強くなりたい



by ドミ



「勝利者、京極真!」



審判の声が響くと同時に、体育館が割れんばかりの歓声が起こった。


外国で強くなる為の修行を積んで帰って来た京極真が、今年、弱冠二十歳にして、並居る強豪を退け、全日本空手選手権大会で優勝を飾ったのだった。
応援席に居た毛利蘭は、隣の親友・鈴木園子を抱き締め、

「良かったね、おめでとう、園子!」

と祝福の言葉を述べた。

真と遠距離恋愛中である園子は感極まって泣き出した。
園子を置いて海外留学していた成果を見事に挙げた真。
園子の胸を様々な思いが行き交っている事は想像に難くない。

勝利者・京極真と敗者・前田聡は、試合終了後お互いの健闘を称え、笑顔で固い握手を交わしていた。

観客席から大きな拍手が巻き起こる。
とても良い試合だった。


蘭は、親友の彼氏の快挙を祝福しながらも、実は心のどこかで素直に喜べない自分が居て、後ろめたく思っていた。
何となれば、今日決勝戦で真に敗れた前田聡は、蘭が空手を始める切掛けとなった、蘭が尊敬し、憧れている武道家だったからである。


「良い試合だったよ。
京極さんも前田さんも、前より一段と強くなってて・・・実力は伯仲してたから、正直どちらが勝っても不思議はなかったと思う」


蘭は、彼氏である工藤新一に会った時、そう話をした。
自分の中にあるもやもやした気持ちに付いては何も言わなかったのだが、新一が訝し気に蘭を見たので、気付かれたのかも知れないと思う。
しかし、新一は何も言わなかった。



   ☆☆☆



帝丹大学空手部は、都大会に向けての練習をしていた。
蘭も、迷いを振り払うように黙々と練習に励む。

蘭は、昨年高校三年生の時、空手のインターハイで優勝した実力の持ち主である。
けれど、上級生には実績も経験もある選手が大勢居て、決して気が抜けない。
目指すのは勿論、都大会優勝、そして全国大会の優勝である。

けれど、ここに来て、蘭の心には迷いが生じていた。

「わたしは、何のために空手をしているのか」
「わたしは、何のために強くなろうとしているのか・・・」

答えの出ない迷いは練習にも現れる。
蘭は帝丹大学空手部で今年の有望な新人と見なされていたが、ここ最近の毛利蘭は精彩を欠くと囁かれていた。

このままではいけない、と蘭は思う。
けれど、自分でもどうしたら良いのか判らなかった。


「毛利さん!」

強い衝撃を受けて蘭は意識を手放した。

空手の練習では直接技を掛けてしまわない「寸止め」が基本であるが、時にはそれに失敗する事もあり、寸止めし損なった相手の技を避ける事も必要な技術なのである。
しかし、集中力を欠いた蘭はまともに練習相手の技を食らってしまったのだった。



「良かったな、大した事なくて」
「うん・・・」

見舞いに来た新一が言うように、蘭は、脳震盪を起こして倒れたものの、大した怪我はなかった。
検査も兼ねて念の為に三日ほどの短期入院をしていたのである。

「ねえ新一。来てくれて嬉しいけど、今日は事件はないの?」
「あのなあ蘭。オレが予定を立てて事件を起こしてる訳じゃねーんだぜ」
「どうだか。だって新一って超能力で事件を呼び寄せてる様なとこあるもん」

軽口を叩きながらも、蘭の心は和む。

蘭の幼馴染兼恋人であるこの男は、事件が起これば蘭を置いてすっ飛んで行く事もあるが、蘭と過ごす時間をとても大切にしてくれている事、いつもさり気なく蘭に気配りをしてくれている事は判っているのである。

蘭は、ふと思いついた事を新一に尋ねた。

「ねえ新一。新一は何故、探偵をやってるの?」
「何だよいきなり?それに、今更だろ?」
「新一が『たった一つの真実を見つけ出そうとしてる』のは知ってるよ。でも、真実を知るのって、良い事ばかりじゃないでしょ?」

今まで新一が事件の解決をしてきた中では、色々な事があった。
犯人やその家族から逆恨みをされた事だってある。
けれど、新一は毅然とした態度を崩す事は無かった。

蘭の改めての問いに、新一も何かを感じ取ったのだろう。
真剣な眼差しで答える。

「真実が闇の中にあるままだと、関わった者達は決して闇から抜け出す事は出来ねーんだよ。オレは、闇に光を当てたい」
「闇に、光を?」
「犯罪は、無いに越した事はねーけど、簡単になくなったりしねーだろ?せめても、犯罪という闇が闇のままで終わらないよう、そこに光を照らす仕事をしてーんだよ、オレは」

新一は真っ直ぐに蘭を見詰めた。
その眼差しの真剣な色に、蘭は思わずときめいてしまう。

「オレにとっての光は、蘭、お前だよ」
「え?わ、わたし?」
「そう。オメーが居るからオレは、いつも光の方を向いていられる、真実を見つける仕事が出来る、探偵を続けていられるんだ」

蘭は息を呑んだ。
新一は、事件とあらば我を忘れる「大馬鹿推理の介」だと思っていたのに。
その探偵の眼差しの先に、まさか自分が居るなどとは想像もしていなかったのだ。

「でも新一。わたし、そんな大層な人間じゃないよ・・・」
「蘭は、自分の価値を判ってねーよなあ」
「だって、わたしのどこが?」
「他人の事でも自分の事のように思って泣いちまうようなお人好しだろ?そういうとこ」

そう言った新一の目には悪戯っぽい光が浮かんでいる。

「何よ〜、それって褒め言葉なの?」
「さあてね」

蘭は軽口を叩く新一に悪態を付きながらも、何となく心が軽くなって行くのを感じていた。


蘭は間もなく退院し、今迄通り空手の練習に励む。
迷いが全て消えた訳では無いが、練習中に集中力を欠く事は無くなっていた。


   ☆☆☆


ある晩の事、蘭は遅い時間まで練習をした後帰宅していた。

新一とは大学が違う為、高校時代までと違い、一緒に帰る事は滅多に無い。
時間が合わせられる時は、待ち合わせてデートがてら一緒に帰る事もあるのだが、今日新一は、事件にかり出されていた。

近道である人通りの少ない薄暗い公園を通りながら、蘭は異変に気付く。
茂みの向うから微かに悲鳴が聞こえたのだ。

蘭は思わずそちらの方に駆け出して行った。
三人の男が一人の女性に襲いかかってハンドバッグを奪おうとしていた。

蘭は、考えるより先に動いていた。
一人の男が振りかざしているナイフを蹴り上げ、背後から近付こうとするもう一人の男の鳩尾に肘を叩き込む。

最初の男は手首を押さえて蹲り、もう一人の男は前屈みになって気絶した。

残る一人が棒を振りかざして迫って来たのには受身を取ったが、もう片方の手にはナイフが光っていた。
蘭は、怪我は覚悟の上で、空いた方の腕を盾にして顔や体を守ろうとした。

次の瞬間、凄い勢いで飛んで来たものが男のナイフを弾き飛ばした。
一瞬呆然とした男の隙を逃さず、蘭は拳を叩きつけた。


「新一・・・!」

街灯の光に照らされて立っていたのは、紛れも無く、蘭の幼馴染兼恋人である。
新一は駆け寄って来ると、

「蘭、怪我は無いか!」

と勢い込んで訊いて来た。

「わ、わたしは大丈夫。けど、あの人が・・・」

蘭は最初に襲われ、気を失って倒れている女性を指差して言った。
新一がそちらに駆け寄って様子を見る。

「大丈夫、大した怪我もしていない、気を失っているだけだ」
「そう。良かった・・・」
「良くねえよ!まったく無茶しやがって!」
「だ、だって!」
「まあオメーなら見捨てるなんて事まず出来ねえもんな。蘭が空手やってて良かったよ、でなきゃ今頃重症の怪我人が二人居るとこだった。でも、強いからってくれぐれも無茶すんじゃねーよ」
「うん。その・・・ありがとね、助けてくれて」

新一はちょっと赤くなってソッポを向いた。
蘭は危機一髪の所に現れた新一に驚きながらも素直に感謝していた。

警察に依頼された事件を解決した新一は、蘭がおそらく帰宅途中と見当をつけて、迎えに来ていたのだったが。
見事なタイミングで、戦っている真っ最中の蘭と出くわしたのだった。


救急車や警察を呼び、事情聴取や何やが終わって二人が解放されたのは夜も更けてから。
高木刑事がパトカーで送ってくれた。

「ねえ新一。わたしが前田聡さんに憧れたのは、ただ強いだけじゃなかったの。あの人は技だけでなく心も磨いている。強い力を、自分の為でなく弱者を守る為に使っているの。それは京極さんだって同じ。日本を代表する空手選手が二人とも、凄く高潔な人物だっていうのは、とても素晴らしい事だよね」

新一は何も言わなかった。
しかし話をちゃんと聞いてくれている事は、繋いだ手に力がこもった事でわかった。


蘭は、大切な人を守りたいから、弱い人達を守りたいから、強くなりたいと思ったのだ。
それを思い出した蘭は、今こそ心の底から京極真の勝利を祝福し、京極真と前田聡という素晴らしいライバル同士にエールを送る事が出来た。



迷いが全て吹っ切れた蘭が、大学空手都大会で実力を遺憾なく発揮し、並居る強豪を下して優勝した事は、言うまでも無い。




(了)




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このお話は、蘭ちゃんアンソロジー「ちゃんと待ってるからね」に寄稿したものです。
書いたのは2003年、本の発行は紆余曲折あってかなり先になったので・・・2006年だったかな?。
もうそろそろ、良いかと思って、サイトアップする事にしました。

ページに収める関係上、キツキツで書いていたので、行間をあけたのと、一人称変更(俺→オレ、私→わたし)をした位で、後は当時のまま、殆どいじっていません。

6年の間に、文章の書き方や漢字の選び方は若干変わったような気がするけれど、新蘭の捉え方は今の私と殆ど変わってないなあと思います。
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