さり気なく、周到に、心を込めて
(2011年ホワイトデー小説)



byドミ



オレは、高校生探偵・工藤新一。
半年ばかり前に、黒ずくめの男達の取引現場を撮影していたら、背後から殴られ、毒薬を飲まされ、体が縮んでしまって……今のオレは、小学生探偵・江戸川コナンだけどな。

小さく非力になった体のハンデを、この、灰色の脳細胞で補って、今も、次々と難事件を解決している。

ただ。
自慢の頭脳を駆使しても、なかなか上手く行かないのが、幼馴染で同級生の想い人・毛利蘭との事だ。


小さくなった事で、偶然にも、思いがけず蘭がオレ・工藤新一の事を好いていてくれてた事を知り。
それはもう、天にも昇る勢いの幸せな事ではあったのだが。

いかんせん、この小さな体だ。
それに、オレの正体がヤツらにバレたら、周囲の人間に危害が及びかねない為、江戸川コナンの正体が工藤新一である事は、蘭にも内緒。
蘭に「オレも好きだよ」と伝えて、ハッピーハッピーという訳には、行かないのだ。


蘭が、工藤新一の為に、バレンタインデーのチョコレート作りをしている姿は、目の当たりにしていながら。
工藤新一として、受け取りに行く事も出来ない。
ああ、情けねえ。

探偵事務所で、作ったチョコレートを前に、泣いている蘭に、何もしてあげられない。
本当にオレは、大バカモノだ。


蘭が寝入ったところに上着をかけてあげて。
そして、考える。
工藤新一としてチョコレートを受け取る手段を。


新一の携帯で蘭の寝姿を撮影し、チョコレートを貰って行く。
そして、蘭の携帯に写メを送り、その後、電話をかけた。


工藤新一が探偵事務所を訪れたのに、蘭は眠っていて。
目が覚めるのを待てなかった新一は、蘭が作ったチョコレートを、勝手に取って食っちまったと。
バレンタインデーのチョコだと気付く事なく、ただ、目の前にあったチョコを取って食べただけ、という話にする為に、わざと「桃型のチョコ」と言って。

蘭が新一に「バレンタインデーのチョコ」として、告白と共に送る事は出来なかったけれど。
バレンタインデー当日に、工藤新一の手元に渡ったという事で。
かろうじて、蘭の涙は、止まったようだった。




そしてオレは、その日から。
ホワイトデーにはどうしたら良いのか、考え続けていた。


バレンタインデーのチョコを貰って(というか奪って)置きながら、ホワイトデーにナシのつぶては、いくら何でも拙過ぎる。
蘭に対して、あまりにも失礼だ。

ただ、オレは、蘭のチョコレートが「バレンタインデーのチョコ」だって気付いてなかった設定になっている。
なのに、あからさまに「バレンタインデーのお返し」として、ラッピングしたお菓子を送るのも、おかしな話だろう。

バレンタインデーにもホワイトデーにも気付いてないように、さり気なく。
だけど確実に、ホワイトデー当日に、「工藤新一からのキャンディ(クッキーでもマシュマロでも良いが)」を贈るには、どうしたら良いのか。

これは、意外と難問だった。


ポストに突っ込んでおいて、おっちゃんに見つかって先に開けられたりしたら、目も当てられねえし。
かと言って、蘭の部屋に置いておくのは怪し過ぎるし。
博士を通じてとか、コナンに渡してとか、そんな事をしたら大袈裟過ぎるし。
前のように、ホワイトデー当日、探偵事務所で居眠りしてくれるなんて事、期待出来ねえし。


さて、どうしたもんかな。



   ☆☆☆



「コナン君。税務署に行くから、着いて来てくれる?」
「……税務署?」
「うん。ウチは、自営業だから、毎年、収入がどれだけあったか、確定申告ってのをやって、税務署に届け出て、税金を計算して貰わないといけないの」
「……そ、そう。大変なんだね」

オレだって、その程度の事は知っている。
作家である親父も、確定申告はやってたしな。
っていうか、親父自身にその能力はあるだろうけど、他にやらなきゃならねえ事は沢山あるし、手を煩わされない為に、いつもプロの会計士に頼んでいたが。

毛利探偵事務所では、会計士に頼むお金も捻り出すのは大変なんだろう。
っていうか、これ、おっちゃんが自分でやらなきゃなんねえ事じゃねえのか?
きっと、蘭が毎年やってたんだろうな。
簿記の資格も持ってねえ蘭には、大変だったろうに。
今は、パソコンで色々出来るから、昔よりは便利になっただろうけど。


「今年からは、ネットで確定申告してみようかって思うんだけど、取りあえず、書類を貰いに行こうと思うの」
「うん……」

蘭に手を引かれて、オレは税務署に向かった。
色々な知識があるオレだが、さすがに、税務署という所に入るのは初めてだった。


蘭が、書類を貰いに行っている間、オレは周りを見回していた。
表の垂れ幕にも書いてあったが。
確定申告の締め切りって、3月15日なんだな。


ん?
3月15日?
ホワイトデーの次の日じゃねえか。
だからどうしたって感じだけど。

忙しくてギリギリまで書類提出が出来ない自営業の人とかは、ホワイトデーどころの騒ぎじゃねえかもしれねえよな……。



ん?
待てよ待てよ待てよ。

3月14日に、税務署の封筒が、ポストに突っ込んであったら?
おっちゃんは、自宅のポストに、役所関係からの封筒が突っ込んであっても、きっと、無視するよな。
でも、蘭は、「確定申告の不備?」と慌てて、封筒を開けるだろう。

よし、渡す方法は、それで決まりだ。


オレは、さもお使いのような顔をして、税務署の大きな封筒を1枚取り、オレのランドセルに突っ込んだ。



さて。
渡す方法については、解決したが。
次は、渡すものを何にするかだ。
こちらは、渡す方法以上に、難問だ。

オレは、手作りクッキーなんか作れないし、大体、一緒に暮らしているから、そういう事も無理がある。

高価な美味い有名どころの菓子を買うのは、簡単だが。
それでは、「チョコレートの意味に気付いていた」事が、蘭にバレちまう。
オレは蘭の気持ちを知っているが、告白は受けていないのだ。

おっちゃんがコマーシャルに出演した「スパイチョコホワイト」、「面白そうだと思ってよ」と……いや、芸がなさ過ぎるし、それこそ、「コマーシャルのお礼で、嫌という程貰うのに、何で?」と言われそうだ。


さり気なく、バレンタインデーにもホワイトデーにも気付いていないように、だけどちゃんと蘭がチョコに込めた想いを汲んで……。

……って、んな都合のイイもん、あるワケ、ねえよなあ。


何となく、デパートのそういうコーナーをウロウロしていると。

「坊や?どうしたの?お母さんとはぐれちゃったの?」

なんて、声をかけられる。

「あ、その、お姉ちゃんがバレンタインデーのチョコをくれたから、お返しに……」

顔を引きつらせながら言ってみると。

「まあ、可愛いわねえ」

と笑いながら、ヤイバーチョコなんかのキャラクターものが置いてあるコーナーに案内されてしまった。
一通り見て回ったが、さり気なく、というのは案外難しい。
さて、どうしたものか。



   ☆☆☆




「クシュン!」
「蘭姉ちゃん、風邪?」

蘭が咳やくしゃみをしているので、思わず心配になって聞いてみた。

「うん、ちょっとね。でも、大丈夫」

蘭の表情を見る限り、大した事はなさそうだ。
熱もなさそうだし、軽いものなんだろう。
だけど、少し心配になる。
蘭は、すぐ無理をしちまうからな。
風邪は万病の元というし。


オレは、新一として、蘭に電話をかけてみた。

「よお、蘭」
『新一?』

電話越しで聞いても、蘭の声は鼻声だ。

『どうしたの、新一?』
「いや……ちょっと、声聞きたくなったって言うか……」
『えっ!?』

蘭のどぎまぎしたような声に、オレの心臓も跳ねる。

「あ、いや、その!おっちゃんが出てるコマーシャルを見たら、オメーの間抜け声を聞きたくなって……!」

思わず本音が漏れてしまった後は、ついつい、誤魔化してしまうのが、オレの悪い癖だ。

『悪かったわね、間抜け声で!』


それから、普通のノリに戻り、オレ達は、他愛ない会話を交わす。
電話でやり取りする限り、蘭は普通だ。
鼻声である事を除いて。


ただ。
蘭が、普通にしていて、でも実は強がっていたとか、我慢していた、ってのは、今迄結構多かったので。
そのままに受け取る事は、出来ない。


とりあえず、蘭の風邪に良さそうな何かを、買って帰るか。
オレは、少し大きな薬局に行った。

今時の薬局には、健康食品だのお菓子だののコーナーがある。
のど飴の類も沢山置いてあった。
そして。

「まろやかな美味しさ」

と、煽り文句がついている、「ホワイトのど飴」が目についた。
成分を見てみると、生薬が沢山使ってあって、結構体に良さそうだ。
試食コーナーがあったので、1つ舐めてみる。
薬効が高そうな割に、味も悪くない。

オレは、それを買って帰って蘭に渡そうと思い、ふと考えた。

「待てよ。これ、飴だよな……?」

工藤新一として、蘭に渡すのは、これが一番良いように思えた。
大々的に、「ホワイトデーのお返し」とするには、あまりにもしょぼいかもしれないが。
ホワイトデーに気付いてない工藤新一が、さり気なく、蘭の為に贈ると考えると、これが最適なように思う。

コナンとしてのオレは、蘭に金柑湯を買って帰る事にして、ホワイトのど飴と金柑湯を、レジまで持って行った。



   ☆☆☆



ホワイトデー当日は、おっちゃんがコマーシャルに出たウライ製菓のパーティに、家族ぐるみで招かれていた。
工藤新一からの贈り物を、「不在だったので、ポストに入れた」とするには、ちょうど良い。

昼間の、蘭と園子との会話では、蘭は工藤新一からのホワイトデーには、全く期待していない風だった。
蘭から見てオレは、記念日なんか全く無頓着な男だとしか、映ってないんだろうな。

2月14日が近付く度に、オレがどんなにそわそわドキドキハラハラしていたか。
蘭の誕生日やクリスマスやホワイトデーの時、オレが毎回、さり気なさを装いながら、蘭にプレゼントを渡していた事とか。
きっと、こいつには、わかってねえ。


オレは、「忘れ物!」と言って、一旦毛利邸に戻り、ポストに、税務署の封筒に入れたのど飴を突っ込んだ。
帰って来た時、きっと蘭が気付いて、封筒を取るだろうと予想して。


蘭は、工藤新一からのお返しなんか、期待してないだろうけど。
きっと、喜んでくれるだろうと思う。



Fin.


+++++++++++++++++++++++++


<後書き>

いわゆる、「補完小説」というのかな?

原作ホワイトデーの裏話は、きっとこんな風だっただろうと考えていた事を、つらつらと綴ってみました。

色々な方の感想を見ていると。
園子ちゃんが口にするまで、新一君は「ホワイトデーの事に気付いてなかっただろう」と予測していた人が多いのに、個人的にはガックリ。
いやいやいや。あの時のコナン君「やべ、忘れてた!」なんて風じゃなかったし!
ちゃんと分かって、あらかじめ用意してたに違いない!と、私は思っているのですよ。

彼、色々と迂闊さんではあるけど、そういう事は、忘れちゃいないだろうって思うんですね。

っていうか、コナン世界の男性陣って、何故揃いも揃って、そういう面での気配りがあるヤツばかりなの?
そういう事に疎そうなまこっちまで……とは言え、彼の場合、バレンタインデーのチョコは園子ちゃんからハッキリ「貰った」ワケだから、逆に忘れちゃあかんかも、だけど。

男性陣全員そうなんだから、コナン@新一君が、園子ちゃんが口にするまで、ホワイトデーに気付いてなかった筈、ないじゃないですか。

でまあ、原作から1年以上。
テレビアニメで放映されたのをきっかけに。
ふと思い立って、私の考えていた裏話を、お話としてまとめてみました。
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