byドミ



「おう。わりいな、今日は。蘭姉ちゃんが風邪ひいて寝込んじまったから、オレ、お手伝いしなきゃ」

コナンは、歩美からの誘いの電話に、そう断りを入れた。


蘭が、風邪を引いた。
結構熱が高そうだ。

コナンが、少年探偵団の誘いを断ったのは、文字通り「お手伝い」のためというより、蘭の傍にいたかったからだ。

『なさけねーな。オレが傍にいたからって、何ができるってわけでもねーのによ』

これが逆なら。
熱を出したのが、新一であっても、コナンであっても。
蘭は甲斐甲斐しく世話をやくだろう。

新一の姿であったら、蘭の世話ができるのか、疑問であるが、コナンの姿である今よりは、少しは役に立ちそうな気がする。


「はい、コナン君。頼まれてたお粥」
「梓ねえちゃん、ありがとう」
「気を付けて運んでね」
「はーい」

コナンは、喫茶ポアロに、蘭のためのお粥を頼んでいた。
お粥はもちろん、ポアロのメニューにはないものだが、長い馴染みのポアロのウェイトレス・梓は、快く受け入れてくれたのだった。

そこへ、ポアロのウェイター・安室が、声を掛けてくる。

「あ、コナン君」
「なに、安室のにいちゃん」
「こういう時のために、今度、君にお粥の作り方を教えてあげるよ」
「あ、ありがとう……もしかして、このお粥も安室の兄ちゃんが?」
「ええ。実は、そうなの。安室さんお手製、中華だしを使った具だくさんの栄養たっぷりのお粥だから、きっと蘭ちゃんもすぐ元気になるわ」

梓がウインクして言った。
コナンはお礼を言いながら、けれど内心少し面白くない思いをしながら、おかゆの入った容器を受け取り、3階まで運んで行った。

何が面白くないのか、コナンは自分で分かっていて……自分の心の狭さも自覚している。
男性である安室の手作りのお粥を、蘭が食べるのが面白くないのだ。

『情けねー。これというのも、オレがろくに料理できねえのが原因じゃんか』

コナンになる前、独り暮らしが長かった新一であるが、食事は適当に済ませ、あまりまともに料理をして来なかった。
今のコナンの食生活は、蘭のおかげで格段に改善されているが、蘭が料理をできない状況だと、途端にこうだ。
自分の分は良いとしても、蘭が食べるお粥を作ることもできない。

『けど、あの赤井さんも、母さんの手ほどきを受けて料理上手になったし……オレも……』

将来のために手ほどきを受けるべきかと、少し考えるコナンであった。


蘭の部屋を覗いてみると、蘭は寝ているようだった。
コナンはお粥を台所に置いて、冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出し、蘭の部屋に行って頭元にそれを置く。
蘭が目が覚めた時にいつでも飲めるように。

『高熱と汗で水分失われるから……水分補給は大事だよな』

冷蔵庫から出しておいたらぬるくなってしまうだろうが、風邪で弱った体には、キンキンに冷えた飲み物はよくないだろう。

コナンはそっとその場を離れようとして、蘭の閉じた瞼から涙がにじんでいるのに気付き、ギョッとなった。

「……おかあ……さん……」

涙を流して母親を呼ぶ蘭の声に、コナンは胸を突かれる。
蘭は、幼い頃の夢でも、見ているのだろうか?

コナンがそっと蘭の額に手を当てると。
蘭は、うっすらと目を開け……。

「新一」
と呼んで微笑んだ。

コナンは、飛び上がりそうになる。
けれど、蘭は夢うつつで、今目の前にいるコナンの正体が新一であると気付いたとかいうワケでは、なさそうだ。

「新一……手……冷たいね……」
「あ。わ、わりぃ」

コナンは慌てて手を引っ込めようとしたが。

「冷たくて……気持ちイイ……」

そして蘭の瞼は閉じ、また眠りに入ったようだった。

蘭の熱はまだ高く、コナンの冷たい手が気持ちイイのは、事実なのだろう。

「ははは。子どもの体だと、手は冷てえことが多いからな……」

そう言いながら、コナンは、昔のことを、新一が今のコナンとあまり変わらない子どもだった頃のことを、思い出していた……。



   ☆☆☆



9年前。

「おかあさん……おかあさん……」

風邪を引いて寝ている蘭をお見舞いに来た新一は、蘭が母親を呼びながら泣いている姿を目にした。
蘭の父親・小五郎は、警察の仕事で不在。
そして、蘭の母親・英理は、仕事でもあったが、この家を出ており、帰ってこない。

「ったくもう!小五郎君も英理も、いい加減にして欲しいわ!」

ぷりぷり腹を立てているのは、新一の母親である有希子だった。

「母さん……やめろよ……」
「何よ、新ちゃん!」
「ここ、蘭の家だぜ。蘭に聞こえたら、蘭が悲しむ」

有希子は息を呑んで黙った。

「ふうん。そうねえ。新ちゃん……ガンバッテ」

有希子は、スケベ目になって、そう言った。
新一は心もち頬を赤くしながら、

「何をガンバッテだよ」

と毒づいた。

新一とて、蘭を置いて出て行った英理に対して、何か思うところがないでもない。
けれど、母親を慕う蘭に、英理の悪口を聞かせるのは、蘭が悲しむことだから、それを絶対口にすることはなかった。

「じゃあ、新ちゃん。私はお粥を作るから、蘭ちゃんを見ててあげて」
「あ、ああ。分かった」

見ててあげるといっても、何かできるわけでもない。
ただ……蘭は寂しがり屋だから、傍に誰かいた方が良いだろうと、思う。

『オレじゃ、足りねえだろうけどな……』

その頃の新一はまだ、「役者不足」という言葉を知らなかったが。
蘭が一番傍にいて欲しいのは、母親である英理で、新一では母親の代わりになれないこと位は、よく分かっていた。

蘭は赤い顔をして暑そうにしている。

「えっと……熱がある場合……暑そうだったら冷やしてあげて、寒そうだったらあっためてあげると良いんだよな……」

弱冠小学2年生にして、新一にはそういう知識があった。
新一は、リビングと台所に行って、あちこち探してみる。

「新ちゃん。何やってるの?」
「ん〜?アイスノンか氷枕がねえか、捜してんだけど……」
「私もさっき、探したけど……残念ながら、見つからないわ。タオルを濡らして、蘭ちゃんの額に当ててあげたら?」
「そうする」
「布団を濡らさないように気を付けるのよ」
「ん、分かった」

タオルを濡らして、蘭の傍に戻る。
熱がどのくらいあるだろうかと、蘭の額に触れてみた。

「ん……誰……?」

蘭が目を開いた。

「わり。起こしたか?」
「新一……?」
「寝てろよ。今、母さんがお粥作ってっから」
「新一のお母さんが……?」

言外に、「わたしのお母さんはどこ?」と言われているようで、新一はいたたまれない。

「新一……新一の手、冷たいね……」
「あ?ああ、わりぃ。濡れタオル、作ってたから……」
「お母さんの手は、あったかいの……」

新一は黙って、蘭の額に濡れタオルを載せた。

「お母さんのあったかい手も好きだけど、新一の冷たい手、気持ち良かった……」

そう言って蘭がにこりと笑った。
その笑顔に、新一はドギマギする。
蘭は笑顔で、また眠りについた。

「蘭の母さんの代わりにはなれねえけど……少しは、蘭の寂しいのが、無くなったかな?」

新一は、ちょっとだけ、嬉しかった。
新一は出会った時から蘭への恋心を自覚していたけれど、蘭と自分の気持ちに落差がある事には、どこかで気付いていた。
蘭の寂しい気持ちを、自分が癒してあげることは無理だと、思っていた。
けれど……母親である英理には敵わないけれど、ちょっとだけだけれど、新一が蘭の寂しさを埋めてあげられるのだと思って、嬉しかった。



   ☆☆☆



コナンは、冷凍庫で冷やしておいたアイスノンを持って来て、蘭の頭の下に置いた。

コナンの姿で、英理に初めて会った時。
蘭が待ち合わせている相手が英理だと知る前に、その人が「わたしのすっごく大切な人」という蘭に、コナンが尋ねた。

「新一兄ちゃんよりも……?」

それに対する蘭の答は、

「そんなの比べられないわよ!!」

だった。
コナンの胸がドキリとした。

10年前は確かに、蘭の中で、比べるまでもなく、英理の方が新一よりはるかに大切な人だった筈だ。
でも、今は、新一は蘭の中で、母親と比べられないくらい大切な存在に、昇格しているのだ。

けれど……。

「はははー。今のオレのことも、蘭は大切に思ってくれてるだろうけど……やっぱ、コナンじゃ足りねーよなあ……」

新一でなければ。
新一の姿でなければ。
コナンでは、足りないのだ。

せっかく、10年以上の歳月をかけて、蘭の中で新一が大切な存在になったというのに。

コナンは、蘭の額の汗を拭ってあげながら、誓った。
必ず新一の姿を取り戻し、新一の温かい手で蘭に触れるのだと。



   ☆☆☆



10年後。

「由梨の手……冷たくて気持ちイイ……」
「お母さんの風邪、早く治りますように」

「お。蘭。目が覚めたか?粥、食べられるか?」
「新一が作ったの?」
「ああ」
「安室さん直伝の、栄養満点、中華風粥だね」

組織を倒し元の姿を取り戻した新一は、学生時代に蘭と結婚し、由梨という一人娘がいる。

「アムロさんって?」
「昔、ポアロにいたウェイターだよ。料理上手で、父さんはその人にサンドイッチとお粥の作り方を教わったんだ」
「ふうん。その人、どこにいるの?」
「あ。わたしも知りたい」
「さあて。どこにいるんだろうな。ポアロにいたのは、ほんのちょっとの間だったからなあ」
「お父さんに弟子入りしたけど、お父さんよりずっと切れ者だったよね。それにね、ハンサムで優しくて……」
「そんだけ喋れれば、もう風邪は良さそうだな」

新一に軽く睨まれて、蘭は首をすくめた。
今の蘭は、新一が結構焼き餅やきだということを知っている。

新一が蘭を抱き起した。
蘭の額に手を当てる。

「熱はだいぶ、引いたみたいだな……」
「新一の手、あったかいね……」
「ん?冷たくないと気持ち悪いか?」
「そんなことないよ。由梨の冷たい手も、新一のあったかい手も、どっちも好き」

そう言って蘭が微笑む。

「ほらよ。食べられそうか?」
「うん。いただきます」

お粥を口に運ぶ妻を、新一は愛しそうに見つめた。
そして、2人の娘・由梨も、笑って父と母の姿を見ていた。


Fin.


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最初は、未来を書くつもりはなかったんですけど、何かうまく終わらなくて、付け加えました。



2017年12月31日脱稿
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