人生最大の贈り物



byドミ



「蘭、もう具合は良いのか?」
「うん、大丈夫だよ」
「明日の飛行機は、朝10時の出発だ。時差の関係で、到着は明後日の12時半。次の日には学校だから、今日はもう、休めよ」
「新一、もうちょっとだけ。・・・今夜は、12時まで、起きていたいの」
「はあ?12時ぃ?何があんだよ?」
「お願い」

蘭が、無意識に上目遣いで新一を見詰め、新一はあえなく陥落しそうになる。
すぐ近くで、クスクス笑いが聞こえた。

「新ちゃん。蘭ちゃんの好きなようにさせてあげなさい。ニューヨーク最後の夜なんですもの」
「ったく。帰った途端に寝込んで、学校を休む羽目になったって、知らねえからな」

母親・有希子の言葉に、新一は溜息をついて、両手を上げた。


工藤新一と毛利蘭は、今年帝丹高校に入学したばかり。
高校生活最初のゴールデンウィークを、新一の両親からの招待を受けて、アメリカ旅行に来た。
けれど、それももう、最後の晩になる。
明日は、日本へ向かう飛行機に乗る。


せっかくの旅行だが、殺人事件があったり、雨に打たれたりして、蘭が風邪を引いて熱を出し寝込んでしまった。
しかしさすがに、若く健康な蘭は、一晩休めばすっかり回復し、今日はセントラルパークでゆったりと過ごした。
けれど蘭は、色々あった一日の出来事を、すっかり忘れてしまっていて。
新一は、心配だったのである。


今夜、旅行の最後の晩は、新一の両親と共に4人で、芝居見物と食事をして過ごし、先ほどホテルに引き揚げて来たばかりだった。
もう夜も遅く、夜中までいくらもない。
新一は、蘭の頼みを入れ、夜中までお喋りをしながら過ごす事にした。

・・・とは言え、お喋りが十八番なのは女性の方で。
蘭と有希子が喋りまくっているのを、新一はボーっとしながら聞いているというような状態だった。


新一の両親が、新一一人を日本に残して、ロスに移住してから、既に1年以上が過ぎている。
新一は、両親との仲は悪くない、いやかなり良好な方だと思うけれど、もう、親を恋う年頃でもない。
全く寂しくない訳ではないけれど、離れていても、信頼し合って、過ごして行く事が出来る。


新一にとっては、幼馴染の蘭と共に在る事の方が、ずっとずっと大切だったから。
両親の移住の話を聞いた時、日本に残るという意思表示をした。
両親も、おそらくは新一の気持ちを分かっているのだろう、四の五の言わずにそれを受け入れてくれた。


ただ、残念ながら、新一がこの世で一番大切に想う蘭とは、まだ「ただの幼馴染」である。
蘭の方は、新一を男性と意識している訳ではなかろうと、新一は思っていた。


新一の元に、高校入学祝いと称して、蘭と2人分の航空チケットが送られて来た。
蘭がどう返事するのか、不安だったが、蘭はふたつ返事で承諾した。

偶然にも、蘭の父親小五郎が、町内会の旅行に行く事になっていたので、言い訳に苦慮する事なく、蘭は家を出て来たのであった。
新一の両親からの招待だったし、別に、後ろめたい訳ではなく、騙す積りだった訳ではないけれど、結果的にそうなった。

後々、その事で、小五郎はチクチクと言い続ける事になるのである。


それはともかく。

新一の両親の家はロスにあり、今、ニューヨークでは、ホテルに宿泊しているのであるが。
当然の事ながら、部屋割りは、「新一・優作」「蘭・有希子」と、男女に別れていた。
新一としては、蘭と有希子がお喋りしているだけなら、自分がその部屋にいなくても、と思わないでもなかったのだが。
自分の部屋に帰ろうとすると、有希子にやんわりと引き留められて。
結局、ここに居る。


「・・・サマータイムになってんだからな。12時も、サマータイムの12時って事で、忘れんなよ?」

新一が、ぼそっと言った。

「もう、新ちゃんったら。昨日苦い思いをしたばかりなんだから、忘れる訳、ないでしょ?」

有希子の言葉に蘭が小首を傾げている。
どうやら、蘭はそこら辺まで含めて忘れているのらしいと、新一は少しばかりガッカリした。
けれど、蘭には辛い体験ばかりの1日だったから、あえて思い出して欲しい訳ではない。


「小母さま。そろそろ・・・」
「ええ、そうね。蘭ちゃん、いい?」
「ハイ、OKです」
「蘭?母さん?」

新一の疑問符を無視して、有希子は腕時計を見ながら、カウントダウンを始めた。

「・・・3、2、1、ゼロ!」
「新一」「新ちゃん」
「誕生日おめでとう!!」

そして、二人同時に、リボンをかけた箱が新一に手渡された。

「へ!?」
「新一、やっぱり今年も、忘れてた!」
「新ちゃん、今日で16歳よ。・・・日本時間でなら、もうちょっと早く16歳になってたんだけどね」
「ああ・・・時差があるからな。そっか、5月4日、オレの誕生日・・・か。2人とも、ありがとな」


新一は、驚きつつも、素直に礼を言った。


ゴールデンウィークの最中の、新一の誕生日は。
何故か本人が毎年スコンと忘れていて。
毎年、それを思い出させてくれるのは、蘭と有希子なのである。

新一は、大切な人の誕生日は忘れないし、記念日関係にも疎い訳ではないけれど。
何故か、自分自身の誕生日には無頓着だった。


「新ちゃん。優作にもちゃんと、お礼を言ってよね。今回の旅行、春休みじゃなくて、あえてこの時期にしたのは、優作の提言なんだから」
「ああ。わーってるよ・・・」


新一は、両親が時折見せる、過剰なまでの愛情表現に、苦笑しつつも感謝していた。
新一の誕生日を祝う為に、わざわざゴールデンウィークに呼んだという事も、だけれど。
そこで「蘭も一緒に」と考える辺りが、並の親ではないと思う。

両親には分かっているのだ。
新一にとっては、蘭と共に過ごす時間こそが、何よりも大事だという事が。


   ☆☆☆


蘭は、今日の自分が今迄と異なっている事を、自覚していた。
新一と共に居ると、妙にドキドキする。

「何だろう・・・わたし・・・変・・・」

蘭は、大好きな幼馴染相手に、今までとは異なるときめきを覚え始めた事を自覚していた。
それが、「恋心」である事も、薄々分かっていた。

「飛行機の中で、カッコ良く事件を解決した姿を、見たから、かなあ?」

今迄と違う、「探偵工藤新一」の姿を見て、気持ちが動いたのかと、その時の蘭は思っていた。


本当は、蘭が忘れてしまった空白の一日の中で、蘭が新一に強く心惹かれてしまった出来事があったのだけれど、その時の蘭は残念ながらそれを忘れてしまっていた。
けれど、記憶はなくても、想いはしっかりと、蘭の中に根を下ろしていたのである。



新一も、有希子も、そして優作でさえも、気付いていなかった。
この旅行の中で、新一に、何よりも大きなものが贈られたのだという事を。


この旅行の中で贈られた、工藤新一・生涯最良最大のプレゼントとは。


蘭の「新一への想い」。




Fin.


++++++++++++++++


<後書き>

いつか書きたいなと温めていた割には、突貫工事で、申し訳なく。
ろくに見直す余裕もなかったので、いずれこっそり手直しするかも。

どうも、新一・蘭のアメリカ旅行は、ゴールデンウィークの時だったようなので、新一君高1の誕生日は、こうに違いない!という私の妄想です。

戻る時はブラウザの「戻る」で。