10年目のスタート



By ドミ



『私たち、本日より、10年目の新婚生活が始まりましたあ!』

 結婚記念日を迎え、結婚して丸9年が経った母親の有希子が、キャラキャラと「10年目の新婚生活」と言ったとき、小学2年生になる工藤新一は、「うげえ」と思ったものだった。
 両親が仲が良いのは良いことだと、子ども心に思っているし、目の前でイチャイチャされて不愉快になるわけでもない。ただ、臆面もなくそのようなセリフを言える母親に対して、何とも言えないむず痒い思いを抱いたのだった。
 父親である優作は、そういう時、母親に逆らわず、けれど特別同調もせず、おっとりと笑っていた。

「母さん……あの時は、ウザいと思っちまって、本当にごめん……」
 今、工藤新一が、その時のことを思い返して、懺悔に似た気持ちになっているそのワケは。目の前にいる、彼の妻が原因だった。

 蘭と結婚して、早9年。結婚してすぐ子どもも出来たし、新一と蘭の年齢も、子どもの年齢も、あの時の両親と似たような状況だ。ただ、子どもが男の子と女の子の年子二人であるところが、両親とは違うが。

 蘭は、子どもたちをとても可愛がって育てている。だからといって、新一への気遣いも忘れない。記念日はきちんと覚えていて、お祝いをしてくれる。
 本当に……結婚前に予想していた以上に、出来過ぎた妻、なのだ。新一は蘭と結婚出来てとても幸せだと思っているし、何の不満もない。

 新一は新一で、仕事を頑張りつつ、家族を大切にしているし、忙しい中でも家事や子どもの世話など、頑張ってやってきている(それが独りよがりではないことを、蘭の言葉で確認している)。

 蘭の愛情が減っているとは思わない。新一との「夫婦生活」は年月を経ても濃厚で、お互いに十分に満たされていると思う。

 ただ……贅沢だとは分かっているけれど、新婚の頃のような「人目をはばからない、子どもたちも呆れさせるようなラブラブな雰囲気」が欲しいと、思うことがあるのだ。
 ということで、冒頭の回想に戻るのである。


 結婚記念日の今日。食卓にはご馳走が並び、ケーキがある。

「わーいケーキだ〜」
「お母さんお母さん。今日はいったい、何の日?」
「お誕生日は、違うよねえ」
「うふふふっ。新一とわたしとの結婚記念日よ」

 そう言って蘭は笑う。

「えーっ!そうなんだあ」
「お母さんがあのドレスを着た日?」
「うふふ、そうよ。9年前の今日、あなたたちのお父さん工藤新一と、あなたたちのお母さん毛利蘭は、結婚しました!」

 リビングには、デジタルフォトが飾ってあり、時間をおいて映し出される写真は、子どもたちのものもあるが、新一と蘭の結婚式の写真なども入っている。子どもたちは小さい頃から自然とそれを視界に入れて育ってきていた。

「今日から、わたしたちは、10年目の新婚生活に突入です!」

 蘭の口から、母親と同じセリフが飛び出し、新一は胸がキュウウンとなった。

「ヒューヒュー!」
「お父さんお母さん。キーッスキッス!」
「キーッスキッス!」

 子どもたちからはやし立てられ、さすがに新一は赤面したが。何と蘭が、新一に向かって心持ち唇を突き出し、目を閉じたのである。いわゆる「キス待ち顔」……。
 新一は、蘭の肩に手を置き、そっと唇を重ねた。



 その夜、寝室で。

「オメーは、ああいうの、子どもの教育に悪いって言うかと思ってたよ」

 新一の言葉に、蘭はきょとんとした顔で返した。

「なんで?両親が仲が良い姿を見せた方が、子どもの教育に良いって、わたしは思うけど?」
「そ、そっか……」

 一瞬、蘭が見せた寂しそうな表情に、新一は胸を突かれた。そういえば、毛利夫妻の10回目の結婚記念日には、毛利夫妻は別居していたのだ。

「……蘭がずっとここに居てくれるように、オレも精進するよ……」

 新一の言葉に、蘭は目を丸くし、そして微笑んだ。「子どもたちに蘭のような寂しい思いをさせないように」という新一の想いを、蘭もきっと汲み取ってくれたに違いないと、新一は思った。


Fin,


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