旅立ちの日に



Byドミ



一、新一と蘭


「新一、ここに居たのね」

卒業式が始まろうかと言うのに、姿が見えない幼馴染みを探していた蘭は、図書館二階で探し人を見つけた。
新一は、日向ぼっこをするかのように、窓辺に立っていた。

今日は、光溢れる気持ちの良い春の日。
風はまだ冷たかったけれど、旅立ちには相応しい日と思えた。

「新一、総代で卒業生答辞を読み上げるんでしょ。遅刻したらどうするの?」
「そうだな……そろそろ、行くか」

そう言って新一は、窓から離れようとして、一度窓外を振り返った。
蘭は、新一の傍に行き、新一が見ているものを視線で追う。

「サッカー部を、見てたの?」
「あ?ああ、まあな……」

帝丹高校の図書館は、校舎から独立した建物になっていて、校庭の喧騒からも離れ、環境的には申し分ない。
新一は、探偵活動がなく、蘭の帰りを待つ時は、よくここに籠っていた。
そして蘭は、図書館二階の窓から校庭が一望できる事を、卒業の日である今日になって、初めて知った。

「新一……やっぱりサッカー続けたかったんじゃない?」
「そういう気持ちは、なかったとは言わねーけど。オレが、んな器用な人間じゃねえ事位、オメーも分かってるだろ?」
「うん……」

新一は、集中力がものすごい代わりに、いくつもの事を同時進行でやって行く事は苦手だった。そして新一は、幼い頃からやっていた大好きなサッカーよりも、探偵たる事を選んだのだ。

「オレは、曲がりなりにも、探偵として認められる存在になった。だから、サッカーを止めた事、後悔はしてねえよ」
「そうね。警察の救世主が、同時に、超高校級のサッカー選手でもあるなんて事になったら。きっと、探偵やサッカー一本に絞っている人からは、ふざけるなって言われちゃいそうよね」

そして、蘭は窓際を離れようとしたが。
ふと、グラウンドの向こうにある建物が、目に映った。

「あれは、運動部部室だよね?」
「ん?ああ……そうだな……」

運動部部室の隣には、柔道部や空手部が練習をしていた道場が見える。
蘭は、隣の新一が、微妙に視線を泳がせているのに気付いた。

「新一?いっつもここから、何を見てたの?」

蘭の低い声での追及に、新一が赤くなる。

「何も見てねえよ。サッカーの練習を見てただけだって!」
「ウソ!やましい事がないんだったら、そんな風に慌てて目を逸らす筈、ないじゃない!」

これは図星だと気付いた蘭が、さらに新一に迫った。

「お、おい、蘭!もう卒業式が始まるぞ。遅刻したら、洒落になんねえだろ?」
「誤魔化さないで!」

何でこんな晴れの日に、新一と喧嘩にならないといけないのだろうと思いながらも、蘭は涙が溢れて止まらなくなった。
新一が見ていたものを、蘭が今まで気付かなかった、知らなかった、それがこれ程に衝撃を与える事だとは。

不意に蘭は、強い力で……けれど優しく、抱き締められた。

「新一……?」
「バーロ。あのな……オレが誤魔化そうとしたのは、恥ずかしかったからで、やましい訳じゃねえ」
「え?恥ずかしい?」
「オレはな……オメーが考えているよりずっと、オメーに夢中なんだよ!」
「へっ!?」

新一の抱き締める力が緩み、蘭が目をぱちくりさせて新一の顔を見上げると。
茹でダコのように真っ赤になった新一の顔が、そこにあった。

「ここからは、運動部部室と道場の出入り口がよく見えっから。空手部が終わったら、すぐ分かるように、いつも窓際に立ってたんだ」

思いがけない新一の告白に、蘭は目をぱちくりさせた。
新一が数ヶ月の不在から帰って来た時、思いがけず告白を受けて、二人は晴れて恋人同士となった訳だが。
時々こうやって、新一が蘭に寄せて来た想いの深さと長さを知り、嬉しくも申し訳なくなる事がある。

「じゃあ、今日は、何で?」
「……そういった事も、もう終わりかと思うと、柄にもなく感傷的になっちまってただけだよ」
「新一……寂しい?」
「寂しくないって言ったら、そりゃ、嘘になる。いくら、蘭と一緒に過ごす為に入った高校だって言ってもよ」
「ええ!?新一、その為に帝丹高校に入ったの!?」

蘭は再び、のけぞる位に驚いた。

「蘭がいなかったら、オレ、留学してたと思う」
「あ……そうか。新一、ご両親がアメリカだもんね」
「けど、今になって考えれば、学校生活って他では代えられないもんな。日本で、この帝丹高校を卒業して、良かったと思うぜ」
「新一……」
「まあ、一番の思い出は、オメーと相思相愛になれたって事だけどな」
「ば、馬鹿っ!」

新一が再び蘭を抱き締め、その瞳を覗き込む。
蘭は、新一の蒼い瞳に吸い込まれそうな錯覚を覚え、自然と目を閉じた。

その時。
普段は放送が入らない図書館にまで、校内放送がかかった。

『卒業生の工藤新一君、毛利蘭さん。卒業式が始まります、速やかに体育館に来てください!総代が居ないんじゃ、式が始められません!』

二人は、バツの悪い顔をしてお互いを見、くすりと笑った。

「やべ、本当に遅刻しちまう。この続きは、また後でな」
「もう、馬鹿っ!」
「蘭、行くぞ。オレ達の新しい旅立ちだ!」

そして新一は、蘭の手を取って、二人揃って体育館へと駆けて行った。


振り返れば、色々な事があった。
小さな諍いも、クラスメート力を合わせて取り組んだ行事も、その全てが、今となっては懐かしく、輝かしい思い出。

お互いの想いを通じ合わせた恋人達にとって、今日の卒業は悲しい別れではなく、希望に満ちた新たな世界への旅立ちであった。



そして、工藤新一と毛利蘭は、卒業式のあやわ遅刻までをも含めて、帝丹高校伝説のカップルとなる。





二、平次と和葉


大阪寝屋川市、改方学園。
ここの屋上からは、生駒山系の山並みがよく見える。

「見てみい、和葉。空と山までが、今日この日の旅立ちを、祝福しとるようやで」
「アホ。平次がそないな柄にもない事言うたら、歯が浮きまくって抜けてまうわ」
「せっかく、感動的な卒業を演出したろ思うたんに、デリカシーのないやっちゃなー」

色々あったが、平次と和葉は、一応幼馴染を卒業して、公認の恋人同士になっていた。
その筈なのに、相変わらず憎まれ口を利き合う二人の姿を、同級生達は苦笑いをして見ていた。


「まあ、別れる言うても、すぐ近くやから」
「……平次は、東京に行くか、外国に留学するんやないかって、思うとったで」
「ま、外国は、ちぃと考えんでもなかったで。けど、東京の大学に行く気は、サラサラあらへん」
「へ?何で?あれだけ『工藤工藤』言うてる平次やから、てっきり……」
「アホ。東京に行ってもうたら、その……お前の……」
「へっ!?」

和葉は、思わずドキリとして、頬がほんのり染まった。
そのパターンで、何度外されたか、分からない程だと言うのに、和葉も懲りない。

「お前の下手な料理かて高級やって感じてまう位、東京の飯は口に合わへんからのう」

和葉の額に青筋がピキッと立ち、拳がぶるぶる震えた。

「さ、最後の最後まで、こん男は!」
「最後?何がや?」
「ふざけんといて!今日は卒業式やで、お別れなんやで!」
「ま、この校舎とは、お別れやけど。友達ともバラバラ言うても、また会えるで」
「せやけど!平次とは大学も別になってもうたし」
「和葉の頭では、平安京大学は無理やってんから、仕方あらへんやろ?」
「そうや!あ、アタシが、頭が悪いんやから、仕方ないんは分かっとる!けど……っ!」
「アホ。大学が違うた位、へのかっぱや。近くに住んどんのやから」
「平次……」
「和葉、勘違いすなや。今日は、別れの日ちゃうで。オレ達の旅立ちの日ぃや」

平次が、真面目な表情で、和葉を見詰めながらそう言った。
けれど。

「平次、あんた何、歯が抜けそうな事言うてんねん!」

和葉にバシッと、背中をはたかれたのであった。


常に夫婦漫才のような二人だが。
平次が、たまには真面目にと頑張っても、和葉にそれが通じず滑ってしまう為、決める事が出来ないという事実を、和葉は知らない。









三、快斗と青子


「バ快斗!また更衣室を覗いたわね〜!」
「そもそも、卒業式だってのに、更衣室なんか使う方がわりぃんだろ?」
「問答無用、覚悟!」

江古田学園では。
卒業式を迎えた今日も、快斗と青子は、追いかけっこをしていた。
青子の手にはしっかりと、愛用(?)のモップが握られている。


「ったくもう。青子はいつもどこから、あのモップを出して来るのかしら?」

青子の親友である恵子が、そう言って苦笑いをしていた。

「う、うう……」
「ふえ……」

突然、クラスメート女子達が泣き出したので、恵子はぎょっとした。

「みんな、どうしたの!?」
「どうしたもこうしたも……黒羽君と青子のあの追いかけっこも、見納めかと思うと……」
「何か、すごく寂しくなって……」
「そうね……」

恵子は、複雑な表情をした。
青子の親友である恵子にとっても、卒業は寂しいものであった。
何故なら、青子は遠くへ行ってしまう為、滅多に会えなくなるからだ。

快斗と青子は、高校卒業後、アメリカに渡ってしまう。
快斗はマジシャン修行の為に、青子は一応、ニューヨークの名門難関大学への留学試験に合格しての、留学の為に。
実質は、青子が快斗を追ってアメリカに行く事は、江古田学園皆の共通認識だった。


こうやって、青子がモップを振り回し、快斗がひょいひょいとそれを避けるのも、二人の愛のコミュニケーションなのだろうけれど。
青子にはとても、恋人を追って外国に留学するような、情熱的なイメージは、ない。
けれど恵子は知っていた。青子がずっと一途に快斗を思い続けていた事を。
二人の追いかけっこを中断させたのは、校内放送であった。


『卒業生の皆さんは、体育館に集合して下さい。繰り返します……』


「ああ、いよいよね」
「これで、最後か」

卒業生が皆、体育館へと向かって行く。


「バ快斗、行くわよ!」
「わーってるって。アホ子も、遅れんなよ!」


そして、卒業式が始まる。
式次第は、滞りなく進んだ。
在校生の送辞の後、卒業生を代表して答辞を述べるのは、白馬探である。


「本当は彼の方が、ボクなんかよりずっとIQが高い、天才なんですけどね。どうやら、真面目に試験を受ける気がなかったようだ」

探はそう言って、快斗に皮肉気な眼差しを向けたものである。

そして。
一人一人が卒業証書の授与を受けて、式次第がすべて終わり、今から卒業生が退場しようという所で。
事件が起こった。



突然、体育館の天井から、巨大なくす玉が降りて来てパッカリと割れ、紙吹雪と共に垂れ幕が落ちて来た。



『黒羽快斗君・中森青子さん 祝ご成婚!』


体育館は、割れんばかりの歓声と拍手で包まれた。

気配に敏い筈の快斗も、クラスメートのこういった悪巧みには、何故か弱いらしい。


「黒羽、中森、これが最後のはなむけだ」
「元気でね。テレビのマジックショー、チェックしてるからね!」
「黒羽君、青子を泣かせちゃ駄目よ!」

快斗は、茫然とした後、我を取り戻した。

「ったく!オメー達の事、ぜってー忘れられるもんか」

そう言いながら、快斗は青子の腰を引いて抱きよせる。
と同時に、体育館が割れんばかりの悲鳴が上がった。


「妬くな妬くな。オレ達はアメリカで嬉し恥ずかしの新婚生活を送ってるぜ。オメー達も早く、相手を見つけろよー!」
「バ快斗〜〜〜!!」

青子が顔を真っ赤にして、モップを取り出し、快斗を追いかけまわし始めた。

「ほんと、一体あのモップ、どこに隠し持ってたんでしょうね?」

青子のモップは、江古田学園の七不思議の一つとして、今後長く語り継がれるのである。


最後の最後まで、馬鹿騒ぎ。
楽しく過ごした高校生活も、これで終わり。

アメリカ留学をする快斗と青子だけでなく、皆、広い大空に飛び立って行く。



 ◇     ◇     ◇     ◇     ◇




友との別れは、とても寂しいけれど。
皆、思い出を抱いて、今、旅立って行くのだ。


翼を広げて、大空へ。


どこまでも遠く、どこまでも高く。




Fin.



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後書き


このお話は、ハルコミで新刊がないので、せめて無料配布をしたいと、急きょ書いたお話です。
全くストーリーらしいものはなく、単に幼馴染三カップルの卒業の日のひとコマといったお話です。

考え始めたのは前日の朝。
卒業の話を書こうと思って、先が定まらないまま、通勤途中、携帯メールで冒頭部を書き、自分のパソコンのアドレス宛に送りました。

その日は日勤で、夕方仕事が終わった後、最近入った合唱団の練習に参加。

そこで、教えて貰った歌が何とタイムリーな事に、今回のタイトルで頂いている「旅立ちの日に」でした。


「旅立ちの日に」の歌は、今、フレッツ光のコマーシャルで、SMAPが歌っているものと聞けば、思い当たるでしょうか?

元々は、アマチュアで無名の、学校の先生が作った歌だとか。三年程前からじわじわと、中高生の間で評判になり、今や、卒業式の歌としては、一番人気なのだそうです。

歌を頭に思い浮かべながら、夜を徹して(書き始めたのが夜の1時、書き終わったのが5時近く)、何とか書き上げました。
その書いた割に、歌のイメージとは遠い小話になってしまったような気がします(汗)。

どう考えても3月の話なので、無配と言えどもスパコミまで残したくはなく、ハルコミ当日は、無理やりあちこちに配りまくりました。
で、早々にサイト再録です(苦笑)。

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