嘘つきなサンタさん



byドミ



中学3年の冬休みは、高校受験を前にして、クリスマスどころではない学生も多いだろう。

しかし、この私立帝丹中学校では、帝丹高校へ進学する者への試験は「完全免除」とまでは行かないまでも、「標準点をクリアーすれば可」というものだったので、かなり楽な方だと言えた。

とは言っても、他校に進学する者もいるし、成績ギリギリの者は、うかうかしていられないから、昨年までのように「クラスの友人達で集ってクリスマスパーティ」をする事もなく。


「もう!信じらんない!」


帝丹中学3年の毛利蘭は、父親の経営する毛利探偵事務所の中で、仁王立ちになって怒っていた。

別居中の蘭の母親・弁護士の英理は、12月24日、イブの夜、弁護士仲間と飲み会だと言っていた。
蘭にも、純然たる「仕事上でのお付き合い」なら、仕方がないと、弁える分別はある。
と言うか、中学生にして「仕事上の付き合いなら仕方がない」と思うようになってしまった事が、不憫と言えば言えるのだが。

ただ、弁護士と言えど人の子、家庭サービスが必要な者も多い筈だから、単なる「お付き合い」だけで、イブの夜に飲み会をするとも考えられない。
英理が参加する飲み会は、独身者が多い合コンに近いものだと、さすがの蘭にもピンと来ていた。


そして、父親の小五郎の方は、麻雀仲間と徹マンの予定である。
小五郎に、「クリスマスに興味を持って欲しい」とは思っていないが、この日位は、家族サービスの事を考えてもバチは当たらないんじゃないかと、思っていたのに。


「もう!お父さんがそんなんだから、お母さんも愛想尽かして、家を出てってしまったのよ!」

言葉に出してしまってから、蘭の目には涙が浮かんだ。
蘭がまだ7歳の時に、母親が家を出て行ってしまってから、家族3人揃ってのクリスマスなど、ずっと縁がない。


昨年までは、蘭の幼馴染である工藤新一の家の、ホームパーティに招かれていた。
新一の母親である有希子は、元美人女優で、性格的にもぶっ飛んだ所があるけれど、意外と家庭的な面を持ち合わせていた。
蘭は、家庭と母親の温もりを、有希子から分け与えられていた面がある。

けれど、新一の両親はロスに移住してしまった為、今年、工藤邸でのホームパーティはない。
新一も、冬休みはロスの両親の元で過ごすと、聞いている。

そして、クラスの友人達が集まっての、クリスマス会もない。

蘭の親友である鈴木園子は、父親が財閥の会長だから、そちらのパーティに出席する事になっている。


蘭は今年、久し振りに、父と母と3人水入らずのクリスマスを過ごそうと、色々根回ししていたのだが。
結局は、全て徒労に終わってしまった。


蘭は事務所のソファーに座りこむ。
じわりと、涙が出て来た。


クリスチャンでもない蘭だから、別にクリスマスのお祝いをする義理はないけれど。
家族でも友達でも、親しい誰かと、一緒にケーキやクリスマスのご馳走を食べ、温かい夜を過ごしたかった。


「せめて、新一がいてくれたらなあ・・・」

蘭は、ソファーに沈み込んで、ひとり呟いていた。
新一はいつもぶっきら棒で意地悪で、自分勝手だけれど。
何故だか、こういう時に蘭を一人にしたりしないという、妙な確信があったのだ。


「さむ・・・」


蘭は、両肩を抱くようにして身を震わせた。
経費節減で、事務所を締める時にはエアコンのスイッチを切る。
すっかり暗くなった人気のない事務所は、芯から冷え込んでいた。


窓の外に目を転じてみても。
毛利探偵事務所のあるこの通りは、夜も開いている店も少なく、イルミネーションの類もない。


「家の方に帰ろう」


蘭は、重い腰を上げた。
一応、進学に心配はいらないが。
勉強でもするかと、思う。


そして、事務所の出入り口に近付き、ドアノブに手をかけた所で。
ドアの外のかすかな物音に気付いた。

蘭は音を立てないようにドアに近付き、聞き耳を立てる。
確かに、誰かがいる気配がする。



『だ、誰?まさか・・・泥棒!?』


蘭は、力をため、息を潜め。
一気にドアを開け放つと同時に、蹴りを放った。


「おわあああっ!!」

その場に居た人物が、慌てながらも素早い動きで身をかわした。


「あっぶねー女だな、オメー!!」
「えっ!?し、新一!?」

蘭は呆然とした。
そこに居たのは、蘭の幼馴染で同級生の少年・工藤新一だったのだ。


「な、何でアンタが、ここに居るのよ!?」

蘭は、謝る事も忘れて叫んだ。
だって新一は、とっくに日本を離れているものだとばかり、思っていたから。


「ああ、いや、まあ、その〜」

新一は、明後日の方を向いて、頬をかく。
新一のこの動作は、何かバツが悪い時特有のものだ。


「・・・アンタ、今日の飛行機に乗って、ロスに立つ筈じゃ、なかった?」
「そ、その事なんだけど。成田に着いて、ポケットの中を見たら、入れた筈の飛行機チケットが、無くなっててよ」
「へっ?」

蘭は、目をまん丸に見開いた。
新一は、バツが悪そうに笑いを浮かべている。

「で、まあ。家に取りに戻ったんじゃ間に合わねえし、買い直す金の持ち合わせもねえし、そもそも、今の時期、空席なんかねえし・・・」
「ふうん・・・で?何で家に来た訳?」
「あ、まあそれはその、ひょっとして蘭辺りが、暇持て余してんじゃねえかって、思ってよ」
「悪かったわね!暇持て余してて!」

蘭が思わず叫ぶと、新一が少し虚をつかれたような表情になった。

「あ・・・の・・・えっと・・・その・・・」

しどろもどろになっている新一を見ていると、蘭は申し訳ない気持ちになる。

蘭にだって、本当は分かっていた。
新一が、「蘭を心配して」来てくれたのだという事位は。

いつもだったら、新一の言葉に、蘭は

「おあいにく、わたしだっていろいろ忙しいんだからね」

位の事を、返すだろう。
しかし、今日の蘭には、そう返す余裕もなかったのだ。

「暇を持て余しているのは、新一の方でしょ?」

蘭が声を和らげて訊くと、新一は慌ててこくこくと頷いた。

「あ、ああ。飛行機に乗れなかったから、ちょっと時間が余っちまって・・・」
「もう!しょうがないわね!・・・新一、本当は、お父さんとお母さんと一緒に食べる筈だった、ケーキとご馳走があるの。1人じゃ食べきれないから、食べてってくれない?」
「ホントか?やりぃ!」

新一の顔が、ぱあっと明るくなった。
実際のところ、新一の両親がロスに行ってしまってから、時々、蘭が新一にご飯を作ってあげる事があるのだが。
いつも、素直に褒めてはくれないけれど、喜んで食べてくれる。

『わたし、もしかして新一に餌付けしてるかな?』

ふと、蘭の心に、そのような想念が浮かんだ。

でも、それでも良い。
たとえ新一が、ご飯目当てだったとしても、このクリスマスイブの夜、家に来てくれた事は、とても嬉しかった。




「へえ。これみんな、蘭が作ったのか?」

新一が、テーブルに並んだご馳走を見て、目を輝かせる。

「うん。もう冬休みだし。でも、新一のお母さんに比べたら、全然だけどね」
「んな事、ねえよ。すげーなって思う」

テーブルに並べられた量に圧倒された為か、新一はいつになく、素直に蘭の料理を褒めてくれた。
蘭は、小さい頃から家事をやって来たから、料理は得意な方だという自負はある。
それでも、クリスマスのご馳走は、普段作り慣れないものだったから、本を見ながら頑張ったけれども、色々失敗もあった。

けれど、新一が何でも美味しそうに食べてくれるので、蘭は心が温かくなるのを感じていた。
両親の為に作ったものだったから、無駄になったと思って悲しかったけれど。
新一が来てくれて、本当に良かったと思う。



「でも、新一。これからどうするの?ご両親のところには、行かないの?」

たらふく食べて、満足そうにコーヒーを飲む新一に、蘭は切り出した。
新一は、ゴホッと咳をする。

「あ、まあ、その〜・・・母さんに電話かけたら、呆れられたけど、改めて3日後のチケットを取ってくれたから・・・」
「ふうん。もう、チケット忘れちゃ駄目だよ」
「わーってるって」
「新一・・・さっきは、ごめんね」
「何が?」

蘭が突然、しおらしく謝り、新一は目をパチクリさせた。

「あの。いきなり、蹴りを入れた事」
「ああ。まああれは・・・確かにオレも、怪しまれても仕方がなかったしよ」

新一が本当に怒ってはいない風だったので、蘭はホッとした。


蘭が、食事の後片付けをしようと席を立つと、新一もそれを追って台所に来た。

「ご馳走になったから、後片付け位、手伝うよ」
「そう?ありがと」

新一は、正直言って、家事が得意とは言い難いが(とは言え、その年ごろの男の子としては、まあ出来る方ではあろう)。
蘭が指示しての片付けの手伝い位なら、何とかなる。

2人で片付けをし、残った食べ物は、容器に移して冷蔵庫に入れる。


「明日の朝は、これとこれを食べるとして・・・新一、ロスに行くのが3日後なら、少し持って帰らない?」
「イイのか?サンキュー」
「そろそろ、お風呂湧いたと思うから、新一、先に入って」
「へっ!?」


新一の素っ頓狂な声に蘭が振り向くと、新一は目をまん丸にして呆然としていた。


「ふ、風呂って・・・」
「だって、私1人だけで入るのも、勿体ないもん。風呂上がりに夜道歩いたら、湯冷めしそうなら、お父さんの部屋が空いてるから、泊まって行けば良いし」

新一が、ふうっと大きく息をついて、脱力したように前屈した。

「どうしたの?」
「あ、いや、まあ・・・オメーが良いんなら、良いけどさ・・・ってか、ありがたく、泊まらせていただくけど?」
「着替えは、お父さんのを適当に使ってね」

新一が、何かを言いたげな複雑な顔をしたけれど。
今の蘭には、その意味するところが、全く分かっていなかった。



新一がお風呂に入っている間に、茶の間に置いてある家の電話が鳴った。


「ハイ、毛利です」
『蘭ちゃん?』
「えっ!?お、小母様!?」

電話をして来た相手は、新一の母親である有希子だった。

『ねえ、新ちゃんに連絡が取れないんだけど。もしかして、そっちに行ってる?』
「は、はい!今、お風呂に入ってます」
『お風呂!?』
「ええ。せっかく来てくれたから、今夜は泊めようと思って」
『まあ。そうお。ごめんねえ、色々気を使って貰って』
「え?いえっ!新一が来てくれて、嬉しかったですし」
『あの子ってば、せっかくこの混み合う時期にチケットを取ってあげてたのに、出発をクリスマス後に延ばして欲しいって、頼み込んで来てね』
「ええっ!?」
『もう、悔しいから、キャンセル料は出世払いよ、って言ってあげたんだけど』
「は、はあ・・・」

蘭の頭の中を、沢山のクエスチョンマークが点滅していた。
確かに、新一が「成田でチケットを忘れたのに気付いた」と言った時には、ウソ臭い、胡散臭いと、思ったものだったけれど。

『って事で、迷惑かけちゃうけど、蘭ちゃん、新ちゃんの事、宜しくね』
「は、はい!」


蘭は、電話を切った後、暫くボーっとしていた。

まさか新一が、英理が付き合いの飲み会があるとか、小五郎が徹夜マージャンに行くとか、そういう事まで見通して、日本に残ると考えた訳ではなかろうけれど。
昨年まで、工藤邸のクリスマスパーティに参加していた蘭が、今年は寂しいクリスマスを送るのではないかと、気を回してくれたのは、確かな事だろうと、思う。



「蘭。お風呂、空いたぜ。ん?どうした、何笑ってんだ?」
「ううん、何でも。じゃあ私、お風呂に入って来るね」

蘭が浴室に向かった後、新一が溜息をついた事も。
思春期から青年期に移ろうとする時期の新一にとって、蘭の笑顔がいかに罪作りであるのかも。
何も分からないまま、夕方までとは異なり、蘭はふわふわと幸せな気分で、お風呂に入った。

そして、風呂上がりの蘭が、茶の間に戻ると。
テーブルの上に、小型のテディベアが、ちんまりと座っていた。

「新一?これ・・・」
「メリークリスマス、蘭」
「あ、ありがと。新一。とっても嬉しい」

蘭がそっと、テディベアをさする。
ふわふわと柔らかい毛皮が、手に心地良い。

「でも、ごめんね。今日会えるなんて思ってなかったから、わたし、何の準備もしてなくて」
「あ?ああ、別にイイよそれは、気にしなくてよ。その・・・ご馳走にもなった事だし」
「・・・新一。でも、今日チケット忘れてなかったら、これ、どうする積りだったの?」

蘭がテディベアを指差して突っ込みを入れると、新一は、酸っぱいような顔をした。

「あ、それはその。成田から帰る時に慌てて買ったもんで・・・別に準備してた訳じゃ・・・」
「そうなの?お店、混んでたでしょ?」
「あ、いや、それはその・・・今日はもう、イブ当日だから、そんなに混んでなかったつーか」

しどろもどろに言い訳する新一が、何だか可愛くて。
蘭は思わずクスクスと笑った。


新一が、妙に早い時刻にそそくさと小五郎の部屋へと引き上げた後。
蘭は、テディベアの鼻を軽くピンとはじいて、言った。


「今年のサンタさんは、随分と嘘つきね」


基本的に嘘が嫌いな蘭だけれど。
新一の不器用な嘘と優しさが、嬉しかった。



<終わり>

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