星を探しに
(映画:「漆黒の追跡者(チェイサー)」アフター話)



byドミ



星空を題材とした絵本作家のコースケは、冬の真っ最中、真夜中に、突然、宿泊しているホテルを飛び出して、バイクにまたがり、遠方の高原まで出かけて行った。
出版社の社長と、ちょっとした諍いがあり、ムシャクシャしていたのだった。

星の写真を加工し、絵を描き、そこに簡単な文をつける。
中身は、童話風だったり、科学読み物風だったり。ただ、どれにも、星を愛するコースケの拘りが込められていた。

他の出版社では、けんもほろろに断られて来た出版を、引き受けてくれた社長には、感謝している。
けれど、コースケが拘って入れようとした一文を、社長に無下に却下された事で、腹立たしい思いをしていた。

絵本はそこそこ売れて、コースケにはそれなりの収入が保証された。
けれど、コースケには、本を沢山売る野心も、贅沢したい欲も、何もない。
望んでいるのは、ただ、今は亡き恋人との星の世界を、ささやかに世に送り出す事だけだった。

朝霧高原に着いて、望遠鏡とカメラを構える。
冬には見えにくい北斗七星も、この時刻だと、段々高く昇って来ている。

大好きな北斗七星の雄大な姿、北極星を抱える小北斗七星の小熊座、天を横切る銀河。
都会では殆ど見られないその姿を、灯の殆どない空気の澄んだ高原からは、よく見る事が出来る。
確か今夜は明け方、しぶんぎ座流星群が見られる筈だ。流れ星に、祈りを捧げるのも、良いかもしれない。

突然、灌木がガサガサと音を立て、子どもが姿を現し、コースケは飛び上がる程驚いた。
眼鏡をかけた、七歳位の子ども。その姿に、見覚えがある。

『江戸川コナン、探偵さ!』

記憶の中の子どもの姿が、オーバーラップした。



   ☆☆☆



今年、しぶんぎ座流星群のピークは、1月4日の明け方で。天候も良く月もなく、観測の条件はとても良い。

静岡の朝霧高原にあるこのペンション「スターレイク」では、小さな天文台もあり、寒い冬も、天体ファンや家族連れなどで賑わう。

まだ若い夫婦と子ども二人の家族が、しぶんぎ座流星群目当てに、ここに泊まりに来ているのだった。
流星群を見る為には、早朝というより、まだ夜中と言われる時刻に起きなければならない。
子ども達は、早い時間から眠りについている。そして、両親は、仮眠を取った後、日付が変わった頃に、起きだしていた。

コーヒーメーカーでコーヒーを淹れて、一息つく。まだ眠っている子ども達を見ながら、小声で会話をしていた。

「新一は、ホームズと一緒で、天文には興味がないって思ってたわ」
「うっせーな。ホームズの推理力は尊敬してっけど、何もかも同じって訳じゃねえよ」
「でも、わざわざここに流星群観測に来たのは、あの子達の為よね」
「ああ。天体の事をそれなりに知ってはいても、流星群を見に来ようと思う程に好きなワケじゃねえからな。にしても……あいつの星好きは、一体、誰に似たんだか」
「絵本の影響よ。星空の写真やイラストに、コメントが付いている絵本が、ここ数年ブームになっているの」
「へえ……」

妻が、立って荷物の所に行く。そして、一冊の絵本を取り出して来た。

「写真そのままじゃなくて、星座のイラストを重ねて加工してあるんだな……にしても、この星座……」
「ええ。ギリシャ神話に、東洋の神話での星座をミックスして、採用してあるわよね」
「大きな柄杓と、小さな柄杓……大熊座に含まれる北斗七星と、小熊座だよな」
「うん。小熊座に北極星があるのは知ってたけど、小北斗七星だって事、わたし、初めて知ったわ」
「まあ、今の時代、明るい星じゃねえと見えにくいからなあ。普通の北斗七星はともかく、小北斗七星は、今の北極星であるα星のポラリスと、昔の北極星であるβ星のコカブ位しか、まともに見えねえから」
「えっ!?北極星って、変わるの?」
「……まあ、天の北極に一番近い、明るい星が、そう呼ばれるだけで。地球は歳差運動があって、天の北極は少しずつずれて行くから、北極星も変わって行くんだよ」
「はああ。新一ったら、天体の事は好きじゃないなんて言いながら、わたしよりずっと詳しいんだから」

夫が、時計の針を見る。

「そろそろ、あの子達を起こす時間だ……おや?」
「お父さん、おはよう」

親が起こすより前に、起きて来た息子を見て、父親は目を細めた。

「花蓮(かれん)を起こして来てくれる?」

母親が声をかけると、子どもは元気良く

「わかった!」

と言って、まだ寝ている妹の方へ向かった。

「あいつ、妙にシッカリしてるよな。ひとつしか違わないのに、妹の面倒を良く見てるし。一体、誰に似たんだか」
「あら?新一だと思うわよ。新一には妹も弟もいなかったけど、あの年の頃、わたしの面倒見てくれてたじゃない?」
「そうだっけな」
「そうよう」

花のように笑う妻を、夫は眩しそうに見詰めていた。



   ☆☆☆



「おじさん!おじさんも、流星群を見に来たの?」

望遠鏡を設置していた男は、突然現れた子ども相手に、目を丸くしていた。向き直って律儀に応える。

「……そうだね。僕は、北斗七星が一番好きだけど、他の星も好きなんだよ。夏の空を彩る、七夕ゆかりの星達や、赤星も素敵だけど、冬の空は、三ツ星や天狼(てんろう)星が、それは見事な姿を見せる。天狼星は、全天で一番明るい恒星なんだ」
「赤星って、蠍座のアンタレス、天狼星は、シリウスだよね?」
「そう。坊や、物知りだね。緯度が変わると、見える星は多少変わるけど。東洋でも西洋でも、同じ星に対してそれぞれに、星の名前をつけたり、星座の設定をしたり、したんだよ」
「そっかあ。星は、すごく遠い所にあるから、地球上の至る所から、同じ星の姿が見られるんだよね」
「そうだよ。坊や、頭が良いね」
「僕、コナンっていうんだ。おじさんは?」
「コナン……?まさか君、あの時の……!?」

男が目を見開いて、子ども……コナンの肩を掴んだ。

「痛いよ!」
「あ……ごめん……はは、まさかね。あれからもう、十年が経ったのだし……」

男は、コナンの肩を離し、顔を覆った。

「ナナ……」

男の口から漏れた言葉に、コナンは首を傾げる。
男は、コナンの方を見やり、苦笑して言った。

「ああ。ごめん。僕は、コースケっていうんだ」
「コースケ!?おじさんって、もしかして、『星を探しに』の絵本を描いた人!?」
「……ああ、そうだよ。坊や……コナン君、読んでくれたんだね。あれは、絵本と言っても、もうちょっと高学年向けだと思うけど。やっぱり、コナン君って、頭が良いね」
「えへへー。でも、まだまだだよ。僕、工藤新一を超える探偵になりたいんだ!」
「探偵……?」
「おじさんは、工藤新一って知らない?」
「いや。僕が知っている探偵は、たった一人だけだよ。コナン君、君、お兄さんはいない?」
「お兄さん?ううん、妹ならいるけど」
「……そうだな。兄弟で同じ名前の筈はないし……」

コースケの言葉に、コナンは首を傾げた。

「もしかして、おじさんって、江戸川コナンに会った事ある?」
「ああ。やっぱり君、そのコナン君の……?」
「お父さんとお母さんから、話を聞いた。お母さんの大切な家族だったけど、今はもう、この世にはいないんだって」

コースケの目が見開かれる。その目から涙が滲むのを見て、コナンは目を見開く。

「コースケさん?」
「あ。ご、ごめん……その子、江戸川コナン君……亡くなったんだね、その……もしかしたら、君のお母さんの弟さん、かな?」
「ううん。親戚に江戸川っていないし、その人は死んだんじゃないって言ってたよ。写真で見ても、僕に良く似てるけど、どんな人なのか、知らない。でも、今はまだ話せないとか、言われててさ。僕が大きくなったら、詳しく話してくれるって」
「そっか……」

コースケは、不得要領な顔をしながらも、頷いた。

「僕、コースケおじさんの絵本を見て、星の事、好きになったんだよ!だから今夜、お父さんとお母さんに頼んで、流星群を見に来たの」
「それは、嬉しいね。あの絵本を見て、星が好きになってくれたなんて、こんなに嬉しい事はないよ」

コースケは微笑んだが、その目は、寂しそうな色をたたえていた。

「僕は今夜、流れ星に願いをかけようと思って来たんだ」
「流れ星って、宇宙のチリが地球に落ちた時、空気の抵抗の摩擦熱で燃えてしまう時の光でしょ?願い事なんか、叶えてくれるの?」
「ははは。まあ、そうかもしれない。でも、天体が大きな力を持っていて、人間に少なからず影響を与えているのは、確かだし。叶えてくれるかは、分からないけど。願うだけなら、タダだしね」


その時。

「おおーい、コナーン!」

男性の呼ぶ声が聞こえた。

「あ。お父さんだ!じゃあね、コースケおじさん」
「ああ。じゃあ」

コナンは、手を振って駆けて行き、コースケは、笑ってそれを見送った。



   ☆☆☆



「ったく、チョロチョロしやがって。ホント、目が離せねえな、オメーは」

駆けて来たコナンの襟首をひっ捕まえて、父親……工藤新一は、文句を言った。

「だって、お父さん、僕にこの眼鏡かけさせてるじゃない。だから、お父さんには僕の居場所、すぐ分かるでしょ?」
「これは、いざという時の為で、オメーがチョロチョロして良い為じゃ、ねえんだよ!」
「いってーっ!」

新一からゲンコツをもらい、コナンは叫び声をあげた。新一の妻でありコナンの母である蘭が、クスクス笑う。

「新一って、そんなとこ、工藤のお義父さんより、わたしのお父さんに似てるわよねー」

妻の言葉に、新一は余程ショックを受けたのか、コナンの襟首をひっ掴んでいた手が緩み、コナンはするりと逃げ出してしまう。
蘭は、クスクスと笑って、夫の頬をツンと突いた。

「まるで、十年前の、お父さんとコナン君みたい」
「……」

新一は、渋面を作る。
蘭は、新一の眼鏡を取りながら、言った。

「でも、お父さんしてる新一も、好きよ」
「ら、蘭……」

ラブラブな雰囲気に突入し始めた両親を、コナンは妹の花蓮からひっつかれながら、呆れ目で見ていた。

その時、視界の端に、動くモノが映った。

「ながれぼしー!」

花蓮の声に、新一・蘭・コナンとも、我に返る。
一年中でたった数時間しかない、しぶんぎ座流星群の、光の饗宴。それが、今、始まったのだ。

コナンと花蓮もだが、新一と蘭にとっても、流星群を実際に見るのは、初めての事だった。
そして、どうやら、今回は、「当たり」の年だったようで。
次々と、小さな光が走って消えて行く。

「すげえな……」
「綺麗ね……」

寄り添い合う夫婦と、兄妹。

「願い事、しなくて良いのか?」
「……わたし今、充分、幸せだもん。これ以上、何かを願ったら、バチが当たっちゃう」
「蘭……」

「ながれぼしさま、えーと……あん、消えちゃったあ」
「願い事するなら、素早くやんないと、すぐ消えちゃうぞ」
「わかってるもん!あ、また!えーと……」

花蓮は、なかなか願い事を言い切る事が出来ずに、何度も挑戦していた。
コナンは、はなから、願い事をする気はないようだ。

凍りつくような寒さだが、一家はそれも忘れたように、光の饗宴に見とれていた。



   ☆☆☆



早朝、流星群を見に行った一家は、昼近くになってもまだ寝ていた。携帯の着信音で、新一は目覚めた。

「はい、工藤です」
『警視庁の、高木です』

寝ぼけ眼だった新一の目がハッキリとして、探偵の眼差しに変わる。

「美和子刑事。事件ですか?」
『ええ。でも、本庁の事件じゃなくて、静岡県警管轄なの。横溝警部から、毛利さんの応援を借りたいって事だったけど、連絡取れないし、行くのに時間がかかるし。確か、工藤君達が朝霧高原にいたはずだって思い出して』
「……分かりました。こちらから、連絡取ってみます」

新一は、高木(旧姓佐藤)美和子刑事から聞いた、横溝参悟警部の連絡先に電話をしてみた。
そして、御殿場市のホテルで、殺人事件が起こった事を聞いた。

心得ている蘭は、電話の間に、コーヒーを淹れ、ミルクとパンを温める。

「お父さん、僕も行く!」
「蘭、どうする?オメー達も一緒に来るか?それとも、留守番して置くか?」
「もちろん!一緒に行きます」

学生時代に結婚した新一は、探偵事務所をおこし、妻である蘭は、助手兼事務員として働いている。
探偵活動をする新一に、ついて行く事も多く、最近は子連れで行く事も少なくなかった。

「コナン君。お父さんのお仕事、しっかりお手伝いするのよ」
「はあい」

10年前、中身17歳の江戸川コナンに「邪魔しないのよ」と言っていた蘭が、今は正真正銘7歳の工藤コナンに「お手伝いするのよ」と言っている。
その差に、新一は苦笑したが、実際のところ、コナンは7歳にして、役立っている事も少なくないので、文句を言う気はない。

どちらにしろ、今日帰る予定だったので、ペンションのチェックアウトをして、一行は車に乗り込んだ。

「じゃあ、行くぞ」

新一の運転する車で、横溝警部から指定された、事件現場であるホテルへと向かった。
国道139号線から、上井出インターチェンジで県道72号線に入り、国道469号線に出、富士山の裾野をまわって、東側へと向かう。
朝霧高原から御殿場市に向かうには、もっと富士山寄りの富士スカイラインもあるが、この冬場、カーブの多い道は危険であろうし、時間的に早くなる訳でもないので、無難に国道の方を選んだ。

晴れているので、この道からも雄大な富士山の姿が良く見え、子ども達は何度も歓声をあげた。
朝霧高原に向かう時は、夕方から夜にかけてで暗かった上に、東名高速道路を使った為、富士山の姿は殆ど見えなかったのだ。

一応、チェーンの準備はしてあるが、今年は晴天続きで、今のところスタッドレスタイヤのみで運転している。
ただ、積雪はなくても、晴れた分、夜間の冷えは半端ではなく、おそらく道路は凍結していただろうと、新一は思っていた。

富士サファリパークの前を通る時、子ども達から、新一の今回の依頼が終わったら、そこに行きたいような発言があったが。

「また、今度な。春休みに連れて行くから」

と、次の約束をして却下する。

やがて、車は、御殿場市に着いた。
横溝警部から聞いた住所をナビに登録し、後はナビに従って、現場に向かった。



   ☆☆☆



「おや?君は、コナン君じゃないか!久し振りだなあ!」
「……江戸川コナン、探偵さ!」
「こら!コナン、大人をからかうんじゃないの!横溝警部、あのコナン君がいたのは、10年前ですよ。同一人物の筈、ないじゃないですか」
「君は、蘭さん?しばらく見ない内に、綺麗になったねえ。そうか、もうそんなに経つのか……じゃあ、この子は?」
「わたしの息子、コナンです。コナン、こちらは静岡県警の横溝警部よ。ご挨拶しなさい」
「こんにちは。工藤コナンです」
「え……?工藤……?」
「こんにちは、初めまして、横溝警部。工藤新一です」
「おお!君が工藤君!お噂はかねがね。って、え?って事は、もしかして、君、毛利さんの娘さんと?」
「8年前に結婚しました。息子のコナンと、娘の花蓮です」
「おお、そうか、工藤君は、毛利さんの娘婿になったんだね。という事は、この子達は、毛利さんのお孫さん!いや、工藤君も、毛利さんのような素晴らしい師匠がいたから、名探偵になったんだねえ」

新一は笑っていたが、その頬が引きつっていたとしても、仕方がないであろう。
不思議な事だが、新一がコナンだった頃は、散々関わった事があった横溝警部だったのに、元の姿を取り戻してからは、関わる事も、会う事すら、全くなかったのである。

新一は、横溝警部から事件の説明を受けた。

昨晩未明に、ホテルで殺人事件が起こった。
殺されたのは、星野という初老の男。
小さな出版社の社長であるが、最近、いくつかの出版物が売れて、それなりに経営が成り立っていた。

死亡推定時刻は、午前四時〜四時半。
発見されたのは、ホテルの宿泊室で、鑑識の結果、殺害現場もそこであろうという事だった。

容疑者としてあげられたのは、3人。
それぞれ、その出版社で本を出し、そこそこヒットさせた人物で、それぞれに星野社長とは、発行部数や内容のチェックなどの、細かなトラブルを抱えていた。
ただ、どれも、それだけを見るなら、殺人まで行うには動機が弱いとも、考えられた。

「昨晩は全員が、このホテルに宿泊していました。このホテルはカードキー方式で、外出時にフロントにキーを預ける習慣がなく、外出していても分かりません。そして、三人とも、昨晩というか早朝、ホテルから離れた別の場所にいたと、主張しています。ただ、それを証言する人がいるのは、その内、二人だけでして……」

アリバイ証明が出来ないのは、水谷浩介という男性だと、説明された。

「水谷浩介……?」
「ええ。……工藤君、ご存知ですか?」
「どこかで、聞いた事がある……どこでだったか……まあ、同姓同名の可能性も、ありますけど……」

新一は、首を傾げた。
如何に記憶力の良い新一でも、今迄、多くの人物と関わって来たのだから、行きずりのような関係であれば、記憶の引き出しから取り出すのにも時間がかかるのだ。

「そうですか。実は、自分も、記憶のどこかに引っかかっておりまして……顔は見覚えがなかったのですがね」

新一は、三人の被疑者に会い、それぞれに話をする事にした。
その間、蘭と子ども達は、ロビーで待っていた。

三人の最後に会ったのが、アリバイが証明されていない、水谷浩介である。
顔を見た時、新一は目を見開いた。

「あなたは……!」
「ん?やっぱり、知っている人ですか?」

対する水谷浩介は、新一に見覚えはないらしく、ポカンとしていた。

「……横溝警部。10年前、北斗七星の形になぞらえて、連続殺人が行われた時の事を、覚えていますか?」
「10年前……?」
「何者かが松本警視に化けて警察を欺き、東都タワーで警察官達が襲撃された事件が、あったでしょう?そちらの事件の方は、大がかりな闇組織が裏にあった事が、後に明らかになりましたが。同時に行われていた連続殺人事件の方で、一時期、犯人の疑いを掛けられていた男性です」
「あーっ!思い出しましたよ!自分も、松本警視に化けた何者かに襲撃を受けて昏倒してしまい……なので、直接会う事もなかったのですが、結局犯人だった男性の、亡くなった妹さんと、恋人同士だった人ですね!」
「そうそう、その、水谷さんです」
「あ、あの……」

新一に面識のない水谷浩介は、目を丸くしていたが、やっと口を挟む。

「僕、覚えてなくて、すみません。あなたは、あの時の警察の方ですか?」
「いえ。僕は、ただの私立探偵です。事件に直接関わった訳ではないですが、後から話を聞きましてね。そうですか、『星を探しに』の絵本を作ったコースケさんは、あなたでしたか」
「はい。ナナの好きだった星の世界を、一緒に追い掛けて行こうと思って……」
「星野社長は、その絵本を出版している星野出版の社長ですね?」
「ええ。星を題材としている事が、出版社の名前やイメージと合致しているとかで、気に入って頂けて、出版に至って、そこそこヒットしまして。社長には感謝してます」
「ですが、最近、社長とはトラブルがあったとか……?」

新一は鋭い眼差しを浩介に向ける。
新一の心証として、浩介は人殺しをするような人物ではない。
けれど、探偵をやっている以上、先入観は禁物だ。
個人的感情は出来るだけ排除し、冷静に見極めようと努める。

浩介は、真っ直ぐに新一を見返した。

「ありました。僕の拘った部分を、社長は不要なものとして切り捨てようとしました。その事では、随分、衝突していたと思います」
「……成程。犯行時刻とされる、今朝がた四時から四時半ごろ、あなたはどこにいらっしゃいましたか?」
「朝霧高原にいました」
「朝霧高原……?そんな所まで、何をしに?」
「流星群を見に行ってました。そこを離れたのは朝方、流星群を見終わった後で。多分、午前四時を完全に回っていたと、思います」
「成程。朝霧高原からこの御殿場までは、車を飛ばしても、どの道路を使っても、犯行時刻までに帰って来る事は、ほぼ不可能だ。たとえ東名高速道路を使うにしても、今朝がたは路面凍結していたから、速度規制もあったし、インターチェンジまで行くのにも時間がかかった筈。ただ、問題は、朝霧高原で流星群の観察をしていた時に、お一人だった為に、証明する事が出来ないと」
「……子どもに、会ったんです」
「子ども?」
「でも、きっと信じて貰えませんよね。あんな所で、夜中に、子どもに会うなんて」
「……どんな子どもでした?」
「眼鏡をかけた、小学一年位の男の子で……名前は、コナンと」

新一と横溝警部は、顔を見合わせた。
尋ね顔の横溝警部に、新一は頷いてみせた。



   ☆☆☆



「コナン君。あのおじさんに、見覚えはあるかい?」

覗き窓から、一人の人物を見せられたコナンは、大きく頷いた。

「うん!ゆうべ、流星群を見に行った時に、会ったおじさんだよ!」
「そうか。コナン、その時の星の配置を、覚えているか?」
「配置?」
「北斗七星が、どの向きだったか、覚えているだろう?」
「うん。あのね、柄杓の水を汲む所が、下向きになってた。北極星を探す時に使うふたつの星が、ちょうど北極星の真上に縦に並んでたよ」
「そっか。じゃあ、あのおじさんと会ったのは、オレが呼ぶちょっと前か?」
「うん。僕、お父さんに呼ばれたから、おじさんにバイバイしたんだもん」

新一はコナンに向かって頷くと、横溝警部に向き直った。

「横溝警部。僕達は、流星群の観察の為に、朝霧高原のペンションに宿泊していました。僕達が起きて、ペンションを出たのは、午前二時過ぎ。コナンはその後、いつの間にか、ふいっと姿を見せなくなっていました。一応、発信機と通信機を持たせていたので、暫くそのままにして置きましたが。その後、コナンが僕の呼び声に応じて戻って来たのが、午前三時半頃です。今の時期、北斗七星の柄杓の水を汲む所が、下向きになるのは、午前三時過ぎ。コナンが彼と会っていたのは、その頃に間違いありません」
「そうですか。コナン君が水谷さんと一緒にいたのは、午前三時から三時半頃。多少、時間の幅があったとしても、そこから御殿場まで四時半までに辿り着くのは、不可能ですな。彼のアリバイは立証されたとして、ほぼ間違いないでしょう。工藤探偵、コナン君、貴重な情報を、ありがとうございました」

そして。
他の二人の容疑者は、証言があった為、アリバイは完璧と、思われていたのだが。
新一が話の矛盾をついた事で、一人の証言者が偽証していた事実が分かり、事件は無事、解決した。
犯人は、出版の方ではなく、男女の関係絡みのトラブルで、星野社長を恨んでいた事も、分かった。



   ☆☆☆



容疑が晴れた水谷浩介は、新一達の姿を認めると、頭を下げた。

「おじさん!」

コナンが浩介の所へ駆けて行く。
浩介の目は、やや潤んでいた。

「この子は、本当に、10年前に出会った同じ名のコナン君と、ソックリですね」
「……まあ、血縁者では、ありますからね」

新一が答えた。
実際の所、江戸川コナンは新一の仮の姿で、今の工藤コナンとは親子なのだが、それを浩介にも、今の時点でコナンにも、告げる気はない。

「お世話になりました。冤罪を晴らして頂いた事、お礼を言います」
「いや、それは、僕の仕事ですから」

新一は、浩介の目に力がなく、微笑みが儚い事が気にかかっていた。

「もし、このコナン君と会っていなかったら、僕は、殺人犯として連れて行かれたかもしれないですよね」

新一は、自分が呼ばれたからには、コナンと会っていたという証言がなくとも、真犯人の証言の矛盾を突いて、真実を突き止めたに違いないという自負はあるが、それは言わずに、話の続きを待った。

「もし、僕が、朝霧高原でコナン君に出会う事がなかったら。僕は……アリバイ主張などせず、犯人ですと自ら名乗ってしまったかもしれない。でも、警察の方々にアリバイを聞かれた時、僕は……コナン君の眼差しを思い出してしまった。嘘をついてはいけないと、思った」
「おじさん……?」
「僕が、流星群の中で祈った事は、ナナに会いたい、という事です」

新一は、ハッとしたように浩介を見る。

「でも、それは……!」
「ええ、分かっています。僕は、自殺する気は、ないんです」

新一は、そして何となく事情を察した蘭も、目を見張る。

「それでも。ナナに会いたい、どうしようもなく、早くナナの所に行きたいと、願ってしまう事がある。生きなければと、それが義務だと、頑張って生きているけれど。この胸にポッカリ開いた穴が、塞がる事は、ないんです……」
「水谷さん……」
「でも、僕が、死を考えてしまった時、10年前も、そして今日も、目の前に現れたのは、コナン君でした。10年前のコナン君と、このコナン君は、きっと違う子なのでしょう。でも、僕には……ナナが僕を叱る為に遣わした天使なのじゃないかって思える」
「……!!」
「僕が、ナナの傍に行く事は、きっとまだ、許されてない。きっと、最後まで生きなきゃ、ナナの元に行く資格はないんですね」

浩介の微笑みは、まだ弱々しかったけれど、先程までのように儚いものではなくなっていた。

「水谷さん……!」
「ナナが、自分の命と引き換えに助けた、6人の人を、僕は……十年前、見殺しにした。もっと早く警察に行っていれば……、お義兄さんの計画を、伝えていれば……助かった人も、いたかもしれないのに。だから、僕も罰を受けなければならない。生き続けて、罪を贖わなければ……」
「そうじゃない、水谷さん!罪を償う為ではなく、幸せになる為に、生きて下さい。それこそを、きっと、本上ななこさんも、望んでいる!」
「ナナの居ない世界で、幸せになるなんて……ナナを忘れるなんて、出来ない、僕には!」

その時、突然、蘭が新一の前に立ちはだかり、涙を流しながら浩介に迫った。

「違う!違います!ナナさんを忘れずに、幸せになるんです!」
「忘れずに?ナナの事を……?」
「水谷さん、ここに……あなたの胸に、ずっと、ナナさんは居るから……いつも、一緒だから……だから、忘れないで、一緒に、幸せになって……!」

浩介は、目を見張った。
そして、ふっと微笑む。

「……ナナは、とても優しい子だった。だけど、僕が間違っている時は、いつも叱ってくれました。今のあなたのように。ありがとう」

さっきまでとは異なる、晴れやかな笑顔を残して、浩介は去って行った。

「生きて、幸せになります、きっと。……ナナと一緒に」



   ☆☆☆



「新一、どうしたの、新一?」

突然、自分を強く抱き締めた夫に、蘭は戸惑った声を出した。

「……何でもない。ただ、昔の夢を、思い出しただけだ」
「新一。まさか、泣いてるの?」
「誰が泣くか、バーロ!」

子ども達二人は、また、両親のイチャイチャが始まったと、呆れ半分に遠巻きにして見ている。

新一は、思い出していた。
黒の組織との苦しい戦いをしていた頃、自分自身の姿が失われ、小さな子どもの体で生きていた頃の事を。
ジンとウォッカが銃を構えて待ち受ける場所で、最愛の女性・蘭が、何も知らずにドアを開けようとする、なのに自分は何も出来ない、身も心も引き千切られるような悪夢を見た時の事を。

東都タワーで、水谷浩介に会った時。
最愛の女性を失い、「死んだって良いんだ」と言う浩介に、コナンは、「その気持ちは僕にも充分、分かる」と告げたのだけれど。

もしも、あの時、蘭を失うような事があったとしたら。

『気持ちが分かるなんて、嘘だ、大嘘だ!オレは、オレには、分からない、分かりたくない。絶対に、分かりたくなど、ない!』

過去にも未来にも、今、腕の中にいる存在以上に、大切なものなど、ありはしない。
自分自身よりも、ずっとずっと大切な存在。

あの時も今も、新一は、浩介に「死ぬな、生きろ」としか、言えないけれど。
エゴイスティックと言われようと、もしも蘭が失われたりしたら、自分は生きて行けないだろうと、思う。

「新一……?」
「蘭。お前は、死ぬなよ。絶対、死ぬんじゃねえぞ!」
「もう、バカ!わたしにだけ、誓わせないでよ。新一が死んだりしたら、わたし、許さないから」

「お兄ちゃん。どこ行くの?」
「横溝警部のとこ。父さんと母さんは、しばらく、ほっとこう」

子ども達が呆れ果てて傍を離れた事にも気付かず、新一と蘭は、二人だけの世界を作っていた。



   ☆☆☆



後日、別の出版社から出された、コースケの絵本は、やはり、静かなブームとなった。


その本の最後には、
「我が永遠の妻ナナへ」
という一文が、添えられていた。



Fin.



+++++++++++++++++++++++++++++


このお話は、2009年名探偵コナン映画「漆黒の追跡者(チェイサー)」の補完話というか、後日談というか。

私、あの映画は、摩天楼に次ぐ位、大好きなんです。その理由は、何と言っても、冒頭にありますね。
ま、確かに、心臓にむっちゃ悪い場面ではありますが。コナン@新一君が、どんだけ蘭ちゃんを愛してるかってのが、胸に痛い程迫って来る。

だからこそ、あの映画の中では、蘭ちゃんが蚊帳の外であっても、出番が少なくても、気にならない。
それに、最終場面の美味しいとこでは、ちゃんと登場して重要な役目をしてますしね。

一生懸命立ち上がろうとする蘭ちゃんが、新一君の声に安心して、また気絶するってのも、新一君への甘えを感じられて、愛があって良いわあ、と思いました。
蘭ちゃん、強いんだけど、甘えて頼る対象が新一君だけ、ってのが、萌え萌え萌え〜!でございます。

ただ、テレビ放映された時。改めて気付いた、突っ込みどころもありました。
DAIGOさんが声を当てたあんちゃん、水谷浩介君。
麻酔針打ち込まれて「ああっ」と情けない声をあげて倒れた後、結局、最後まで放置プレイ。
一応、連続殺人事件では、重要な役どころではなかったんかい!?
まあ、あっけなくそのシーンで消えたのは、真犯人の兄ちゃん・和樹さんも、一緒なんですがね。

黒の事件と、連続殺人事件の二重奏、だけど、黒だけがクローズアップされて(まあ、そっちのが重要ってのは分かるけど……)、連続殺人事件の方は、最後、おざなり。
うーん、さすがに、何だかなあ。
ラストでちょっと位、触れてても良いのに。
せめて、「ナナの事を心に大切に温めながら生きて行く」っちゅう、浩介君の決意が、コナン君に語られる、なんて部分が、あっても良かったのになあ。
別に、哀ちゃんと並んで話をしなくても良いじゃん!(←そこかい!)
というのもあって。色々考えている内に、このお話が生まれたのでございます。

私は個人的に、未来話を書く時に、新一君と蘭ちゃんの子どもの名前を、コナン君ってつけるの、あんまり好きじゃないですが。
何故なら、新蘭の子どもは一個の独立した人格であり、江戸川コナンと同じ名前を付けて欲しくはないのです。

ですが今回は、私のこだわりを捨て、水谷浩介さんとの邂逅の為に(?)、敢えてコナン君にしました。

さて、このお話。
出番はさほど多くなく、あんまりラブい場面がある訳でもありませんが。
一応、「新蘭」で良いのかなあ?「カップリングなし」でもないし。工藤コナン君は、狂言回しであって、主役じゃないし。私の気持ち的には、やっぱり、新蘭だよなあ。うん、良い事にしよう、そうしよう。

ということで、誰が何と言ってもこれは新蘭話です。


2012年1月8日大阪インテックスにて発行
2018年2月8日サイト用に脱稿
戻る時はブラウザの「戻る」で。