re-start第Ⅰ部　Present time（番外編）Chocolate time

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by　ドミ

第Ⅰ部　Present time（番外編）Chocolate time

わたしは、雑誌の記事に、眉を寄せて見入っていた。

「バレンタインデー　彼氏が喜ぶチョコベスト10　彼氏が嫌がるチョコワースト10」

彼氏が喜ぶチョコ、嫌がるチョコ、どちらにも「手作りチョコ」がランクインしている。
今年、新一へのバレンタインチョコは、手作りに挑戦しようかと考えていたわたしにとって、それは大きな問題だった。

おととしから、恋人として付き合い始めた新一。
最初の２回は、市販のチョコをあげた。
まだ中学生で、あまりお金がないわたしには、高級チョコレートなんて買えるはずもなく。
限られたお小遣いの中で吟味して買ったのだった。

今年は、手作りコーナーで材料を買って、頑張って手作りに挑戦！と思っていたけれど。

新一は、手作りを嫌がる男子？喜ぶ男子？
どっちだろう？

　　　☆☆☆

「あ、あのね。新一」
「ん？」

声を掛けたものの、どう聞いたらいいのか分からなくて。
わたしは押し黙る。

「どうした、蘭？」
「え、ええっと……」

新一は、言いよどむわたしを首をかしげて見ていたが、ふっと微笑むと、わたしの頭をポンポンと叩いた。
その余裕ありげな態度に、わたしは少しむっとなる。

「もう。子ども扱いしないでよ」
「子ども扱いなんか、してねーよ」

新一はわたしの肩を抱き寄せると、唇を重ねてきた。
軽く、ついばむように、幾度も唇が合わせられる。

優しくわたしを見つめる瞳の奥に、哀しみの色が見えて、わたしの胸は痛んだ。
こういう時、きっと新一は、亡くなってしまった恋人のことを考えているんだ……。

来年のわたしは、１６歳。
新一は、１６歳になったら、かつての恋人のことを教えてくれるって言った。

新一の恋人だった人。
きっと新一はその人から、バレンタインデーのチョコレート、もらってたよね。

「そういえば、新一って……」
「ん？」
「意外と、甘党だよね」
「あー。そうだな」

新一は、お酒をそれなりに飲むけれど。
男の人には珍しく、ケーキなんかも好んで食べる。

チョコレートも苦手じゃないから、普通に食べる。
おととしと去年贈ったチョコも、喜んで食べてくれた。

「あ、あの……」
「ん？」
「新一って……その……」

新一は手作りのチョコレートを喜んでくれるだろうか？
それが、聞けない。

間が持てなくなったためか、新一がテレビのリモコンを取ってスイッチを入れた。
すると。

「バレンタインデーのチョコレート特集！」

お父さんの好きな沖野ヨーコさんがテレビ画面に出てきて、満面の笑顔でレポートしていて、わたしは固まった。
ヨーコさんの左手薬指には、婚約指輪が輝いている。
結婚が決まったとき、お父さんがガックリしていたことを思い出した。

「ヨーコちゃんは、彼氏さんにどんなチョコを贈る予定ですか？やっぱり手作り？」
「そうしたいのは山々ですけど、暇がなくて……」
「そうですかあ。彼氏さん、ガッカリしませんかねえ？」
「彼は、本命チョコならどっちだって構わないよって言ってくれるんです」
「それは……ご馳走様でした！」

ふと隣を見ると、新一が意外と真剣な目で画面に見入っていたので、わたしは驚く。
別にヨーコさんのファンとかではなかったと思うのだけど。

「し、新一……？」
「ヨーコさんも、完全に吹っ切って、新しい幸せを掴んだんだな……」
「えっ？」
「ヨーコさんの初彼は、ヨーコさんのマンションで自殺したんだよ」
「そうだったの……って……ええええっ！？」

わたしはマジマジと新一を見た。

「ヨーコさんがアイドルになる前、高校生の頃付き合ってた彼氏で。お互いにまだ好き同志だったのに、悲しい誤解が原因で彼は……」
「そ、そんな……」

新一の話は、わたしの想像を超えていた。
ヨーコさんの辛い過去に、わたしは思わず涙してしまう。

「大丈夫だよ。彼女はちゃんと、立ち直ってるから」
「うん……」

新一の優しい手が、わたしの頭をポンポンと叩く。
この手を失ったりしたら……そんなこと、想像したくもない。

「でも、何でそんなこと、新一が知ってるの？」
「オレ……あ、いや……おっちゃんが8年前に解決した事件だからだよ」
「そ……そうだったんだ……」

大切な、一番好きなはずの人を失ってしまう話に比べたら、わたしの今の悩みなんて、本当に大したことがないような気がして。
わたしの口からは、するりと聞きたいことが出てきた。

「新一。手作りチョコレートって、好き？嫌い？」

新一は、目を丸くした後、破顔する。

「オレは、蘭からの本命チョコなら、市販でも手作りでも、好きだよ」

期待通りの答えに、わたしも笑顔になった。

　　　☆☆☆

とはいえ、初めての手作りは意外と大変で。
溶かして固めるだけなんだけど、温度管理が難しかった。

チョコレートには、何を書いたらいいか、分からなくて。

「新一へ　蘭」

と、書き込んだ。
新一は、笑顔で受け取ってくれた。

「ハートってさ。こうやって引っくり返すと、桃型に見えねえか？」
「もう！見えるわけ、ないでしょ？だって字がさかさまになっちゃうじゃない！」
「ああ。そうだな。字が書いてあるからな」
「わたしの愛のこもったチョコを受け取った感想が、それ？あの……ただのハートかもしれないけど、作るの意外と大変なんだから」
「……知ってるよ……作るのが大変だってことは……」

新一が遠くを見る目をした。
やっぱり、前の彼女も、手作りのチョコレートを新一にあげたんだと思うと、また少し胸が痛んだ。

「高校１年の時に、初めてもらったチョコは、市販のハート型チョコだったけど……」
「えっ？」

新一の口から、いきなり過去の思い出が語られ始めて、わたしの心臓は大きく音を立てる。

「表に義理って文字が書いてあるやつでさ！よくまあ、わざわざ、そんなん探し出してきたなと、呆れるやら悲しいやらで……」
「あらま。残念なバレンタインデーだったんだね」
「……その頃すでに両想いだったって知ったのは、だいぶ経ってからだったな」

そういえば、新一が前の恋人とお付き合いを始めたのは、高校２年生の時だったんだっけ。
片思いと思っている時に、チョコをあげたくて、でも、告白もできなくて。
わざわざ、「義理」の文字入りのチョコレートを買って来た、その女性に。
わたしは少し、親近感を持った。

「蘭。すげえ嬉しいよ。ありがとう」

新一の笑顔は、嘘じゃない。
心に恋人を失った痛みを抱えていたとしても、今、わたしを大切に思ってくれていることも、本当のことだ。

来年も、さ来年も、わたしは新一にチョコレートを贈ろう。
そして、いつの日か。
新一の痛みが、無くなる日が来ますように。

Fin.

2015年2月13日脱稿

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