THE SALAD DAYs番外編
〜サンタが家にやって来た〜




byドミ



12月24日。
寒さはそこそこ厳しいものの、関東の冬らしくからりと晴れ渡ったイブの朝。

工藤翔が目を覚ますと、家中に甘い香りが漂っていた。


「あら、翔。おはよう」
「さすが工藤君の子、早起きね。感心だ事」
「え〜?新一君より蘭に似たんじゃないのお?」
「園子、何言ってるの。子供って元々、早起きよ」
「え?あら、そ、そう?家ではいつまでも起きて来なくて、終いには叩き起こさなくちゃいけないけど」


工藤邸の広いキッチンには、翔の母親である蘭と、蘭の友人である高木美和子、鈴木園子の3人が居て。
3人で忙しそうに何やら作業が行われていた。
時刻はまだ朝の6時を回ったばかりである。

「あ!私もう、出かけなきゃ。じゃ、悪いけど、後宜しくね、蘭さん」
「美和子刑事、行ってらっしゃい、気をつけて」

警察官である高木美和子が、バタバタと身支度をする。
今日はクリスマスイブとは言え、警察には盆も正月もない。
美和子は、出勤前の僅かな時間を、今日のクリスマスパーティの準備に当てたのであろう。

「翔君、悪いけど、一志(ひとし)と真実(まみ)の事、頼むわね」
「うん、わかった。美和子さん、行ってらっしゃい」

次いで、園子もエプロンを脱いで、上着を着る。

「私もそろそろタイムリミットかな?鈴木家主催の船上パーティの準備にかからなきゃ」
「鈴木家次期当主も、色々大変ね」
「じゃ、蘭。後はよろしく〜。翔君、明日香と豊の事、お願いね」
「うん、まかせて」

翔は、ほんのりと頬を染めて、颯爽と出て行く園子を見送った。


翔の母親である蘭も、美和子も、それぞれに美人だというのは、子供である翔にも分かる。
けれど翔は幼心に、園子は3人の中で1番の美人だと思っていた。
何故なら園子は、明日香に良く似た顔立ちをしているからだ。


赤ん坊の頃からずっと一緒だった、幼馴染6人組は、全員が兄弟同然の仲であるが。
翔は既に物心ついたときから、鈴木明日香が誰よりも大切で特別な存在である事を認識していた。

園子は明日香と性格は違うが顔立ちが良く似ている為、どうしても園子を見るとドキドキしてしまう翔である。
為に、翔は園子に憧れているのかと、仲間内からでも勘違いされてしまう事があった。


「母さん。何か手伝うことない?」
「ありがと、翔。そうねえ、こっちの仕込みはひと段落しそうだから。そろそろ他の子達を起こしてきてくれると、助かるわ」


小学校も幼稚園も冬休みに入ったので。
鈴木家高木家の子供達は一昨日から、工藤邸に合宿よろしく泊まり込んでいる。
それはもう、いつもの長期休暇の光景で、当たり前になりつつあった。


翔が子供達が雑魚寝している部屋に向かうと、言い争いの声が聞こえて来た。



「ちがうもん、ちがうもん!サンタさんはいるんだもん!一志兄さんのバカあっ!」

そう叫んでいるのは、翔の妹である希望だ。
その言葉だけで、どのような言い争いが展開されているのか読めて、翔は溜息をついた。

「サンタクロースは、本当にいるのか、いないのか」

小学校2年になる翔は、クラスでも時々言い争いになっているのをよく耳にする。



「こら!オメーら、おきてんならきがえて、かお洗え!でねえと、今夜のごちそうは抜きだからな!」

翔が扉を開けて、そう一喝する。
6人の中で最年長である翔は、他の5人にとって兄でありリーダーであり、まだ幼いのに半分父親のような存在でもあった。


「だって、兄さん。一志兄さんがイジワルなんだもん!」
「お兄ちゃん、ひどいよお」
「一志にぃ、明日香ちゃんをいじめないで」

女の子3人から集中砲火を浴びて、憮然としているのは、高木家の一志である。

「けんかはいけないんだぞ」

1番年下の豊が、そう言って姉の明日香のパジャマの裾を引っ張った。


「話はあとできくから。早くきがえてかお洗って来い!」

翔はそう言って、皆を部屋から追い出し、さり気なく一志1人を残した。


「翔さん」
「一志。あのな、オレも、サンタクロースはいないって、思ってるよ」
「でしょ?でも、希望たち、まだサンタを信じてるんだよ。あんなうそっぱちのおとぎ話を」
「うん。そうだな」
「くやしいよ。ボク、ホントのこと言っただけなのに。何で、希望はなくんだろう?」
「あのな、一志。オレにもまだ、父さんみたいにうまくセツメイできないけど。サンタさんがいるかいないか、どっちが本当でもウソでも、いいんじゃねえ?」
「どっちがホントでもウソでも?だって、ウソはいけないことだろ?翔さんのお父さんの工藤探偵も、ボクのお父さんも、ウソはいけないって、いっつも言ってるよ」
「うん。だけどね。この前父さんに言われたんだけど。ウソはいけないけど、おとぎ話は、ウソとはちがうんだって」
「おとぎ話は、ウソとはちがう?」
「うん。ウソはいけないけど、おとぎ話はいいんだって。サンタクロースはおとぎ話だから、希望たちがサンタさんを信じているなら、そっとしとけって」
「・・・そうなのか」
「それにな。オレも、もし明日香が泣いてしまうのなら。サンタさんがいるかいないかなんて、どっちだっていい」
「翔さん。でもボク、サンタさんがいるなんて、ウソは言えないよ」
「オレも、サンタクロースがいるなんて、言えない。でも、希望や明日香たちが、サンタクロースの話をしても、それがウソだなんて言わないで、だまっていれば、いいんだ」
「だまっていれば、いいの?」
「モクヒケンだって、父さんが言ってた」
「モクヒケン?」
「ウソをつけないからだまっている事を、そう言うんだってさ。オレは、一志が正しいって思ってる。でも、仕方がないだろ?女の子たちを泣かせるなよ?希望を泣かすようなヤツに、希望をよめにはやれねえって、父さんも言ってたぞ」
「工藤たんていが?」

さすがに一志がショックを受けたような顔になる。
一志は幼心に、翔の妹である希望に、恋心を抱いていたのである。

「それは、イヤだろ?だから、がまんしろよ。男にはがまんが大切だぞ。さ、一志も顔を洗って来いよ」


6人の子供達が全員、着替えて顔を洗い終わり、食堂に集まる。
今朝は、ご飯と味噌汁、玉子焼きといった、和風の献立であった。

「今夜のご馳走は、洋風だからね。朝は、和食にしてみたわ」

蘭がご飯や味噌汁をつぎながら、そう言った。

既に工藤邸のリビングには大きなツリーと様々なイルミネーションが飾られている。
イブの夜は、毎年恒例になっているパーティだ。
ケーキと様々なご馳走が並ぶが、毎年メインディッシュはローストターキーである。

七面鳥を焼くのは、結婚した最初のクリスマスからずっとやっている事だと、蘭は笑う。
その最初のクリスマスに色々あったのよ、お母さんが攫われて、お父さんが助けに来てくれてね、すっごくカッコよくって嬉しかったわと、翔が幼い頃から散々蘭が聞かせてくれた話は、サンタクロース以上におとぎ話のようで。
けれど、祖父母や、高木の両親・鈴木の両親から聞いた話でも、それはおとぎ話でも何でもない、実話であるようだった。


「今年は残念ながら、園子と真さんはどうしても、鈴木家主催のクリスマスパーティに出席しなきゃならないそうだし、ちょっと小ぢんまりしたパーティになりそうね。でも、園子と美和子さんが今朝出かける前まで、あなた達の為に腕を振るっていたから、ご馳走は期待しててちょうだい」
「父さんたちは、かえって来られないの?」
「高木刑事夫妻と、新一は・・・今かかっている事件次第ね。被害にあった方の為にも、早くに解決できる事を祈りましょう」

新一と高木刑事は、数日前からある事件にかかりきりで、帰宅出来ない状況が続いている。
高木刑事は、結婚と共に組織犯罪対策部に異動となったのだが、今回、刑事部捜査1課の協力も必要な大掛かりな事件が起きて、新一や美和子も解決に協力している状態なのだ。
美和子は忙しい最中でも、子供達の為になるべく夜は帰宅しているし、昨夜は子供たちと共に工藤邸に泊まって、今朝はここから出勤して行ったのだ。

蘭自身も、事件を追う夫と共に行動する事は多い。
蘭は新一の秘書であり、仕事上でも大切なパートナーである。
けれど、状況によっては子供達の傍にいる事を選ぶ場合もある。
それぞれに多忙な蘭と園子、美和子とそれぞれの夫達は、こういう風に協力して、協同で子育てをして来たのだった。

今の翔は、そういった親達の事情を、きちんと全部分かっている訳では無論ないが。
子供心に、親が自分達を大切に思い、こうやって6人を一緒に過ごさせている事は、何となく理解していた。


昼間、子供達はそれぞれに。
蘭のご馳走作りの手伝いをしたり、テレビを見たりゲームをしたり、庭で縄跳びやボール遊びをしたり。
翔と一志は、小学校の「しゅくだい」をやったり。

そうやって過ごして、夜を迎えた。


やって来た美和子の顔は、晴れ晴れとしていた。

「・・・ようやく、ひと段落したわよ」

駆け寄ってきた一志と真実を抱き締めながら、美和子は笑顔を見せた。

「お父さんと工藤君も、もうちょっと遅れて帰って来る筈よ」
「やった!」

顔を輝かせるのは、高木刑事の子供である一志と真実、そして翔の妹である希望だ。
翔自身も、それは嬉しいのだが。
どうしても、鈴木家の子供2人、特に明日香の事が気になって、そちらをちらりと見る。

翔は手招きし、玄関脇の小部屋に明日香を伴って入り。
そしてきゅっと抱き締めた。

「翔にぃ?」
「・・・明日香。オレは、ずっと明日香といっしょにいるから。明日香は、一人ぼっちじゃないからな」
「うん。明日香、へいきだよ」

明日香の方も、翔にきゅっと擦り寄るようにしがみ付いて、そう言った。
普段、喜怒哀楽をあまり表に出さない明日香だが。
翔に対しては、甘える表情を見せてくれる。

明日香の弟である豊の方は、明日香と反対に喜怒哀楽をハッキリ表に出す方なので、翔はさして心配はしていない。
翔は幼馴染6人組の面倒を見ながらも、ずっと明日香の事が1番気にかかっているのを、物心ついた頃から自覚していた。

翔はそっと、小鳥がついばむように、明日香の唇に自分の唇で触れた。
翔がそのような事をするのは、明日香にだけ。
実の妹である希望にも、高木家の真実にも、「妹へ向ける家族としての愛情」は持っていたが、明日香はその2人とは違う、「特別」だった。


   ☆☆☆


あたりが暗くなり、パーティの準備が整った頃。
突然、暖炉(工藤邸のリビングには何と暖炉があるのだ。もっとも、普段暖房はセントラルヒーティングなので、滅多に使われる事はないが)から、何かが落ちるような大きな物音がした。

慌てて集まった子供達が見たのは、赤と白のかたまり。

「あいたたたた。着地に失敗したわい」

そう言って、立ち上がったのは。
赤に白の縁取りがある服を着て、白く長いヒゲを生やした、小太りのお爺さん〜サンタクロースだった。


「サンタさん!」
「サンタさんだあっ!!」

子供達がわあっと、サンタに群がる。
蘭と美和子はその光景を、目を丸くして見ていた。


「サンタさん、こんなにはやく、どうしたの?わたしたちがねているあいだに、くつしたにプレゼントいれていくんじゃないの?」

希望がサンタクロースに尋ねると、サンタはニコニコと笑って答えた。

「希望ちゃん。世界中には、たくさん子供達がいるじゃろ?早くから回らないと、間に合わないんじゃよ」
「すっご〜い、サンタさん、希望の名前、知ってるんだ!」
「おお、知っておるとも。君達がワシ宛に送った手紙、ちゃ〜んと届いておるからな。では、プレゼントじゃ」

そう言ってサンタクロースは、大きな白い袋からいくつかの箱を取り出した。
子供達は歓声を上げる。

「よしよし、それじゃ、歳の若い順からじゃよ。鈴木豊君。いっつも、お姉ちゃん達の言う事をよく聞いて、小さいながらも鈴木家跡取りとして頑張っているのう。君には・・・」

サンタクロースは、子供達に次々と。
子供達が母親から言われて、それぞれに手紙に書いていた「欲しいもの」を、プレゼントとして手渡して行った。
年の若い順で、豊の後は、女の子3人。
そして一志の番になる。
一志は他の子供達のように歓声を上げたりせず、じっと黙って俯いていた。

「高木一志君。君はいつも、翔君を助け、年少の子達の面倒をよく見ているね。君へのご褒美のプレゼントは、これじゃよ。ラジコンヘリ。たとえ人にぶつかっても危険がない程度の軽さとスピードのものじゃが、それでも目に当たったりすると酷い怪我をする恐れはある。遊ぶ時は、充分注意するんじゃぞ」
「え・・・?」

サンタクロースからプレゼントを渡されて、一志は喜びながらも戸惑った顔をした。

「だって、ボク・・・」
「ん?君は、サンタクロースを信じていなかったから、手紙には何も書いていなかったのにという事かね?そんな心配は要らない、サンタクロースは君達の事は何でも、お見通しじゃ」
「でもボク、わるい子です。だって、サンタクロースなんていないって、ウソついたんだもん」
「一志君。サンタを信じないのは、決して悪い子などじゃないぞ。弱い子を苛めたりせず、いつも小さい子達を庇って守ってあげてる、とっても良い子じゃよ。それに、サンタクロースはおとぎ話じゃから、いないと言っても、ウソをついた事にはならんぞ」
「・・・3がっきがはじまったら、クラスのともだちに、なんていったらいいのかな?」
「その時は、黙秘権じゃ」
「モクヒケン?」
「嘘をつきたくないが、話せば嘘になってしまうときは、黙っておれば良いんじゃよ」
「すごいね、サンタさん。ボクのそんけいしている工藤たんていと、おんなじこというんだ」
「ほほう、そうかそうか。工藤探偵に宜しくな」


そして、サンタクロースが最後に向き合ったのは、翔である。

「工藤翔君。君はいつも、他の子達の面倒を見、お母さんを良く助け、頑張っているね。君には新しいサッカーボールとシューズだ。これからも、頑張ってくれたまえ」
「ハイ。ありがとうございます」

翔は短くそれだけ答えた。

サンタクロースは、空になった袋を折り畳むと、暖炉の中に向かった。

「ワシはもう行かねばならん。世界中の子供達に明日までにプレゼントを届けねばならんのでな。それでは諸君、さらばじゃ。また来年会おう!」

そう言って暖炉の上の煙突の方へ消えて行ったサンタクロースを、子供達は笑顔で、蘭と美和子は呆然として、見送った。


「やっぱり、サンタクロースはホントにいたんだね!」
「すごいや、サンタさん、オレ、はじめてみた」
「わたしも、はじめてよ」
「みんな、ごめんな。サンタはいないなんて、ウソいっちゃって」
「いいよ、ホントのことがわかったんだもん」

子供達が興奮冷めやらずといった感じで、ワイワイと話をしながら、プレゼントを見せっこし合う。
明日香がそっと翔の手を握った。

「ん?明日香、どうした?」
「あのね、翔にぃ。わたしホントは、もしかしてサンタさんっていないんじゃないかなって、おもってたんだ」
「そうか。オレもだよ。でも、よかったな、サンタさんが来てくれて」
「うん。それにね、お母さんはサンタさんに、ちゃんとおてがみだしてくれたんだね」
「ああ、そうだな。明日香のお母さんはいそがしいけど、明日香と豊のために、てがみをとどけてくれてたんだ」

そう言って翔は、明日香の手をしっかりと握り締めた。


   ☆☆☆


そうこうしている内に、新一が高木渉刑事と共に帰宅して。
クリスマスパーティが始まった。

乾杯をして、ご馳走を食べて、ケーキを食べて。

遅ればせながら、ようやく鈴木家のパーティを終えて来た園子と真が加わり。
都合がついたそれぞれの祖父母も訪れて。

子供達に限界が来て、部屋に引き上げて眠りにおちた後は。
大人達が少しばかりアルコールを手にしながら、大人達のしっとりとした晩餐会へと移り変わる。

蘭が、新一のグラスに自分のグラスを軽く合わせて、言った。

「新一。サンタクロース、ご苦労様。でも事前打ち合わせなしだったから、ビックリしたわ」
「あれ?今年こそはやろうって、前々から言ってただろ?」
「そうだけど。事件解決が長引きそうだったから、やっぱり無理かなあって思ってたんだもん」

美和子が横から口を挟む。

「それにしても、工藤君の演技って、大したものよねえ。あれ、渉君とか真さんには、やっぱり無理だと思うわ」

高木刑事と真は、ちょっと苦笑しながら頷く。

「無理って・・・演技力なんか、なくてもやれますよ。子供達が信じている、サンタクロースの夢を壊さない、それだけで良いんですから。来年、オレがまたやれるかどうか、分からないし、お2人にも覚悟は決めておいて欲しいところですね」

新一が言うと、蘭も横から頷く。

「喋ればボロが出るなら、寡黙なサンタさんってのも、良いんじゃないかしら?それに新一だって、喋り方はともかく、声の方はアレを使ったんでしょ?」
「変声機か?サンタのヒゲに仕込んでた。声が違えば、そうそう簡単にバレはしないと思いますよ、高木刑事、真さん」
「父親が子供の為に頑張るのなら、きっと通じるって、私は信じてます」

新一と蘭の言葉に、この先も新一に頑張ってもらおうと考えていたらしい渉と真は、苦笑いをした。

「真さん。私はどうしても、この先ここのクリスマスパーティに参加するのが難しくなると思うの。だから、父親である真さんに、代わりに頑張って欲しいな」

愛する妻である園子に、上目遣いでそう言われ。
真はあっさりと陥落し、頭から湯気を出していた。


   ☆☆☆


6人は協力して大まかな後片付けを済ませると、後は明日に回し、それぞれに寝室に引き上げた。

「新一。本当にお疲れ様。でも・・・無茶、しないで。本当に煙突から出入りしたでしょ?いくら新一が身が軽くても、工藤邸の高い屋根から転がり落ちたりしたら、無傷じゃ済まないわよ」

蘭は、先程他の人の目の前では言えなかった文句を、夫に言った。

「大丈夫だよ。ちゃんと命綱はつけてたし、高木刑事もサポートしてくれたからな」
「なら、良いけど」
「・・・己の能力を過信して、怪我はしねえように、気をつけてるよ。安全管理は万全の上にも万全を期してるから、信じてくれよな。その為もあって準備に時間が掛かっちまったんだから」
「新一・・・」
「オレには、守るべきものがある。だから・・・でも、ごめんな。事前打ち合わせがなかったせいで、オメーには心配かけちまってよ」

ようやく、蘭の瞳から不安の色が消えた。

「私こそ、ごめんなさい・・・きちんと新一の事、信じてなくて・・・」

そう言って俯いた蘭を、新一は優しく抱き寄せて、口付けた。

「いつまで、あの子達は信じ続けるかしらね?」
「さあな。全部の子供達がサンタクロースが本当はいないって気付くまで、あの計画は続けるつもりだけど」

本当は、翔が物心つく前から、あの計画を始める筈だったのだが。
色々あって、結局去年までは実行出来ず。
精々、子供達が寝ている隙に、プレゼントをそっと置いておく事しか出来なかったのだった。
小学校に上がるあたりから、「サンタクロースが居るか居ないか」が、子供達の間でも論議になる。
今年は6人の間にもそういう空気を感じたので、頑張って決行となったのだった。

「今年は無事、みんな信じてくれて。まずはめでたしってところかしらね?」
「いや。翔には、見抜かれてたぞ」
「えええ!?嘘っ!」
「間違いねえ。まああいつは1番年長だし。洞察力あっから、無理かもなって最初から分かってたけど。予想通り、騙されたフリしてくれたからなあ。こっちも、翔が気づいている事に気付かねえフリ、し続けないといけねえよなあ」
「・・・じゃあ、サンタさんの正体まで、ちゃんと分かっている訳?」
「ああ、まあな。あいつは、色んな意味でオレに似てるよ」

そう言って溜息をついた新一の姿に。
不意に蘭は、ある記憶がよみがえった。

   ☆

「ステキステキ!新一、サンタさんって、やっぱりいたんだね!」
「ああ。よかったな、蘭」
「でも、サンタさん。わたしのおうちには、エントツがないから、きてくれないの?」
「ハッハッハ。いやいや蘭ちゃん、サンタクロースは魔法が使えるんだ。煙突がなくても、鍵穴だってすり抜けて入って来る事が出来るのだよ。そして今日は、蘭ちゃんがこちらの家に来ている事も、ちゃ〜んとサンタクロースにはお見通しなんだ」
「ええ?サンタさん、まほうもつかえるの?」
「ああ、そうだよ」
「蘭。でもな、みんなサンタさんって、えんとつから入ってくるって信じてるだろ?だから、これはひみつにしとこうぜ」
「うん、わかった!サンタさんと新一と私だけの、ひみつだね」
「さて、サンタクロースは忙しい。また次の子供達の所に行かねばならん。プレゼントをこっそり置いておく筈なのに、こうやって見つかってしまうのは、大失敗なのだよ。だからこれも、秘密にしておいてくれるかい?」
「うん!みんなには、だまっておくね。でも、お友だちには、サンタさんなんかいないっていう子もいるの。どうしたらいいかな?」
「嘘をつきたくないけれど、話せば嘘になってしまう時は。黙っていれば良いのだよ」
「だまっているの?」
「ああ。黙っていれば、嘘をつく事にはならないからね」

   ☆

工藤邸にいつも現れていたサンタクロースが、本当は優作が変装していたのだと、蘭が気付いたのはいつの事だったろう?
だが、蘭が今回思い出したのは、その事ではなく。

「新一。もしかして、新一も早くから気付いていて。私に話を合わせてくれてたの?」
「ああ。まあな。あの頃、蘭はクラスメートと、サンタが居る居ないで喧嘩してたろ?オレは、サンタクロースは居ねえって事、もうとっくに分かってたけど。かと言って、あんなにサンタを信じているオメーに、オレまでクラスメートと一緒になって『サンタは居ない』ってやり込めるなんて、とても出来なくてよ」
「新一・・・」

蘭はそっと新一に寄り添った。
この歳になって、改めて気付く事が、たくさんある。
新一が幼い頃から、どれだけ蘭を気遣い、愛を与えてくれていたのか。

いつもいつも、他の女の子より蘭に意地悪だった新一。
でも、本当は優しくて、ここぞという時には必ず助けてくれた新一。

そして新一が、蘭の気付かないようなところでいつもいつも蘭を気遣ってくれていた事に、今更ながら気付くのである。


「明日香ちゃんも、いつか気付いてくれるかしら?翔が、どれだけ明日香ちゃんを大切に思っているのか」
「・・・ああ。いつか、きっとな」

子供達には子供達の未来がある。
自分の力で未来を幸せを掴み取って欲しい。
親に出来るのは、それが出来る力を付ける手助けをする事だ。


幼い翔が、明日香に寄せる想いと行動とを見ながら。
蘭は今更ながらに、新一がずっと蘭に寄せてくれていた想いの深さを知る。

「新一。・・・ありがとう」
「ん?蘭、どうした?」
「ずっとずっと・・・いっぱい・・・ありがとう・・・」
「蘭・・・」

新一の胸にもたれかかった蘭を、新一はしっかりと抱き締め。
そして、口付ける。

深く甘い口付けは、2人だけの秘められた時間の始まりの合図。
幼い頃から積み重ねてきた想いは、年を経ても決して色褪せる事なく、深く豊かな愛へと育って行く。



Fin.


+++++++++++++++++++++

<後書き>

何故か、「もう書かない」と言ってた筈の、「THE SALAD DAYs」番外編。
新蘭結婚後数年の、クリスマスの光景です。

実は最初、シリーズ番外編として考えたのではなかったのですが、何故そうなったかと言えば。
早い話、「お子様の名前を新しくひねり出すのが面倒臭かった」からなんです。

この話、お子様メインのようですが、私の気持ちとしては「新蘭」話です。
最後の僅かな部分が、メインなのです。

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