その場所は誰のものですか(05年新蘭祭り参加作品)



byドミ



私の名前は鈴木園子。
帝丹高校3年B組に所属する、とってもキュートではあるけれど、それ以外はごくごく平凡な女子高校生よ。
でもそれは世を忍ぶ仮の姿、実は、実は私・・・「眠りの園子」として推理に超人的な才能を発揮するの。
私の推理方法は、今まで集めたデータでピンと来て、トランス状態になって推理するスタイル。
終わった後、自分でも覚えていないのが玉に瑕。

でも、どうも最近それがさっぱりなのよねえ。
暫く不在の新一くんに代り、彼を凌ぐ高校生探偵として、この私が脚光を浴びる筈だったのに・・・彼が帰って来た途端に、私の栄光の日々は終わりを告げてしまったわ。

え?新一くんって、あの工藤新一かって?
そうなの、暫く音沙汰なかったのに、最近また脚光を浴び巷を賑わせている、「あの」高校生探偵・「平成のホームズ」「日本警察の救世主」工藤新一の事。
何故か1年近くも行方不明になっていた癖によ、帰って来た途端にまた華々しい活躍を始めちゃってさ。

まあ良いわ、この園子様の有り余る才能は、他にもたくさんあるんだし、探偵活動なんかに使ってしまうのも勿体無いから、高校生探偵の栄光は、新一君に譲ったげるわ。
探偵位しか能がない男からそれ取り上げちゃうのもどうかと思うし?

とにかく、蘭があれだけ待っていて、やっと帰って来た新一君だもの。
蘭の親友としては、ここは1歩も2歩も譲って、蘭の彼氏に花持たせなきゃ。
私って、太っ腹で親友思いねえ。

あ、そうそう、蘭の事なんだけど。
毛利蘭って言って、私の子供の時からの親友なんだけどさ。
女の私の目から見ても、すごく可愛くて綺麗でスタイル抜群で、でも偉ぶらないで性格がとても良くて優しくて、空手の腕はぴか一で。
友達としての贔屓目抜きで、とっても素敵な女の子。
私の自慢の親友。


で、さっき言ってた新一くんって蘭の幼馴染で・・・で、よく考えたら私とも幼馴染なんだけど、まあそれは良いわ。
ともかく2人はずっと仲良しでラブラブで、もう恋人を通り越して夫婦の風格なのに、2人ともお互い「ただの幼馴染」と言い張ってたんだけどね。
その新一君が去年、厄介な事件とやらで突然居なくなってさ。
蘭は、何だかんだ言いながら、新一君が帰って来るのをずっとけなげに待ってた。
気丈に振舞ってたけど、時々とても寂しそうだった。

そうなって初めて私は、傍目にはラブラブでどう見ても両思いで夫婦の風格の2人も、少なくとも形の上ではあくまでも幼馴染なんだって気付いた。



その新一君が、厄介な事件とやらを解決して、数ヶ月ぶりでやっと帰って来た。
進級する為に山程課題をこなさなきゃならなかったけど、それでも1年近く休学してた彼が進級出来るのが、我が母校帝丹高校の大らかなとこね。
まあ、留年させたら退学されてしまいそうとか(だって新一くんの頭だったら、悔しいけど大検くらい軽いだろうし)、裏事情もいろいろあったんだろうけどさ。



で、帰って来た新一君と蘭とは、以前にも増してラブラブな雰囲気で、学校でも皆がからかう気にすらなれない位に2人の世界を作ってて、蘭はとても幸せそうだった。
今度こそ紛れもなく、2人正式に引っ付いたのは間違いないって、誰もが思ってた。


ただ最近、気のせいか、蘭の顔が曇る事があるの。

新一君は山程の課題もひと段落して、探偵活動やその他で忙しいなりに蘭との時間を大切にしているようだし、2人は変わらずラブラブで喧嘩をしている風でもないし。
でも、蘭があんな切ない顔をするのは新一君がらみだって事は、私には分かる。
一体、どうしたんだろう?



「ねえ、蘭。新一君と何かあったの?」

ある昼休み。私は屋上で蘭と一緒に弁当を食べながら単刀直入に訊いてみた。

「え?な、何かあったって訳じゃ・・・」

蘭はそう言って少し赤くなりながら困ったような表情で目を泳がせた。

「あんた達・・・傍からはすっごくラブラブにしか見えないんだけど・・・うまく行ってるんじゃないの?」

私は蘭に顔を寄せ、声をひそめて訊いた。
すぐ近くには誰も居なかったんだけど、ついね。

蘭は俯き、顔を上げ・・・ちょっと泣きそうな顔で言った。

「よく、分からないの。あれがうまく行ってるって事なのかどうか」


蘭が話した概要は、こういう事だった。


   ☆☆☆


新一くんが帰って来た日。
蘭は呼ばれて新一くんの家に行き・・・どちらからと言うのでもなく溢れる想いのままにお互いを抱き締め合いどちらからともなく口付けを交わし、流れでそのまま深い関係になった。
(ん〜、蘭がすごく綺麗になったし、2人で一緒に居ると目も当てられない位ラブラブオーラを発揮しまくっているから、とっくに一線は越えてるだろうとは思ってたけど。改めて聞かされると、私まで赤くなってしまった)

そしてその後。
新一くんは、いつも蘭を大切にしてくれて、蘭の為に頑張って時間を割いてくれて、蘭はとても幸せな日々を過ごしていた。

けれど次第に蘭には悩みが生まれてもいた。
それは・・・新一くんが蘭に「告白していない」という事実である。


   ☆☆☆


「へ?え?告白・・・していない・・・?」

私は思わず蘭に訊き返していた。

「あ、えっとね・・・新一からは好きだとも付き合おうとも、1度も言われていないの・・・」
「・・・でも、お付き合いしているのと変わらない事やってんでしょ?2人で遊びに行ったりとか、ご飯一緒に食べたりとか」

私は蘭にそう言いながら、ふと、これは2人がお互いただの幼馴染と言い張ってた昔からそうだったんだと思い出した。

「でも、そんなの昔からだもん。新一が帰って来て変わった事と言えば・・・」
そう言って蘭は瞳を揺らした。

新一君が帰って来てから、蘭と新一君は何度も肌を合わせている。
それだけ見れば恋人同士のようだけれど、新一君は蘭を大切に思っているような言葉は告げてくれるようになったけれど、肝心の気持ちを伝える言葉や2人の関係が何であるかをはっきりさせるような言葉はなかったという事なのだ。

私は頭を抱えた。
蘭の不安は何となく分かる。
分かるけど、蘭の取り越し苦労であろうと確信もしている。

おそらくあやつは、蘭と深い関係になった事で気持ちが通じたものと安心してしまい、コトバが必要という単純な事に気付いていないだけなのだ。

「ね、ねえ、蘭。新一君って女を弄ぶタイプじゃないと思うよ。多分あやつはもう蘭と正式にお付き合いしている積りで、今更だって思ってるだけだって思うな」

私がかろうじてそう言うと、蘭は俯いてしまった。

「うん、新一が遊びで・・・とは思ってないけど。でも、でもね。あの時、もしかして新一は雰囲気に流されてしまったのかも知れないって・・・だからもしかして、責任取って私と一緒にいるのかも」
「蘭、そりゃ考え過ぎだって!」

私は手を振ってそう言ったが、こりゃ困ったなと内心思っていた。

「うん、そうかも知れないと思うの。単に言う機会がなかっただけかも知れないとも思ってるの。だって私だって、何も言ってないし、訊いてないから。でも・・・今更新一に問い質すのが怖い。私の気持ちを伝えるのが怖い。『新一の心は、新一の恋人の場所は。その場所は、誰のものですか?』って、訊きたいけど・・・訊けない」

そうね。
男と女は違うもんね。
新一君の方は、何の言葉がなくても蘭が新一君に身を任せた事で、気持ちが通じてしまっただろうけど。
男の人は別に好きな相手でなくてもそういう事が出来ちゃうって聞くから、新一君がそんな人じゃないとは思いつつも、蘭の方は不安だよね。

蘭のこういった不安のスパイラルを取り除くのは、残念ながら私では無理だ。
悔しいけどあの男でなくちゃ。
けどさ、洞察力には長けている筈のあの男だが、私の見るところどうも女の気持ちには疎い。
蘭の不安にも気付いてない可能性は高い。
さて、どうしたもんかしら。

そう思っていると、午後の授業の予鈴が鳴り、私達は教室へと向かった。


   ☆☆☆


蘭とそういった話をしてから、数日が過ぎた。
蘭と新一君は、傍目には相変わらず夫婦している。
多分、蘭の不安そうな目に気付いたのは私だけだ。
新一君は・・・どうかな?
蘭は、新一君には不安を見せまいといつも笑顔でけなげに頑張っているからねえ。


「あ・・・」

下駄箱で蘭が声を上げた。
私は蘭の下駄箱を覗き込む。
そこにはレトロにも一通の手紙。

蘭は数人の親しい友人以外には、メルアドも携帯番号も明かしてない。
蘭自身、親しくもない相手とメールしようという気にならないのもあるが、何よりも大きな理由は、蘭の携帯が新一君から贈られたものだからだ。

多分、蘭のメルアドや携帯番号を知ってる男子はいないと思う。
大阪の友人も、和葉ちゃんは知っているが、服部君には教えてない筈。
だから蘭にアプローチしようと思う男子は、こういった古典的な手を使うしかない。

突然、背後からすさまじく冷たいオーラを感じ、思わず背筋を寒くしながら振り返ると、予想通りそこには新一君が立っていた。
新一君は蘭の背後から手を伸ばし、蘭が下駄箱から取り出した手紙をひょいと取り上げた。

「あ!?し、新一!?」
「ほおお。1‐Aの高村圭二か。命知らずな奴」

新一君が冷たい声でそう言い放った。

「ななな何よ!?私がいくら空手やってるからって、そういう言い草はないでしょう!?」

蘭が真っ赤になってとんちんかんな抗議をする。

「・・・ま、そういう事にしておくか」

新一君はそう言いながら、先程までのブリザードオーラはどこへやら、一転とろけるような優しい目で蘭を見詰めながら、蘭の手に手紙を返した。

私は、あさっての方を向いていた。
この新一君の態度、分かり易過ぎる程はっきりしてるじゃないの。
それに気付かないのは蘭位・・・ま、考えてみりゃ昔からそうか。

蘭は昔からもてるのに、蘭自身への直接アプローチが意外と少ない、その訳は。
新一君がいち早く気付いて追い払っているからに相違ないと私は睨んでいるんだけれど。

あ〜あ、入学早々綺麗で優しい上級生に憧れてしまった高村君、あんたの悲劇が目に浮かぶようだわ。
ご愁傷様。


で、蘭が放課後、律儀に高村君が指定した場所へ行くと、そこに待ってたのは新一君で。
新一君は「彼は用事を思い出したから帰ると伝言してこの場を去った」と蘭に伝え。
蘭は首をかしげながら、新一君と一緒に帰り、そのまま高村君の事は忘れてしまった。

可哀想な高村君がその後どうなったのか、私も知らない。


   ☆☆☆


で、今更なんだけど。
工藤新一という男、高校生にして探偵として警察から頼りにされるだけあって頭脳明晰、部活は止めちゃったけどサッカーの腕はプロから誘いがあった位の超高校級でスポーツマン、しかも何故かルックスまで良いとくりゃ・・・もてない訳がない。

この私だって、昔からの馴染みで蘭の男、という前置きがなけりゃ、真さんと知り合う前だったら、惚れてしまったかも知れない。

だから蘭だけじゃなく新一君の方も、結構女の子からアプローチを受けている。


ある放課後、テニスの部活を終えシャワーを浴びた私が体育館に寄ってみると、空手部も部活が終わっていて、着替え終わった蘭がかばんを手に体育館入り口にちょこんと座っていた。

「蘭、どうしたの?新一君は?」

確か今日は、新一君が事件で呼び出される事もなかった筈。
新一君はそういう時、図書館で勉強したり調べものしたり、たまにサッカー部の連中と付き合ったりしながら蘭の部活が終わるのを待っている。
なのに今日、部活が終わっても蘭が1人で待ってるってどういう事!?

「あ、新一は今、1年の子に呼び出されてて・・・ここで待ってろって言われてるの」

蘭が寂しそうにそう言った。
ああ、なるほど、そういう事か。
蘭・・・あんたってば、こういう事だけには鋭いのね。

それにしても、どう見たって蘭しか目に入っていないあの男にアプローチしようたあ、物好きな女ねえ。
でも、蘭自身が気付かないように、恋心に目が眩んでいたら気付かないのかも知れない。

「ねえ、新一君が呼び出された場所はどこか、知ってる?」
「すぐ近くよ。体育館の裏側」
「蘭、行こうよ。新一君がどんな話してるか、気になるでしょ?」

私はそう言って蘭の手を引いた。

「で、でもっ・・・」
「新一君が蘭に場所を教えてるって事は、蘭に話を聞かれても構わないって事だと思うよ」

私は渋る蘭の手を半ば強引に引っ張って、連れて行った。


体育館の裏から、話し声がする。
私達は茂みの陰に隠れて、そっと様子を窺った。

新一君と向かい合っている子、確か、今年の新入生の中でも可愛いって評判になってる、1−Dの本村留美だわ。


「私、工藤先輩に憧れて、一生懸命勉強して、この帝丹高校に入ったんです。本気なんです!だから・・・」
「それは錯覚だよ。君は、オレの事何も知っちゃいない。オレも君の事は何も知らねえし」
「あの、だったらせめて、お互いに知る機会を与えてもらえませんか?私の事知らないからって断られても、私・・・」

本村留美は必死で新一君に食い下がってる。
あの子が恋して必死な様子を見てると、失恋確定が分かっているだけに同じ女としてちょっと気の毒に思う。

「わりぃけど。オレは君をどれだけ知っても、君の気持ちには応えられねえよ。それだけは、間違いねえから」
「それは・・・付き合っている人がいるからですか?」

本村さんの言葉に、新一君の眉が少し上がった。

「あの・・・噂は聞きました。幼馴染の方と、お付き合いしているって」

本村さんの言葉に、私と蘭は思わず固唾を呑んだ。
蘭が新一君に問いかけたくて出来ていない事を、この1年の子があっさりと言葉に出したのだ。

そうよそうよ、新一君、きっぱりと言ってやって。
蘭が居るから駄目なんだって。
そしたら、蘭にも伝わるから。
蘭の不安が解消されるから。

本村さんには気の毒だけど、はっきり聞いた方が諦めつくだろうし。


けれど・・・新一君の次の言葉は、思いがけないものだった。



「蘭の事か?あいつとは・・・んなんじゃねーよ」


私は衝撃を受け一瞬固まり・・・次いで慌てて蘭の方を見ると、蘭は真っ青になっていた。
そのまま気絶して倒れるんじゃないかという蘭の様子に、私は慌てて蘭の肩を支えた。

私は拳を握り締める。
何で肝心な時にあんたは!きちんと言わないのよ!
照れてる場合じゃないでしょ!?相手はあんたに告白してんのよ!
はっきり言わなくてどうするのよ!?

それより何より、蘭が真に受けてショック受けちゃってるじゃないの!



「でも、あの・・・毛利先輩とは夫婦だって噂ですけど・・・違ってたんですか?」

本村さんが更に食い下がってるのが聞こえた。
私はこれ以上新一君が蘭を傷つける言葉を出さないようにと必死で祈っていた。

けど。
新一君の次の言葉は、更に予想を裏切るものだったわ。

「あ。そっちの噂のが真実に近い」

新一君があんまりあっさりとそう言ったので、私は一瞬、その意味が分からなかった。

言われた相手の本村さんもポカンとしていたし・・・蘭も、呆然としていた。


我に返った本村さんが、顔色を変えて新一君に詰め寄った。

「たった今、毛利先輩とはそんなんじゃないって、言ったじゃないですか!?どっちが本当なんです!?」

必死で食い下がる本村さんに対し、新一君はにっと笑って、すごい答を返したのだった。


「だからさ。夫婦ってのは、付き合ってるとは言わねえだろ?」


暫く皆、石のように固まり、まるで時間が止まったようだった。
本村さんの顔色が、赤くなったり青くなったりしているのが、離れた場所からでも良く分かった。


「まあ何て言うかな〜、オレはそもそも、浮気する積りはサラサラねーけどよ、『奥さん』に疑われるような行動して離婚言い出されても困るし?だから、最初から他の女性の事をよく知ろうとも思わないんでね。って事で、わりぃけど、君の事を知る機会を与えて貰うつもりもねーんだ」


本村さんは肩を震わせると、その場から逃げるように走り去ってしまった。

あそこまで完全に振られるとは、気の毒ではあるけれど・・・でも、どうせ失恋確定なんだから、下手に期待を持たせられるよりはずっとマシなのかも知れないと私は考えていた。


「蘭。新一君のその場所は、蘭のものだよ。良かったじゃない」

私は蘭の肩を支えた格好のまま、蘭にそう囁いた。
まあ正確に言えば、蘭がいた場所は新一君の「恋人としての場所」じゃなくて「妻の座」だった訳だけどね。



蘭はまだ呆然としていたけど、私の言葉に頷いたので、今回は蘭にもきちんと新一君の言葉が届いたらしい。
やれやれだわ。



「オメーら、何やってんだよ、こんなとこで」

突然声がふって来たので、私達は飛び上がった。
いつの間にか新一君が私達の目の前に立っていたのだ。

「新一君・・・気付いてたの?」
「蘭の特徴ある髪の毛が、植え込みから、はみ出して見えてたから・・・と、ら、蘭!?」

いきなり蘭にしがみ付かれて、新一君は慌てまくり焦りまくっていた。

う〜ん。惜しいわね。
新一君のこの表情こそ、蘭に見せてあげたいのに、肝心の蘭は新一君にしがみ付いてて、新一君の顔を見ていない。


「ららら蘭!?オレ、オメーに何かしたか?」
「ううん・・・新一・・・そんなんじゃないの・・・ごめんね・・・」

新一君は蘭が泣いてるので焦りまくっているが、私には蘭が悲しくて泣いているのではない事が良く分かっていた。

お互いに、肝心の相手の事では鈍感なのね。

でも、後は2人で大丈夫だろうと私は思い、そっとその場を離れた。




そして。

一体どうやっておじさんを説得したのか、とっても謎なんだけれど。
それから間もなく、新一君が18歳になる誕生日に、2人は「正式に」夫婦になり、皆を驚かせたのだった。




Fin.



お題提供
dix 恋をした2人のためのお題


戻る時はブラウザの「戻る」で。