☆☆


その夜、キッドは予告しておいた仕事を手際よく済ませたが、宝石の傍にあったカードが自分を誘い出す暗号になっているのに気付き、その暗号を解いて指定された場所へとやって来たのだった。
罠かも知れないと思ったが、解いた暗号の差出人が、「あなたの王女より」となっていたため、いささか好奇心を刺激されたのだった。

そして出向いた場所は、サブリナ公国大使館の屋上。
そこには、かって唯一怪盗キッドが黒星を喫した、サブリナ公国のアン王女が待っていた。



本当は、あの時キッドはわざと自分で黒星をつけたのだ。
キッド捜査班から外されそうな中森警部を助けるために、アン王女に協力してもらって。
キッドファンだった王女は、喜んで芝居に協力してくれた。

そして、今夜、キッドが自分を呼び出したアン王女の真意を問うと、

「再び会って、籠に閉じ込めて連れ帰りたかった」

との思いがけない告白を受けたのだった。







「アン王女、正直あなたはとても魅力的な方だ。俺のような泥棒でなく、もっとあなたの身分と地位にふさわしい相手を見つける事ですよ」
「キッド、私は王女の身分などどうでも良い、あなたが一緒に居てくれるのなら!」
「・・・身分がどうでも良いなんて、滅多な事で口にされない事だ。俺は一介の大悪党、キッドの仮面を脱いだら、それこそ徒人に過ぎません。あなたはあなたの世界に帰るがよい。もう2度と、お会いする事はありません」

はっきりとした拒絶に、王女は俯き、身を震わせた。
キッドは、心の奥が痛むのを感じていたけれど、王女の好意に応えられない以上、慰めの言葉など言える筈はなかった。

「キッド。1つだけ聞かせてくださる?もし私が、王女なんかでなく、徒の、1人の女の子に過ぎなかったら、そしたらあなたは、私の傍に居てくださった?私を選んでくださったかしら?」
「俺は・・・」

アン王女に似た、別の誰かの姿が脳裏に浮かぶ。

「アン王女、あなたは正真正銘のお姫さまだよ。けれど、俺にとってのお姫さまは・・・」

姫などという身分は勿論持たない、一介の高校生である黒羽快斗と同じく、一介の高校生に過ぎない、けれど黒羽快斗にとっては掛け替えのないたった1人の少女。

「昔から、たった1人だけなんだ」

初めて出会ったとき、時計台の前で、来ないかも知れない父親を待っていた少女。

『オレ、黒羽快斗ってんだ!よろしくな』

その子の笑顔を見たくて、覚えたてのマジックで一輪の薔薇を出して手渡した。
その時の笑顔の眩しさに心捕われ、以来ずっとキッドの――快斗のお姫さまは、中森青子、ただ1人だった。

確かに、アン王女に心惹かれたと思う。
けれどそれは、大切な誰かに似ていたから。
たった1人のお姫さまに、似ていたから。

「そう。ならば、仕方ありませんわね」

アン王女は辛そうに、そう言った。

「私を、ただ1人のお姫さまと思ってくださる、誰かを探す事にしますわ・・・」

キッドは、王女に背を向けると、屋上の端の方へと歩いて行った。
そして振り返り、言う。

「・・・アン王女。俺のただ1人のお姫さまは、あなたに良く似ていますよ」
「もう、そんな事言うのは、却って残酷ですわよ。でも、ありがとう」

キッドは、ハンググライダーを拡げると、飛び立って行った。

王女は、その姿が月の光の中に消えてしまうまで、見詰めていた。


  ☆☆☆


中森邸。


キッドの事件があって、またもや取り逃がしてしまったため、中森警部は今夜もまた帰れそうになかった。
青子は1人月を見上げて溜め息をついた。
ふと月の光の中に、ハンググライダーの人影を見た気がして目を擦る。
けれど次の瞬間には何も見えず、目の錯覚だったかと思う。
ふいに、窓ガラスに石が当たる音がして、青子は驚く。
窓を開けると、門の前に幼馴染が立っていた。

「よっ!」
「快斗!よっじゃないわよ!何よ、こんな時間に」
「わりぃ。お前に会いたくてよ」
「えっ?」

いつになくストレートで素直な言い方に、青子は戸惑って固まる。
青子が玄関を開けて快斗を招き入れると、いきなり抱きしめられて、息が止まるほどに驚く。

「おめーに言いたい事があるんだよ」
「言いたいこと?」

心臓をドキドキさせながら、青子は問い返す。

「青子。俺、ずうっと昔から・・・」

その後続けられた快斗の言葉に、青子は驚き、次に涙を浮かべながら満面の笑顔を見せた。





Fin.

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