ちょっと背伸び



byドミ



江戸川コナンは、図書室で見つけたメッセージを見て、10年前の「工藤新一少年の冒険」を、「今の」同級生達に語った。
それに関連して、ふと、思い出した事があった。


「皆さんは、小学生になったのですから、言葉づかいもきちんとしなければいけませんよ。自分の事は、名前で呼んだりせず、男子は『ボク』、女子は『わたし』と、言いましょう」
「「「「は〜い」」」」
「元気な返事ですね、とても良い事です。それから、同級生のお友達の事は、苗字に、男子なら『君』を、女子なら『さん』を、つけて呼ぶようにしましょうね。皆さんは、もう小学生なんだから、出来ますね?」
「「「「は、はぁぃ」」」」
「おや、返事に元気がないようですよ?」
「はい!」


工藤新一が、小学校に入学した時の、学校長訓話と新入生のやり取りである。


「今から考えりゃ、校長先生の言う事だから絶対だって信じてたオレって、ホント、ガキだったよな〜」

コナンは、独りごちた。
今であれば、学校長の言葉に対して、むしろ色々と突っ込みを入れたいところである。

「君呼びするのは、相手を見下した呼び方。『さん』には尊称の部分もあっけど、『君』には全くそれがねえ。それに、大人の公の場での一人称は、男女問わず『私』だろ?男女平等にも反してるぜ。むしろ、男女とも、相手をさん付けすべき、自分の事は私と呼ぶべきだって教えるのが、まっとうな学校教育ってもんじゃねえのか?」

今の教育で育った子供達は、男子を君呼び、女子をさん呼び、一人称は男子が「僕」、女子が「私」という方式に、すっかり慣らされてしまっているが。本来は決して、そうではないという事が、雑学に妙に長けたコナン@新一には分かっていたから。小学校に入学したばかりのあの頃、学校長の言う事だから正しいと信じた事が、今となっては悔しい。


コナンは、本来の姿は高校2年生の工藤新一である。
何の因果か、10年も経って、再び小学校1年生をやらなければいけない羽目になり。
その為か、10年前の事を思い出す機会も多くなった。

「あの頃は、早く大人になりたかったよな」

コナンは更に自嘲気味に呟いた。


工藤新一が、幼馴染の毛利蘭に、
「今日からオレは、蘭って呼ばずに毛利さんって呼ぶからな。ら・・・毛利さんも、オレの事、工藤君って呼んでくれ」
と宣告したのは。
小学校の入学式を終えてすぐの事である。

別に、校長の言葉だから無条件に従おうと思ったのではなくて。
早く大人になる為には、校長の言った事も尤もで、必要な事なのだと、新一は考えたのだ。

新一は、「小学生になったんだから、もっと大人にならなきゃ」と、必死で肩肘張っていた。

「早く大人になりたい」
というのは、新一にとって
「早く蘭と大人の関係になりたい」
という事に他ならなかった。
「小学生ともなったら、自分自身の呼び方も、同級生の呼び方もきちんとするのが、まっとうな大人に至る為のステップ、ひいては、いずれ蘭と結婚する為に必要な道筋」だと、思い込んでしまったのである。

勿論、この頃の新一に、「大人の関係」がどういうものであるのか、具体的に分かっていた訳ではない。
恋人同士としての一対一のお付き合い、いずれは結婚、そういう事を夢想するだけであったのだ。

幼馴染の蘭の事をにくからず思っていた新一は、蘭が新一の事を「男女関係ない友達」として扱うのが不満で仕方がなかったのだと・・・今になったら思い当たる。
早く大人になる事で、蘭との温度差がなくなるような、錯覚を覚えていただけであった。



しかし、新一の「早く大人になりたい」と肩肘張っていた生活は、短期間で終わりを告げた。

「蘭でいい!蘭のままがいい!!」

愛しい少女の願いに、あえなく陥落。
新一は、抱きついてきた蘭にドギマギしながらも、蘭と自分との温度差をより強く感じて、切なかった。
新一は、小さい頃から、女性としての蘭を意識していたと、言うのに。
蘭は、そうではなく、新一の事を、男女関係なしの「一番の仲良し」という認識しか、なかった。

その頃の新一には、そういった事が理解出来ていた訳ではなかったけれど、何となく蘭の好きと自分の好きは違うのだと、心のどこかで感じ取っていたのだった。

けれど、それでも。
愛しい少女が願う事・望む事を、無碍に出来る新一ではなかった。

蘭が望む事は、新一自身が望む事より、ずっと大切な優先事項だったのだから。


その後の新一は、同級生や周りの皆に何と言われようが、「蘭が望む事」を最優先に考えて動いた。

もしも、蘭が本気で望んだならば、その時は。
たとえ自分が辛くても、蘭と距離を取る事すら、しただろう。
けれど、蘭は真っ直ぐな人間だったので、「周りにからかわれるのが嫌で新一と距離を置こうとする」事がなかったから。
周りから何を言われても、新一の傍に居る事を選んだから。
新一は、その後もずっと、蘭の傍に居られた。


けれどそれは、嬉しいと同時に、苦しい事でもあった。
新一が蘭に告白すれば、その「いつも傍に居る幼馴染」という関係すら、壊れてしまうかも知れなかったから。
新一は、蘭を手に入れたいという自身の願いを、封じ込めて置くしかなかったのだった。



「わたし、新一がだーい好き!」

コナンの姿になった事で、はからずも知ってしまった、蘭が新一に寄せていた想い。
だが、少なくともあの頃の――10年前の蘭は、間違いなく新一の事を「異性」とは見ていなかった。


物心ついたときから特別な存在で、長く片思いだった少女。
蘭を手に入れる事が、今だったら可能だ。
けれど、その為には。

「ああ。今は別に、早く大人になりてえとは言わねえからよ、せめて早く、元の姿に戻りてえ」

再び溜め息をついたコナンの耳に、愛しい少女の声が届いた。


「コナンく〜ん、ご飯よ〜」

今の、蘭の弟のような家族同然の存在は、それはそれで居心地は良いけれど。


「このままでいられっかよ。オレがなりてえのは、オメーの弟じゃねえんだからな」

決意も新たにそう呟いて。

「蘭姉ちゃん、今行く〜」

コナンは立ち上がって、茶の間に向かったのだった。



Fin.



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去年の工藤の日記念に、期間限定で晒していたもの。
テレビの、ちび新蘭放映に合わせて、ちと手直しして再アップ。
ま、あんまり変わっていません。って言うか、何だか余計くどくなったような気が。

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